障がいがあるから夢は諦めなきゃ、なんてない。
“ダウン症モデル”としてテレビ番組やファッションショー、雑誌などで活躍。愛らしい笑顔と人懐っこい性格が魅力の齊藤菜桜さん(2022年11月取材時は18歳)。Instagramのフォロワー数5万人超えと、多くの人の共感を呼ぶ一方で「ダウン症のモデルは見たくない」といった心無い声も。障がいがあっても好きなことを全力で楽しみながら夢をかなえようとするその姿は、夢を持つ全ての人の背中を温かく押している。
親からの過保護や過干渉が子どもに与える影響は甚大だ。なかでも障がいのある子の親の心配は大きく、挑戦をためらってしまったり、わが子の行動に制限をかけたりするケースは少なくないだろう。ダウン症モデルとして活躍する菜桜さんの現場には、つねに母・由美さんの姿が。「この子と一緒に夢をかなえられる幸せを感じている」と語る由美さんに「障がい児の子育て」の本音やモデル活動への思いを聞いた。
障がいがあっても夢を持ったっていい。口に出すことできっと何かを変えられるはず!
まさか自分の子がダウン症に――。受け入れられなかった現実
生後間もなく、医師から「染色体異常の疑いがある」と指摘された菜桜さん。数日後にダウン症であることと食道が胃につながっていないことが判明し、生後6日目で胃ろう造設の手術を受ける。
通常、ヒトは合計46本の染色体によって構成される。しかし、およそ800人に1人の割合で47本目を持って生まれる人がおり、このことが原因となる疾患をダウン症(ダウン症候群)と呼ぶ。
全てのダウン症の人に当てはまるわけではないが、一般的には発達に遅れが見られたり、筋力が弱かったり、心臓や消化器系、甲状腺、目や耳の疾患を合併する可能性があるとされる。
菜桜さんも18歳現在で知能の発達が4歳半程度であるほか、心臓や目などの合併症があり、これまでに計40回以上の手術を繰り返してきた。
母・由美さんは、菜桜さんが生まれた当時の心境をこう振り返る。
「わが子がダウン症であることを認めたくなくて、『絶対に違う』と思い込もうとしていました。
出産前にボランティアでダウン症の子どもやその家族と接したことがあったので、自分には偏見はないと思っていました。だけど、いざ自分の身に同じことが起こったら全く受け入れられず、『ダウン症の子どもは不幸になる』と決めつけていたんです」
現実を受け止めきれず、毎日泣いて暮らしていた由美さん。だが、菜桜さんの屈託のない笑顔が一瞬にして全てを変えたという。
「生後2カ月半くらいのある日、菜桜が私の顔を見てニコッと笑ったんです。それが本当にかわいくて、私が動いても、ずっと視線をそらさずにこっちを見て笑っていました。もちろん言葉は話さないけど、『ママ、私はここにいるよ』と言っているようで――。それからは、今までのことがうそみたいに愛情があふれてきました」
これが、親子二人三脚で夢に挑む道のスタートだった。
「手伝ってあげる」のではなく「応援する」
ダウン症には早期療育、つまり社会的に自立した生活を送れるように早くから治療や教育をすることが大事だといわれている。そのためには健常者の中で生活した方が良い刺激になるとのことで、菜桜さんは近所にある私立の幼稚園に通うことになる。
「実は、この幼稚園にはダウン症を理由に一度入園を断られたことがあります。しかし、一年後に園長先生が変わったタイミングでもう一度お願いに行ったところ、ぜひ来てほしいと言われ、うれしさのあまり大号泣したことを覚えています。
入園後は保護者の皆さんの前で菜桜のことを話す機会を設けてもらえ、菜桜もすぐ溶け込むことができました。この幼稚園は障がいのある子どもを受け入れるのは初めてだったそうですが、卒園時には先生方から『菜桜ちゃんが来てくれて本当によかった』と言ってもらえたんです」
成長するスピードがゆるやかな菜桜さんが歩き始めたのは、幼稚園に入園するわずか半年前。体も小さく、周りの子どもにとっては妹のような存在だったためか、靴を履かせたり、服を着させたりと、当初は「菜桜さんのお世話をしてあげる」子が多かったようだ。
しかし、それでは菜桜さんの成長を妨げる可能性があることを子どもたちに話すと、次第に「菜桜ちゃんを応援しよう」という雰囲気が生まれていった。
大人の社会でも「障がい者だから助けてあげなければ」という気持ちが思わぬすれ違いを生むことがある。しかし、じっくり話して、その人に必要なサポートを一緒に考えることが双方にとって良い影響を及ぼすことが多い。小さな幼稚園で起きた好例といえるだろう。
SNSに届く世間の心無い声
卒園後は特別支援学級のある小学校に入学が決まり、ここでも愛されて育ったという菜桜さん。「素直で、どこに行ってもかわいがられることはこの子の長所だと思います」と母である由美さんも太鼓判を押す。
菜桜さんがモデルとして初舞台に立ったのは9歳の時のこと。日本ダウン症協会主催のファッションショーに軽い気持ちで応募したところ、まさかの合格。以来、菜桜さんは事あるごとにその時の話を楽しそうにしていたという。中学校入学前、知人の紹介を機に本格的に活動を始め、2021年には日本テレビ系の「24時間テレビ」に出演。東京ガールズコレクションがプロデュースする「TGC teen(※)」のランウェイを歩いた。
だが、人の悪意はどこにでも存在するものだ。注目度に比例して、由美さんのもとには心無いメッセージが届くようになっていく。
「『ダウン症を売りにするのはモデルとして自信がないからじゃないのか』『辞めたらいいのに』と言われることが多いです。
でも、ダウン症は悪いことではなく特徴の一つなので、『ダウン症モデル』とうたうことは何ら問題ないと思います。だからと言って、ダウン症を言い訳にして許されるわけではないので、きれいに立ったり歩けたりするよう、モデルとしての努力は続けています。
ただ、どうしても苦手なものはあります。ウォーキングレッスンに通っても、普通の人だったら10覚えられるところをこの子は2つか3つしか覚えられません。でも、繰り返し行うことで、少しずつだけど目指すものに近づけるだろうと信じています。
他にも菜桜は時間配分や言葉を介するコミュニケーションが苦手ですが、アラームをかけたり、周りの人の助けを借りたりして乗り越えています。どんな人にも苦手なことはあるし、自分一人では生きられない。だから、皆一緒ですよね」
モデルに対する中傷をするのは、画一的な美を求める人に多いのかもしれない。
しかし、多様性が求められる現代では、肌の色や性別、体形に左右されず、ありのままの自分を受けいれる「ボディ・ポジティブ」の考えが浸透中だ。
海外では、世界的ファッションショーやグッチの広告塔などにダウン症のモデルを起用。他にも、ぽっちゃり体形や義足、悪い歯並びに至るまで、多様な外見の女性がモデルとして華々しく活躍している。
従来の「美の定義」が大きく形を変えるなか、ファッション業界のみならず、人々の価値観も変革を迫られているといえそうだ。
カメラを向けるとナチュラルにポーズを決める菜桜さん。
※“令和teen”のためのガールズフェスタ。SNSやYouTube上でティーンに絶大な影響力のある出演者を中心とした、ティーンの未知なるパワーを存分に発揮・体感できるイベント。
親子で二人三脚。障がいがあっても夢を諦めない
「『親が無理矢理モデルをやらせているんだろう』と言われることも多いですが、菜桜の意思を尊重しています。
私が『ママ疲れちゃった。モデル辞めてもいいよ』って言うと、菜桜は『嫌だ、やる!』と答えます。9歳で初めてファッションショーに出た時から、この子の頭には『モデルをやりたい』ということしかないんです。
つらいこともあるけど、頑張ろうって思えますね」
菜桜さんのフォロワーは当初、障がいのある子どもをもつ親やその当事者が多かった。しかし最近では、菜桜さんと同世代の若者から応援のメッセージが寄せられることが増えたという。
「フォロワーの子もそれぞれに不安を抱えていて、相談に乗る機会も多いです。その時に私がいつもかけている言葉は、『どんなに些細なことでも夢を持つのは絶対にいいこと』。
障がいがあってもなくても、挑戦する前から諦めてしまっている人は大勢います。しかし、たとえかなわなくても、夢を目指す過程でいろんなことにチャレンジすれば、その先にきっと道はつながるはず。
かくいう私は、若い頃の夢なんてありませんでした。だから、夢に向かって歩いている菜桜を見ると本当にうらやましいし、一緒に夢をかなえていけることに大きな喜びを感じます。
“普通”のモデルと違い、現場でもつねに私が寄り添う必要があることは、ネガティブに捉えられることもあります。でもそれは、親も一緒に夢を叶えられる機会を与えられたということ。そんなことってなかなかないですよね。
親子で夢へと歩んでいけるのはとても幸せなことで、それは障がいのある子をもつ親の特権かもしれないですね」
最後に菜桜さんに今後の目標を尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「みんなが笑顔になるモデルになりたいです。(行きたい場所は)アメリカ!」
親子二人三脚、世界に羽ばたくモデルへ。二人の夢は大きく広がっている。
取材・執筆:酒井 理恵
撮影:大崎えりや
2004年3月11日、静岡県生まれ。9歳の時、日本ダウン症協会が3月21日の「世界ダウン症の日」に開催したファッションショーで多数の応募者の中から、モデルに抜擢。2021年7月には東京ガールズコレクションがプロデュースする「TGC teen」に出演し、世界中で発行されている雑誌『VOGUE』日本版(コンデナスト・パブリケーションズ)では“SNS時代の新生クリエイター”と紹介された。2022年4月には、テレビ朝日系のドキュメンタリー番組「テレメンタリー2022」で密着取材した「菜桜18歳 “ダウン症のモデル” 未来へ…」が放送された。
Twitter @nao_Angel_smile
Instagram @nao_Angel_smile
アメブロ Angel★Smile
多様な暮らし・人生を応援する
LIFULLのサービス
-
叶えたい!が見えてくる。
LIFULL HOME'Sは一人ひとりに寄り添い、本当に叶えたい希望に気づき、新たな暮らしの可能性を広げるお手伝いすることで、住まいの社会課題解決に取り組みます。 -
「第一生命 D.LEAGUE(ディーリーグ)」に出場するLIFULLのダンスチーム、LIFULL ALT-RHYTHM(ライフル アルトリズム)。多様な個性・表現を通して、ファンや観客だけでなく、パフォーマンスを支える”あらゆる人”のために、活動します。
-
「子育て」と「仕事」をHAPPYに!
ママが子育てと仕事を両立しながら、スキルアップできる「ママの就労支援事業」を運営しています。女性が働きがいを持って活躍できる社会を創造していきます。
みんなが読んでいる記事
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2022/02/22コミュ障は克服しなきゃ、なんてない。吉田 尚記
人と会話をするのが苦手。場の空気が読めない。そんなコミュニケーションに自信がない人たちのことを、世間では“コミュ障”と称する。人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』のパーソナリティを務めたり、人気芸人やアーティストと交流があったり……アナウンサーの吉田尚記さんは、“コミュ障”とは一見無縁の人物に見える。しかし、長年コミュニケーションがうまく取れないことに悩んできたという。「僕は、さまざまな“武器”を使ってコミュニケーションを取りやすくしているだけなんです」――。吉田さんいわく、コミュ障のままでも心地良い人付き合いは可能なのだそうだ。“武器”とはいったい何なのか。コミュ障のままでもいいとは、どういうことなのだろうか。吉田さんにお話を伺った。
-
2024/04/22デザイナーに社会課題解決はできない、なんてない。 ―LIFULLのリーダーたち―執行役員CCO 川嵜 鋼平執行役員 CCO 川嵜 鋼平
2024年4月1日、株式会社LIFULLはチーム経営の強化を目的に、新たなCxOおよび事業CEO・責任者就任を発表しました。性別や国籍を問わない多様な顔ぶれで、代表取締役社長の伊東祐司が掲げた「チーム経営」を力強く推進していきます。 シリーズ「LIFULLのリーダーたち」、今回は執行役員でCCO(Chief Creative Officer)、LIFULL HOME'S事業本部副本部長 CMO(Chief Marketing Officer)の川嵜鋼平に話を聞きます。
-
2022/02/03性別を決めなきゃ、なんてない。聖秋流(せしる)
人気ジェンダーレスクリエイター。TwitterやTikTokでジェンダーレスについて発信し、現在SNS総合フォロワー95万人超え。昔から女友達が多く、中学時代に自分の性別へ違和感を持ち始めた。高校時代にはコンプレックス解消のためにメイクを研究しながら、自分や自分と同じ悩みを抱える人たちのためにSNSで発信を開始した。今では誰にでも堂々と自分らしさを表現でき、生きやすくなったと話す聖秋流さん。ジェンダーレスクリエイターになるまでのストーリーと自分らしく生きる秘訣(ひけつ)を伺った。
-
2023/02/27アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)とは?【前編】日常にある事例、具体的な対処法について解説!
私たちは何かを見たり、聞いたり、感じたりした時に実際にどうかは別として、「無意識に“こうだ”と思い込むこと」があります。これを「アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)」と呼びます。アンコンシャスバイアスによるネガティブな影響に対処するための第一歩は、「意識し、理解する」ことです。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。