男性中心の業界は変えられない、なんてない。
女性ドローンユーザーの第一人者として知られる佐々木桃子(ササモモ)さんが、ドローンに出合ったのは日本の“ドローン元年”といわれる2015年。専門的な技術もない専業主婦の彼女が、国内ではまだ歴史の浅いドローンマーケットに需要を生み出すべく仕掛けを考え、男性一色のドローン業界に新たな風を吹き込んだ。ササモモさんが描く、ドローンを片手に女性が活躍する未来とは?
空撮以外にも、災害時の救助、土木工事現場の測量、作物の管理など、ドローンは多岐にわたって活躍し、私たちの生活に徐々に浸透してきている。ドローンを活用したビジネスが急成長する中、女性のドローンパイロットも増えているというが、ドローン業界はまだまだ男性中心の世界。そこに身一つで飛び込んだのが、ササモモさんだ。ただのドローン好きな主婦の一人だった彼女が、「ドローンを女性の仕事にしていきたい」という思いに至るまでの軌跡をひも解く。
これからのドローン前提社会のために、
誰かが“草の根活動”を担わなければいけない
大手電気メーカーに勤務していた母親の影響もあり、幼少期からパソコンに慣れ親しんでいたササモモさんは、短大卒業後に地元の家電量販店に就職した。
「パソコン教室のインストラクターになるのが、20歳からの夢でした。就職活動の面接でもアピールしましたが、入社後に配属されたのはパソコンの販売・修理業務を担う部署。パソコンを教えたいという願いはなかなかかなうことなく、2年ほどで退職しました」
一度は転職してみたものの、夢を諦めきれなかったササモモさん。前の職場の人事担当に直談判をし、パソコン教室のインストラクターとして見事に職場復帰を果たした。「すぐ飽きるくせに、諦めが悪いんです」と笑うが、未来を自らの手でつかみ取ろうとするその心意気があったからこそ、長年の夢をかなえることができたのだろう。
やっと見つけた“ドローン”という、人生の相棒
「インストラクターとして約3年間働いたあと、独立してパソコン教室を開業しようと考えていましたが、結婚が決まっていたこともあり、専業主婦というものも一度は体験してみたいなと。でもやってみたら、すごくヒマで(笑)」
ササモモさんがドローンに出合ったのは、ご主人と出かけた旅行先。ドローンを仕事で使っている2人組の男性を目撃したが、当時はまだドローンというものが認知されておらず、“空飛ぶカメラ”の正体が何なのか見当もつかなかったそう。
「鉄の塊的なものが好きな私としては、カメラの付いた機体が空を飛んでいるというだけで、すごくドキドキしているわけですよ。もはや名前もわからないので、“飛ぶカメラ”ってインターネットで検索して。そのときは何の情報も得ることができなかったのですが、首相官邸でのドローン落下事件により、その年の12月に航空法が改正されて、良い意味でも悪い意味でもドローンの認識が広まりました」
すっかりドローンに魅了された彼女は、スクールに通って操縦技術を学ぶことに。専業主婦でありながら株を嗜んでいた彼女は、ドローンが市場的に今後伸びるかもしれないと予測し、個人事業主としてドローン活動を開始した。
「すぐにドローンをやっていく日々を綴るSNSページを開設しました。それからあらゆるドローンイベントに顔を出すようになって。女性のドローン仲間が欲しいと思い立ち、動画投稿サイトを使ってドローンの魅力を発信し始めました」
主婦である妻が、毎日のようにドローンを追いかけて出かけていくことをご主人はどう感じていたのだろうか。
「会社員だった20代は、自分のやりたいことが見つからず悶々とした毎日を過ごしていました。その時期を主人は見ているので、『好きなことを仕事にして輝いている桃子さんを見るのは幸せだよ』と応援してくれています。家事はできる方がやるというスタンスで、互いをねぎらい、支え合うことで家庭内に好循環ができたように思います。主人もドローンに興味はありましたが、すでに趣味としてあったゴルフの方が楽しいようです」
ドローンの普及活動から、自身の技能向上と知識拡充へ
ドローンをやり始めて1年がたった頃、女性とドローンというミスマッチなものを掛け合わせたらどうなるのだろうと考えた。ササモモさんが企画したドローンの体験会は予想以上に反響が大きく、それがきっかけで女性のパイロットチームを結成することに。
「圧倒的に男性ユーザーが多い世界なので、女性の存在はどうしても目立ってしまいます。『主婦なのにこんなに出張ばかりで大丈夫なの?』とか『女性をたくさん集めて何がしたいの?』とか、最初のうちはさげすみ混じりに言われることもありました。それでも、一人でも多くの人にこの“空の産業革命”を知ってほしい。そうすれば、今後のドローン前提社会の発展に貢献できるはずと自信をもっていました。当時の私は、この“草の根活動”を誰かが絶対に担うべきだという信念があったので、悔しくてもむやみに立ち向かうことはせず、笑顔とやる気だけで乗りきってきました」
チームで活動していた時代は、主にドローン製品のPRなどを行っていた
やがてチームの規模が約60人と大きくなり、その存在感も高まってきた矢先、彼女にとって最大の困難が立ち塞がる。1年半使っていたチーム名を別の企業が商標登録したのだ。
「長い間慣れ親しんだ愛称が、ある日突然使えなくなるというつらさを経験しました。私たちの活動に注目してくれている人がたくさんいたなかで、そこに配慮できなかった私の責任です。育ててきたチームがなくなるわけではないけれど、せっかく覚えてもらったものをまた一からつくり直すことが本当につらかった。かなり落ち込みましたが、業界内外からたくさんの支えの言葉をいただいて。何よりチームのメンバーが誰一人抜けずに残ってくれたことが、最大の救いでした」
自分の未熟さや不甲斐なさを痛感したこの一件があったからこそ、彼女はよりたくましくなり、女性のドローンパイロットとしてさらなる高みをめざすことを決意した。
「いったんチームから離れて自身の技術向上や知識拡充に力を注ぎ、“ササモモ”という一つのブランドを携えて、もう一歩踏み出した何かをやりたいと考えています。そもそもドローンは、無人で遠隔操作や自律航行ができるロボットの総称。従来までの“空を飛ぶ”というイメージから脱却すれば、ドローンの可能性は無限大です。すでに販売されている水中ドローンもその一つです」
ドローンを使う上で大切にしたいのは“最初の感動”
ササモモさんが、初めてドローンを飛行させたときの一枚
女性パイロットとして確かな地位を築いた彼女が、ドローンを使う上で大切にしたいのは「初めてドローンを飛ばしたときの感動」だと話す。
「ドローンユーザーならみんな、最初の感動を絶対に覚えています。見たことのない目線の高さにある壮大な景色に驚き、これまで自分にできなかったことが簡単にできることを実感しました。この感動は一度きりだし、人生でこんなにハマったのはパソコン以来。ちっとも飽きないですし、なんならドローンに囲まれて寝たいくらい(笑)」
ますます女性が活躍する時代に、ドローン操縦のような専門的なスキルをもっていて損はない。現在、埼玉県川越市でドローンスクールを立ち上げ、運営に携わっている彼女に、スクールを開講するに至った経緯を尋ねてみた。
「ドローンスクールを独自で開講したのは、まだチームの運営をサポートしていたとき。私がドローンに出合った頃は、スクールの数も少なく、受講費が30万円、機体が1機20万円、一気に50万円の借金をして始めたんです。その苦労があったから、ドローンを始めたいけれど何をしたらいいかわからないという女性に向けて安価なスクールを開校したというのが一番の理由です。現在は女性も男性も関係なく、ドローンを使って何をめざしたいのか用途に合わせて選べるスクールを運営しています」
最後に、ドローンをこれから始めてみたい方に向けて機体選びのアドバイスをもらった。
「みなさんカメラ付きのドローンが欲しいと思いますが、最初はカメラを見る余裕なんてありません。トイドローンと呼ばれるものを買って、家の中で飛ばし、操作に慣れることが上達への近道です。あまりにも安価なものだと飛行が安定しないので、私はRyze tech社の〈Tello〉をおすすめしています。慣れてくるとトイドローンを外で飛ばしてみたくなりますが、風に飛ばされてどこかへ消えてしまうというのがだいたいのパターン(笑)。大きい機体に買い換えて、思う存分ドローンを楽しみましょう。私も使っていますが、DJI社のドローンは抜群の安定感があります。練習機なら〈DJI MAVIC 2 PRO〉、プロ用の空撮機として〈DJI INSPIRE 2〉がおすすめです」
2015年、専業主婦からドローンパイロットをめざし、翌年個人で事業を開始。昨年末までドローン普及のため全国でドローン操縦体験を実施。現在は株式会社ジュンテクノサービス取締役、ドローンスクールDアカデミー関東埼玉校講師、慶應義塾大学SFCコンソーシアム研究所員、女性ドローンパイロットチーム【L'oiseau Bleu(ロワゾ・ブルー)】の代表として国内外を問わず活動。
HP:http://sasamomo.com
twitter:@dronepawife
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