なぜ、スポーツが貧困やホームレスの解決に必要なのか。│ダイバーシティサッカー協会代表・鈴木直文さんに聞くスポーツと社会課題解決の関係性

2024年9月21日から28日まで、韓国・ソウルで開催されるサッカーの世界大会「ホームレス・ワールドカップ」。その名の通り、ホームレス状態にある方が選手として出場するサッカーの大会だ。LIFULLは今回、この「ホームレス・ワールドカップ」日本代表チームのオフィシャルスポンサーに就任した。

そこで、ホームレス・ワールドカップの日本代表派遣団体であるダイバーシティサッカー協会代表の鈴木直文さんを訪ねた。鈴木さんはサッカーをはじめとするスポーツを通じて社会的包摂(ソーシャルインクルージョン)を目指す研究をしている。

スポーツがなぜ、どのように、ソーシャルインクルージョンの実現に役立つのか?ダイバーシティサッカー協会が開くフットサルの練習や国内大会はどんな場として機能しているのか?話を伺った。

鈴木直文さん

スポーツは「遊び」のひとつ

――鈴木さんは「スポーツ社会学」を研究されていますが、そもそも「スポーツ」とはどういうものだと考えられていますか?

私は、スポーツとは絶えず形を変えながら進化してきた、自己表現の一つのようなもの、「遊び」だと思っています。自分の好きなことをやって、同じようにそれを好きな人が集まり、相互に認め合うという関係によって、尊厳を保てる。それがスポーツをすることの1つの意義だと考えています。

現代社会において「これはスポーツ、これはスポーツじゃない」といった線引きがあるように見えますが、そういった意識が生まれたのは歴史を遡れば割と最近のことですよね。私は、そんな「スポーツ」という呼び名がない時代からある「遊び」としてのスポーツが好きで、それが何か世の中のためになったらいいなと思って研究対象にしてきました。

そんな中で、1990年代からヨーロッパで「ソーシャルインクルージョン」という言葉が流行し始めました。例えば貧困や障がい、ホームレスなどを理由に社会的に排除されている人がいる。それらを解決しなければということです。そして、その解決方法の一つとして、スポーツを活用しようという動きが始まっていきました。当時、私はイギリスに留学していたので、この分野で研究を深めることにしました。

鈴木直文さん

――約30年前からそういった動きがあったんですね。日本では、現在でもまだそこまでスポーツをソーシャルインクルージョンの実現に役立てられると認知されていない印象があります。

日本ではどちらかというと、まちづくりの文脈でスポーツに関心が向くことはありますよね。例えばJリーグなどが代表的な例です。けれど、日本ではそもそも貧困やホームレスなどの問題を地域の問題だと考えない傾向にあります。

一方で、イギリスでは「貧しさ」がどの地域にどのくらい集中しているのかという指標が公表されていて、政策資源がその地域に集中的に投入されるのです。そうした地域の貧困問題に対して分野横断的なアプローチが不可欠と考えられるなかで、スポーツが社会参加を促す有効な手段として利用されることが多くなりました。

自由に楽しめる「居場所作り」のためのフットサル

――根本的な考え方に差があるということですね……。そんな中で、鈴木さんは日本で多様な社会的困難を抱える方がスポーツに関わるきっかけを作る「ダイバーシティサッカー協会」の理事を務められています。どんな活動をされているのでしょうか?

様々な活動をしていますが、1番大切にしているのは「居場所作り応援」です。その場に行けば人と集うことができて、誰かから否定されることなく、ただ楽しくフットサルができる、そういった場作りです。

月に2回、ホームレス経験者など、どなたでも参加できる練習の場を直接運営しているほか、うつ病などの精神障害、LGBTQ+、難民、フリースクール、児童養護施設出身、不登校、ひきこもり、依存症など、様々な社会的困難を抱えた当事者と支援者が、日常的にフットサルを通じて交流する場を作るノウハウを、様々な団体に提供しています。

社会的困難を抱える方々は、うまく「楽しむ」ことをできていない場合がよくあります。ホームレス状態だからサッカーなんてしちゃいけない、ひきこもりだから外で人と遊んじゃいけないとか、そう考えている人が少なくないようです。でも、本当はそんなことなく、誰でもただ好きなことをして楽しめる場があっていいはずです。

鈴木直文さん

――「楽しんではいけない」という気持ちを内面化されている方は少なくないんですね。

外部からの目を内面化してしまう一面もあるかもしれません。以前、不登校やひきこもりを経験した若者たちと2時間フットサルをした際に、参加者の多くが口を揃えるように「こんな風にサッカーをしたのは小学生以来です」「こんな自分たちのためにこのような場を用意してくれてありがとうございます」というようなことを言ったんです。たった2時間のフットサルですよ。

親御さんからの期待や、政策目標としても、社会的困難を抱える人に対していきなり「働く」ための支援が求められがちです。働いている状態があるべき姿で、遊びはその次といったように。けれど、スポーツをはじめとする遊びを通して外と関わりを持ち、日々の生活に意欲が出るからこそ、就労などにも向かっていくことができる面もあるんですよね。そういう意味で、スポーツを通じた「居場所作り」を大切にしたいのです。

フットサルによってもたらされる変化

――月2回の練習の他にも、大会の開催などもされていますよね。

「ダイバーシティリーグ」という国内大会を東北・関東・関西の3地域で開催しています。日常的な「居場所」でフットサルに参加する方々が目標にできる晴れ舞台があれば、もっと日々の生活への意欲が高まるのでは、という意図で開催しています。

大会があることで、チームメンバー同士が話し合ったり、時にはぶつかり合ったりしながら練習できます。お互いが尊重される安心感があることを前提に、ただ居心地のよい場というだけではなく、一緒に葛藤を乗り越えるような経験も、充実した日々の一部になると考えています。

鈴木直文さん

――実際に月に2回の練習や大会に参加されるのはどんな方々なのでしょうか?

「ダイバーシティーリーグ」と言っている通り、参加資格に制限はありません。もちろんなかなか「晴れ舞台」が得られない方々が最優先なので、そういった方々を支援している団体を通じて参加者を募ります。ホームレス状態にある方や障がいのある方、難民の方など様々な当事者が、支援者と一緒にチームを作って参加しています。同時にそうした色々な苦しさを経験している方々となかなか出会う機会のない人たちにも、参加してほしいんです。私の大学のゼミ生も参加してくれますが、得難い経験になっていると思います。

「ダイバーシティリーグ」を運営する際には、プレーする人と運営する人を分けるのではなく、参加する全員に会場設営やゲームの進行などを分担してもらいます。普段はどうしても、支援する側と支援される側という垣根が生じやすいので、みんながそれぞれ役割を持って運営することで、その垣根を超える助けにもなっています。

――社会的困難を抱えた方々がフットサルに参加することで実際に生活が変化していく事例もあるのでしょうか?

色々ありますよ。本当に辛い状況にあって外に出られなかった方が、フットサルの練習に来るようになって、外で活動できるようになったり。フットサルの練習や大会に何度も出てくださった方が、だんだんとステップアップして、他のチームの助っ人をしたり他の参加者を連れててくれたり。数字の上は、就労まで辿り着いていないからあまり変化がないとされてしまうかもしれませんが、ご本人にとっては大きな変化だと思います。

それから、フットサルの場に来てくれたからこそ、本当に必要な支援方法が分かるということもあるんです。例えばずっと就労を勧められて取り組んでいたけれどうまくいっていなかった方が、フットサルの場での支援者との会話をきっかけに検査を受けて知的障がいがあることが判明したというような例もあります。そうなると、むやみに就労を目指すのではなく、例えば生活保護など適切な支援を受ける方向に転換することもできる。最初から就労支援というかしこまった場に行くのではなく、当事者と支援者がチームメイトとしてフラットに話せることのメリットはこういう場面にもあると思います。

鈴木直文さん

大切なのは日常。日常を充実させるための大会

――今年は、13年ぶりに日本チームがホームレス・ワールドカップにも参加しますね。

そうですね。これまで日本チームは「ホームレスワールドカップ」でほとんど勝ったことがないんです。前回、日本チームが出場した2011年大会の後、辛い時期があったのはよく覚えているので、正直、今回はどうなるかなと緊張しているところはあります。ただ、せっかくお隣の韓国で大会が開催されるということで、この機会を逃す手はないと思い、参加を決めました。

とはいえ、私としては「ホームレス・ワールドカップ」がゴールではないんです。大切なのは日常です。「ホームレス・ワールドカップ」に行ったからといって、残念ながら選手の皆さんの日常がいきなり変わるわけではありません。なので、もちろんせっかく出るならその場も楽しんでいただきたいですが、私たちの方が、彼らが帰ってきてからの居場所をより充実させるには何ができるのか、そのヒントを掴んでこられたらと考えています。

――「ホームレスワールドカップ」に関連してLIFULLが実施した調査でも、まだまだ支援や理解が足りない部分が大きいこともわかりました。今回の大会参加も、そういった状況の認知向上にもつながると良いですね。

確かに、一般的なイメージと支援団体の実感にギャップがあるところもありますね。一方で、私個人としては、「自分自身がホームレス状態になる可能性があると思う」という回答が1/3を超えたことに一番驚きました。特に20代では半数近くがそうした不安を抱えていて、全く他人事ではないんですよね。これだけ多くの若者が将来の先行きが不安だと感じているのはまずいことです。

もちろん、ダイバーシティサッカー協会のような取り組みも大切だと思いますが、一方でやはり政策で解決できることがもっとあるはずです。例えば老後に収入が少なくなっても、国から手厚い家賃補助が受けられるならそんなに不安に思いませんよね。そんな風に制度設計で解決できる問題も数多くあるはずなので、より多くの人が関心を持ってくださることで、そうした政策の実現につながるようになればと思います。

取材・執筆:白鳥菜都
撮影:大嶋千尋

鈴木直文さん
Profile 鈴木 直文

2007年グラスゴー大学大学院博士課程修了(PhD)。2017年より一橋大学教授。特定非営利活動法人ダイバーシティサッカー協会代表理事。著書に『社会(スポーツ)をあそぶガイドブック』(編著、2018、ビッグイシュー基金)、『スポーツと国際協力』(編著、2015、大修館書店)など。

ダイバーシティサッカー協会HP:https://diversity-soccer.org/

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