top  / stories  / 日本人は、世界に敵わない
STORIES 2018/10/05

日本人は、世界に敵わない

日本から世界へ――。世界屈指の名門チーム、インテルナツィオナーレ・ミラノでの7年間を経て、トルコのガラタサライでプレーしているサッカー選手・長友佑都。「ナガトモがトルコに来る」。その知らせに現地の人々は歓喜し、熱烈に迎え入れた。日本を超え、イタリア、そしてトルコと世界のピッチに立ち、一流選手たちと戦う姿は、私たちの誇りであり、日本人が世界で闘えることの証明だ。

アジア各国の成長により、世界における日本の存在感が薄れている。海外旅行や留学をする若者も減り、日本人の内向き傾向も指摘されている。どんどん進む日本のガラパゴス化。どこかで、日本人は、世界に対して心の境界線を引き、海外で闘うことをあきらめてしまってはいないだろうか。

もちろん、世界レベルで闘い、成功するには、乗り越えなければいけない高い壁がそそり立つ。しかも、その壁はとてつもなく高い。言語力やコミュニケーション能力、高いスキル…。アスリートにとっては、身体的な条件も出てくるだろう。しかし、長友選手は、さらなる成長を求めて海を渡った。体格の差をものともせず、世界最高峰リーグのひとつ、イタリア・セリエAで7年もの間プレーし、「日本人は世界に敵わない」という既成概念をぶち壊した。

今は、トルコに拠点を移し、愛する妻や子どもと共に幸せな時間を過ごしている。世界というフィールドに立った者にしか見えない景色、そして、ひとりの人間としてますます成長し、充実する長友選手のトルコLIFEを現地で聞いた。

世界に挑む一歩があるかないかで、
人生は決まる

身長170cm。サッカー選手として、けっして恵まれた体格ではない。それでも、長友選手が世界的なサイドバックとして評価を得られたのは、努力に他ならない。入りたかったクラブチームのセレクションに落ちた中学時代からいつだって、自分の現在地となりたい自分との距離を的確に測り、縮めるための努力を積み上げ、世界で戦える選手となった。
もちろん、壁を乗り越える過程には、数えきれない失敗がある。

「挑戦には失敗がつきまといます。おそらく、失敗の数だったら誰よりも多いんじゃないかな。でも、やっぱり成長したいんですよ。だから、僕はどんな壁も恐れず、挑戦し続けたいんです」

プロ選手にはなれないかもしれないと思っていた少年が、挑戦と失敗を繰り返し、日本代表選手となり、W杯の舞台に立つまでの成長を遂げた。しかし、その地位で満足することはなかった。もっと厳しい世界へ身を投じたい。そんな思いが、世界への挑戦へと背中を押した。それまでの努力に裏付けされた実力が認められ、世界的なクラブ「インテルナツィオナーレ・ミラノ」からオファーが届いた。各国の代表レベルが集結するチームだ。これほど、自らを成長させるのにふさわしい環境はないだろう。しかし、日本を離れ、世界の強豪たちを前に、不安や恐怖心を感じなかったのだろうか。

「まったくなかったですね。僕には、世界のどの選手よりもトレーニングして、誰にも負けない身体を作ってきた自信があったから、日本を発つ時は、『見せてやるぞ』としか思っていませんでした。イタリアでの初戦でトッティとマッチアップした時、『絶対につぶしてやる』という気持ちでピッチに立ったことを今でも鮮明に覚えています」

どれだけ日本人がやれるのか。プレスもサポーターも当初はそんな目で長友選手を見ていたはずだ。結果を残せなければ、「やっぱり日本人は」と言われかねない。

「でも、僕の中には、日本人だからという枠自体が存在してないんですよね。日本人もイタリア人も、他のどの国の出身であっても、同じ人間。海外の選手が世界で成功できて、日本人にできないわけがないんですよ。どの国にも万能なスーパーマンはいないし、同じ人間同士が戦って、勝つか負けるかの世界というだけのこと。それは、サッカーの世界に限らず、どんな仕事に就いている人にとっても同じだと思います」

世界から求められ、多くの人に影響を与える人間になりたい

海外に渡り、サッカーという枠を超え、ひとりの人間としての成長も感じている。

「海外で暮らす中で、いろんなものを見て、いろんな人と出会い、視野がすごく広がりましたね。日本に住んでいて、知らず知らずのうちに出来上がった常識や既成概念が、いい意味で壊されました。たとえば、ヨーロッパの人たちは、家族への愛情表現が本当にすごいんです。チームメイトも毎日のように親と連絡を取るし、会えばハグしたり、スキンシップは当たり前。僕は、とくに母に対して恥ずかしさがあって、まだまだヨーロッパ並みとまではいきませんが、家族との絆は、日本にいた時に比べると、明らかにより深まりましたね」

海外に出たことでさらに絆が深まった母親は、長友選手が世界進出するはるか前から、息子に「世界で活躍してほしい」と願ってきた。

「小さい頃から『日本だけでなく、世界中の人々に影響を与える人間になってほしい』と言われてきました。僕という人間の価値は、どれだけ人に求められ、影響を与えられるかで決まると思っています。自分でどれだけ『努力してます』と言ったところで、誰からも求められなかったら、その努力は何の価値もない。じゃあ、今の僕がどれほど求められ、影響を与えられているかといったら、この程度では全然ダメですね。もっとやれるし、限界はないと信じています。家族を持ち、妻と子どもへの責任感が生まれ、もっと大きなことができるんじゃないかな」

息子への願いは、「世界を見てほしい」

2018年、トルコの名門ガラタサライに移籍した長友選手。トルコの人々は、サッカーを愛してやまない。試合がある日、テレビ中継をしているレストランの前では、応援する人たちが道に溢れる。

「サッカーが生活の一部だし、人生を賭けて応援してくれます。そういう国でプレーできることがほんとに幸せですね。イスタンブールの街には海があって、人が温かくて、僕だけじゃなく、家族もとても喜んでいます。トルコ料理もおいしく口に合います。練習場で出る豆を使ったスープをとくに気に入ってよく飲んでます。チームメイトからおいしいレストランを教えてもらい、食べに行くこともありますね。トルコ、最高ですよ!」

しかし、移籍の決断を下す前は、イタリアに残るのか、トルコへ移るのか、迷っていた。初産を間近に控えていた妻のそばを離れることへのためらいと、新境地でプレーしたい思いが交錯していた。

しかし、妻はこう言った。「私は大丈夫、勝負してきて」

「あの言葉に、背中を押されましたね。本当に強い女性です」

トルコで初めて迎えた誕生日には、手作りのアルバムをサプライズプレゼントされた。

「アルバムには、出会った時から息子が生まれるまでの写真が詰まっていました。妻が仕掛けたサプライズには気づいてしまったんですけど(笑)、それでもすごく嬉しかったですね」

トルコでは、長男の離乳食が始まった。

「基本的には妻に任せていて、よくやってくれています。ただ、僕はどうしてもアスリート目線で『たんぱく質を増やして』と注文しちゃうんです(笑)。鶏のささ身や魚をプラスできないか相談してます」

母が長友選手に願ったように、彼自身も息子には世界を目指してほしいと考えている。

やっぱり日本だけでなく、いろんな国の人たちと出会い、経験をしてほしい。今、息子に思っているのはそれだけです。息子にしてもそうですが、もし、今、海外に出たいけど躊躇している人がいるなら、一歩を踏み出す勇気を持ち、挑戦してほしいですね。その一歩さえあれば、世界は限りなく広がります。失敗も挫折も、大きな人生の財産になります。勇気ある一歩で、人生は変わりますよ
Profile 長友 佑都

1986年、愛媛県生まれ。明治大学在学中に、FC東京とプロ契約。2010年のワールドカップ南アフリカ大会で、日本初のベスト16入りに貢献。大会後、イタリア・セリエAのインテルナツィオナーレ・ミラノに移籍。17年、結婚。18年より、トルコ・スュペル・リグのガラタサライ所属。トレーニングメソッドを応用した『長友佑都体幹トレーニング20』がベストセラーに。

STORIES 2018/10/05 日本人は、世界に敵わない

STORIES

しなきゃ、なんてない。既成概念にとらわれず、自分らしく生きる人々のストーリー。

view all STORIES