つらくてもここで頑張らなきゃ、なんてない。 ―日本から逃げた「インド屋台系YouTuber」坪和寛久の人生のポジティブ変換術―
YouTubeチャンネル『今日ヤバイ奴に会った』と『坪和の世界ローカル屋台めし』を運営する、自称「インド屋台メシ系YouTuber」坪和寛久さん。ネガティブに捉えられかねないインド屋台の調理過程を、ポジティブでユニークに伝える独特の動画スタイルで、現在の合計登録者数は74万人を超えている(2025年3月現在)。
日本社会から落ちこぼれ、インドへ逃げ出したという坪和さんの、人生逆転劇を追った。

坪和さんの人生を読み解いていくと、自分たちがどれだけ狭い世界でもがいているかに気づかされる。イス取りゲームのように、少ないパイを奪うために競い合う。同じ常識で合意形成された日本のシステムの中で、疲弊している人も多いだろう。
かつては坪和さん自身も、日本社会からふるい落とされ、居場所を失った「敗者」だった。しかし、環境を変えるだけで、人生が180度変わることもある。
29歳で逃げ込んだインドから、坪和さんの人生逆転劇は始まった――。
日本でうまくいかなければ、日本から逃げちゃえばいい。
日本で生きていくことに限界を感じていた
「落ち着きのない子どもで、小学校3年生まで靴も履いたこともありませんでした。母が履かせてくれても、出かけた先で忘れて裸足で帰ってきてしまうんです。忘れ物も多いし、とにかく衝動的で。いわゆるADHDってやつです」
興味の対象が移りやすく、おもしろそうなことを見つけると、誰も彼を止められない。衝動的で不注意、リスクとリターンのバランスを深く考えずに即行動に出てしまう。一度入学した大学を3年で辞め、別の大学の全く別の学部に入りなおしたこともある。その傾向は社会に出ても変わらなかった。
「二つ目の大学を卒業して営業職に就いたのですが、時間を守るとか、報告・連絡・相談みたいな、日本のビジネスパーソンに求められる資質が僕には欠如していたんです。周りはみんな僕より優れていて、会社では何一つ成功した記憶がありません」
遅刻が多く、メールの返信も苦手、不注意で会社の共有フォルダを消去してしまったこともある。失敗のたびに上司や同僚に詰められた。一方、人と話すのは大好きで、初対面の人でもいつの間にかその懐にすーっと入り込めるため、「営業」という仕事には向いていた。
その後配属された仙台では東日本大震災を経験し、当時付き合っていた女性にも振られてしまう。失意のまま東京へ戻り、転職を重ねた。どこへ行っても失敗続きで、叱られるたびにヘラヘラ笑って謝るしかなかった。
「20代後半は、日本で働いていくことに限界を感じ始めていました。生きづらさ、息苦しさを覚え、居場所がないと感じてしまって。次第に別の環境を求めて海外に目が行くようになっていきました」
そして20代最後の年、坪和さんに最大の転機が訪れる。
「君、身体が大きいし、インドで働かない?」
以前インドで駐在員をしていた「知り合いの知り合い」から、思わぬ誘いを受けた。インドで外国人向けの不動産紹介業を営んでいるから、そこで働かないかというのだ。
「二つ返事で『行きます!』って答えました。インドというのがまた良かった。海外でもアメリカやヨーロッパのような先進国だったら、結局日本と同じ壁にぶつかるだろうと思っていたんです。どうせなら生活が想像できない国がいいなと」
インドについての知識は浅く、英語もほとんど話せなかったが、坪和さんには一片のためらいもなかった。
日本では落ちこぼれ社員、インドでは敏腕社員
2013年10月21日夜11時、インド・ムンバイに到着。気温35度、湿気が多く、重みのある空気が肌にまとわりついた。途絶えることのないクラクションの音と人の声、スパイスと下水と香水と濡れた犬が混ざったにおい。真っ暗な道路脇には、人か動物かわからない無数の目が光っている。五感全てがインドに没入したような感覚だった。
「初めてインドに着いたときのことは、鮮明に覚えています。もう、ワクワクでいっぱいでしたね」
坪和さんに用意されたのは、ムンバイの中心地、家具・家電付きで4部屋もある賃貸物件。家賃は4万円で、想像以上に快適な住居だった。しかしここはインド。このまま快適な生活が始まるわけはない。
「日本で1年間かけて起こるトラブルが、インドでは1日で起きるんです」
エアコンをつければ水が滝のように降ってくる。洗濯機を回せばリビングがプールに早変わり。業者を呼べば「2分で行くよ!」と言いつつ次の日まで来ない。
「『ドウ・ミニッツ(2分で行く)!』っていうのが彼らの口癖なんです。でも、彼らの2分は、2分から24時間ぐらいまでと幅広い。修理するときも、僕の部屋にあるものを何でも使うので、帰る頃には部屋はめちゃくちゃ。何もかもおもしろくて、ブログのネタとして最高でした」
心配する家族に自分の安否を知らせるため、インド到着時から坪和さんはブログを綴っていた。タイトルは、『今日ヤバイ奴に会った』。毎日「ヤバイ」奴に会うインド生活にはピッタリだ。
仕事にもすぐに慣れた。日本人が1週間程度で済ませる仕事を、インド人は1カ月かけて終わらせるのだ。
「僕にはADHDという特性があり、日本ではどこの会社でもダメ社員でした。でも、インドに来てみたら、僕と同じような人ばかり。あっという間に敏腕社員に昇格して、成功体験をたくさん積ませてもらいました(笑)」
大雑把でルーズだが底抜けに優しい人々。桁外れのダイナミックさを持つインドという国に、坪和さんは生まれて初めて自分の居場所を得た。
「よく、『インドは神に呼ばれなければ行けない』って言われますが、僕の場合はインドの神々に大声で呼ばれていたのかもしれません」
オセロで端を取ったときのように、パチン、パチンと音を立て、ネガティブがポジティブに変わっていく快感。ここから彼の人生は一気に好転していく。
ネガティブをどうポジティブに変換するか
2017年のある日、坪和さんは銀行口座に1万円が振り込まれていることに気づいた。振込元はGoogle。YouTubeの収益だった。
「実は2014年の暮れ頃から、ブログだけじゃなくてYouTubeも始めていたんです。動画の方がインドのダイナミックさを伝えられると思って」
ブログの延長で始めたYouTube動画。それまで再生回数など気にしてもいなかったが、確認してみると、1つ目にアップした「インドのサンドイッチの作り方」という動画が、10万回再生を超えていた。しかし、2014年12月にアップした動画が、2017年5月になってなぜバズったのか。
「いろいろ調べてみると、どうやらその週に、日本の深夜番組でサンドイッチ特集が放送されていたらしいんです。その時間帯から動画の再生数が伸びているので、その番組を見た人がサンドイッチの作り方を調べたんじゃないでしょうか」
断面の美しい清潔なサンドイッチを作ろうと動画を検索した多くの日本人が、引き算を知らないダイナミックな『インド屋台のサンドイッチの作り方』に導かれていったのだ。
その頃から本格的にYouTubeの研究をするようになった。視聴者から一番評判のよいインド屋台に題材を絞り、イメージが定着するようBGMも一本化。動画の最後に必ず登場する「インド犬」も、視聴者の反応のよさから定番となった。
「日本のテレビ欄をチェックして、グルメ特集があればそれに合わせてインド屋台動画をアップしました。ハンバーガー特集ならインド式ハンバーガー屋台、というように」
動画は次々とYouTubeの急上昇ランキングに載るようになり、登録者数も順調に伸びた。そして2017年が終わるころには、YouTubeの収益が会社の月収を上回るようになる。
「屋台を撮っていいかと聞いて、拒否されたことはありません。むしろもっと撮れとサービスしてくれる。撮影しているとどんどんインド人が集まってきて、誰が店員で誰が客だかわからなくなるんです。インドで暮らし始めてからはいいことばかり。だから、動画でもインドのダイナミックさを、ポジティブに伝えたいんです」
大切にしていたのは、インドへのリスペクトだ。インドの屋台では、ときに日本の衛生観念にそぐわない情景も見られる。それをネガティブに捉えられないよう、飛び回るハエを「黒い妖精」、コンロのあちこちに飛び散った料理の残りカスを「思い出」、何にでも使う濁った水を「万能水」など、ユーモアあふれる言葉にポジティブ変換した。
坪和さんの思いは視聴者にも伝わり、「インドに対する見方が変わった」「動画を見て潔癖症が治った」などと、好意的なコメントが多数寄せられるようになった。中には「つわりが治った」「不眠が治った」という眉唾物の感想もある。
「ネガティブをどうポジティブに変換していくのかが、僕の人生のテーマだったので、動画でもそれを表現できたかなと思います。今までの人生でほとんどうまくいった経験がなかったので、初めて何かで認められた気がしました」
インドは「生きていていいんだ」と感じられる場所
2020年3月、新型コロナウイルスの流行により、坪和さんはやむを得ず一時的に日本に帰国した。それから2年間、インドに戻る日を待ちながら、日本でインドの味に近いスパイスの販売を始めた。動画のイメージとうまくリンクしたスパイスは、キャンプブームという上昇気流にも乗って順調に売れていった。現在までに4万個以上販売し、2025年からはふるさと納税にも参加する予定だ。
2022年以降に国境が再び開放されてからは、インドと日本を頻繁に行き来した。インドで出会った日本人男性と意気投合し、新たに料理系YouTuberを集めて「MilDeli」というデリバリーのみのレストランビジネスも始め、代表に就任した。
日本のビジネスパーソンとしてあれだけつまずいていた坪和さんが、いま日本でのビジネスを順調に運営している。
「40年間かかりましたが、自分にできることにたどり着きました。今が一番楽しいですね。インドはめちゃくちゃなこともたくさんありますが、僕みたいな人間でも『生きていていいんだ』と感じられる場所です」
今後はインドだけではなく、アジア、南米、アフリカなど、世界中の屋台を回って配信を続け、ひとりで『くいしん坊!万才』と『突撃!隣の晩ごはん』をやる男になりたいと、坪和さんは語る。
インドは広い。そして深い。常識からはじき出された人々を飲み込み、うねるように成長していく国だ。今、日本で生きづらさを感じているのなら、対岸に目を凝らしてみてほしい。どこかの国で、神々が大声で呼んでいるのかもしれない。
日本に住んでいると、狭くて逃げ場がないと感じてしまうかもしれません。そんな時は、日本から逃げちゃえばいいんです。僕は逃げた先のインドで、たくさんいい人に出会い、たくさんの成功体験を積むことができました。
日本には居場所がなくても、世界中に目を向ければ、どこかの国に居場所が見つかるはず。その場所へ、逃げちゃえばいいんです。
取材・執筆・撮影:宮﨑まきこ

1984年茨城県生まれ。2013年にインド・ムンバイに渡り、不動産紹介業に従事。家族や友人に向けて始めたブログの延長で、YouTubeチャンネル『今日ヤバイ奴に会った』を開設。インドの屋台メシの調理過程を紹介する動画が大ヒット。現在は新しく開設した『坪和の世界ローカル屋台めし』と合計してチャンネル登録者数74万人以上。日本ではスパイス販売事業も営んでいる。
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YouTube: 坪和の世界ローカル屋台めし 今日ヤバイ奴に会った
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