歳をとったら隠居しなきゃ、なんてない。―起業家経験を昇華して、人生をかけて平和な未来をつくる―

2023年12月21日、株式会社LIFULLは創業社長の井上高志が社長を退任し、後任に伊東祐司が就任しました。ここでは、28年間ビジョンを共にしてきた人たちへの想いや、「その行動はカッコいいか?」を判断基準に、ありたい未来を描いてきた過程など、井上が人生の節目で大切にしたことを振り返ります。さらに、社長退任から2か月経ったいま井上が考えていること、55歳からの生き方について話を聞きました。

歳をとったら隠居しなきゃ、なんてない。―起業家経験を昇華して、人生をかけて平和な未来をつくる―|LIFULL STORIES

株式会社LIFULLは、創業から28年間で資本金97億1600万円、従業員数1,696名(2024年3月時点)、東証プライム市場上場企業に成長しました。はじまりは、1995年に井上がマンションの1室で立ち上げたネクストホームです。「不動産業界の情報の非対称性を変えたい」という思いから日本中の物件のデータベース化を進め、1995年に日本で初めての不動産ポータルサイト「HOME'S」を公開しました。

社長交代はゴールではなく、通過点。

就活と失恋で、トリガーが引かれた

1995年に事業を始めてから28年間、井上はリーダーとして会社を率いてきた。しかし、学生時代を振り返ってもらうと真逆の人間像が浮かび上がる。

「とにかく引っ込み思案な子どもでした。小中学校は学年で一番小さくて、勉強もスポーツも中の下の成績。可愛がられキャラだったけれど、リーダーシップの欠片もなかった。たいていの人は、中学生までに班長くらいは経験しますよね。でも僕は、班長に推薦されたら最悪だと思っていて、指名される前に“飼育係をやります”と言うタイプでした」

そんな井上が、28年間も会社の代表を務めた。学生時代と真逆の人生を歩んだ背景には、兄の存在がある。

「一つ年上の兄は、なんでもスマートにできる人です。中学はバスケ部のレギュラーで、高校は学区内で最難関の県立に入り、ストレートで慶應義塾大学に合格して、2週間の就職活動で大企業に内定しました。エリートコースをサクサク進む兄を見て、僕はどれだけ頑張っても追いつけないと感じていたのです。真っ直ぐに進んで追いつけないなら、別ルートで追い越せないか? そう考えた時に起業が浮かびました。高校3年の頃です」

起業を思い立った井上だが、大学時代に起業の準備をしたわけではない。「生来のちゃらんぽらんな性格が出ていた」と大学生活を振り返る。

「大学に入って4か月後に彼女ができて、同棲するようになりました。一夜漬けで勉強してなんとか期末試験をパスするなど、刹那的に生きていました。3年生になってなんとなく就職活動をしている最中に、彼女に振られたんです。彼女には夢があって、そのためにニューヨークに行くと言われたのです。その時の自分は、なんのために働くのかビジョンも志もなかった。彼女との圧倒的な差に愕然としました。そして、自分の未来に対して目標を持って真剣に取り組むべきだと気づいたんです」

井上高志さん

同時期にもうひとつ、井上の意識を変えた出来事がある。井上が就職活動をしていたのはバブル最終期で有効求人倍率は4倍もあり、4社の内定が出ていた。しかし、あるベンチャー企業の採用試験では不採用になる。

「当然ですよね。ベンチャー企業はじっくりと人を見極めるので、それまで手を抜いて生きてきた僕が採用されるわけがない。カッコ悪いなと自己嫌悪に陥ったし、それまでの人生で何も成し遂げていないことに気づきました」

そこから井上は今までの自分と真逆の行動をするために、思考と行動のマイルールを定めた。

「何かを始める時にいつも躊躇していたのを、迷った瞬間に“やります”と言えるようにマインドコントロールしました。二択の選択肢があってどちらに行くか迷ったら、必ず厳しい道に進みました。そして、時間に遅れないこと、約束を守ることを行動の基本にした。マイルールを定めて、人格改造をしていきました」

しかし、マイルールを決めるくらいで真逆の自分に変われるものだろうか? 井上に問うと、幼少期から培った素養にヒントがあるようだ。

「母親の影響が大きいです。母親は取り柄のない僕に“大丈夫。あなたは大器晩成だ”と言い続けました。今振り返ると、自己肯定感、安心安全の環境づくり、内発的動機の三つを徹底的に育んでくれました。

母親は、生まれた瞬間から子どもは立派な一人の人格を持っていると考えていて、親と子の上下関係ではなく対等の関係だと捉えていました。無償の愛を注ぐけれど、子どもが親の期待に応えるかどうかは関係ない。だから、期待しすぎてプレッシャーをかけることがありませんでした。僕は21歳まで自分の殻を破れなかったけれど、幼少期から培ってきた沸沸と湧き上がるものはあった。中途半端な就活と失恋で、トリガーが引かれたのです」

良かったことも苦労したことも「人」だった

大学卒業後、井上はマンションデベロッパーに入社し、4年後に独立してネクストホームを立ち上げた。創業当時を振り返ってもらうと「ワクワクして、“やってやろう”という気持ちでした。人は持っているものを失うと不安を感じますが、僕は5万円の現金と1台のパソコンからスタートしたので失うものがなかった」と話す。

ただ、“班長もやったことがない”井上にとって社長像のイメージがつかなかった。

「社長って何をするんだろうと思って、本田宗一郎さんや松下幸之助さん、稲盛和夫さんなど創業者の本を読み漁りました。その中で一番スッと心に入ってきたのが、利他の心を大切にするという稲盛さんの言葉です」

井上高志さん

LIFULLの前身であるネクストの頃から、社是は「利他主義」だ。井上がつくった会社において、最も大切なことに利他主義を置く意味は何か。

「母親が40年近く老人ホームのボランティアを続けています。利他を実践している人が隣にいるので、人を大切にするのは当たり前なんです。就職しても、利他的な営業でお客さんに喜んでもらうのが自然でした。一方で、金儲けのために人を欺いて裏で舌を出している人をたくさん見てきました。僕は、そういう行為に腹が立つんです」

しかし、弱肉強食の経済の世界で創業から利他主義を貫けるものだろうか。井上に聞くと、実際には試行錯誤があったと明かす。

「経営の先輩からは“利他なんて生易しいことを言っていたら生き残れない。清濁併せ呑んでやっていけ”と言われました。当時は僕も若くて、利他を貫いた経験はないし儲かってもいなかったから、最初の10年は自分でも疑心暗鬼でした。でも、経営の神様のような稲盛さんが言っていることだと信じて続けてきた。創業から20年経ったころには“絶対に利他でやり続けられる”と確信を持ちました。今は、利他主義でやっていけば本当の調和が生まれてよい社会がつくれると確信しています」

井上高志さん

経営理念を重要視するビジョン経営を貫いて良かったことを聞くと、「関わってくれる従業員みんなが、利他主義を体現する人になったこと。例えばLIFULL HOME’S、SUUMO、アットホームはいずれも『不動産・住宅情報サイト』ですが、背景の思想は会社によって異なります。長い時間をかけて大木を育てるように採用、育成、評価、事業モデルなどをつくり込んだ結果、LIFULLは利他で経営を実現したい人たちが集まりました。事業モデルは模倣可能でも、企業文化や人的資本は短期間で真似できるものではありません」と答えた。

では逆に、社長を退任した今だから話せる苦労はあるのだろうか。

「良かったことと同じで、人です。経営のリソースはヒトモノカネ情報で、中でも”人”が最も価値を発揮しますが、樹木で例えると一番手入れが大変です。経済の世界では、土壌を肥沃にして、水やりをするといった育成過程を飛ばして、最後に実った果実だけを見ます。現在のPL(損益計算書)の手前には、本当に大変なことがたくさんありました。だから、苦労したことを聞かれたら、人・組織と答えます。でも、それは避けたい苦労ではなく、諦めずにやり続けるものだと考えていました」

その行動は、カッコいいか?

2023年11月、井上は社長を退任して会長に就くと発表した。どんな気持ちで社長退任を決めたのだろうか。

「社長交代にあたって後継社長に言ったのは2つ。社是の利他主義と今の経営理念は100年変えないこと。自分に言い聞かせたのは、口出しをしないこと、“老害”にならないこと。ネクストホームを創業した時から、周りには45歳で社長を辞めると伝えてきました。26歳で起業して20年やって不動産業界を変革できないなら、自分には力がないということだから能力のある人に引き継ぐほうがいい。もし不動産業界を変えられていたら、次の社会課題の解決に進んだほうがいい。もともと会社に対する執着を持ったり、自分の所有物だと捉えるのはダメだと思っていました。僕が生まれた時から一人の人格として育てられたように、会社も生まれた時から人格があると考えています」

井上高志さん

後継者育成に時間をかけたため、実際には55歳で社長を交代した。丁寧に育ててきた会社だ。本当に執着せず、スマートに引き渡せるものだろうか? 

「自分でつくったからと会社にしがみついて革進を妨げる原因になるのは、カッコ悪いという気持ちが強いです。僕にとって、カッコいいかカッコ悪いかは大事なキーワードです。恋愛関係でいうカッコいいではなく、例えばアフリカで飢餓に苦しむ子どもから見ても“タカシはカッコいい”と言われることを目指したいんです」

会長になった井上は、引き続き不動産金融事業、地方創生事業、海外事業、2024年に設立したLIFULL Agri Loop事業の執行に携わりつつ、以前から続けてきたNPO法人PEACE DAY、公益財団Well-being for Planet Earth、ナスコンバレー協議会、新経済連盟などの活動を通じた社会貢献活動のための時間も増やす予定だ。以前より自分のことに使える時間が増えたという井上に、今後やりたいことを聞いた。

「僕の究極の目標は世界平和と人類の幸福なので、100歳まで事業を続けて社会課題解決のために行動します。個人的には、起業家目線ではない世界にも視野を広げてみたい。仏教でいう中道です。起業家人生で知ったのは世界の端っこの5パーセント程度かもしれないので、アカデミアやボランティアやエンターテイメントなど知らない世界も体験したい。そうすれば、もっと視座を高めて世界平和や人類の幸福に必要な調和のポイントがわかると思います。

そのために100個のウィッシュリストを書き始めています。チベットに行ってみたい。マッキンリーに登ってみたい。弓道をやりたい。合成生物学を学びたい。金髪にしてみたい。地下アイドルの世界に足を踏み入れてみたい……書き出すとやりたいことはたくさんあります。体験したそれぞれの場所から、中道を眺めてみたいです」

僕にとって年齢とは、時間軸のゴール設定です。◯歳までにやると決めたら、実現までのステップを逆算して頭の中に設計図を描いて実行する。老齢化していくカウントダウンだとは思っていません。

取材・執筆:石川歩
撮影:白松清之

井上高志さん
Profile 井上 高志

1968年生まれ、神奈川県横浜市出身。青山学院大学経済学部卒業。リクルートコスモス(現コスモスイニシア)を経て1995年に独立してネクストホームを立ち上げ、1997年に株式会社ネクスト(現LIFULL)を設立。特定非営利活動法人PEACE DAY代表理事、一般社団法人ナスコンバレー協議会代表理事、一般社団法人新経済連盟理事、公益財団法人 Well-being for Planet Earth評議員。

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