夫婦別姓はあきらめなきゃ、なんてない。
選択的夫婦別姓を実現するため、「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」を立ち上げた井田奈穂さん。初婚の時に夫や双方の親に「名字を変えたくない」と伝えると怪訝な顔をされ、「夫婦になれば女性が名字を変えるのは当たり前」となだめられた。その時に生まれた小さな違和感が、次第に自身のアイデンティティを失う苦痛へと変わるとは思ってもみなかった。夫婦同姓が義務付けられている国は日本だけという事実、廃止された家制度の概念をいまだに重んじる古い価値観を持つ人が多数いるという驚き。今、揺れているこの夫婦同姓を義務付ける問題と闘う井田さんに、女性の生き方とジェンダーロールについて伺った。
日本における名字のあり方については長年議論され続けているが、2020年末に閣議決定された第5次男女共同参画基本計画から「選択的夫婦別氏」という文言が消え、「後退」したと報じられた。2度の結婚を経験した井田奈穂さんも、カップルのうちどちらかが名字を変えなくては結婚できない日本の夫婦同姓制度に異を唱える。改姓するのは96%が女性だ。「なぜ別姓を選べないの?」という憤りは多くの女性が感じているはずだが、井田さんのように声を上げて“自分の名前で生きる自由”を主張する人も増えてきている。
結婚した途端、「嫁」として従属的な扱いをされ、精神的苦痛を味わった井田さん。夫婦別姓問題を通して見えてくる、日本のジェンダー問題。無意識のうちに決めつけられるジェンダーロールを疑い、「誰にとっても自分らしく生きる社会を」と訴える。
結婚を迎えるこれからの世代に
私と同じ辛さを経験してほしくない
なんで名字を変えたくないのかと聞かれるたび、「生まれ持った自分の名前だから」という他、答えがないという井田さん。
「名前を変えたくないという理由は人それぞれだと思います。私の場合、生まれ持った名字に由来したあだ名で子どもの頃に呼ばれていてすごく気に入っていたんですね。結婚したらなんで名前を変えなきゃいけないのか違和感がありました。
19歳で学生結婚する時、名字を変えたくないことを彼に伝えると、『妻の名字に変えるのは恥ずかしい』と言われ、両方の実家でも『本家の長男に“嫁ぐ”のだから、あなたが名前を変えるのが当たり前』と、私の考えを理解する人は誰もいませんでした。改姓後は、夫の家族から“嫁”として扱われる経験に驚きました。彼の父が『うちの嫁にはうちの家紋入りの喪服を作る』と呉服店の人を連れて家にやってきたのです。好きな人と結婚しただけで、井田家の嫁になったつもりはないので丁重にお断りすると、『あなたの意思は関係ない』と、私が採寸させるまで粘られて。親戚が集まる行事ではお酌や給仕。酔った男性親族たちに体を触られたり、セクハラ発言を受けたりしても、皆笑うだけ。嫁という存在が、まるで生まれた『家』から彼の『家』に譲渡された、どう扱ってもいい人間かのような扱いをされたことがとてもショックでした。
改姓後は、“井田”と呼ばれることにずっと違和感がありました。出産時に入院して、毎日“井田さん”と呼ばれるたびに、『自分の名前じゃない』と気分が沈んでいたことを覚えています」
井田さんにとっては、改姓は「因習」であり、人生の足枷のように感じた。
「大学卒業時は就職氷河期。会社に『旧姓を使用したい』と言い出せませんでした。旧姓通称の使用は、企業にとっても面倒です。『面倒なことを頼みに来る新卒』は採用されないと不安でした。最初の結婚以来、20年近く井田姓でキャリアを積んできましたし、“井田という名前を変えたくない”という子どもたちの希望もあったので、38歳で離婚した時は旧姓には戻さず、婚氏続称を選びました。私が味わったように望まない改姓の苦痛は、子どもたちにとってもいい影響を与えないでしょうし、生まれ持った氏名に戻しても、キャリアの継続性がすでに保てなくなっていたこともあります。現在の夫と将来を考えた頃も婚氏続称のままだったので事実婚にしました。でも夫が手術を受けることになった時、合意書にサインができなかったんですね。『家族ではない方に署名はしていただけない』という言葉はいまだに忘れられません。法律婚していないと、家族と認められないのかと」
看病を考えて、法律婚をすることに決めた。でも妻の名字を選んで結婚すると、夫に望まない改姓を強いる上、元夫の名字を彼に名乗らせることになる。
「仕方がなく、私が再び改姓をすることにしました」
家制度の呪縛に苦しむのは、もう終わりにしたい
「それまでにも疑問を感じてきた夫婦同姓ですが、大量の名義変更に走り回っていた頃、法律によって強制されるのは世界中で日本だけという事実を知って驚愕しました。昨年の12月に第5次男女共同参画基本計画案から「選択的夫婦別氏」の文言削除が報道されましたが、夫婦同姓の義務付けの廃止を求める動きは約40年前からあるにもかかわらず、いまだ実現していないんです。
夫婦同姓は、明治31年から約50年間に亘り民法で採用された『家制度』の名残りです。古来、日本では、結婚改姓の文化はありませんでしたが、家制度制定と同時期にドイツから輸入したのが夫婦同姓です。戸主と呼ばれる家の統率者に嫁いだ女性は改姓し、その家の戸籍に登録され、財産権も子の親権も、離婚を願い出る権利すら持てず、統率者家族の生活様式に従属することが強いられました。男尊女卑の考えに基づく家制度の思想はいまだに根強く、法的に家制度が廃止されて74年経つのに、『結婚=女性が相手側の家に嫁ぐ=名字を変える』という図式が一般的だと信じられています。この令和の時代に、ですよ?」
憲法24条は「両性の平等」をうたっているのに、どちらかの名字を名乗ることになっている。1947年に家制度は廃止された。そして結婚する時は親の戸籍からお互いが抜けて、1つの夫婦戸籍にする形式になった。
「憲法24条では『個人の尊厳と両性の本質的平等』が定められました。でも、『伝統』や『慣習』という体のいい言葉で支配され、夫婦がお互いの生来姓を名乗ることが阻止されているのが今の日本です。約120年もの間、『伝統的な家族像』という呪縛で望まない改姓を強いられるのは、多くが女性なんです」
厚生労働省の統計によると、婚姻後に姓を変えるのは96%が女性(※1)だ。
(※1)出典:平成28年度 人口動態統計特殊報告 「婚姻に関する統計」の概況|厚生労働省
「そもそも、性が違うというだけで男女が同じ選択肢を持って結婚に臨めないのは不平等だと思いませんか?『愛する人の名字になることが、私の幸せ』と思う人はそれを選択すればいい。でも、そうじゃない人もいます。結婚制度に夫婦同姓の強制という不平等な縛りがある限り、望まない人まで個のアイデンティティを失うのです。改姓する・しないすら自分で選べないなんて、男女平等と基本的人権の尊重に反していると思います」
議員さんへの陳情をする時の基本資料の1ページ。「選択的夫婦別姓を実現するには司法か立法どちらかに改正を求める必要があります。私は陳情というアクションを起こして、地方議会から国会へ意見書を送る方法を選びました」(井田さん)
多様な夫婦・家族のカタチを受け入れない日本に感じた危機感
選択的夫婦別姓をかたくなに認めない日本は、ジェンダーギャップ指数が世界で121位(※2)と、先進国で最低ランクに位置する。ジェンダー平等の価値観に対して、なぜ日本はここまで鈍感なのか。
(※2)出典:「共同参画」2020年3・4月号 | 内閣府男女共同参画局
「アメリカのカマラ・ハリス新副大統領は夫と別姓ですし、カナダのジャスティン・トルドー首相の夫妻も別姓です。これまで夫婦がお互い生まれ持った氏名のままでいることで社会問題が起きた国などないのに、日本ではなぜか認められない。女性差別撤廃条約(CEDAW)の批准国でありながら、選択的夫婦別姓が実現していないんです。これって国連も何度も改善勧告を行うほど、あり得ない状況なんですよ。先進国でワーストのジェンダーギャップ指数121位の日本は、このままだと“多様性を認めない国”として国際社会から白い目で見られることは避けられません。サステナビリティの流れから取り残されていくでしょう」
井田さんのお話を聞くと、男女平等で多様性のある社会と、日本の夫婦同姓を義務付ける制度は相反するもののように思えてくる。その根底にあるのは、前述した家制度による“嫁ぐ女性は改姓するのが当然であり、家を継ぐ子どもを産むために結婚する” という明治後期に固定化された社会通念であり、「そこにおさまらないのは夫婦ではない」というジェンダーバイアスにほかならない。
ジェンダーロールに縛られない社会の実現を
2度の改姓を通じて体験した、不条理な出来事が井田さんにとっての原動力。同じような辛い経験を次世代にさせてはならないという使命感から、法改正の活動を続けてきた。
「これから結婚を迎える女性に知ってほしいのは、『女性だからといって名字を変える必要はない。あなたにはあなたの名字を名乗る権利があるよ』ということ。男性も結婚する相手が同姓にしてくれないから、『幸せな家族じゃない』『子どもがいじめられる』という既成概念や思い込みは捨ててほしいですね。だって、日本人同士の結婚しか同姓って強制されないんですよ。国際結婚は基本が夫婦別姓です。『両親がそれぞれの氏名のままで子どもを育てたらいじめに遭うから、国際結婚禁止』って言う人はいないですよね?」
別姓問題だけでなく、理想の夫婦像、さらには男らしさ・女らしさという考え方にも、多くの人が呪縛にとらわれているという。
「“ジェンダーロール”という言葉をご存じですか? 例えば『家事育児は女性がやるべき』とか『男性は家族を養うためこれくらい稼ぐもの』という、性別によって社会から期待される、または自ら表現する役割や行動様式のことです。男性だって、家族のために料理することが生きがいという人や、育休を取って家事育児をするのが向いている人もいるかもしれません。夫婦の役割は家族ごとに自分たちで決めればいいし、いろんな家族のあり方があっていいはずなのに、そこにとらわれて悩んだり、逆に相手を苦しめたりするケースが多いように思います。
よくあるのは、年末年始に夫の実家に行くと、女性陣はキッチンに立って料理や準備に忙しくするのに、夫や義父はリビングで酒を飲んでいるというシーン。これってまさしく“ジェンダーロール”が生んだ風景ですよね。私は再婚した夫の実家に行った時、座っている夫を呼んで一緒にキッチンに行き、『これはどうするの?』『あれはどこにあるの?』と一緒に参加してもらうようにしました。私の息子も最初『◯◯君は座っていて』と言われましたが、娘には言われません。姪っ子たちに交じって2人も一緒に準備や皿洗いをするよう促しました。すると、義理の姉夫婦の夫もキッチンに立つようになり、男女関係なくみんなでご飯を作り、みんなで食卓を囲むようになったんです。夫の母は『あら!やってくれるのね!』と男性陣の参加を喜んでくれました。我が家も姉家族も共働き。自分の家では家事分担をしているのに、実家だとジェンダーロールに自分を当てはめていたんですね。
性別役割分業を次世代に当たり前だと思わせたくない。誰もが気持ちよく過ごせるよう、嫌な思いをしないようにやり方を工夫したり提案したりしてみるといいと思います。
イギリスでは2017年から、性別にもとづくステレオタイプ(世間的固定概念)を助長する表現の広告は禁止されています(※3)。家庭で女性が料理を作り男性が食べる表現や、男の子はサッカーで女の子が人形遊びという描き方は、全部禁止の対象とみなされます。男女の性差関係なく『その人がその人らしくある生き方を尊重しよう』という取り組みは、世界的に広がっています」
(※3)出典:性差別CMは禁止 英広告業界団体 – BBCニュース
教育現場でも「男はズボン、女はスカート」という性別による服装の違いが、生物学的な性の区別ではなく男らしさ・女らしさの強要と見なされ始めている。こうしたジェンダー問題への配慮として、「制服の選択制」を取り入れる学校が増えているようだ(※4)。
「制服選択制のように社会的に作られたジェンダーロールに縛られず、選択肢のある社会が広がっていけば、『男なのに』とか『女のくせに』なんて差別的な言葉は使われなくなるはずです。ぜひ、同調圧力や差別発言に負けず、柔軟な考えで自分らしく生きてみませんか?」
(※4)出典:女子生徒の制服「スラックス」 選べる県立高校が増加中:朝日新聞デジタル
1975年、奈良県生まれ。早稲田大学卒業後、記者、ライターとして活動。現在は、都内のIT企業に勤める。2児の母。人生で2度の改姓を経験し、夫婦が同じ名字を名乗ることを強制する民法は男女平等ではなく、女性蔑視の概念を助長する制度だとして、2018年に「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」を立ち上げる。政治活動経験ゼロながら、地方議会への陳情アクションを通して法改正を目指している。クラウドファンディングを活用し、国会に意見書を送る活動を展開。47都道府県を対象にした「選択的夫婦別姓」についての意識調査プロジェクトなどを実施した。
Twitter:@nana77rey1
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