起業するなら社会人経験が絶対に必要、なんてない。

水谷 仁美

大正元年(1912年)創業の歴史ある養蜂園の長女として生まれた水谷仁美さんの夢は「専業主婦になる」だった。確かにその夢を実現し、一度も就職することなく幸せな結婚を遂げ、アメリカで主婦として子育てにまい進していた。しかし、社会人経験もなく会社経営のイロハすら皆無だった彼女が、2004年にビューティーブランド『HACCI(ハッチ)』を創業し、最高経営責任者(CEO)としてハチミツの良さを世の中に伝えている。彼女が、なぜ100人以上の社員を抱える会社の代表になったのだろうか? お話を伺った。

いまから20余年前の1999年。男性も女性も、意欲に応じて、あらゆる分野で活躍できる社会を目指した「男女共同参画社会基本法」が施行された。もちろん現代では女性の社会進出は当たり前の話ではあるが、上記のような法律が設けられる必要があるほど、かつては“女性は家庭に入る”という概念が一般的だった。専業主婦であった水谷さんは、当初は特に社会との関わりを望んではいなかったのだが、さまざまな経験や出会いにより、その意識は変わっていった。

アメリカでは「〇〇ちゃんのママ」とは呼ばれることはない。友人たちに諭された自身のアイデンティティーを持つ大切さ

水谷さんの母親は一人っ子だったため養蜂園を継いだのだが、水谷さん自身は仕事人間だった母親に対する反発もあって、社会に出ることはまったく考えていなかったという。大学卒業後も就職はせず、社会に出たことのないまま結婚。その後、子育てのさなかアメリカのロサンゼルスに滞在することになったのだが、海外で初めて、実家のハチミツの素晴らしさ、そして女性の社会参加を知った。

「日本では、ハチミツ=食品が一般的ですが、アメリカではハチミツをエステティックで使うなど、美容法の一つとして扱っていました。それで『私の家は、ハチミツ屋さんだよ』と、実家のハチミツをみなさんに分けてあげたところ、『日本製ハチミツは肌に塗ると、滑らかさがすごい!』と評判になって。私にとっては子どもの頃から当たり前のものだった実家のハチミツが“実はとてもスペシャルなもの”ということを海外で知ったのです」

また、それまでまったく仕事をしたことがなかった水谷さんだが、アメリカで社会との関わりの大切さを教えられたという。

「学生時代はアルバイト禁止の学校でしたし、大学を出てからも花嫁修業ということで一度も働いたことがないまま、社会に出ずに結婚しました。でも、アメリカの友達の奥さまたちは、仕事はしていなくてもボランティア活動など社会に貢献することを当然としていました。日本では結婚すると『〇〇ちゃんのママ』とか『××さんの奥さん』という肩書になりますが、アメリカの友人に『あなたはあなたの名前で社会に出なさい』ということを教えられてショックを受けました」

それまで、地下鉄も一人で乗れない、カフェに行っても自分でメニューは決めず夫の顔を見て決めてもらうというような、付き従う奥さまだった水谷さんだが、アメリカの友人たちからアイデンティティーを持つことを学んで帰国することとなった。

「日本に戻っても、アメリカで頂いた“炎”が残っていたのだと思います」

「粗利って何?」経験ゼロでスタート

一度も社会に出たことがない専業主婦だった水谷さんだが、東京に戻ってきてから『何かがしたい!』という情熱にあふれていた。

「さて、何をしようか、となったとき『ハチミツ』がキーワードになりました。当時は日本では、ハチミツは食品としてだけでしたが、アメリカでは美容品としてのハチミツを喜んでもらえたわけですし、これを日本でも伝えようと思ったのです。でも、私にとってそれは商売としてではなく、ただ“良いものを伝えたいという思い”からでした」

友人に声をかけ、専業主婦2人で始めた社会との関わり。右も左もわからないままに「イメージとしては子どもが家の前でレモネードを売るとか、学園祭のノリ」で美容品としてのハチミツの開発をスタートしたという。

しかし、その当時で90年以上の歴史を誇る養蜂園の娘である水谷さんであり、主婦のお遊びではなく“作りたいもの”には最初から明確な構想があった。

「ただ単に『ハチミツが美容に良い』といってもなかなか伝わりませんし、また女性は欲張りなので、美容成分としてヒアルロン酸やコエンザイムQ10などを加えたのが、最初の製品である『ビューティーハニー』です。また、容器にもこだわりがあって、スポイトが付いています。スポイトを使えば、簡単に化粧水に入れたりできますから。この容器にはこだわりました」

このスポイト容器のアイデアは初めから水谷さんが考えていたことだが、その実現は簡単ではなかった。

「ハチミツを美容品として持ち歩くために、簡単に使えるようスポイトが内蔵されている容器を作りたかったのです。でも、私もハチミツ屋の娘ですから、ハチミツって結晶化する問題があるのでスポイトは難しいということもわかっていました。その結晶化対策のためにハチミツの分子配列を整えてもらい、初めてスポイト容器が可能となり、ビューティーハニー(美容のためのハチミツ)が完成しました」

この結晶化対策をしてくれたのはある製薬会社だったのだが、水谷さんとのつながりはまったくの偶然。たまたまカフェで隣に座った人がそこの社員で「こういうハチミツを作りたいんです!」と話したところ、製薬会社の技術者が特別な手法を提案してくれて協力関係が始まった。

こうして、理想とする製品を完成させたとき、それまでの学園祭のノリから、「こんな素晴らしいものができたのだから、私たちでハチミツに革命を起こそう!」と意識が変わっていった。

“Since 1912”というのれんの重さ

しかし、「ビューティーハニー」は完成したものの、水谷さんは販売するということをまったく考えていなかった。あくまで良いものを作って広めたいというだけであり、「お友達に配ればいいかな」くらいの感覚だった。

「ビューティーハニー完成後に、パッケージのデザインを手伝っていただいた方から『これ、どこで販売するの?』と言われまして、そこで初めて売ることを意識しました(笑)。

デザイン会社の方からのご紹介で銀座三越での催事のお話を頂きました。そのとき知ったのが、実家の“大正元年(1912年)創業”というのれんの重さでした。この実家の歴史がなかったら、HACCIがいくら良いものを作っても、世の中の誰も認めてくれず、銀座三越で販売することなどかなわなかったでしょう。なので、ご先祖さまに感謝して、慌ててお墓参りに行きました」

ここからHACCIが会社としてスタートするのだが、実家である水谷養蜂園のサポートありきのビジネスモデルとして盤石な起業かと思いきや、家族の反応は予想外だった。

「実は私がHACCIを始めようとしたとき、母以外の家族からは猛反対されました。今になって思えば、家族の反対は当然だったと思います。これまでに社会人経験もない、働いたこともない主婦が突然、水谷のハチミツを使って商売をしようというのですからね。養蜂園を継いだ兄に『原価とか粗利とか、そういうことわかっている?』と聞かれて、『わからない、でも大丈夫』とか答えていたぐらいですから(笑)」

それでも、水谷さんは自分を信じて突き進む。それは幼少時代からハチミツを美容に使用してきた水谷家の一員として、「ビューティーハニー」の効果を信じて疑わなかったからである。

結果、この催事の出店がテレビで取り上げられたこともあって一気に知名度が上がった。関係者には「テレビでもてはやされても2週間ぐらいで終わる」と言われたのだが、3カ月の催事の間、連日の行列が最後まで続いた。そして催事だけでなく、銀座三越に常設店舗を構えるまでになった。

HACCIが誕生して17年。全国12店舗、社員100人以上の規模へと成長していった。

優しいハチ、ハチに優しい環境、未来へつなぐ

「サステナブルな社会」=環境・資源が将来にわたって持続可能な社会を目指すという言葉をよく耳にする昨今だが、「養蜂業」は自然の恵みを分けていただく業態であり、古来よりミツバチのための環境を整える仕事でもあった。そこで水谷さんは、ミツバチのために「ミツバチの楽園」の建設を予定している。

「現在、息子が私の弟の下で養蜂家としての修業をしているのですが、息子は『水谷のミツバチは優しくて穏やかだ』と言うのです。弟に聞くと、『人間と同じでミツバチも親に似る。まず女王バチをストレスのない環境で穏やかに育てる。働きバチは代替わりするけど女王バチはその巣をずっとつかさどっているから、働きバチは穏やかな女王バチの気質を受け継ぐ。女王バチの血筋は代々つながり、100年以上もの間水谷のミツバチには穏やかな気質が受け継がれてきたんだよ』と教えてもらいました。この『ミツバチの楽園』をつくることで、ミツバチにストレスのない優しい環境で育ってもらい、また私の息子をはじめ若い養蜂家の育成にも貢献したいと思っています」

専業主婦だった当時、自分が「ハチミツ」に仕事として関わるなど夢にも思っていなかった水谷さん。

「昔、長男を出産したとき、病院に母が来て『子育てより、仕事のほうが楽しいわよ』と言われたんです。こっちは帝王切開でつらいのに、『何を言っているんだ、この人は?』と思いました」

ところがいまや「HACCIを通じて社会と関わったら、世界がとっても面白くなったんです!」と言う。専業主婦が夢だった水谷さんだが、ハチミツを使ったコスメブランド『HACCI』を立ち上げ、そして今度は“養蜂”にも携わろうとしている。アメリカで「〇〇ちゃんのママ」というような誰かのための人間ではなく、自分の名前で立つ人間という精神を学んだことで、水谷さんの人生は大きく変わり、これからも面白がりながら進んでいくのだろう。

“専業主婦だから”“社会人経験もないから”という、まわりからの批判的な意見は真摯(しんし)に受け止めつつも、「自分がやりたいことを追求して何がダメなの?」という気持ちはありました。結果、ただただ良いものを作りたくて「ビューティーハニー」を開発したら、この会社が生まれたんです。専業主婦から社会に一歩踏み出すことは怖かったのですが、半歩踏み出したらガラリと世界が変わりました。社員たちにも「冒険しなさい、遊びなさい。失敗しても、半歩踏み出せばそれが全部あなたの引き出しに入って、いつかあなたの役に立つから」と言っています。
水谷 仁美
Profile 水谷 仁美

三重県出身。HACCI's JAPAN 合同会社 CEO。1912年創業の「水谷養蜂園」の長女として生まれる。社会に出ることなく結婚し専業主婦となったが、アメリカでの経験をもとに、ハチミツを使用したコスメや食品を展開するブランド『HACCI(ハッチ)』を2004年に創設。2021年には全国12店舗を展開するまでに成長し、同年に『ミツバチの楽園』を建設予定。

HACCI(ハッチ)オフィシャルサイト
https://hacci1912.com/

STORIES 2021/11/08 起業するなら社会人経験が絶対に必要、なんてない。