定年で現役引退しなきゃ、なんてない。―定年を超えて働き続ける、あるシニア社員の1日を追う―

LIFULL HOME’S総研の副所長兼チーフアナリストの中山登志朗は昨年9月に定年を迎えた後もシニア社員として再雇用され、各種メディアへの執筆や出演、セミナーへの登壇など今も大忙しの日々を送っている。そんな中山に、シニア社員としての現在の働き方と今も働き続けるモチベーションを尋ねた。

中山登志朗さん

「第2創業期」を迎えたLIFULLでは現在、定年を迎えたシニア社員の登用に力を入れている。シニア社員だからこそ持ちうる経験や視点は、働く上での大きな武器になり、そして会社にとってもかけがえのない財産になるはずだ。しかし実際問題、定年を迎えたシニア世代の再雇用制度は現在日本では広く活用されているが、形骸化している部分もある。社内でのポジションの不明瞭さやモチベーションの低下など、こうした問題点を指摘されることも多い。

では、LIFULLの現場で働くシニア社員はどんな働き方をしているのだろうか。「仕事をしていないと勿体無いと思うんです」と語る中山の仕事に対する姿勢や考えは、シニア社員の価値に改めて光を照らすものであったのと同時に、働くことそのものの価値について考えさせられるものだった。

プロジェクトや組織を成功に導く上で、
シニア社員とは非常に有用な人材です。

2014年の入社以来、LIFULL HOME’S総研の副所長兼チーフアナリストとして、不動産マーケットの調査研究、LIFULL HOME’S内の記事の執筆や時事解説、セミナー講師といった業務に従事してきた中山登志朗。LIFULL内の活動だけでなく、テレビや新聞、雑誌といったメディアへの出演や寄稿もこなすなど、LIFULLの“顔”として様々な媒体に出演し、これまで培ってきた知見を社会に発信してきた。

「私の仕事は広く言えば、『社会や個人に知見を提供する』ということです。社内外に存在する不動産や、それらに関連するデータを幅広く集めて解析して、不動産やマーケットの展望を客観的な分析結果として世の中に届けることで、住宅を「買いたい・売りたい」、あるいは「貸したい・借りたい」と思っている人たちによりよい選択肢を与えるためのサポートとなるのが私の役割だと思っています」

2023年9月末に定年を迎えた中山だが、翌月からLIFULLの社員として再雇用され今も精力的に働いている。再雇用後も肩書は変わらずに仕事に取り組む中山に、普段の仕事量を尋ねると驚く答えが返ってきた。

「月の執筆本数は30本から、多い時は40本になります。住宅の最新トレンドなどを発信するLIFULL HOME’S PRESSでの専門家としてのオピニオン記事や時事解説、監修コメント、他メディアへの執筆など、のべつまくなしに原稿を書いています。この前数えてみたら、1か月に10万字ほど書いていました。加えて不動産に関するセミナーに月に5、6本ほど講師として登壇します。多い時には月に10回ほどセミナーの依頼があって、さすがにその時は大変でしたね(笑)。その他にもLIFULL大学という社内セミナーやLIFULLのYouTubeへの出演や、コンテンツの監修なども行っています」

中山登志朗さん

中山は淡々と事実を語るが、聞くだけで相当ハードな仕事量だ。なぜ定年後もそんなに精力的に働き続けられるのだろうか。思わずそんな質問を投げかけてみると、中山は「愚問です」と一蹴した。

「私自身は特別にモチベーションを高く維持しようとして仕事をしている感覚は全くなくて、むしろ『それが当たり前』だという感覚です。定年は確かに区切りとして会社が設定していますが、それは人生の区切りではありません。人生の区切りは自分でつけるべきだと思っています。最近は定年がない会社も増えていますよね。働きたいだけ働きなさいという時代になってきていると思います。情報やデータの公表を通じて、社会と個人に必要な知見を提供し続けることが私の役割ですから、私はそれをできる限り続けたいと思っています」

自らの仕事への思いを語る中山。仕事に向かうエネルギーとなるのは「責任感」と「自分に対するハードル」だという。

「前職から含めると四半世紀ほどこの業界に携わっているので、各方面にたくさんの知り合いがいて、頼りにしてもらうことも多いです。そんな風に頼られると、仕事に対する責任感が大きくなります。そして何より、そうした周囲の期待を上回る成果を挙げることを私は自分自身に課しています。私の性格的な要素が大きいと思いますが、相手が要求してきた期待値を超えるものを提供しないと気が済まないんですよね。『これぐらいでいいや』と妥協ができないんです。それでついついムキになって、仕事を多く引き受けてしまう部分もあると思います」

中山の一日を追う

それでは、これらの仕事量をこなす中山はどのように仕事をしているのか。当然気になり1日のスケジュールの流れを聞いてみた。ちなみに現在中山は基本的に在宅勤務で、セミナーや取材、収録などがある時に出社している。

4:00 起床、インプット
とても朝が早い中山。どうしても目が覚めてしまうそうだ。昔は寝る努力をしてみたこともあったそうだが、結局寝られなかったので早く起きた分の時間を有効活用することに。

起床後はコーヒーを飲みながら新聞(電子版)に目を通し、情報のインプットに努める。経済紙を中心に新聞や雑誌、ネットニュースなどに目を通す。特に日経とFTは隅から隅まで読むという。気になった記事についてはメモを取ったり、ニュースの連続性を自分で整理したりする。

「アウトプットする仕事なので、インプットしないとすぐに情報の質も量も枯渇してしまうんです。そのため自分でも意識して、情報収集の時間はまとめて取るようにしています」

時間がある時は、家の周りを30分ほどウォーキングすることも。

8:00 朝食
新聞を読み終えたら、テレビでニュースを見ながら朝食をとる。

ただ、証券会社は9時から前場が始まるため朝食を食べながらミーティングしたり、海外の証券会社や機関投資家ともこの時間にミーティングすることがあるため、朝自由になる時間は意外と少ない。

9:00 業務開始
メールや社内のコミュニケーションツールSlackのチェック。一夜明けて、ひと通り溜まったものに返信していく。

オンラインの打ち合わせも午前中に行うことが多い。

中山登志朗さん

12:00 昼食
昼食を食べながら仕事をすることが多い。

午後 原稿執筆、データ解析など
午後は原稿やレジュメ作成、データ解析のために時間を空けておくケースが比較的多いが、急な問い合わせや打ち合わせが入ったりすることも多いという。また、セミナーなどが入ることもある。「スケジュールはあってないようなもの」と中山は語る。1日に2本程度原稿を書くという中山。自分の知見をベースに記事を書く場合は、4000字程度であれば1時間ほどで書き上げるそうだ。

中山登志朗さん社内で顔が広い中山。YouTubeの収録や取材対応などで会社に出社した時は、同僚の方からよく声をかけられる。

中山登志朗さん

夜 業務終了
「仕事の終わりの時間はあまり決めていない」と語る中山。キリのいいところでやめたら、夫婦揃ってお酒好きとのことで、奥さんと晩酌の時間。あまり飲みすぎると奥さんに止められることもあるそう。

24:00 就寝
日によって対応しなければいけない事柄も変わってくるため、あくまでもこれは一例だが、その働き方はバイタリティにあふれたものだった。定年を迎えたとは思えない中山のその働き方に、なんだか逆にエネルギーをもらうようである。

些細な喜びを自分の“飴玉”にしてきた

例えば「アーリーリタイアメントして、穏やかな余生を過ごす」ような人生は、「性に合わない」という中山。定年前と定年後では仕事の内容もスタイルも変わらない。むしろ、コロナ禍の中で不動産市場がどのように変化したのかについての詳細な分析に取り組んだ中山の名は業界の中でより一層知れ渡るようになり、「年を追うごとに忙しさが増す状況です」と語るほどだ。最近は海外の機関投資家や証券会社、大手不動産会社からの問い合わせも増えた。

以前にも増して仕事の幅が広がっていく中で、自身の仕事に対するハードルもどんどん上がっていく。仕事に妥協を許さない中山は、そのハードルを超えようとついつい睡眠や食事の時間を削ってしまうこともあるという。しかし「求められる限りは働きたい」と、中山は語る。

「働くことの意味は、お金をもらうということだけではないと今は思っていますから。自分の経験や知見で何か人の役に立つことがあれば、私は体が動かなくなるまでそのために働こうと思っています。若い方で不動産の購入に困っている人の手助けや後任の育成は、まだまだやっていかなければいけないことだと考えています。だから、多分一生働き続けると思うんです」

中山登志朗さん

「私はね、働かないと勿体無い気がしてしょうがないんですよ。私の母は80歳まで仕事していたのですが、仕方なさそうに働きながらもやっぱり楽しそうでした。さすがに80歳を過ぎてからは仕事もリタイアしましたが、生活に張りがなくなったのか少し老け込みましたね。仕事で苦労してた方が楽しかったと言っていました。それを聞くと、そうだよなと思うんです。自分のために生きてもある程度限界があると思いますが、人様の役に立てる生き方をしていれば、未来に多くの可能性が生まれると思います。それさえあれば、口では『仕方ねえな』と言うこともあるでしょうが、私自身がずっと楽しく生きていけると思っています」

中山は自分に対する期待や責任感を糧に仕事に邁進してきたと語ったが、こうした働き方や考え方を聞いても、「それは中山だからできることだ」や「自分にはできない」と思う人もいるかもしれない。しかし、中山も最初からこのように働いていたわけではない。

仕事を始めた当初、中山のモチベーションになっていたものは、ほんの些細な喜びだったという。

「単純に人に褒められたかったんです。『よくやったね』とか『ここまで期待してなかったのにすごいね』とか、そうした一言が欲しくて若い頃は頑張っていたと思います。そうした自分だけの小さな成功体験を、どれだけ飴玉にできるかが大切なことだと思います。

人によっては『お金がほしい』『いい服がほしい』『家を買いたい』とか、そうしたことをモチベーションにする人もいるかもしれませんが、それは一足飛びにたどり着くものではありません。であれば、日々一歩一歩積み上げていける飴玉をつくることが大事。今日褒められたから、明日もまた頑張ろうと。そう思えるものがあって、それをコツコツと重ねていけば、仕事に自然とやりがいや面白みを感じられるようになっていくと思います」

多様性が組織に必要な理由

大事なのは毎日の積み重ね。中山はそう考えるからこそ、若い人たちにはその分の伸びしろがあるし、シニアの人たちには、その時間の分だけ積み上げてきたものがあると考える。

中山は、シニア社員という人材の重要性についてこう語る。

「定年というのは会社が社会通念上定めているひとつのゴールにすぎません。それに、定年を迎えたというだけで会社をやめてしまうのはもったいない。長い期間働き続けてきたのですから、それだけの経験や知見を多く持っているわけです。それらは多くの場面で処方箋的な意味を持って役立つはずです。だからプロジェクトや組織を成功に導くうえで、シニア社員とは非常に有用な人材です。それを定年というだけで、辞めさせてしまうのは組織にとって非常に大きな損失だと思います」

会社全体でダイバーシティ&インクルージョンの環境づくりに努めているLIFULL。多様な人材が社会で活躍できる場を提供し、今までにないイノベーションを生みだせる職場環境を整えていくため、中山のようなシニア再雇用をはじめ、外国籍や障がい者雇用にも取り組んでいる。

年齢、性別、性的指向、人種、宗教、障がい、契約形態などあらゆる違いを受け入れる組織であることはどういった意味で必要なのか。最後に中山に尋ねてみた。

組織にとって『多様性』は必要欠くべからざるものだと、私は思います。時代を経るごとに、社会は変容していくものです。ということは会社自体も、その変化に合わせて変わり続けることが必要になります。そのためには組織に多様性があることが重要で、そうでなければその会社は生き残れないと思います。また、日本人は多様性よりも、同質性に心地よさを感じる傾向があります。そして同質性=協調性と結びつき、一緒に仕事をするうえで同質性が高い方がいいという発想になってしまいがちですが、私はそう思いません。組織ではそれは単なる馴れ合いになってしまい、それゆえリスクに立ち向かえなくなったり、もしくは積極的にリスクを取って前に進めなくなると思っています。そうした意味でも、多様性は組織を継続していくために必要不可欠な要素と言えます。

取材・執筆:平木理平
撮影:朝岡英輔

中山登志朗さん
Profile 中山 登志朗

LIFULL HOME'S 総研 副所長 兼 チーフアナリスト
出版社を経て、1998年よりシンクタンクにて不動産マーケット分析、知見提供業務を担当。不動産市況分析の専門家としてテレビ、新聞、雑誌、ウェブサイトなどメディアへのコメント提供、寄稿、出演を行うほか、年間数多くの不動産市況セミナーで講演。2014年9月にHOME'S総研(現:LIFULL HOME'S総研)副所長に就任。国土交通省、経済産業省、東京都ほかの審議会委員などを歴任。(一社)安心ストック住宅推進協会理事。

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