メタバースは限られた人だけのもの、なんてない。―世界最古の個人系VTuberが語る、誰もが「なりたい自分」になるためのメタバースとの関わり方―
2017年から“世界最古の個人系VTuber”として活動を開始したバーチャル美少女ねむさん。美少女アバターを纏(まと)って「人類美少女計画」を推進し、VTuber上のさまざまなイベントをプロデュース、歌手としても活躍している。また、作家としてはメタバース文化をわかりやすく説明する点で高く評価されており、2022年3月に出版されたメタバース解説書『メタバース進化論‐仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』(技術評論社)は「ITエンジニア本大賞2023」ビジネス書部門で大賞を受賞、同書の「メタバースの定義」は2023年の高校「情報」科目の副教材にも全文掲載された。
メタバースは「私たちの生活・価値観を根底から揺るがす、人類史の壮大な転換の始まり」と語るバーチャル美少女ねむさんに、「なりたい自分」になるためのメタバースとの関わり方について伺った。
2022年はメタバース元年と呼ばれるほど、メタバースを取り巻く環境が急速に進化した年だ。2021年10月にMeta(旧:Facebook)が社名変更をしたり、仮想通貨やNFTと呼ばれるデジタル資産がメタバース上で高額取引されたりと、メディアで取り上げられる機会も急速に増加した。
しかし、私たちはメタバースについてどれだけ理解しているだろうか?おそらく多くの人にとってメタバースはまだ「ゲームやエンターテインメントのためのバーチャル空間」という認識でしかない。
世界最古の個人系VTuberとして早くから活動し、メタバースで毎日多くの時間を過ごすバーチャル美少女ねむさんは、メタバースを「そこで人生が送れる人類の新たな生活空間」と定義し、メタバースがもたらす革命とは「私たちが生きる空間そのものを恣意的にデザインできる」ことだと断言する。
誰もが「なりたい自分」を持っているにも関わらず、さまざまな制約からあきらめざるを得ない毎日を過ごす中で、メタバースは一体どれほどの可能性を持っているのだろうか。メタバースに対するとらえ方を根本から覆す視点をバーチャル美少女ねむさんから聞いた。
メタバース上でアバターを纏うのは、
スーツをパジャマに着替えるようなもの
個人系VTuberとして活動し始めたきっかけとは?
2017年に“世界最古の個人系VTuber”として活動を始めたバーチャル美少女ねむさん。それまでは『キズナアイ(※)』のような企業によって制作されたVTuberしか存在していなかったが、ねむさんは個人がアバターを纏って活動する“個人系VTuber”こそが人間に深く本質的な影響を与えると確信したという。
「誰でもスーツを着て仕事に行く『自分』と、パジャマを来て家族と触れ合っている時の『自分』では、キャラクターが全然違うと思います。アバターを使って生み出される新しい『自分』も、スーツとパジャマよりは振れ幅は大きいですが、同じようなものなんです。私はもともと『美少女』になりたいと思ったことはなかったんですが、実際に試してみると歌手や作家にもなれる『自分』にも気付けました。メタバースで生きるということは、アバターを使って思いも寄らない自分を見つける旅に出るような感覚でしょうか」
今では「服を着替える」くらいの感覚で「美少女」を纏っているねむさん、メタバースをめぐる世間の変化をどのように眺めてきたのだろうか?
「正直、世間の理解はあまり変わっていないように感じます。メディアを通じてメタバースで生きている人たちの存在を認識するようになった人も少しずつ増えていますが、まだまだ世間的にはメタバースというものはほとんど理解されていない。世間の考え方はそんなに簡単に変わるものでもないかなと思っています。地道に少しずつ伝えていくしかないのかなって」
※Kizuna AI株式会社に所属する日本のバーチャルYouTuber、音楽アーティスト
メタバースとは「人生を送ることができる仮想空間」
これまでもゲームやエンターテイメントの文脈で仮想空間が語られることはあった。しかし、ねむさんによるとメタバースによって仮想空間は大転換期を迎えている。
「いままでのインターネットは、言ってしまえば、皆さんの住んでいる物理法則に支配された現実世界『物理現実』を主体にして、その世界を便利にするためのツールでした。しかし、メタバースは人間自らが作り出した新しい世界『仮想現実』が人生の主体になる、人間の生き方を根本的に変えてしまうテクノロジーなんです」
ねむさんによると、メタバースがこれまでの仮想空間と異なるのは「没入性(仮想空間に入り込み、浸っている感覚)」に加え、「創造性」だという。そういってねむさんはインタビュー中にメタバース上の空間におもむろに絵を描き出したが、指先の軌跡はすぐに光り輝くアクセサリーへと変化した。
インタビュー中、ねむさんが空間上に描いたデザインが瞬時に光り輝くアクセサリー(左下)となった。
物理空間では「魔法」のようなことが、メタバース上では自由自在にできる。さらにメタバース上で「人生を送ること」を可能にしているのは、クリエイターたちが自分の作品を売買できる「経済性」だという。実際、メタバースに足を踏み入れる人たちの中で最も多いのもエンジニアやクリエイターだ。
「メタバースはクリエイターにとって天国のような場所です。私たちが生きている空間そのものを自由に創ることができますし、音楽イベントも簡単にできます。物理現実で一般人がライブハウスを借りたり、誘導スタッフを雇ったりするには多くの手間やコストがかかりますが、メタバースだったら自由自在。クリエイターはここでは『神様』のような存在になれるんです。」
メタバース上では物理法則は関係ない。瞬間移動も思いのまま。
メタバースによって「なりたい自分」になるには?
ねむさんによると、メタバース上でなりたい自分になるためには「アイデンティティのコスプレ」、「コミュニケーションのコスプレ」、「経済のコスプレ」が必要だという。
「アイデンティティのコスプレ」とは、アバターを使って自分のアイデンティティを書き換え、デザインすること。「コミュニケーションのコスプレ」とは、物理現実でコミュニケーションを妨げている年齢や肩書、性別を取り払い、より本質的なコミュニケーションをすること。そして、「経済のコスプレ」とは、メタバース上で創造性を発揮して、経済活動を営むことを指す。
ところで、どんなアバターを選んでもよいはずなのに、性別や年齢に関わりなく「美少女」を纏う人が多いのはなぜなのだろうか?
「アニメ・漫画における『美少女』は、海外でも注目されている概念である『かわいい』を具現化した存在なんです。従来の物理現実の人生では、子どもが大人になり、子どもは大人から学んでいくものでした。しかし、現在ではテクノロジーの進歩のスピードが早すぎて、これまでの常識はすでに破綻しています。つまり、大人も未熟だし、永遠に学び続けないといけない存在なのです。そこで、私たちはメタバース上で『美少女』を纏うことで、未熟な存在を互いに可愛がり、大切にできます。
また、物理現実では私たちの性別や年齢がコミュニケーションを少なからず阻んでしまいます。しかし、メタバースで『美少女』のアバターを選べば、そうしたフィルターを取り除き、どんどん新しい人と出会って仲良くなって、チャレンジできるんです」
物理現実では性別、年齢、立場などのゆえに挑戦できないことはたくさんある。しかし、メタバースではどんな大きなチャレンジも可能だ。
「もちろん、アバターを変えたからといっても能力的な限界がなくなるわけではありません。ただ、無意識のうちに『自分』にかけているリミッターのようなものはたくさんあり、メタバースではそれを外して挑戦しやすくなることは確かです。思いも寄らない才能を見つけやすくなります」
メタバース上でYouTubeのライブ配信をしたり、オリジナル楽曲のMV撮影をしたりとリアル空間と変わらず多様な活動を実現している。
メタバースによって現実はより立体的になり、豊かに生きられるようになる
日本ではまだまだメタバースは現実ではない、リアルではないという考え方が強い。メタバースで暮らすメタバース原住民ねむさんはどう考えているのだろうか?
「『メタバースはリアルではない』という考え方はもったいないな、と感じています。『現実・リアル』の対立概念として『仮想・バーチャル』をとらえると、メタバースがもたらす新しい時代の本質を見失うのではないでしょうか。
人生を送り、創造し、経済活動も営めるメタバースはすでにもう一つの現実世界です。そのため、『物理現実』と『仮想現実』とどちらも種類の違う現実と捉えるほうが適切だと考えています。例えば、食事は『物理現実』の世界じゃないとできませんが、コミュニケーションや創作活動をするときは物理法則に支配されない『仮想現実』が便利です。
これからは私たちが自由に『仮想現実』と『物理現実』を好きな時に行き来できるようになるはずです。それにより、現実はより立体的になり、個人はより豊かに生きられるようになるでしょう」
今すでにメタバースで多くの時間を過ごすねむさん。毎日が発見の連続だそうだ。
「不思議とバーチャルの『自分』が充実すると、リアルの『自分』も充実するんです。メタバース上でリラックスしたり、羽を伸ばしたり、自信が付いたりする効果を感じています。ただ、一日は24時間しかないので、どちらの『自分』も充実してくると、忙しくなりすぎて、時間が足りないのが悩みの種です」
美少女のアバターを纏ったねむさんをオンライン越しにインタビューしていると、不思議な感覚に陥りはじめた。確かに性別や年齢、肩書きを意識することなくリラックスしてコミュニケーションしている自分に気付いたのだ。メタバースがもたらす「コミュニケーションのコスプレ」をわずかではあるが「体感」できた気がした。
「メタバースで人生を送れる」と断言するねむさんの言葉の信ぴょう性は体験してみないと分からない。「なりたい自分になんかなれない」と自分の容姿や境遇を呪いたくなったら、物理空間やアイデンティティそのものもデザインできるメタバースへの旅に出かけてみてはどうだろうか。
取材・執筆:栗まさひろ
メタバース原住民、メタバース文化エバンジェリスト。「バーチャルでなりたい自分になる」をテーマに2017年から活動している世界最古の個人系VTuber。歌手、作家としても活躍し、2022年3月に出版されたメタバース解説書『メタバース進化論‐仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』(技術評論社)は「ITエンジニア本大賞2023」ビジネス書部門で大賞を受賞、同書の「メタバースの定義」は2023年の高校「情報」科目の副教材にも全文掲載された。
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