可能性が未知数だからAI導入は無理、なんてない。―従業員の71.8%が「生成AI」を業務に活用。LIFULLが描く未来の住まい探しとは―
LIFULL全体の最高技術責任者(CTO)である長沢翼は、2022年11月に公開されたOpenAI社の対話型生成AI「ChatGPT」に「人とシステムのインターフェースが変わるかもしれない」と、時代の大きな変化を予感したという。そして長沢は2023年5月に生成AIに特化した専門チーム「ジェネレーティブAIプロダクト開発室」(現在は「ジェネレーティブAIプロダクト開発U」に名称を変更)を設立。以降、社内の業務効率化やLIFULLの事業に生成AIの活用を推進してきた。
LIFULLにとって既に良き仕事のパートナーとも言えるこの生成AIという技術は、どのように取り入れられ、また事業や業務にどのような変革をもたらしたのか。現在「ジェネレーティブAIプロダクト開発U」を統括するイノベーション開発室の室長も務める長沢に、LIFULLにおける生成AIのあり方を聞いた。
対話型生成AI「ChatGPT」はその登場とともに世界に大きな衝撃を与えた。1か月あたりのアクティブユーザー数はローンチからたった2か月で1億人を超え、これはTikTok(9か月)やInstagram(2年半)をはるかに上回るスピードだった。こうして急速に世界に広がったChatGPTをはじめとしたいわゆる「生成AI」は、対話生成以外にも画像や動画、音楽などあらゆるジャンルのものが生み出されている。そして世界のあらゆる市場や労働現場に大きな衝撃を与え続けながら、今もなお日進月歩の成長を遂げている。
想像を超えるスピードで成長を続けるこの技術をどう活かすか、当初は思い悩んだという長沢だが、その打開のきっかけとなったのが生成AI専門チームの設立と、新しいテクノロジーに対しての挑戦を後押しするLIFULLの企業文化だったという。
生成AIとの対話による検索が、住まい探しにおける情報のロスを限りなく減らした
LIFULLのCTOを務める長沢翼は、ChatGPTが公開された時の衝撃をこう振り返る。
「私がChatGPTを触ってみてまず感じたのが、『検索のあり方が変わるかもしれない』ということでした。Googleで何か検索しようとすれば、自分の頭の中で検索ワードに変換することがまず必要ですよね。最初から調べたいものの名称がわかっていればそれでいいですが、具体的な名称がわからず、自分の頭の中に抽象的なイメージしかない場合、それを検索ワードに変換するのは難しいです。しかしChatGPTでは、たとえ抽象的なふわっとした質問でも、一緒に答えを探し当てていくことができます。つまり、人とシステムのインターフェースの概念が変わっていく可能性を感じたんです」
続けて、長沢はChatGPTに感じたもうひとつの衝撃を語った。
「ChatGPTが出た当初、一般ユーザー、エンジニア、ビジネスサイドの三者が一様に盛り上がっていることに驚きました。それって珍しいと思うんです。例えばVRやXRは実際にものづくりをするエンジニアは楽しんで取り組んでいたと思いますが、ユーザーの母数はまだそこまで増えていなかったり、事業の展開も限定的なところがある分、ビジネスサイドの盛り上がりはそこまで感じなかったりします。NFTもその三者の間に温度差があったように感じます。しかし、ChatGPTは全ての立場から盛り上がりを感じました。やはりユーザーにとって凄さがわかりやすかったことが大きかったと思います。これはすごい波が来そうだなと思いましたね」
そして、これから訪れるであろう生成AIがもたらす世界の大きな変化に乗り遅れるわけにはいかないと感じた長沢は、どのように生成AIをLIFULLの事業に活かそうか考え始めた。
挑戦を歓迎するLIFULLの文化が、生成AI事業の追い風に
LIFULLは元々新しいテクノロジーを積極的に取り入れる会社だ。創業者の井上高志代表取締役会長は、インターネット黎明期にあらゆる不動産情報をネット上で簡単に検索できるサイトを作り、今の会社の礎を作った。今では不動産・住宅情報サービスサイトでは当たり前となっている、物件ごとに名寄せして表示する機能や家賃相場を調べる機能も実はLIFULL HOME'Sが業界に先駆けて実装したものだ。「常に革進することで、より多くの人々が心からの「安心」と「喜び」を得られる社会の仕組みを創る」を経営理念に掲げるLIFULLにとって、生成AIという世界に変革をもたらす新技術は、当然自らの事業に取り入れていくべきものでもあった。
社内ではある若手社員により社内コミュニケーションツールにChatGPTが導入され、業務の改善・効率化が図られたり、R&D部門からChatGPTを活用したAIチャットサービス「AIホームズくん」がリリースされたりしていた。そうした最新技術に感度の高い社員・部署での動きはあったものの、長沢はもっとLIFULL全体で生成AIに対して動く姿勢を打ち出していく重要性を感じていた。
しかし、ChatGPTの登場以降、生成AIを取り巻く環境や技術は日進月歩の進化を遂げていく。どういったサービスを作り、事業にどんなインパクトを与えていくか考えようにも、日に日にアップデートされていく生成AI周りの事情に翻弄され、具体的な事業計画はうまくまとまらなかったという。そこで長沢は思い切った決断をする。初めに具体的なサービスやプロダクトの内容を決めようと考えていた方針を改め、まずは生成AI事業に特化したチームを会社内に組織することにした。
「LIFULLはテクノロジーを大事にしている会社ですから、すぐにでも動き出さないと世の中の生成AI事情から置いていかれてしまうという焦りが当時ありました。そこで経営会議で生成AIに特化したチームを組成する必要性を訴え、ジェネレーティブAIプロダクト開発室(GAIP)を立ち上げました。具体的な事業の構想はありませんでしたが、半年間で生成AIを活用した2つのプロトタイプを作ることをとりあえず決めました。まずは組織として、ChatGPTをはじめとした生成AIを何に活かせるか試行錯誤しながら見つけていくことが大切だと思ったんです」
長沢が生成AIに特化した組織の設立を考え始めたのが2023年3月、GAIPが組成されたのは同年5月のことだった。その迅速な組織改革は、LIFULLという会社の風土だからこそ成し遂げられたことだったと長沢は語る。
「全社員が集まる総会で私が定期的に生成AIの情報を発信して、社員の理解を深めていったこともGAIP立ち上げのために重要だったと思いますが、そもそもLIFULLという会社自体が新たなものに挑戦していこうという気概に満ちた会社です。経営理念に『常に革進することで』という言葉が入っていますが、常に革新して進化をするためには挑戦が必要だということが全社員に浸透し、しっかりと理解してくれている。GAIPのメンバーを集める際も、各プロジェクトチームが快く優秀なエンジニアを送り出して応援してくれました。これは社是の『利他主義』にも関わってくる態度ですが、ユーザーやクライアントのためになることなら絶対にやるべきだ、とみんなが理解してくれているのはGAIPの立ち上げやプロダクト開発を進める上でとても助かりました」
生成AIをサービスに活用する上で
そうして組織されたGAIP(現在は「ジェネレーティブAIプロダクト開発U」)は長沢を含めて7名のチームで、サービス・企画担当の1名を除き、あとは全員エンジニアという技術者集団。「LIFULL社内にあるベンチャー会社のよう」と、チームの雰囲気を長沢はそう表現する。2023年5月の組織立ち上げ以降、6月に国内の不動産・住宅情報サービスサイトとして初めてとなるChatGPT向けプラグインの提供(※)を開始、8月には住宅弱者の住まい探し支援に特化したAIチャット「接客サポート AI by FRIENDLY DOOR BETA」の提供と、次々と新たなサービスをリリースしていった。
※現在は公開を停止。
「最初は本当に手探りで生成AIの可能性を探っていきました。試行錯誤の中で、やはり対話型のサービスに落とし込んだ方が良さそうだということになり、最初に着手したのがChatGPT向けプラグインの開発でした。それまでのChatGPTには最新の情報に対応できない問題がありましたが、LIFULLの膨大な物件データベースと連携することで、最新かつ正確な情報を提供することができるようになりました」
「次にLIFULLが社会課題として取り組んでいる『住宅弱者』に対するサポートに活かせないかと考えるようになりました。住宅弱者というのは高齢者や外国籍の方など、様々な事情で家探しに困っている人たちです。そうした一人一人異なる事情にちゃんと対応して住まい探しを行うには、当事者に関する知識や専門性の高いノウハウが必要とされるので、現場の不動産会社の方たちも十分な対応ができないケースがありました。そこで開発したのが『接客サポート AI by FRIENDLY DOOR BETA』。ChatGPTの技術を活用し、住宅弱者の方に対する接客知識を対話形式で提供します。不動産会社のスタッフが日々の業務の中で疑問に感じたことや困ったことなどがあれば、その場で質問をして回答を得られるので、住宅弱者に対する理解が深まるとともに、スムーズな住まい探しの実現にもつながっていきます」
しかし、ChatGPTのような対話型の生成AIをサービスや業務に取り入れていく上で、気になるのはその情報の信憑性。AIが出す回答は絶対に正しいわけではない。そのほかにも情報漏洩や著作権侵害など生成AIを活用するリスクは存在するが、そうした問題をどのように捉えていたのかを長沢に聞いた。
「開発初期の頃はハルシネーションと言われるAIがつく嘘がよく発生してしまい、実用は難しいなと思っていました。しかしChatGPTへのプロンプトや読み込むデータの構造を変えたりして工夫を重ねることで、今ではだいぶ抑えられるようになっています。ただ、それでも100%真実ではないので、生成AIは間違った回答もすることもある、という前提はサービスを利用する人たちに伝えるようにしています。そのほかにも、ChatGPTを活用する上で様々なリスクがあるので、セキュリティや著作権侵害などの留意すべき事柄をガイドラインとして整備し、安全に利用・開発を進められるようにしています」
様々なリスクが生成AIを活用する上では存在する。さらに開発当時、LIFULL以外の不動産・住宅情報サービスサイトで生成AIを活用したサービス提供の事例はなかった。リスク回避を第一に考えると新しい技術の導入も進まなくなるが、長沢はそうは考えない。
「これもLIFULLの社是『利他主義』に関わってくる部分だと思うのですが、我々は業界、ユーザー、クライアントのためになるならリスクを負ってでも挑戦しようと考えています。もちろん最初は理解を得られないこともあったりするのですが、すべてはあらゆるステークホルダーのため、という『利他主義』の本質的な部分はブレません。だから我々は常にリスクを恐れずに挑戦できるんです」
「対話」と「検索」では得られる情報の質が変わってくる
現在LIFULLがリリースしている生成AIを活用したサービスは、『接客サポート AI by FRIENDLY DOOR BETA』のほか、GAIPの発足に先駆けて社内のR&Dチームが開発した、ChatGPTを搭載した住まいの相談チャットサービス「AIホームズくんBETA LINE版」の二つ。いずれも対話形式がベースになったサービスだ。ChatGPTの登場の衝撃を「人とシステムのインターフェースが変わるかもしれない」と語っていた長沢。こうした生成AIを活用したチャットサービスによる「対話」と、従来の「検索」では、得られる情報の質に大きな差があると考えている。
「従来の家探しでは、自分の住みたい家を『検索条件』という形に一度落とし込まなければなりませんでした。その検索条件に当てはめる作業は、家探しに慣れてない大半のユーザーには難しいです。例えば、生まれて半年の子どもがいる場合、『それに当てはまる家の検索条件て何だ?』と困ってしまいますよね。本当は自分の中にも答えがないことなのに、自分で考えて無理矢理にでも答えを探さなければならない。そうした情報のロスが従来の『検索』で起こっていたことでした。しかし、ChatGPTが可能にした『対話』の検索では、自分が考えているありのままを伝えても、受け取ってもらえるようになりました。『生後半年のお子さんなら、近くに病院や幼稚園があった方がおすすめですよ』とか『広めのリビングがある部屋がいいですね』などと、自然な会話をしながら自分の理想の住環境を見つけていける。情報のロスを限りなく減らすことが生成AIの導入によって可能になったんです」
生成AIサービス開発で得た知見を、外部に提供する動きも活発になっている。昨年11月、GAIPは野村不動産ソリューションズと共に不動産取引相談AIサービス「AI ANSWER Plus(ベータ版)」を共同開発した。業界に先駆けて生成AIという新技術に向かい合ってきたLIFULLに関心を寄せる企業は業界内外問わず多く、「生成AIならLIFULLだ」という土壌が出来上がってきつつあるという。
直近では、LIFULL社員にアンケート調査を行い、生成AIの活用によって半年間で20,000時間以上の業務時間を創出したことを発表した。また、この調査では従業員の71.8%が「生成AIを活用して業務効率化できている」と回答しており、生成AIの活用が社員の業務効率化の改善にもつながっていることがわかった。生成AIは社会や産業に大きな変化を強いる存在として、時に脅威のように捉えられることも多いが、この調査からもLIFULLでは既に生成AIを良き事業パートナーとして迎え入れることができていると言えるのではないだろうか。
▼あわせて読みたい生成AI関連記事
そんなLIFULLが思い描く、次なる生成AI活用の展望はどんなものだろうか。最後に、長沢に今後の計画について尋ねてみた。
あと、これはもっと大きな話ですが、今後は生成AIネイティブの子たちがたくさん出てきます。現在LIFULLで取り組んでいる生成AI系のサービスは対話型のものばかりですが、可能性はそれだけに留まらない気がしています。不動産・住宅情報サービスサイトにおける体験も、生成AI時代では全く変わってくる可能性があります。そうした根本のサイト設計もまた改めてしっかり考えていきたいです。
取材・執筆:平木理平
撮影:吉野 崇
CTO(Chief Technology Officer)、テクノロジー本部長 兼 LIFULL HOME'S事業本部 イノベーション開発室長。
2008年新卒入社。「LIFULL HOME'S」のフロント、サーバーサイド、ネイティブアプリなどアプリケーション開発に従事した後、バックエンド・インフラ系を担当。API基盤の刷新、事業系システムのAWSへの移行チームを責任者として牽引。2017年CTO就任。同年に社内情報システムの担当部長も兼任し、事業系・社内系システム両面で技術戦略の策定し実行。ベトナムの開発子会社の委任代表も努めており、国内外のエンジニア組織の技術力向上及び組織力強化を推進している。
みんなが読んでいる記事
-
2024/04/04なぜ、私たちは親を否定できないのか。|公認心理師・信田さよ子が語る、世代間連鎖を防ぐ方法
HCC原宿カウンセリングセンターの所長である信田さよ子さんは、DVや虐待の加害者・被害者に向けたグループカウンセリングに長年取り組んできました。なぜ、私たちは家族や親を否定することが難しいのか。また、世代間連鎖が起きる背景や防ぐ方法についても教えていただきました。
-
2023/02/27アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)とは?【前編】日常にある事例、具体的な対処法について解説!
私たちは何かを見たり、聞いたり、感じたりした時に実際にどうかは別として、「無意識に“こうだ”と思い込むこと」があります。これを「アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)」と呼びます。アンコンシャスバイアスによるネガティブな影響に対処するための第一歩は、「意識し、理解する」ことです。
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2022/02/22コミュ障は克服しなきゃ、なんてない。吉田 尚記
人と会話をするのが苦手。場の空気が読めない。そんなコミュニケーションに自信がない人たちのことを、世間では“コミュ障”と称する。人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』のパーソナリティを務めたり、人気芸人やアーティストと交流があったり……アナウンサーの吉田尚記さんは、“コミュ障”とは一見無縁の人物に見える。しかし、長年コミュニケーションがうまく取れないことに悩んできたという。「僕は、さまざまな“武器”を使ってコミュニケーションを取りやすくしているだけなんです」――。吉田さんいわく、コミュ障のままでも心地良い人付き合いは可能なのだそうだ。“武器”とはいったい何なのか。コミュ障のままでもいいとは、どういうことなのだろうか。吉田さんにお話を伺った。
-
2024/04/23自分には個性がない、なんてない。―どんな経験も自分の魅力に変える、バレエダンサー・飯島望未の個性の磨き方―飯島 望未
踊りの美しさ、繊細な表現力、そして“バレリーナらしさ”に縛られないパーソナリティが人気を集めるバレエダンサー・飯島望未さん。ファッションモデルやCHANELの公式アンバサダーを務め、関西テレビの番組「セブンルール」への出演をも果たした。彼女が自分自身の個性とどのように向き合ってきたのか、これまでのバレエ人生を振り返りながら語ってもらった。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
「結婚しなきゃ」「都会に住まなきゃ」などの既成概念にとらわれず、「しなきゃ、なんてない。」の発想で自分らしく生きる人々のストーリー。
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。