多様性は一過性のもの、なんてない。【前編】
10代で自身のアパレルブランドと会社を立ち上げたデザイナー・実業家のハヤカワ五味さん。そして、建築デザイナーでトランスジェンダー当事者としてLGBTQ+の認知を広げる活動を行うファッションモデルのサリー楓さん。
異なるフィールドを舞台に活躍の幅を広げる二人を招き、共にリスペクトし合う互いの関係性や、ダイバーシティーなどの社会変化に思うことなどを伺った。
![](https://media.lifull.com/wp-content/uploads/2023/01/intro_image_202301_sallyxhayakawa.jpg)
昨今の日本社会において、「多様性(ダイバーシティー)」という言葉はすっかり市民権を得たといっても過言ではない。これまで社会的マイノリティーとされてきた人々を尊重する社会の流れは、女性活躍推進法の施行や障害者雇用促進法の改正といった法整備によってさらに加速した。
こうした社会意識の高まりを受け、組織内の「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」を掲げる企業も増えた。経済産業省でも多様な人材の活躍を実現するため「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」を2018年6月に改訂するなど、企業において優秀な人材確保などのためにも無視できない流れとなりつつある。
しかし、2022年世界経済フォーラム(WEF)の「ジェンダーギャップ指数」では日本は146カ国中116位、OECDの男女間の賃金格差も加盟44カ国中ワースト4位、と他国と比べ大幅に遅れをとっている。政府が掲げた「女性管理職の割合目標30%」には遠く及ばず、2022年の女性管理職割合は1割に満たない(※)という結果もある。
ジェンダーや国籍、障がいの有無などにかかわらず、誰もが自分の能力を発揮し輝ける社会のために、私たち一人ひとりにできることはあるのだろうか。
※ダイバーシティ2.0行動ガイドライン
※帝国データバンク「女性登用に対する企業の意識調査(2022 年)」
二人とも「らしさ」の押し付けに苦しみながら、生きづらさを感じてきた。そんな社会を変えたいと本気で思っている
「らしさ」の押し付けに悩むすべての人を救いたい
10代でアパレルブランドを立ち上げ、起業したハヤカワさん。現在はフェムテック(生理などの女性の健康課題をテクノロジーで解決する事業)を通じて、「女性が自分らしく生きるための選択肢を増やす」ため尽力中だ。
彼女自身もまた、社会からのステレオタイプ的な「らしさ」の押し付けに悩み、生きづらさを抱えてきたという。その原体験が、事業に存分に生かされている。
「小さい頃から、私はいわゆる“女の子らしさ”がなかったんです。勉強は好きだし、ゲームなどの“男の子っぽい”遊びが趣味。10代で起業して自分の会社を持ってからは、責任やプレッシャーと隣り合わせで生きてきました。
周りから『稼いでる女の子はモテない』『お金持ちと結婚して、かわいい子どもを産むことが女性の幸せ』といったその人の固定観念を押し付けられる中で、『私は女性として失敗しているのかな』と悩んだ時期もありました。今のように『私は私らしく生きればいいんだ』とありのままの自分を認めてあげられるようになるまで、とても時間がかかったんです」(ハヤカワ)
しかし、ハヤカワさんが救いたい対象は「女性」だけではないという。目指すのは、「すべての人が、自分らしく生きやすい選択肢を選べる」社会の実現だ。
「ジェンダーに限らず、『こうあるべき』という社会が決めた枠組みに縛られ、苦しむ人は少なくありません。ただ、あえて生物学的な性差で分けるなら、私は男性こそ深刻な生きづらさを抱えていると感じていて。社会から求められる『男性は強くあれ』という“呪い”が強すぎるあまり、周囲に助けを求めたり、弱音を吐いたりしづらい空気があるから。
直近では社会の仕組みや制度面からアプローチしやすい女性向け事業に注力していますが、最終的にはあらゆる属性の人が自分らしく生きられる社会をつくるのが理想です」(ハヤカワ)
自分の生きやすさは、他の誰かの生きやすさにつながる
ここまでのハヤカワさんの話を聞き、「“一人称視点”に基づいているところに共感する」と語る楓さん。建築デザイナーとして働く傍ら、自身の経験も生かしながらLGBTQ+当事者の就労支援活動などを行う楓さんだが、「私も、最初はすべて“自分のため”に始めたんです」と打ち明ける。
「私が生きづらいから、生きやすい世の中になればいいなと思っていろいろと発信していただけなんです。だから正直、『世の中のために』なんて大義があったわけじゃない。でも活動を続けるうちに、セクシュアリティで悩む人から『ありがとう』と言われるようになって。それは想定していなかったことです」(楓)
LGBTQ+当事者としての目線を生かし、インクルーシブな社会に挑戦する楓さん。特にトランスジェンダーが利用できるトイレの少なさに課題を感じ、自らジェンダーレストイレの設計に取り組んでいる。
「トイレだけではなく、『もっとこうなったらいいのに』と思う場面は日常にたくさんあって。社会インフラの設計というハードの側面から社会を変えられる可能性は大いにあると思っています。
オールジェンダーに優しい街づくりは、車椅子ユーザーや高齢者など、何かしら生きづらさを持つ人にとってもよりよい社会をつくることでもある。自分の生きやすさのために真剣に物事に向き合うことが、きっと誰かの生きやすさにつながっていると信じています」(楓)
“越境”しながら生きる、共に社会を変える仲間
それぞれ異なるフィールドで活躍するハヤカワさんと楓さん。報道番組での共演を機に親交が深まり、今ではプライベートでも交流をする仲だそうだ。互いにメディアなどで発信の機会が多いインフルエンサーとしての一面も持つ二人だが、それぞれのことをどう捉えているのだろうか。
「楓さんは、美大出身の私がこれまで思っていたような“建築家っぽさ”がないというか。ファッション一つとっても、本当に自分が心地よいものを選ぶ。価値観がとてもフラットで、裏表なく一貫性があるところもフィーリングが合うと感じています。譲れない軸や違和感をしっかり自分の言葉で伝えられるところも素敵だと感じますね」(ハヤカワ)
「私は、LGBTQ+当事者、建築家として、ジェンダーに限らずこの世のさまざまなボーダーを“越境”する存在でいたいと思っています。ハヤカワさんも発信の場所を複数持ちながら、さまざまな分野を行き来して活躍していますよね。そういった意味で、仕事は違えど“越境”する生き方が似ているんです」(楓)
年齢も近く、フィーリングや価値観、生き方に親近感を持っているという二人。「普段仕事の話は全然しない」と笑うが、互いの仕事についてはどのように感じているのだろうか。そう尋ねると、「RPG(ロールプレイングゲーム)を一緒にやっている仲間」という意外な答えが返ってきた。その言葉の真意は何なのだろうか。
「RPGって、ラスボス(※)を倒すという共通の目的に向かって、個性豊かなキャラクターがそれぞれのアイテムを使って闘っていくじゃないですか。私もハヤカワさんも、それぞれ『らしさ』の押し付けに苦しみながら、生きづらさを感じてきた。そんな社会を変えたいと本気で思っている。使命感は同じだけど闘うための“武器”は違うという感覚なんです」(楓)
※ラスボス:ゲームの中で物語の最終局面に待ち受けているボスキャラのこと。
「こうあるべき」という“呪い”に苦しむ自分や「誰か」を救うため、今日も“越境”を続けながら、それぞれの“武器”を用いて社会に対峙(たいじ)する仲間――。そんな二人の対談の後編は、昨今の組織におけるD&I推進や「多様性」への急速な意識の高まりに思うこと、また「誰も取り残さない社会」に必要なことについて、さらにお話を伺う。
![サリー楓(左)・ハヤカワ五味(右)](https://media.lifull.com/wp-content/uploads/2023/01/profile_image_202301_sallyxhayakawa.jpg)
サリー楓(左)
1993年、京都府生まれ、福岡県育ち。ファッションモデル、建築デザイナー。ブランディング事業を行う傍ら、トランスジェンダーの当事者としてGSM(Gender and Sexual Minority)に関する発信を行う。建築学科卒業後国内外の建築事務所を経験し、現在は日建設計にて建築と都市のコンサルティングを行う。
Twitter @sari_kaede
ハヤカワ五味(右)
胸が小さい人向けのランジェリーブランド「feast」などアパレルブランドを展開する株式会社ウツワを2015年(当時18歳)に設立。現在は株式会社ユーグレナ ブランドマネージャー他。経営者でありながら、インフルエンサーとしてTwitter、YouTube、noteなどでも発信をしている。
Twitter @hayakawagomi
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