68歳で“新人”になった。「老卒採用者」1年目のリアルな声を聞く。
人生100年時代と言われるいま、定年後も働き続けたいと考える人は少なくない。一方で、定年後に再び社会に出た時に感じるだろう世代間ギャップへの不安は根強い。ここでは、68歳で「老卒採用者」として新たな環境に飛び込んだ宮川貫治の言葉から、年齢にとらわれず働き続けるためのヒントを探る。
LIFULLが2024年4月からスタートした「老卒採用」を利用し、初めての採用者として入社した宮川。広告代理店でクリエイティブディレクターとして活躍した経験を活かし、記事作成やSNS企画の立案に携わっている。宮川は「老卒採用者」第一号として過ごした1年間で、どんなことを考え、悩み、何を得たのか? 1年目のリアルな声を届ける。
デジタル周りのキャッチアップは、僕にとって簡単なことじゃないんです。でも、入社時に「“高齢者はデジタルに弱い、なんてない。”を体現してほしい」と言われました。わからなくて手が止まるたびに、調べて勉強する毎日です。
老卒採用者1年目のリアルを語る
宮川は入社当時のインタビューで「毎日、緊張感をもって働いている」と語っていた。あれから1年、その時間を振り返ってもらうと、「長くて濃密だった」という。多くの人は年齢を重ねるにつれて「1年があっという間に過ぎる」と感じるものだが、宮川の1年は「めちゃくちゃ長かった」そうだ。
「子どもの頃の1年って長く感じましたよね。毎日が新しい発見の連続で、初めて体験することばかりで。動画でたとえると、長尺で情報がぎっしり詰まっている状態です。それが、大人になると新しく心が動くことが少なくて、あっという間に1年が終わる。いわば、3分くらいの簡素な動画です。でも、僕のこの1年は次々に新しいことが起きて、そのたびに感情が動いていた。だからとても長かったんです」
宮川の「新しいこと」とは、主にデジタルツールの不慣れからくる戸惑いだ。ビジネス向けメッセージツールのSlackでは、届いたメッセージにどうやって返信するかわからない。SNSのDMの使い方がわからずに手が止まる。「若い人が当たり前にやっていることでも、自分が使ったことのないツールの前に立ち止まってしまう」と言う。そして、つまずくたびにYouTubeで使い方を学んで対応していく。側から見ると、仕事以前に社内のコミュニケーションツールの使い方がわからないと苦労が多そうだが、宮川は「新しいことと、これまでの経験が活かせるバランスがちょうど良い」と話す。
「広告代理店にいた頃も、インタビューして記事を書いたことはあります。ただ、出演交渉は自分ではやらなかったし、記事をGoogleドキュメントで社内共有する経験も初めてです。もし、未知の仕事だけを任されていたらつらかったと思いますが、これまでの経験が活かせる部分と初めて挑戦することのバランスが良かったから、タフな1年だったけれど楽しく仕事ができました」
なかでも手応えを感じたのが、『LIFULL STORIES』で担当したインタビュー記事だった。長く携わった広告の仕事では、企業のメッセージを短時間で的確に届けることが求められていたが、今は自身が興味を持った相手の生き方や考え方を自分の言葉で伝えることができる。宮川は「僕の書いた文章が誰かの心に届くかもしれない。そう思えるのが楽しいです」と話し、実際に彼が手掛けた記事はさまざまな読者の関心を集めて、多くの反響があったという。
さらに、68歳という年齢だからこそ発揮できる強みも見えてきた。
「どんなに有名な人をインタビューしても、それだけで記事が面白くなるわけではない。面白い話を引き出すのは、インタビュアーの力量です。僕が経験してきた考え方や感情の動きの中に相手と重なる部分を見出して、突っ込んだ質問をしていく。こういう瞬発力のいる駆け引きは、人生経験の多い人間のほうがうまくいくと思います」

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偉そうにしない。僕は新人なんだから
現在68歳の宮川は、クリエイティブ本部の最年長メンバーだ。40歳以上年の離れたメンバーもいるなかで「世代間の価値観や文化の違いに戸惑いはないのか」と聞くと、意外にも「世代間ギャップは感じていない」という。その背景には、これまでのキャリアと現在の環境との切り替えにあるようだ。
「前職は60歳で定年して、再雇用で同じ職場で働きました。そうすると、かつての部下が上司になるわけです。“今の自分は部下だから“と気持ちを切り替えようとしても、正直、難しかった」
一方でLIFULLに入ってからは、新しい環境で人間関係を築く必要があった。それが宮川の意識を大きく変えたようだ。
「新しい会社で新しい人たちと新しい仕事をする。そうすると、もう一人の自分が“僕は新人なんだよ”とずっと見張っている感じがするんです。前の会社では“もう一人の自分”が弱かった。でも今は、常にもう一人の自分に見張られているから、“これだから若い人は……”と感じることはあまりないです。ただ、常に見張られている状態なので、かなりストレスはありますね」
宮川は「ストレスがある」と言いつつ、「それでもLIFULLの仕事は楽しい」と言い切る。楽しさがストレスを上回る理由は、彼自身の性質にあるようだ。
「『LIFULL STORIES』でインタビューをした吉村哲夫さんが “僕のモチベーションは、朝起きたら行く所がある、考えることがある、やることがあるということ。それがある人生を続けることにチャレンジしたかった”と言っていて、まさに自分にも重なるんです」
宮川にとっては「今日一日何もしなかった」というのがもっとも悲しいという。「たとえ大変でも、やることがあったほうがいい。そう思う自分はマゾヒスティックかもしれないけれど、それが僕の人生観です」

“老卒採用”が広げる高齢者の可能性
近年“老害”という言葉が広がり、高齢者へのバッシングも増えている。こうした空気を、老卒採用者として新しい職場に飛び込んだ68歳の宮川はどう見ているのだろう。高齢者の当事者でありながら、現役の働き手として1年を過ごした視点から語ってくれた。
「年を重ねると頑固になりがちですが、新しいことを学び続ける姿勢を持ち続ける人もいるわけです。社会を見れば、定年制の延長や年金の繰下げ支給など制度が変化していくなかで、早くリタイアしてのんびりしたい人もいれば、僕のようにずっと働きたい人もいる。年齢を重ねてからの生活態度には個人差があるし、人生観も人それぞれです。僕が言えるのは、経済的な理由で誰もが85歳まで働かざるをえない社会にはなってほしくない。働きたい人が、年齢に関係なくいつまでも働きつづけられる、そんな時代になるといいなと思います」
ここまで話を聞いていくと、かつての自分に固執せず、しなやかに年齢を重ねるためには、自分から年齢の線引きをしない姿勢が大切だとわかってくる。彼はどこでこの姿勢を育んだのか。尋ねると、前職で部署のトップに就いたときの気づきが原点だという。
「役職が上がったときに“自分が調子に乗っているな”と感じたんです。当時の写真を見ると、いつもしかめっ面をしている。自分でも“周りにこんな人がいたら嫌だな”と思った。それ以来、人に嫌われないように笑顔でいようと意識するようになりました」

その後LIFULLに入社した宮川は、「部内最年長の宮川さんです」と紹介されるたびに、客観的に“高齢者の自分”を意識するようになったという。その気づきを深めてくれたのが『エイジズム 優遇と偏見・差別』(アードマン・B. パルモア著、奥山正司/秋葉聡/片多順/松村直道訳.法政大学出版局.1995年)という一冊の本だった。本によれば、多くの高齢者は自分が高齢者であることを自覚していない。年齢を忘れていたり、認めたくなかったり、そもそも意識していない場合もあるという。
「本には、老人嫌悪の背景には死の恐怖があると書かれていました。人が年老いた存在に嫌悪感を抱くのは、無意識のうちに“死”を想起させられるからだというんです。なるほどと思いました。だったら僕はせめて自分の周りに嫌悪感を感じさせないようにしたい。自分はあなたとコミュニケーションをとる用意があり、なんでも言ってほしいと姿勢で示すのは、仕事の基本として大切だと思ったんです」
働く高齢者の模範回答のような宮川の言葉が続くと、そこまで自分を律することができる人は多くないのではないかと疑問が浮かぶ。本人にそう投げかけると、こんな答えが返ってきた。
「自分をコントロールする能力が高いなんて思いません。学びたい思いの背景は、知らないことを知りたい、行ったことのない場所へ行ってみたいという自分の欲求です。僕は、その欲求を満たしたいという気持ちを持ち続けているだけなんです」

これから挑戦するあなたへ
LIFULLは2025年も第2期老卒採用を実施している。最後に、これから応募を考える人に向けてメッセージをもらった。
「定年まで勤め上げた人には、それぞれの成功体験があるし、その知見を若い世代に伝えたいという思いは自然だと思います。でも、若い人はそれを押し付けと受け取ることもある。だから、伝え方や接し方には慎重さが必要です。新しい環境に飛び込むときは、偉そうにしていないか、過去の経験にあぐらをかいていないか、不機嫌な態度をとっていないか、こんな視点をチェックリストに入れておくといいと思います」
執筆 石川歩
1956年熊本県生まれ。高校を卒業後上京し、住み込みの新聞配達員として働きながら早稲田大学商学部入学。調理助手、土木作業員、バーテンダーなどのアルバイトをしながら学ぶも中退。TVCM制作会社に就職後、外資系広告代理店2社を経て退職。2005年JAAAクリエイターオブザイヤーメダリスト受賞。日本広告学会会員。現在はLIFULLの仕事に携わりながら、音訳ボランティアとしても活動中。
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