ダンスで社会課題を表現するのは無理、なんてない。

野口 量

19歳の時にダンスに魅了され、毎晩ストリートでの活動に明け暮れた野口量さん。20年以上たった現在でもその情熱はいささかも衰えず、今日も国内外でダンスに勤しんでいる。ダンサーとしての活動はもちろん、安室奈美恵の「HERO」やイッセイ ミヤケのパリ・コレクションの振り付けなど、振付師としても大きな仕事を手掛けてきた。そして、現在はLIFULLが加盟する日本初のプロダンスリーグ「第一生命 D.LEAGUE(ディーリーグ)」に出場する、「LIFULL ALT-RHYTHM(ライフル アルトリズム)」のディレクターを務める。チームのテーマは「多様性」。メンバーと共に多様性の体現の仕方を模索し、アートと社会の融合を追求している。「ダンスは人生」だと語る野口さん。果たしてその真意とは。

「多様性をダンスで表現する」と聞いてどんなイメージを持つだろうか。そもそも多様性とは? 年齢? 性別? 人種? 宗教? 近年、日本でもLGBTQの認知度が上がり、パラリンピック開催もあり「多様性」という言葉を多く耳にするようになった。しかし、一人一人にとって多様性のイメージは異なるのではないだろうか。そんな、ある意味答えがない多様性を、舞台で表現しようとしているのが「LIFULL ALT-RHYTHM」のディレクター・野口さんだ。

アメリカをはじめさまざまな国でも演出家・ダンサーとして活躍をしてきた野口さんは、元々は美容師だった。その経歴を聞くと、本人も枠にはまらない生き方をして今に至っていることがわかる。「自分の人生そのもの」と言い切るダンスとの出合いから海外の活動で得たもの。そして今まさにつくり上げている、多様性を表現するダンスチーム「LIFULL ALT-RHYTHM」についてなど、さまざまなお話を伺った。

「多様性」は使い勝手のいい言葉だから揚げ足を取られやすい。自分で言葉の意味を掘り下げる必要がある

ダンスとの出合いは、今はなき横浜の老舗クラブ

学生の頃からファッションに興味があり、高校卒業と同時に美容師の専門学校に入学した野口さん。当時、人気のあった横浜の『CLUB HEAVEN』というクラブに友人と行った際、ダンスと衝撃の出合いを果たす。

「すでに亡くなってしまいましたが、伝説的なダンサーだったスキーター・ラビットのロボットダンスを生で見たんです。その踊りがまるで巨大な重機が襲いかかってきては突然止まるかのような迫力で、『何か恐ろしいものを見てしまった』という強烈な衝撃を受けました。同時に、そのダンスに一瞬で魅せられてしまいましたね。これが僕とダンスとの出合いです。

僕が最初に踊ったのはソウルダンスでした。当時、マイケル・ジャクソンやジェームス・ブラウンも踊っていたダンスとして人気があったので、『踊れるようになりたい』と思ったんですよね。その時点で友達はすでにうまくて、みんなで駅前で踊っていました。ド素人の僕が参加するのも恥ずかしい話じゃないですか。なので、こっそりソウルダンスの教室を探して、レッスンを受けて踊れるようになってから友達に合流してストリートデビューしました。そこからダンスの楽しさにとりつかれるように、とにかく仲間と踊ってばかりいましたね。

でも20歳を過ぎて、僕は美容師の職に就いていました。当時勤めていた美容室は火曜日しか基本的に休めませんでした。だからその日をダンスレッスンの日に充てて、他の曜日は美容室での仕事やカットの練習が終わった夜の遅い時間に駅前で合流して、夜中の2~3時まで踊るという生活を5年続けていました。美容師も楽しかったのですが、とにかく仲間と一緒に踊ることが楽しくて。

そんな生活をしているうちに、2003~2004年頃にさまざまなダンスのコンテストが開催されるようになって、僕たちも思い切って参加したら優勝できたんです。それをきっかけにオファーを頂くようになりました。でも、オファーを受けたり、他のコンテストに出ようと思ったりしても、週末が多いために火曜日しか休めない僕が仲間に迷惑をかけてしまうようになったんですよね。そこで“もっとダンスの時間をつくる”ために、美容師を辞める方に気持ちが傾いていきました」

YouTubeがきっかけで人気アーティストの目に留まり全米ツアーに参加

 

「ダンスコンテストだけではとても食べていけなかったので、振付師をやったりダンススクールで講師として教えたり、という日々を過ごしました。この頃はもう本当に『楽しい』でしかない毎日でした。その頃はビデオで見たニューヨークのダンスにすごく影響を受けていて、思い切って実際にニューヨークに習いに行ったんです。もうそれが本当に刺激的で、日本との違いに強烈なカルチャーショックを受けました。

そして、ダンス動画をYouTubeにアップしたら、人気ラッパーのミッシー・エリオットの目に留まり、『ミュージックビデオに出ないか』という声がかかったんですよ。ミッシー・エリオットといえばそれはもう、本当に雲の上の人ですからね。その後、全米ツアーも一緒に回ったりして夢のようで、『自分のダンサーとしてのキャリアも大きく変わるぞ!』と思っていましたが、日本ではほとんど報道されなかったんです。

でも、この時にアメリカのダンサーたちと出会い、彼らのストイックさを知ったことはその後の自分に大きな影響を与えました。1日8時間をリハーサルに充てるのですが、彼らはその間、集中が途切れないんです。もちろん遅刻なんて絶対にしない。とにかく『そこにいるこの時間を最高のものに』というプロ意識に驚きました。日本だと8時間ずっと集中して、なんてありませんでしたから」

このアメリカでの経験を経て、その後フランス・韓国・メキシコ・台湾で仕事をする機会にも恵まれた。さまざまな国のスタイルを学んできたことが今の自分のスタイルに影響を与えていると野口さんは話す。

多様性を体現するダンスチーム「LIFULL ALT-RHYTHM」

さまざまな経験を経て、現在は「LIFULL ALT-RHYTHM」のディレクターを務めている野口さん。第一生命 D.LEAGUEへの出場に向けてメンバーと一つ一つ積み重ねているという。メンバーはオーディションで選び、160人ほどの応募から20人程度まで絞り、そこから実際に対面でのオーディションを行った。最終的にメンバーは全員で10人。

「合格の基準はダンスのスキルはもちろんですが、どんなメンバーとも相性が良いように『複数のジャンルが踊れるか』『歩いているだけで絵になるか』という点を重視しました。ダンスは踊るスキルだけではなく、空間そのものがトータルで作品だと思っています。だから、そこにいるだけで空気が変わるとか、立っているだけでかっこいいというのが、すごく重要なポイントなんです。僕がファッション好きというのもありますが、服が似合うのも重要なポイント。服が似合っているだけでかっこいい。そんな人たちが最高の技術で踊るって、すごく引かれませんか?

『LIFULL ALT-RHYTHM』は、LIFULLのコーポレートメッセージ『あらゆるLIFEを、FULLに。』に込めた、多様性や自分らしく生きられる世の中をつくりたいという考え方を軸にし、多様な個性・表現を通して、ファンや観客だけでなく、パフォーマンスを支える“あらゆる人”のために、活動するダンスチームです。

とはいえ多様性という言葉は広すぎて、10人いれば10通りのイメージがありますよね。最近よく耳にする使い勝手のいい言葉だけに、揚げ足も取られやすくなります。ダンサーたちにはこちらから押し付けた多様性を演じるのではなく、言われた通りにするのでもなく、多様性という言葉の意味を、それぞれの解釈でしっかりと落とし込んでほしいですね。

僕はアートと社会は切り離せないと思っているので、踊る上でも社会的に注目されているテーマを取り上げることは大切だと思っています。今回のテーマがまさに多様性です。今はワークショップの開催や同じ作品を見て互いの考えを共有する中で、それぞれのメンバーが考える多様性を突き詰めようとしているところです」

ダンスは感情のすべて……つまり、自分の人生そのもの

 

「ダンスは自分にとって、人生そのものです。人生ってつまり、うれしいこと悲しいこと、壁を乗り越えた時の喜びなどすべての感情が詰まっていますよね。出身のストリートダンスには不良のイメージがあるかもしれませんが、実際に20年前は良い意味で怖い人がいっぱいいました。ダンスも衣装も個性的で、かぶき者的というか表現のネジが外れているような突き抜けた人がいたんです。

その頃に比べるとSNSが浸透している今は『一般的に良いとされるもの』の型があるから、なんとなくそこに寄っている感じはしますね。良い悪いではなくそれが今の時代。その時々の時代や社会を反映させて作品を作り上げていくのが自分の仕事だと思っています。

これまで自分が作った作品には、社会情勢や自分自身の体験を取り入れた上で、メッセージ性を込めています。そして、その解釈が難しくならないように、そのメッセージをシンプルに伝えることを常に意識しています。ダンスは人生そのものなので、生きている限り自分の価値観の軸となるものです。今後も社会や体験をうまく融合させたダンスを作りたいですね。日本ではハードルが高いと思われがちですが、社会的なことや政治なども積極的に取り入れていきたいです。

例えば、世界各地で起こっている戦争や紛争。そうした出来事について、考えるきっかけにするにはどうしたらいいだろうとか、直接的に回答や方向性を示すのではなく、見てくれている人たちに問いかける作品を作りたい。そのためには難解すぎても伝わらないし、答えを明らかに出してしまってもダメ。じゃあどうすれば? こんなことばかり日々考えています」

「LIFULL ALT-RHYTHM」が生み出す作品。それが一体どういう方向性に進んでいくのか、今からとても楽しみだ。

多様性をいくら叫んでも、自身がマイノリティーと感じて苦しんでいる人、悩んでいる人は多いと思います。そんな人は、一人でもいいから一緒に笑える仲間をつくってほしい。家族でも友達でもいいんです。仲間がいれば楽しいから。どんな人だって、みんなに好かれる、みんなに認められるなんて無理なんだから今の環境が苦しい人にこそ、少人数でいいから自分を理解してくれる人をつくってほしいです。そして「楽しくいられる自分の気持ち」を大切に、笑おうじゃありませんか。一緒に笑える仲間、自分が笑顔でいられる時間や空間。ほんの少しであってもそれを大切にしてほしいです。
野口 量
Profile 野口 量

振付家、演出家。
19歳でダンスを始め、ダンスチーム無名(ウーミン)の一員としてさまざまなコンテストに参加し、2004年には日本最大のコンテストJAPAN DANCE DELIGHT準優勝。出演した広告がさまざまな賞を取るなど活動が広がる中、ミッシー・エリオットからオファーを受け、ミュージックビデオへの出演や全米ツアーへの参加を経験。その後、日本とアメリカを行き来し、フランスや台湾などでも演出を手掛ける。2021年10月現在はLIFULLのダンスチーム「LIFULL ALT-RHYTHM」のディレクターとして、多様性を表現する作品づくりを進めている。

STORIES 2021/11/22 ダンスで社会課題を表現するのは無理、なんてない。