いずれはウチも実家じまい、なんてない。―自宅を開いたら、地域と世界を繋ぐ扉になった。豪徳寺の小さなカフェから見える住まいの未来―
自宅は家族の居場所。家族を包む、やわらかい繭のような存在だ。しかし時が経ち、子どもが巣立ち夫婦2人、もしくは一人暮らしになったとき、家は外界につながらない閉じた空間になる可能性もある。“実家じまい”という言葉が聞かれるように、年経てから自宅の扱いに困る人も多い。
だが、考え方一つで家は外に通じる扉にもなる。世田谷区・豪徳寺にそれを実践した一人の女性、風間久仁子さんがいる。風間さんは自宅をどのように“開いて”いったのだろうか?
都内でありながら緑豊かな景観が広がる世田谷区豪徳寺。そこに小さなカフェ「Piece of Peace」がある。実はこのカフェ、1階の一室が店舗で、残りの部分はオーナーである風間久仁子さんの自宅でもある。息子たちと3人で暮らす家の一角は、今日も外国人観光客やご近所さん、さらには地元の小学生までが訪れ、人と人が出会う場所になっている。「味やインテリアではなく、会話を楽しんで、人と人が繋がる場所、ピースとピースが組み合わさって新しいことが生まれる場所にしたかったんです」と微笑む風間さんに吸い寄せられるように一人、また一人とお客さんが訪れる。
家の壁を壊して入口にしたとき、私の人生の壁も壊したような気がします。
5つの偶然が重なり、自宅カフェ開業を決意
「自宅の一室をカフェにしようと思ったのは、5つのタイミングが重なったからなんです」
看板犬であり愛犬のマルを抱っこしながら話すのは風間久仁子さん。妻として、母として、家庭を守ってきた。
5つのタイミングの1つは、夫が実家の京都へ引っ越したこと。
「夫はドラム演奏が趣味で、今カフェになっているスペースは防音室だったんです。京都出身の夫は退職後は親の介護もあるので、しばらく実家で暮らしたいと言うので『分かった』と言ったところ、この部屋にあった趣味のドラムセットも持っていって移住しちゃったんです(笑)。いきなり部屋がガラーンとして、息子が麻雀やろうと雀卓置いたりしたんですが、空間がもったいないなと思って」
2つ目は、豪徳寺におけるインバウンド客の増加。豪徳寺は招福猫児(まねきねこ)を祀っていることで有名で、ネコが好きなインバウンド客が多数訪れる。そのため、周辺の飲食店も外国人観光客でいっぱいだ。
「私たちが立ち寄れる店がなくなっちゃったねぇ、とおばあちゃんたちが話してたりして、みんなが息抜きできる場所があったら……と思っていました」(風間さん)
3つ目は、近所に高齢者住宅ができたこと。以前、高齢者住宅のコンシェルジュをしていた風間さんは、面会しに来る家族や友人と、住人の方がゆっくり話せる場所がないことを残念に思っていたので、そういう場を作れないかな? という思いもあった。
4つ目は、家の将来を考えたこと。
「子どもは2人とも息子なので、いつかは家を出ていくだろうと思っています。夫はひと足早く京都へ行ってしまったので、いずれここで一人で住むかもしれない。息子たちが結婚したとして、この家に住むことはないと思ったし、孫ができたとしたら、おばあちゃんに会いたい! という動機が、たとえばお小遣いだけなんて、さみしいですよね。だったら『おばあちゃんちに行きたい!』って、行かずにはいられないような楽しい場所にしちゃえばいい! と思っていました」
風間久仁子さんの愛犬・マル
そもそも以前から、夫と「いつか飲食店をやってみたいね」と話していた。そこで京都にいる夫に電話をして「防音室を改装してカフェをやりたいんだけど、どうかな?」と相談した。
「えっ? 一人でできるの?」と問う夫に「できると思う! 本格的な料理は出せないけど、カフェならできる」と返したら「いいよ。やってみれば」という返事が返ってきた。
「だけど、その当時上の息子はまだ大学生、下の息子は大学受験で、まだ社会に出ていませんでした。だから最初は4年後ぐらいにできればいいかな? と思っていたんですが、ここで、夢が実現できそうな話がやってきたんです」
それは、近所にある国士舘大学のオープンキャンパス問い合わせ欄に風間さんがカフェへの思いを書いたことが引き寄せたことで、これが5つ目のタイミングだった。
「国士舘大学には理工学部に建築を学ぶ科があるんです。そこの学生さんに『カフェのデザインコンペをしませんか? 実際の店作りをやってみませんか?』という企画案みたいなものを送ったんですね。そうしたら1、2日後にすぐ南泰裕先生(教授。理工学部建築学系工学研究科建設工学専攻)から直接メールが来たんです。『すごく面白いお話です! ぜひ、学生たちの前でこの企画をお話してくれませんか?』って」
唐突にも思える行動だが、数年前に息子さんが国士舘大学のオープンキャンパスに行ったことがあり、建築学系の学科があることを知っていたことと、近所にあり大学にも馴染みがあることで「送ってみよう」という気持ちになった。
送ったのには、自分のカフェのこともあるが、学生たちへの思いもあった。建築の勉強をしていても、卒業後、全員がその世界に進めるか、あるいは進みたいと思うかは分からない。もしその道に就職しても、自分の設計やアイディアがすぐに活かせるかどうかは分からない。
だったら学生の間に思う通りの建築物を手掛けたら、自分が本当にその道に合うか、それとも別の可能性のほうがいいのかを判断できるかもしれない。そのきっかけに、自分のカフェ構想を合致させられるのでは? と風間さんは考えた。自分の長男が「体育の先生になりたい」と体育系の大学に進学したのに、途中で「何がやりたいか分からなくなった」と言ったこともそう考えた動機だった。
南教授はゼミに風間さんを招き、カフェ構想の話しをしてもらったあと、
「どう? やってみたい人いる?」
と学生に聞いた。約20人のゼミ生は「やってみたい!」と手を挙げた。それからの半年間、風間さんはカフェのスタッフとなる予定の芳澤さんとともに南ゼミに出席し、学生たちと話し合い、カフェ構想を固めていった。
ここまで来たら、もう進むしかない。息子たちの世話には力を入れていた風間さんだが、2人に話をした。
「今、二人とも大変な時期だってことは分かってる。でも、先にママも頑張ってもいい? 先にママの夢を叶えてもいいかな?」
「僕らを優先してほしい」と子どもたちが言うかもしれないと思いながらの相談に、彼らの返事は
「いいじゃない、やりなよ。ママならできるよ」
拍子抜けするほどあっさり、息子たちは背中を押してくれたのだった。

“ウクライナ・ショック”も工夫で乗り切りついにカフェ完成
学生のデザインは驚くほどバリエーションに富んでいた。どれも個性があり、1つだけは選べないほどだった。だったらそれぞれの案のいいところを合体させて作っていこうと話がまとまった。
ところがここで思わぬ難題が持ち上がった。ロシアのウクライナ侵攻に伴う建築資材高騰という“ウクライナショック”である。当初風間さんが考えていた金額の倍以上になってしまい、これではとても建設できないと「1年待って! 私お金貯めますから!」と言おうとした。
ところが南教授は「これも勉強ですから、子どもたちに正直に言いましょう。みんなで考えて、できる方法を考えましょう」と言った。
学生たちの「やってみたい」思いは強かった。ゼミ生のみならず、院生までもが参加し、何回も図面を引き直してくれたり、予算を抑えるためのさまざまな知恵を出し行動にも移してくれた。

「ワークショップをやりたいからプロジェクターを投影するスクリーンが欲しい」と言う風間さんに、学生たちは「スクリーンは必要ない、この壁は白いからここに投影すれば問題ない」と、スクリーン設置をカット。一見オーダーに見えるキッチン周りの収納も、学生たちが車を出してくれて、オシャレだけど安く家具が手に入る大型店をいくつか周り、材質は少し違うがライトが当たれば差が分からないボード類を組み合わせてくれた。「音楽を流したい」と言えば「大きなスピーカーなんていらないですよ、今はスマートスピーカーで充分です」と、知恵を出してくれる。
こうしてなんとか予算内で収まりそうになったとき、風間さんはとんでもないものを忘れていることに気がついた。店の看板だ。しかし、もうこれ以上予算は出せない……と悩んでいたのだが、なんと、学生たちは風間さんに内緒で手作りの看板を仕上げていた。素晴らしいサプライズである。ピースが組み合わさったカップのイラストが描かれた看板を渡されたとき、風間さんは感激のあまり涙を抑えきれなかった。
最後にその看板が店の外に取り付けられて、カフェは完成した。店名は「Piece of Peace」。2025年8月23日、今までは閉じた部屋だった部屋は道に面して扉を開き、家族以外を迎え入れる新しい自宅になったのである。

「Piece of Peace」の看板・外観
ピースボードはまさにみんなのピースが合わさってできた
カフェを開くにあたって、風間さんが「これだけは絶対に置きたい」と思っていたのが、来店した人に自由にメッセージを書いてもらったカードを貼り付ける“ピースボード”だ。
「みんなのカード一片一片がつながりあって、ボードが埋まったらそれは1つの絵になると思ったんです。さらにカードだけじゃなくて、ここで人と人というピースがつながりあって、新しい出会いが生まれる。それも目に見えない『絵』になっていく。そんな意味を込めているんです」
風間さんは「人生で経験したことはいいことも嫌なことも全部自分を作ってくれているピースだ」と考えている。一生のうちでこれだけさまざまな経験をすることはないだろうというような、びっくりするような経験もたくさんしている。
「そんなことがあっても、そのときはもちろんびっくりしたり、辛かったりするけれど、過ぎてみたらそれがあったから今こういう自分になれたって思えるんです。あれがあって私がある。ピースボードもそんな風に、いろんなピースが合わさって1つの絵を作ることを表現したかったんです」
来店者たちに書いてもらったカード
メッセージを書く人、つまりこのカフェを訪れる人たちはさまざまだ。現在、7〜8割はインバウンドの観光客。
カードに「国の名前も書いてください」とお願いしていて、その国の数、およそ50! 大半は欧州のお客さんで、中には耳慣れない小国もある。それぞれの国の言葉やイラストが描かれたカードが、ボードを彩っている。
風間さんは外国語は苦手、というが、どんな国の人が来ても話しかけ、コミュニケーションを大切にしている。対お客さんにもそうだし、お客さん同士をつなげてみんなで会話するのも「Piece of Peace」という場だと考えている。だから、お客さんからもいろんな相談をされるし、「聞いてくださいよ」と話しかけられることが多い。
ご近所の方が譲ってくださった茶器。当初は美しすぎて使えなかったが、今は季節に応じて選んだ柄でお客様に供している
昨年の年末、こんなことがあった。12月30日、看板ギリギリに駆け込んできたギリシャからのお客さんが、話の中で「日本の12月31日はどこのお店も閉まってしまうんでしょ? 僕らは何をしたらいいかなぁ」と言う。そこで風間さんは豪徳寺の除夜の鐘の話をし、「もし、鐘をつきたいんだったら、私の持っている整理券をあげる」と、自分は当日券を貰えばいいからと、鐘をつくことができる券を渡した。
翌日、豪徳寺で再会した彼らは滅多にできない経験に大感激。息子さんと一緒だった風間さんに興奮冷めやらぬまま話しかけてきた。
「クニコありがとう! 最高の体験ができたよ。(息子さんに向かって)君は水球をやっているんだって? 僕の町は水球で有名なんだよ。ぜひ遊びにおいで! 飛行機チケットだけ持ってくれば、あとは僕が全部面倒みるよ!」
彼らは日本の小さなカフェ「Piece of Peace」を忘れることはないだろう。風間さんのことも。
もちろん地域の人達も、小学生から高齢者までがPiece of peaceの扉を開ける。店の前は通学路で、午後1時過ぎると、お茶を飲むわけではないが、子どもたちが立ち寄ってくることも多い。
「マル(看板犬)がいるのと、私がいつも『こんにちは!』と声かけたりしているから、子どもたちも当たり前のようにやってきますね。今は防犯上、街で子どもに声かけるのも難しいみたいですけど、声を掛け合えるような場所にしたいですから」
常連の子どもが風間さんのために作ってくれたシール帳
常連の小学生は、昨夏、家の鍵が開かないときに「じゃあここで英語の勉強しよう!」と風間さんに招き入れられてからやってくるようになった。風間さんは子どものために店の奥に駄菓子コーナーも作っているので、駄菓子を買いに来て、風間さんとおしゃべりを楽しんでいく。
また別の小学生は、最近流行しているぷにぷにしたシールを貼るシール帳を手作りしてくれて、自分のシールを貼って風間さんに「はい、あげる」とプレゼントしてくれた。
高齢者住宅の住人も常連さんだ。以前犬を飼っていたが、高齢者住宅では飼えないのでマルに会いに来る。町内会の方々も、いろんな人を連れてやってくるし、地域の若者たちが話をする場を求めて、夜、飲み会がてらの貸し切りを予約することもある。時には人間関係に疲れたママのストレス発散の場や逃げ場所になることもある。
子どもの頃から知っている若者が「こんにちは〜」とドアを開けて入ってくるし、風間さんの息子さんの友人が「ここならお客さんと英語を話せるし、勉強になるから」とバイトに入ってくれたりもする。
望んだ通り、たくさんのピースが国内外からPiece of Peaceに集まり、ここで新しいつながりを作り、また離れていく。
訪れた人たちが残していったピースカードは、すでに3回ボード全面を埋めた。ボードが埋まり「1枚の絵が完成」すると、風間さんはカードをていねいに剥がし、1つのファイルケースに入れて保存する。だいたい3か月でボードが埋まるそうで、その数は約900〜1000枚。オープンして8月で1年、今までにおよそ約3000人以上が訪れた計算だ。

「Piece of Peace」のドリンクとスイーツ。アイス抹茶は京都一保堂の抹茶を使用。グルテンフリーのスイーツは風間さんのお手製
しかし何しろ自宅直結のカフェである。今までに不便を感じたことはないのだろうか?
「デメリットは……うーん、ないですね。たしかに個人情報はダダ漏れですよね。夜、2階に電気がついていれば在宅だって分かるし、車がなければ出かけたことも分かる。若かったら不安に思うかもしれませんが、今はそれも別に気にならないですね。
あるとしたら、突然休んだときに周囲の人が『どうしたんだ、風間さんに何かあったのでは?!』と心配をかけることぐらいでしょうか?」
そう言って風間さんは笑う。
今までは妻であり母だった 家を開いたことで自分の人生が始まった
カフェを開くまで、風間さんの中心は「妻」であること、「母」であることだった。今は「Piece of Peace」という場を持ったことで、自分自身の人生の、新しい挑戦が始まった、と感じたという。
たくさんのピース(人)が集まり、つながりが生まれ、新しい物語がつむがれていく。風間さんを中心に、くっつき合うピースは世界中どこまでも広がっていく。
「私はもう豪徳寺で最期まで生きていく覚悟で店を開けたんです。今年、高齢者住宅に茶器を持っていってお抹茶を点てる出張カフェも始まりました。ここを拠点に、ずっとたくさんの人(ピース)が集まる場所にしていきたいですね」
今日もまた各地からピースがPiece of Peaceに引き寄せられ、集まってくる。4枚目のピースボードも埋まる日も、もうすぐだ。
これからもたくさんのピースで大きな絵を作っていきたいです。
取材・執筆:有川美紀子
撮影:近藤沙菜
大田区から世田谷区豪徳寺に移り住み10年。さまざまなきっかけが重なったことで自宅の一室を改装しカフェ「Piece of Peace」を2025年8月に開業。PTA役員などで培ったネットワークも活用し、もちまえの引き寄せ力でカフェに賑わいを生んでいる。メニューはすべて自分が好きなもので構成し、京都の一保堂茶舗から仕入れた抹茶を使ったドリンクや、ハワイで人気のトロピカルジュース「ハワイアンサン」などが並ぶ。風間さんの愛犬であり、看板犬のマルはハワイ語で“平和”の意味。
piece of peace
世田谷区豪徳寺2−29−2 水〜日11:00〜17:30、金・土のみ夜Bar19:00〜23:00(L.O.)。月・火定休。最新情報はInstagramを参照。