子どもを産んだらキャリアを諦めなきゃ、なんてない。―私が、D&I+委員会やProject Butterflyの活動に励む理由―
住宅・不動産情報サイトLIFULL HOME'Sの新築一戸建て領域のグループ長を務める堺亜希は、3児の母でもある。そしてLIFULL社内のダイバーシティ&インクルージョンを推進する「D&I+(D&Iプラス)委員会」の委員長も務めている。それらの事実は、堺が仕事と家庭の両方で大きな責任を負っていることを示している。並大抵の責任感では、思わず投げ出したくなりそうな状況があるのではないかと想像してしまうが、堺はこれまでどのように家庭と仕事のバランスをとってきたのか。そして、堺は今どんな思いで働いているのかを聞いた。
女性は結婚、出産、育児といったライフステージの節目で、常にキャリアの決断を迫られる。仕事を続けたいと思っていても、出産のタイミングで女性は仕事を離れなければならないし、共働きの家庭が増えたと言っても、日本ではまだまだ家事・育児の負担は女性に偏っている。(参照元:総務省統計局)
三人のお子さんを育てる堺も、一人目の出産のタイミングでは「なぜ女性だけが休職しなければならないのか?」と憤りを感じたという。しかしそんな思いを抱きながらも、育児と仕事の両立をこなしてきた堺は「会社の制度をうまく活用すること」と「仕事に対する姿勢」が、女性が出産後も仕事を続けていく上で大切だと語る。
子育てに追われる中で、常に「受身」になっていた自分に気づいたんです
2009年にLIFULL(当時ネクスト)に中途入社した堺が、転職活動中に重視していたポイントは「子どもを出産した後も働き続けられる環境であるか」ということだった。
「キャリアに対する上昇志向がそこまである方ではなかったと思うのですが、仕事を続けたい意欲は強くありました。それは自営業で働き続けていた父親の背中を見て育ったことが大きく影響していたと思います。当時私はまだ結婚はしていませんでしたが、今後結婚・出産したとしても絶対に仕事は続けようと考えていました。転職活動の際、まず大事にしたのは時短勤務や育児休業などの『制度がしっかり整っているか』。そして『その制度を活用している人材が既にいるのか』という点もセットで大事でした」
堺がLIFULLに入社した2009年は、育児・介護休業法が改正され、時短勤務制度の義務化や育児休業期間の延長などが新たに決められ、「家庭と仕事の両立」の重要性が一層社会に広まりつつある時期ではあった。しかし、現実には男性の育休取得率は2%(2021年は14%)(参照元:男女共同参画局)であったし、第一子の出産を経ても仕事を続ける女性は3割を切っていた(2005年-2009年)(参照元:厚生労働省)。
そのような社会情勢の中でも、出産・育児に関する福利厚生の制度が整っていて、かつそれを利用する実例がLIFULLにはあった。そして何より会社の理念にも堺は深く共感した。堺は「ここなら、多分ずっと働けるな」と思ったと当時のことを振り返る。
そして入社して1年目に結婚し、一人目の子どもを妊娠した堺。しかし実際に妊娠した際には、仕事を休まなければならないことに憤りと恐怖を覚えたという。
「仕事も続けたいし、子どもも産みたいという思いがあったからLIFULLを選びました。でもいざ妊娠出産の段階になって、仕事を休職しなければならなくなった時に『なぜ女性だけ休職しなきゃいけないの? 』と、憤りを感じました。そこで自分のキャリアが分断されることにすごくモヤモヤしました。子どもは産みたいけど、ある種矛盾した思いがありました。だからできるだけ早く仕事に復帰しようと思っていたのですが、いざ子どもを産んだらすごく可愛くて(笑)。結局1年しっかり休んでから仕事に復帰しました。でも当時は社内も出産後に復帰する人は今ほど多くはなかったですし、自分のキャリアが閉ざされる感覚はすごく怖かったです」
出産から1年後、時短勤務制度を活用し仕事に復帰した。10時〜17時、昼休憩を挟んで6時間の勤務時間。時短勤務という制度は家庭と仕事の両立を支援するための制度ではあるが、逆にそれが堺にとって大きなプレッシャーにもなった。
「出産前は、長く働いていたらなんとかなるみたいな感じで、時間も気にせずガリガリ働いていたんです。でも時短勤務になったらその常識が全く通じない。出社して仕事して17時になったら必ず帰らなきゃならないし、保育園からお呼び出しがあったらすぐに駆けつけなきゃいけない。そうした制約のもと、いかに量を詰め込んで仕事をこなせるかということになかなかアジャストできませんでした。もう必死だったので、本当に当時のことは覚えてないんですよね」
その無理がたたったのか、復帰してから3か月後、帰宅途中の電車の中で体調が急変し駅の医務室にかけこんだこともあった。
「急性胃腸炎でした。やっぱり自分の気づかないところで無理をしていたんだと思います。それからは少し自分を大事にするようになりました」
7年ぶりのフルタイム勤務への切り替え
育児と仕事に奮闘する堺に、周囲の同僚は温かかった。堺が子どもの事情で急に会社を出なければいけない時も、快く仕事を引き受けて送り出してくれた。
育児休業と時短勤務をうまく活用しながら、徐々に育児と仕事の両立に慣れていった堺。また、二人目のお子さんが生まれた頃はママ社員が急に増え始めた時期でもあり、産休・育休を経て復職した有志社員によるコミュニティ「もちもちワーキンググループ」が誕生したタイミングでもあった。堺も自分の経験を役に立てたいと第2子の産休・育休明けにそのワーキンググループに参加した。困っていることや不満を吐き出せる場が社内にあることは堺にとって大きかった。二人目、三人目の子どもを出産する際には、一人目の出産の時に抱いた恐怖や憤りはもうなかった。
そうして仕事との適切な距離感を掴んだかのように思えたが、その仕事と育児のサイクルの中で徐々にあることに気づいていったという。
「日々、幼い子どもの世話をしていく中で、自分がいつのまにか『受身』になっていることに気づいたんです。赤ちゃんって自分の感情を言葉で表現できませんよね。だから私はいつも彼らが泣いたり、声を出したり、そういったアクションを見て動いていました。そんなふうに子どもからのアクションがあって、それに対処するということをずっと続けているうちに、仕事の思考も自然とそういうふうになっていたんです。自分で何かをやりたいよりも、言われたらやろうみたいな感じに。昔はそうじゃなかったはずなのに、ある時自分のその受動的な態度に気づいて、愕然としました」
その頃、堺はグループ長にも昇格していた。責任ある立場にも関わらず、受身のままの姿勢ではダメだと感じた堺は行動に移す。まだ時短勤務制度を活用できる立場だったが、フルタイム勤務に切り替えたのだ。
一人目の子どもを出産以降初めての、およそ7年ぶりのフルタイム勤務だった。
「フルタイム勤務になってからは、より業務に充てられる時間が増えたので、逆に心の余裕ができるようになりました。それにグループ長になったことで自分の中に『もっとこうしていきたい』という思いが湧いてくるようになりました。そうしたことがきっかけでLIFULLの委員会活動にも積極的に取り組むようになっていきます」
キャリアに悩む女性社員の力になりたいという思いから始まった「Project Butterfly」
LIFULLでは同じ課題感を持つ有志社員が自発的にチームを組み、課題に対して動く文化があり、それらには「ワーキンググループ」や「委員会」等の活動がある。堺もフルタイムへの切り替え、グループ長への就任を機に、自らの経験を女性社員に還元していきたい思いが芽生え、「Project Butterfly(プロジェクトバタフライ)」という活動を同じ志を持つ仲間たちと立ち上げた。
「Project Butterfly」は、女性社員が自分のなりたい姿を思い描き、その実現のためのさまざまな機会への挑戦を応援をする活動。現在は主な活動として、キャリアに悩む女性社員たちと共に、これまでの経歴やモチベーショングラフを見つめ直し、この先のキャリアを描くワークショップを少人数制で行っている。
「数年前に社内でキャリアについてのアンケートをとった際、男性に比べて女性の方がキャリアに対して悩んでいる人がやはり多かったんです。加えてLIFULLでは、年2回キャリアデザインシートを提出するんですけど、自分のキャリアの描き方に悩んでいるメンバーをグループ長としてたくさん見てきました。そうした社員たちのサポートをすることで、少しでも何かに挑戦したい気持ちが生まれてほしいと思い『Project Butterfly』はキャリア支援を軸にした活動をするようになりました。キャリアプランを描けるということは、仕事に対して受身じゃなくて『自ら挑戦したい』という前向きな気持ちがあることだと思います。それは結果的にリーダーシップの発揮につながり、会社への貢献にもつながっていきます。その手助けを、私のこれまでの経験から還元できればと思っています」
このワークショップは昼休みを利用し、3か月かけてみっちり行われる。今は第四期生の活動がスタートしたところだという。そして「Project Butterfly」を始めたことがきっかけで、堺は「D&I+委員会」の活動にも関わっていくことになる。
LIFULLでは社内のダイバーシティ&インクルージョンを浸透させるため、「D&I+委員会」を設けている。ちなみにダイバーシティ&インクルージョンとは、「多様な人たちがいるだけでなく、その能力を最大限に発揮できるような環境をつくること」を指すほか、ダイバーシティとインクルージョンに加え、LIFULLは誰もが差別や偏見なく公平に機会を得ることができる「Equity(公平性)」、誰もがLIFULLの一員であると実感できる「Belonging(一体感・帰属意識)」の醸成も重視してこれらの活動を行っている。
具体的には、D&I+委員会のもとに「ジェンダーギャップ」「多文化共生」「子育て・持病・介護」「LGBTQ」「障がい者・スペシャルニーズ」という5つのチームがあり、委員会と連携しながらそれぞれのチームが独自に、当事者コミュニティづくりや交流会、支援活動といった取り組みを行っている。
堺は当初、D&I+委員会の中のジェンダーギャップの解消を支援するチームの活動に参加。そして2023年10月からは、D&I+委員会全体の委員長にも就任し、事務局全体の活動にも携わるようになった。
「打診された時は5秒ほど悩みましたね(笑)。ただ、Project Butterflyやもちもちワーキンググループもそうですけど、もともとLIFULLには会社として『D&I+委員会』を立ち上げる前から、LGBTQに関するコミュニティがあったり、多文化共生を考える会があったりしたんです。ボトムアップで、何かやらなければと思った有志社員が立ち上がり、率先して動く文化がLIFULLには既にあるので、それぞれのチームが自発的に活動してくれています。昨年はダイバーシティ&インクルージョンに取り組む企業を認定・表彰する『D&I AWARD 2023』の賞もいただきました。とはいえD&I+の考え方は会社としてとても大事なものなので、今後も積極的に活動していきたいと考えています」
自分のできる範囲のことで最大限頑張る
グループ長、Project Butterflyの発起人、D&I+委員会の委員長……と複数の責任ある肩書きを背負う堺。3人の子どもを育てながら、仕事を続けてきたことも十分すごいことだが、自らの受け身の思考に危機感を抱いた後の堺の働き方はよりエネルギーを増しているように感じる。いったい、なぜそんなバイタリティが湧いてくるのだろうか?
「私自身は何か特別なことをやっている感覚は全くなくて、自分のできる範囲のことで最大限頑張っている感覚です。常に全力なわけではないですし、そこはメリハリが大事です。休日は家のお風呂に一人で籠って、3時間ぐらいお湯に浸かりながらぼーっとする時間もあります笑。それに苦手なこともたくさんあります。家では片付けが苦手だし、仕事ではプロジェクト全体の世界観だったり、情緒的な価値観を部下に伝えることがうまくできなかったりします。数字を用いて説明することは得意なんですけど、なぜかそういう部分は苦手で……」
ただ、そうした苦手なことで上手くいかないことがあっても、堺はいちいち落ち込まない。「スルースキル」は3人の子育てを通じて最も鍛えられた部分だという。
「ずっと幼い子どもを相手にしていると、まず会話が成立するだけで感動するようになるんです。だから『何かあっても会話ができる』という感動がベースにあるので、仕事ではそんなに落ち込まないんです。でも一喜一憂しないのは本当に大事だと思います。苦手なことがあっても、自分の手で頑張ってそれをできるようにしようとはあまり考えません。それは得意な誰かに頼ればいいし、最終的にみんなで何かを成し遂げられればOKだと思っています」
そして何より、3人の子育てをしながら仕事も精力的に続けてこられた最大の理由を「仕事が好きだから」だと堺は語る。
「私の場合は自営業の父の背中をみて育ったこともあって、自然と仕事に対して好意的な感情を抱くことができました。『Project Butterfly』のような活動も、自分が好きでやっている感覚が根底にあるから、頑張れていると思います」
しかし、「仕事を好きになる」という感覚それ自体に、イメージを掴みにくい人もいるかもしれない。そういう人は、堺のように前向きに仕事に向かうためにはどうすればいいのだろうか。
最後にそんな疑問を投げかけると、堺は仕事を好きになるためのひとつの方法を教えてくれた。
取材・執筆:平木理平
撮影:阿部拓朗
LIFULL HOME'S サービス企画マネージャー、D&I+委員会委員長
業務系アプリケーション開発のシステムエンジニアとして社会人キャリアスタート。
その後、通信機器販売企業、ジョイントベンチャーを経て2009年にLIFULL(当時ネクスト)に企画職にて入社。LIFULLでは戸建/売買領域の企画・新規事業(ヘルスケア事業)・CRM(メールマーケティング)などを経験。3人の子どもは現在それぞれ13歳、10歳、7歳。
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