多様性は一過性のもの、なんてない。【後編】
10代で自身のアパレルブランドと会社を立ち上げたデザイナー・実業家のハヤカワ五味さん。そして、建築デザイナーでトランスジェンダー当事者としてLGBTQ+の認知を広げる活動を行うファッションモデルのサリー楓さん。
異なるフィールドを舞台に活躍の幅を広げる二人を招き、共にリスペクトし合う互いの関係性や、ダイバーシティなどの社会変化に思うことなどを伺った。
前編では、二人が感じてきた生きづらさや現在の事業・活動にかける思い、目指す世界についてお話しいただいた。
後編は、昨今の組織におけるD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)推進や「多様性」への急速な意識の高まりに思うこと、また「誰も取り残さない社会」に必要なことを伺った。
社会を変えるのは一人では成し遂げられない。だから仲間たちとともに前に進んでいきたい
組織のD&I推進に求められる、社会を変える力
昨今の社会変化とともに、「多様性(ダイバーシティー)」という言葉は広く使われるようになり、「組織における多様性の確保」も多くの企業が意識するようになっている。こうした社会全体の流れをどのように捉えているのだろうか。まずは経営者、そして2022年3月からは株式会社ユーグレナの社員としての顔も持つハヤカワさんに聞いた。
「構造的な機会の不均衡を減らすという意味では、『アファーマティブアクション(積極的格差是正措置)』は無意味ではないと考えています。ただしそれは、明確に数値化できる入試というより、ジェンダーバイアスが影響を与える採用のようなシーンにおいて、です。
当たり前ですが、ただ女性管理職の比率を増やすだけではなく、生き生きと働く女性管理職のロールモデルを増やしていくことが非常に重要だと思います。『こんな上司になりたい』と思える女性が身近にいなければ、自発的に管理職を目指す人は増えませんから」(ハヤカワ)
「ハヤカワさんは企業内部の話をしてくれたので、私からはもう少し周縁の話を。他国では政府がルールメーカーとなって国全体を動かしていくのが一般的ですよね。でも、日本は逆です。民間企業などがつくった事例に草の根的に突き動かされ、選挙になり、政治が動く特殊な国です。
そういった意味で、日本の民間企業には社会を変えるだけの大きな貢献が求められているといっても過言ではない。しかし現状として、企業内での取り組みはCSRの範囲に留まりやや保守的なのでは、という課題感を持っています。もちろんビジネスだから、顧客を失うのを恐れる気持ちは理解できます。ただ、企業が政府を動かすという意気込みで踏み込んでアクションする勇気を持つべきなんじゃないかなと」(楓)
社会はもともと多様なもの。「多様性ブーム」への危機感
そもそも組織のダイバーシティー推進は、社会全体のSDGsや「多様性」に対する急速な意識の高まりに基づくものだ。こうした社会変化に対してはどう考えているのだろうか。
「『多様性』という概念が広まって、マイノリティーが抱えてきた生きづらさにスポットが当たったのは喜ばしいことだと思うんです。ただ逆説的になりますが、もともとこの社会は多様で、複雑なものでしたよね。それが『多様性』という概念が浸透してきたことで、体系化され始めただけなんじゃないかとも感じています」(楓)
また、年代による価値観の相違がさらに広がることによる「世代間の断絶」も問題だと指摘する。
「社会が大きく変化したかと問われれば、私もおそらく本質的な部分はそんなに変わっていないんじゃないかと思っていて。というのも、若年層を中心にジェンダーや働き方などにおいて『多様性を認めよう』という風潮が広まっているものの、さらに上の年代が本質的に理解して『多様性』というワードを使っているかというと疑問を感じてしまいます」(ハヤカワ)
「義務教育の過程でSDGsやLGBTQ+などについて学んできた若年層と、そうではないもっと上の世代。この世代間の断絶の深まりを危惧しています。ますます同じ視点で物事を捉えられなくなってきてしまう可能性があるから」(楓)
「ただこのままだと、新しい価値観にアップデートできない上の世代はどんどん社会の周縁に追いやられていってしまいますよね。
本当に多様な価値観や人を認めインクルージョン(包摂)するのであれば、“多様性を受け入れられない人”や“寛容になれない人”も排除してはならないのではないでしょうか。彼らも含めてインクルージョンしていくのが、本当の多様性だと考えています」(ハヤカワ)
「私は“多様性を受け入れられない”と揶揄してくるような人たちも、どこかで“弱者”である可能性を考えなければいけないと感じていて。社会の構造がそうさせているのであれば、正すべきは社会の仕組みであって、揶揄する人もまた“救うべき対象”だと思うんです」(楓)
すべての社会課題は、社会全体が“当事者”
さらに「多様なバックグラウンドや価値観を受け入れよう」とする社会の動きが加速するにつれ、かえって「多様な視点が損なわれているのでは」と警鐘を鳴らす。
「最近では生理や妊活など女性の健康課題をテクノロジーで解決するフェムテックの市場は大きく伸びていて、それ自体は良い流れだと感じています。ただ、『当事者以外は口を出してはいけない』という風潮は少し怖さも感じますね。
特に生理の問題を扱うサニタリーグッズの開発は、セクハラとされることを恐れて女性以外は発言しづらい実情があります。しかし、多様な社会の実現には多様な視点が不可欠です。当事者以外に発言権がないままでは、本来必要な助言や議論が失われていき、むしろ多様性から逆行していってしまう。本当は社会全体で一緒に考えていくべき問題なのに」(ハヤカワ)
LGBTQ+当事者としてメディアでも発信をする場面が多い楓さん自身も、危惧することがあると続ける。
「私も、『LGBTQ+当事者』の発言や取り組みというだけで権威性を与えられてしまう状況は怖いなと思っていて。あくまで個人の意見として言ったとしても、『当事者が言ったから』と誰も異論を唱えられなくなっている。LGBTQ+の中にもグラデーションがあって人それぞれ価値観は違うし、当事者がつくるものならみんなが喜ぶというわけではないのに、です。こんな当たり前のことが見過ごされそうになるんですよね。
本当に多様な社会を実現するために必要なのは、『受け入れられない側』の意見です。今は不満を吐き出しづらい空気がありますが、不満は社会が発展するための資源。一人ひとりの『もっとこうなったらいいのに』という意見があるからこそ、それを解決する技術やビジネスが生まれ、社会はより発展していきます」(楓)
一方で、前向きな“兆し”も感じているという。
「私の母親がものすごく保守的な人なんです。『女の子は家庭に入るのが幸せ』と言っているような。でも最近になって突然、『専業主夫のパートナーもいいんじゃない?』と言い出して(笑)。
どうしたのかと思ったら、最近Web漫画を読んで影響を受けたと言っていたんです。凝り固まった親世代の価値観だって、何がきっかけで変わるかなんて分からない。そこまで絶望しなくていいのかもと前向きに捉えられた出来事でした」(ハヤカワ)
社会を変えるために、「二人だから」できること
異なるフィールドを舞台にしているが、共に目指すところは近しい二人。最後に「二人でやってみたいこと」を尋ねると、ハヤカワさんからは「商業施設の授乳スペースに関わりたい」という答えが返ってきた。
「私もジェンダーフリートイレの設計に関わる中で、サニタリーグッズの開発には取り組みたいと思っていました。フェムテック領域に知見が深いハヤカワさんと、何かできそうな予感はしています。
また、私が携わっている建築の仕事は、使う人のリテラシー教育や、それが受け入れられる社会の土壌をつくるといったソフト面もとても大切なんです。私一人では成し遂げられないことだからこそ、同世代で“RPGで共に闘う仲間”たちの力も借りられたらうれしいですね」(楓)
一人ひとりが「こうあるべき」「らしくあれ」といった呪いから解放され、自分らしく生きられる社会に到達するには、まだまだ道半ばといったところだろう。「多様性」を一過性の“ブーム”で終わらせず、社会はより前に進んでいく必要がある。そのために、身を砕く人がたくさんいる。「社会を変える」という大義のため異なるフィールドで闘う二人の姿を見て、「誰しもが生きやすい社会の実現」はそう遠くない未来の話かもしれない、と前向きな気持ちになった。
取材・執筆:安心院彩
撮影:内海裕之
サリー楓(左)
1993年、京都府生まれ、福岡県育ち。ファッションモデル、建築デザイナー。ブランディング事業を行う傍ら、トランスジェンダーの当事者としてGSM(Gender and Sexual Minority)に関する発信を行う。建築学科卒業後国内外の建築事務所を経験し、現在は日建設計にて建築と都市のコンサルティングを行う。
Twitter @sari_kaede
ハヤカワ五味(右)
胸が小さい人向けのランジェリーブランド「feast」などアパレルブランドを展開する株式会社ウツワを2015年(当時18歳)に設立。現在は株式会社ユーグレナ ブランドマネージャー他。経営者でありながら、インフルエンサーとしてTwitter、YouTube、noteなどでも発信をしている。
Twitter @hayakawagomi
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