LIFULL CCO川嵜鋼平の「私のブランディング論」--“会社”と“社会”のために、私が取り組んできたこと、やりたいこと。-
「デザイナーに社会課題解決はできない、なんてない。」という信念を胸に、さまざまなブランドと向き合い、卓越した理論と蓄積された経験によって、数々のブランディングを成功させてきたLIFULLのCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)川嵜鋼平。今回は彼のブランディングにかける情熱と、その先に見据える企業ビジョンの実現、さらには社会課題解決への思いについて、ご自身の過去から現在、そして未来へと、時系列に沿って語っていただきました。
川嵜は、CCOとしてクリエイティブ部門を統括するにとどまらず、LIFULL HOME'S事業本部副本部長CMOとして、営業やマーケティングも管掌しています。傍目には、広大な範囲の多岐にわたる仕事を進めていくのは大変なことのように思えますが、ご本人によれば「それらは全て、クリエイティブの仕事だと捉えています」とのこと。課題を洗い出して方向性を定め、実行して成果を生んで振り返る、というプロセスは、あらゆる分野に共通するクリエイティブな作業であるという認識のもと、社会課題の解決へ向けて、LIFULLを精力的にリードしています。
かつて仕事の中で得た『クリエイティビティは、人の価値観や行動を変えることができる!』という実感、それが私の原体験です。
世界で最もクリエイティブな会社を目指して
――デザイナーとしてキャリアをスタートされ、その後クリエイティブディレクター、チーフクリエイティブオフィサーと立場を変えながらも、常に「ブランディング」を意識し、ブランドの育成に携わって来られたとお聞きしています。かつての広告会社でのお仕事の内容や、それらにかける思い、向き合い方などについてお話いただけますか?
デザイナー、アートディレクター時代はUNIQLOやSonyを担当し、カンヌライオンズ金賞をはじめとして国内外で様々な賞を受賞しました。また29歳で、クリエイティブディレクターとしてビーコンコミュニケーションズに移り、NIKEやP&Gを担当しました。さらにジェイ・ウォルタートンプソンではシニアクリエイティブディレクターとしてネスレKitKat他グローバルブランドを担当しました。その間、海外の優秀なクリエイティブディレクターたちが一様に、「ブランド」というものを大切にしながら仕事に取り組んでいたことに驚きました。さらにはクリエイティブによって差し迫った社会課題解決に取り組む姿を目の当たりにして、とても感銘を受けたんです。
当時の日本でももちろん、ブランドやブランディングについてはその重要性が語られていましたが、実際に発信されている広告のメッセージは、ブランディングを第一に考えられたものとは思えませんでしたし、社会性を感じさせるものも極めて少なかったと記憶しています。それは自分がそれまで関わってきた広告コミュニケーションも含めてです。ブランドを大切にすると口では言いつつ、結局は「売るための広告」を作ってきたのではないか?と自問する大きなきっかけになりました。

その頃から私は、ただ「商品を売る」のではなく、その価値を社会にきちんと「届ける」のがクリエイティブの力だと考えるようになりました。例えば、2016年に東京大学と連携して「NO SALT RESTAURANT」という共同プロジェクトを行いました。電気味覚で塩味を錯覚させるフォークを開発して、“無塩の料理でも塩味を感じる、おいしさと健康を両立した料理”を、塩分の摂取に厳しい制限のある高血圧患者に提供しました。
これが国内外から大変好評で、患者さんなどから「うちの近くでもやってほしい」といった声をたくさんいただきました。この時の体験から、「クリエイティビティは人の価値観や行動を変えられる」という実感が生まれました。これが私の原体験としてあります。

――2017年に株式会社ネクストから社名変更したLIFULLのリブランディングプロジェクトを、外部のクリエイティブディレクターとして担当されたのがLIFULLに転籍されるきっかけだったそうですね。当時広告会社で活躍されていた川嵜さんが、なぜ事業会社に転籍されたのか?当時はどのような心境で、そのプロジェクトに臨んでいらっしゃったのでしょうか?
そうですね。当時はネクストからLIFULLへのCI変更をするリブランディングで外部クリエイティブディレクターとして協働していました。実はこのプロジェクト、LIFULLが広告会社に依頼し、依頼を受けた会社がクリエイティブディレクターを指名する、という通常の流れとは違って、LIFULLから私に直接連絡があって引き受け、スタートした仕事でした。LIFULLはクリエイターについても事前にあれこれ調べていて、自社のリブランディングを託すなら川嵜に、と目星をつけていたらしいんですね。
それを受けた私が、LIFULLの創業者井上氏に向けて「LIFULLのブランディングは、いかにあるべきか」について何度かプレゼンテーションを重ねる内にスカウトされた格好でした。その頃はちょうど私も、ブランディングについて様々なことを考えたり学んだり、そして悩んだりしていた時期でしたので、そんな時にリブランディングという、その企業の命運に関わるような仕事をいただいて気合が入ったのを覚えています。
一方で、広告会社に籍を置いて企業のブランディングを支援するという自分の役回りに限界のようなものを感じていて、その解決策を模索していたのもまた事実です。何度かプレゼンテーションを重ねるうちに、井上さんに別室に呼ばれて話をしました。その時「CCOとして入社し、世界で最もクリエイティブな会社にして欲しい」と言われたのをよく覚えています。
井上氏の社会課題解決にかける情熱と、LIFULLのリブランディング、つまりイチから本格的にブランディングし直そうとする気概と迫力に私も感動しましたし、私がやりたかったこと、そして今私がやるべきことはこの仕事なのではないか?!と感じたのです。それですぐに「ぜひ!」と応えたと記憶しています。
「あらゆるLIFEを、FULLに。」というコーポレートメッセージに共感し、世の中をより良くしていくという共通の志に向かう「船」のメンバーとなって漕ぎ出したわけですが、そういった志を持ってブランドに向き合っていくことが、今後のクリエイターには必須の時代になっていくと思っています。
――デザイナー、クリエイティブディレクター視点で捉えていたブランディングと、企業の中でのブランディングは同じものなのでしょうか?… 或いは違う部分が多いのですか?
大きな意味で、ブランディングの考え方は共通です。ただ、代理店時代のブランディングというのは、あくまでも事業支援としてのそれですが、事業主となると、そこには継続性が求められます。つまり「論語と算盤の両立」をし、継続性のあるブランディングを着実に行なっていくことによって、その結果として社会課題解決につながり、企業として公明正大に利益を追求することにもつながっていく。私がLIFULLに入社したのは、ブランディングにも社会課題の解決にも、継続性というものが極めて重要だと考えているからなのです。
『論語と算盤』は渋沢栄一の談話録。「論語の精神に基づいた道義に則った商売をし、儲けた利益は、みなの幸せのために使う」という経営哲学
――川嵜さんは昨年、LIFULL STORIESで「デザイナーに社会課題解決はできない、なんてない。」をテーマに語られていますが、ご自身が今仕事をする上で、どんなことを心がけていらっしゃいますか?また、あれから1年経って、ご自身の新しい「しなきゃ、なんてない。」を唱えるとしたら、どんな言葉になるでしょうか?
クリエイティブディレクターとして、常に領域を越境して仕事をすることを意識しています。
私はLIFULL HOME'Sの営業やマーケティングも管掌していますが、全てクリエイティブの仕事だと捉えています。つまり、課題を徹底的に調べて方向性を定め、小さな仮説・検証をして、大きく実行し、成果が出るまで並走して振り返りを行う。このプロセスはビジネス、クリエイティブ、マーケティング、営業、いずれであっても同じだと考えています。
そして私の「しなきゃ、なんてない。」を問われたら、変わらず「デザイナーに社会課題解決はできない、なんてない。」でやっていきます。デザイナーとして、4P全体視点で社会課題の解決と事業成長の両立を実現したいと思っていますから。
ブランディングは、企業の存在意義を深め、生活者に選ばれるためにある
――ブランドを意識し、ブランディングに力を注ぎたいと考える人や企業は多いと思います。川嵜さんは「ブランド」や「ブランディング」をどのように定義されていますか?
「ブランド」とは、生活者・従業員・パートナー企業・株主など、様々なステークホルダーのマインドに存在するものです。そして「ブランディング」は、ブランドに対する望ましい連想が継続的に形成されるように、例えば社員への教育なども含めたブランド中心の事業戦略を行うことで、最終的に企業が成長することだと考えます。私たちはブランディングを考える上で、マーケティングの4Pと言われる、プロダクト / プロモーション / プレイス / プライスのすべてにおいてブランドらしさが体現するように、ブランド・マネジメントすることを心掛けています。
LIFULLではブランドパーパスを中心に、経営戦略、事業戦略から人事戦略、コミュニケーション戦略まで一気通貫させたブランド戦略を執っている
――これまでLIFULLのブランディングに注力されてきて、どのような成果があがったのかなどについて教えていただけますか?
そうですね。私はブランディングによって最終的にもたらされるべきものは、企業の存在意義を深めること、そして生活者に選ばれることだと思っています。 これらを数値化して経営視点で評価をすることは簡単ではありませんが、私はLIFULLのブランディングは着実に進化してきていると認識しています。
また別の評価基準として、外部からの評価を勘案することもできるかもしれません。例えば、過去3年間のブランド活動全般を評価するJapan Branding Awards 2021では最高賞であるBest of the Bestを受賞しました。また、アジアで最も優れたインハウスクリエイティブ組織を評価するOne Asia: In-house Agency of the Yearを2022年より2年連続受賞しました。広告表現のみならず、社内のエンゲージメントや採用ブランディングでも成果を上げ、「あのCMを見て入社した」といった声が多数寄せられています。
Japan Branding Awards 2021では最高賞であるBest of the Bestを受賞
One Asia: In-house Agency of the Yearを2022年より2年連続受賞
――LIFULLは「LIFULL STORIES」というオウンドメディアをお持ちですが、これも “LIFULLのブランディングの一環” と考えてよろしいのでしょうか?
はい。一環というより、むしろ中核ですね。私たちは事業を通して社会課題を解決していくことを目指しているわけですが、そういった様々な社会課題というものには、その背後にたいてい、知らず知らずのうちに私たちを縛っている “既成概念”が隠れていると思うんです。結婚しなきゃ!都会に住まなきゃ!定年で退職しなきゃ!といった類の思い込みですね。でも私たちはそんなものに縛られて生きる必要なんてないわけです。
一人一人が抱え込んでいる、そういった既成概念を壊していくことで、少しでも社会課題が解決に向かうのであれば、私たちはそれを後押ししたいと思って、多様な暮らし・人生を応援するメディアとして、「しなきゃ、なんてない」をテーマに LIFULL STORIES を立ち上げました。各界で活躍されている様々な方々に、その方なりの「しなきゃ、なんてない」を語っていただくことで、世の既成概念を突き崩していくことを目指しています。
このメディアは、それらの方々の言葉を借りて、私たちLIFULLの企業理念を発信する場でもあり、社内外に向けてそういった思いをあらためて共有し、理解を深めていくための場でもあります。つまり商品や事業を超えて、LIFULLという企業の“想い”を社会に伝える「ブランドの体験装置」だと思っています。
おかげさまでこれまで、たくさんの方々に登場していただき、またたくさんの方に見ていただいて、年々PVも確実に伸ばして来ていますし、反響も大きくなって来ている。これからさらに大きなメディアに育っていくと私は見ています。

ブランドの力を、より多くの企業へ
――ブランディングにおいて、今までに数多くの成果を上げて来られたわけですが、今後についてはどのようにお考えですか?
今後は「社会課題解決といえばLIFULL」にしたいです。その実現のために、引き続き事業を通じて社会課題を解決していきたいと思います。
また、今の多くの日本企業が抱えている課題として、短期的な収益ばかりを追い求めた結果、しっかりとしたブランド構築ができていないことが挙げられると思います。こういった国内企業における共通の課題も変えていきたいですね。よくあるのは、ブランド投資をした際に「メディア露出をしてブランド認知が高まりました」で止まることがありますが、そうではなくて、その先の事業貢献効果までしっかりデータで可視化する「算盤」が、経営側とコミュニケーションを取るには必要です。そういったことをこれからもしっかりと見据えながらブランディングをさらに押し進めていけると良いと思っています。
――川嵜さんが築き上げてこられたブランディングの知見やノウハウを、今後他者(社)に共有することをお考えになっていると聞きました。そこに至る経緯や思いについて教えてください。また、これまでに他社のブランディング支援の具体例などありましたら挙げていただけますか?
「ブランディング投資をして、企業成長につなげたい」と強く思いながらも、その手段や道筋が見つけられず悩んでいる企業もいらっしゃるかもしれません。そういったことに、今まさに取り組まれていて、どう考え、どう進めていけばいいのか?と、あれこれ考え、思い悩んでいる方がたくさんいらっしゃると思います。
私は、これまでに我々がブランディングを進める上で獲得してきた知見・ノウハウといったものを是非そんな方々と、とりわけ社会課題の解決を目指すなど志を同じくする方々と共有し、お力になりたいと思ったのです。
実際現時点でも、社名は控えますが、不動産関連団体のブランディング支援などを手がけています。課題の本質を掘り下げ、単なる見た目のリニューアルではなく、ブランド価値規定から浸透施策、実行フェーズまで踏み込んだ提案を行ったことで、継続的な成果に繋げていきます。
\ブランディングに関するお悩み、抱え込んでいませんか?/
新コンテンツ「ブランディングのお悩みは、LIFULLの川嵜さんに相談だ!」では、企業の広報・マーケ担当者のみなさんの「ちょっと聞いてほしい」に寄り添います。どうぞお気軽にご相談ください。
LIFULL STORIES編集部
2017年LIFULL入社。執行役員CCOとして、社会課題解決に取り組む企業グループのブランド・デザイン・コミュニケーションを統括。2023年よりLIFULL HOME'S事業本部副本部長・LIFULL HOME'S CMO兼務。クリエイティブ、マーケティング組織の戦略策定・育成・採用など、組織づくりも担う。
LIFULLは、過去3年間のブランド活動全般を評価するJapan Branding Awards 2021にて、最高賞であるBest of the Bestを受賞。またOne Asia Creative Awardsにて、アジアで最も優れたインハウスクリエイティブ組織を評価するIn-house Agency of the Yearを2022年から2年連続で受賞。
Cannes Lions金賞、One Show金賞、CLIO金賞、Spikes Asia グランプリ、ADFESTグランプリ、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSグランプリ、文化庁メディア芸術祭優秀賞をはじめ、国内外300以上のデザイン・広告賞を受賞。
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