勝算がないと挑戦できない、なんてない。―「VRのパイオニア」せきぐちあいみはいかにして世界的アーティストになったか―

近年、「仮想現実」「拡張現実」に関する技術が目覚ましい発展を遂げている。まだまだ馴染みが薄く、社会にどんな影響を及ぼすのかイメージできない人も多いはずだ。

そんな仮想の世界で、アーティスト・クリエイターとして世界中から注目されているのがせきぐちあいみさんだ。「VR(バーチャルリアリティ=仮想現実)」「AR(オーグメンテッドリアリティ=拡張現実)」「MR(ミックスドリアリティ=複合現実)」の技術を駆使して精力的に活動するせきぐちさん。いかにして最新技術を習得し、アーティストとしての道を切り拓いたのか?

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「VR」「AR」「MR」といった言葉を聞いたことがあるだろうか? これらは、すべて「仮想の世界を体感するための技術」だ。CG等でつくられた仮想世界に没入したり、現実の世界にデジタル映像を重ね合わせたり。いつか私たちは、「身体」という鎧を捨てて理想の世界で生きていけるかもしれない。そう、「いつか」は――。

そんなふうに、最新技術を「遠い未来で誰かが実現するもの」ととらえている人も多いのではないだろうか。すべてが驚くほどの速度で進化し、多様化する現代で、最先端技術を扱うことができるのは専門家だけ。そんなふうに考えてしまう人もいるかもしれない。それは本当だろうか?

VR・AR・MR・NFTアーティストとして活動するせきぐちさんは「自分が素敵だ、と感じることがあるなら、やってみるべきです。それは絶対に『誰かのハッピー』になるから」と語る。舞台俳優やYouTuberを経て現在の活動にたどり着いたというせきぐちさんは、どのようにVRやARと出合い、知識と技術を身に付けていったのだろうか。これまでの軌跡とそこから学んだことを本人に訊いた。

批判やリスクを恐れている暇はない。せきぐちあいみが「世界的VRアーティスト」になるまで

「諦める」選択肢がない。表現者・せきぐちあいみの根源

社会人になったばかりの頃のせきぐちさんが打ち込んでいたのは、生身の身体で表現する「舞台」の世界だった。所属する劇団の公演や小劇場の舞台など、数多くのステージに立った。その当時は、「デジタル」や「テクノロジー」に特別な興味はなかったのだという。

「舞台と出合った中学生の頃から、『創作や表現の活動で生きていこう』と決めていました。高校は情報処理科だったので基礎的なパソコン操作などは学んだのですが、『親が心配するから形だけ学んでおこう』というくらいの意識でしたね」

しかし、芝居の世界での成功は想像以上に困難だった。せきぐちさんの前に立ちはだかったのは「舞台に打ち込むだけではビジネスとして成立しない」という現実だった。

「舞台って、『東京で公演を開催したら満席にできる』ではダメなんです。稽古の日数、必要な機材、スタッフの人件費などを総合すると、『全国公演をやってすべて満席、それに加えてDVDやグッズも売り切れる』というところまで行かないと黒字にならない。そのためにはどうしたらいいんだ?って、打開策を考える日々でした」

そこでせきぐちさんが始めたのがYouTubeでの動画投稿だった。当時はまだ「YouTuber」という言葉もなく、動画配信による収入もなかったという。

「知り合いからは『家で動画を撮ってネットにアップしているの? 信じられない』なんて言われていました(笑)。内容も『毎日腹筋をする』とか、本当にくだらなくて。なかなか再生数も伸びませんでしたが、一人でも『普段は何をやっている人だろう?』『舞台をやってるんだ、見てみようかな』と思ってくれる視聴者さんが出てきてくれれば、という想いで続けていました」

表現者の道を進むために、誰もやっていないことにも挑戦したせきぐちさん。将来を不安に思ったり、諦めたくなったりする瞬間はなかったのだろうか。

「私は人に刺激を与えられたとき『あ、生きてて幸せ』って感じるんですよね。中学時代、いじめに遭って生きる希望がなにもないと感じていたんです。そんなときに舞台に出合って、表現の喜びを知りました。

私にとって表現することは『夢』や『目標』ではなく『生きる理由』。だから、『諦める』という選択肢がないんです。壁に当たるたびに迷い、苦しみながらも『ああ、これでまた私は成長する』って思える。表現と出合えたことはすごくラッキーだと思います」

「誰かにとってのハッピーになると確信した」。“VRアーティスト”を職業にした理由

せきぐちさんは地道な発信活動で、徐々に表現者としての認知を獲得していった。そんな中、せきぐちさんはひょんなことからVR技術を体験する機会を得たという。

「2016年ごろ、たまたまお受けした取材で『ゴーグルを着けてVRを体験してください』と言われて。当時は『VR元年』と言われていて『PS VR』『Oculus Rift』といったVRゴーグルが発売されたタイミングで、話題になっていたんです。

試してみると、ゴーグルを通して見える空間に、自由に絵を描くことができて。『なんて楽しいんだろう! 魔法みたい!』と、すぐに夢中になりました」

実は、せきぐちさんの最初の夢は「画家になること」だったのだそうだ。幼少の頃周囲に打ち明けると、「絵をお仕事にするのはとても難しいんだよ」とたしなめられたのだという。

「子どもながらに夢を否定されるのはとても嫌で、恥ずかしくなってしまって。それ以来、絵への想いは封印して、描くこともほとんどしていませんでした。それがVRに出合って、平面ではなく空間に描く楽しみを知ったんです」

すぐに機材を手に入れ、毎日のようにVRに触れるようになったというせきぐちさん。最初から、多くの人に受け入れられるような作品をつくることができていたのだろうか?

「もちろん、最初は下手くそでしたし、やり方も全然わかりませんでした。今でこそ日本語のブログやYouTubeでVRに関するハウツーをたくさん見ることができますが、当時の日本にはVRの情報がまったくなかったんです。だから、海外の記事を訳して読んだり、メーカーに直接問い合わせたり、同じように試行錯誤しているVR仲間をSNSで探して情報交換したりと、とにかく必死で学びました」

2020年にはVR空間で個展を開催した。作品の中に入ることができる。

YouTubeに続き、まだ誰も知らないVRの世界に飛び込んだせきぐちさん。仕事につながるか、人生にプラスの影響をもたらしてくれるのかすらわからない事柄に、大きな時間や労力を費やす。そのことへの怖さはなかったのだろうか?

「たしかに、私がVRを始めた頃は『VRアーティスト』という職業は存在しませんでした。でも、『こんな素敵なことは絶対に誰かのハッピーになる』っていう確固たる想いがあったんです。

お仕事って、誰かにとっての新しい幸せを提供したり、問題の解決を手助けしたりすること。そのときの世間の空気感なんて関係なく、自分が『これはすごい!』と感じたものにはお仕事になる可能性があるんです。私はVRに心から感動して、この場所で表現したいと感じた。同じように、私の作品に感動してくれる人がいるはずだと確信できたんです」

「今」を常に更新していく。せきぐちさんはなぜ、SNSで注目を集めることができたのか

高度な技術と知識を要するVRでの表現。せきぐちさんも「最初は下手くそだった」と語る。VRアーティストとして作品を発表できるようになるには、長い下積み期間が必要だったのではないか。しかし、せきぐちさんは「始めたばかりのときから、どんどん作品を世に出していました」と話す。

「もちろん最初期は『こんな下手な作品、発表できない』と思って、誰にも見せていませんでした。でも、ある時友人に見せてみたら『こんなの見たことない! すごいよ。SNSにアップしてみたら?』と言ってくれて。

恐る恐る投稿してみると、思っていたより何倍もの反響をいただいて、いわゆる“バズった”状態になったんです。当時はフォロワーさんも今より全然少なくて、たまたま見たフォロー外の人が拡散してくれた。とても驚きました」

その後は、自信のない作品でもSNSに投稿するように。その度に大きな反響を巻き起こした。そしてそれが、せきぐちさんの活動を大きく前進させることになる。作品を見た企業やファッションブランドから、作品制作の依頼が舞い込むようになったのだ。

「私よりもフォロワーが多かったり、クオリティが高い作品を投稿しているアカウントはたくさんありました。その中でなぜ私が選ばれたんだろう、と考えると、毎日のように作品を投稿していたことも一因だと思うんです。

依頼する人の目線に立てば、とても良い作品が数個しかアップされていないアカウントより、下手でも定期的に作品をアップし、その中で上達が見えるアカウントのほうが熱意があるように見えるはず。

クリエイターは下手なもの、しくじったものを見られるのを恐れすぎているように思います。今の時代、ネット上での『黒歴史』や『デジタルタトゥー』は当たり前のこと。『みっともない』『批判されるかも』という恐怖心を乗り越えて、『今』を常に更新していくつもりで作品をどんどん世に出していくべきだなと思います。それがスタート地点に立つ、ということかなと」

VR作品をSNSで発表し始めてからわずか数か月で、スケジュールのほとんどがVRアーティストとしての仕事で埋まった。せきぐちさんは「わからないこと」に果敢に挑んでいくことで、世の中にまだない価値を生み出したのだ。

稀代のVRアーティストが語る「自分自身で体験すること」の価値

その後もせきぐちさんは自身の直感を信じ、新しいことへのチャレンジを続けていく。2021年には、まだ世界でも注目され始めたばかりだったNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)アートのオークション出品に挑戦。ムーヴメントの先端を行くクリエイターの一人として世界的に注目を集めた。

せきぐちさんの作品「Alternate dimension 幻想絢爛 」。NFTオークションで約1300万円で落札された。

「海外からNFTのニュースが飛び込んできて、『これはすぐに挑戦しないと』と感じました。急いで勉強を開始して、約2日間で実行までこぎつけたんです。

周囲には『NFTって何? 怪しくない?』とか『少し様子を見て、安心できる状況になったら始めればいいのでは?』という人が多かったです。でも、私にはその感覚がわからなくて。

もし様子を見て、体験や経験なしにNFTのメリットや危険性を正しく分析できるならそうすべきでしょう。でも、私は今までも『わからないこと』に自分自身で挑むことで、その経験から学びを得てきた。変化が速い世の中だからこそ、様子見なんてしている暇はないんです」

表現者・アーティストとしての自身の可能性を追求し、試行錯誤の日々を続けているせきぐちさん。あらためて、そのバイタリティの根源はどこにあるのかを聞いた。

「繰り返しになってしまいますが、私は『誰かに新しい刺激を与えたり、想像力を解放するきっかけを与えたりすること』に心底幸せを感じるんです。その相手は老若男女誰であろうと関係なくて、世界中の人に、本心を言えば人間だけじゃなくて動物にも、虫や宇宙人にだって届けたい(笑)。そのくらい、この気持ちが強いんです。

これからはAIの時代が来ると言われていて、とくに私たちのようなデジタル領域のクリエイションは、AIが人を凌駕するクオリティを出すようになっていくでしょう。でも、『他者をインスパイアしたい』という欲求や、生身の人間としての経験が反映された作品は、その人にしか出せない『色』を帯びていく。私はこれからも、新たな挑戦を続けながら作品をつくり続けていきます」

最新技術について、「未来を生きる若者だけのためのもの」「知識と専門性を持つ人だけが関わることができるもの」と、他人事のように感じてしまう人は多いと思います。でも、技術が実現することは、実は多様な人の人生と密接につながっているんです。

たとえば、病気や障害を抱えていて自宅や病室から動けない人も、VR技術を使えば仮想空間で行きたい場所に行ける。会いたい人に会うこともできるんです。

新しい技術は、高齢者の方や障がいのある方、未知の才能を持つ子どもたちの可能性をフラットにする。VRを使えば、難民の子どもが先進国の子どもと同じように教育を受けられるようにすることもできるはずです。

「自分には関係のない流行りもの」ではなく、根付いていくものとして、VRのような技術に触れてみてください。私はアートやエンタメといった側面から、その素晴らしさを少しでも知ってもらえるような活動をしていきたいと思っています。

取材・編集:白鳥菜都
執筆:犀川及介
撮影:大嶋千尋

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Profile せきぐちあいみ

VR・AR・MR・NFTアーティスト。VRアーティストとしてさまざまなアート作品を制作しながら、国内にとどまらず、海外でもVRパフォーマンスを披露する。2021年3月、NFTオークションで自身の作品が約1300万円で落札され話題に。

X @sekiguchiaimi
Instagram @vr_aimi
オフィシャルサイト https://aimimusou.com/

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