誰もが向き合うべき住宅弱者問題とは?身近に潜む課題と解決法について
「住宅弱者」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
住宅弱者とは、年齢、国籍、セクシュアリティ、経済力、社会的立場などを理由に賃貸の入居を断られてしまう人たちのことを指す。例えば、高齢者、外国籍の人、LBGTQ+の人、生活保護利用者、シングルマザー・ファーザー、被災者、障がい者などが含まれる。
住まいは生活の基本であるにも関わらず、属性や環境を理由に部屋を借りられない人がいるという不平等な現状。この深刻な問題と向き合い、理解を深めるために、「住宅弱者の問題と解決に向けたコレクティブインパクトはどうつくる?」というイベントが8月21日にLIFULL本社で開催された。同イベントには、村木厚子さん(全国居住支援法人協議会代表)、大月敏雄さん(東京大学/全国居住支援法人理事)、岡本拓也さん(ソーシャル大家 LivEQuality代表)がゲストとして登壇。それぞれの視点から「住宅弱者」についてプレゼンテーションを行い、セッションタイム、Q&Aタイムを経て、参加者がグループディスカッションを行った。本記事は、イベントの内容をまとめたものだ。
連載 住まいと居場所 -ホームレス・ワールドカップによせて-
- 第1回身寄りがない若者は家を借りられない、なんてない。
- 第2回なぜ、住む家が見つからない人たちが存在するのか。|全国居住支援法人協議会・村木厚子が語る、住宅の意義とこれからの居住支援とは
- 第3回なぜ、スポーツが貧困やホームレスの解決に必要なのか。│ダイバーシティサッカー協会代表・鈴木直文さんに聞くスポーツと社会課題解決の関係性
- 第4回新しいルール、新しい人と出会えるサッカーの練習が生活の糧になる―ホームレス・ワールドカップ選手の声―
- 第5回定期的なサッカーの場が居場所と自信をくれた。―ホームレス・ワールドカップ選手の声―
- 第6回誰もが向き合うべき住宅弱者問題とは?身近に潜む課題と解決法について
左から、岡本拓也さん、村木厚子さん、大月敏雄さん
3人の視点から考える「住宅弱者」
まず最初に、住宅に関わる研究や仕事をしている三名のエキスパートがプレゼンテーションを実施。居住支援をめぐる概論の紹介、現状と課題、そして民間による取り組みの例が順番に紹介された。短い時間の間で行われたプレゼンテーションとは思えないほど、豊富な知識や鋭い視点が盛りだくさんの内容となった。以下で、実際に使用されたスライドを一部掲載しながら、プレゼンテーションをダイジェストでご紹介。
居住支援をめぐる概論(大月敏雄)
大月敏雄(おおつき としお)
東京大学/全国居住支援法人理事
1967年福岡県生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院博士課程単位取得退学。博士(工学)。横浜国立大学工学部建設学科助手、東京理科大学工学部建築学科准教授を経て現職。専門は建築計画、住宅地計画、ハウジング。著書に『近居 少子高齢社会の住まい・地域再生にどう活かすか』(編著、学芸出版社)、『集合住宅の時間』(王国社)、『復興まちづくり実践ハンドブック』(編著、ぎょうせい)『町を住みこなす』(岩波新書)ほか。
https://arch.t.u-tokyo.ac.jp/professors/professor/toshio-ootsuki/
東京大学の教授、大月敏雄さんによる一つ目のプレゼンテーションは、これまでの日本の住宅政策の簡単な紹介からはじまった。1945年の敗戦時から、現在に至るまでの住宅をめぐる歴史を社会情勢と交えながら振り返った。
今回のテーマとなる「住宅弱者」に光が当たり始めたのは、2010年代頃。震災の被災者や非正規雇用者、困窮している母子家庭、LGBTQ+の人々など、多様な人々の居住に関わる保証をするべきだという認識が徐々に広がっていった。2018年ごろから企業での取り組みが急速に注目され始めたSDGsでも、17の目標のうち7つが居住保証に関連している(貧困をなくそう、飢餓をゼロに、すべての人に健康と福祉を、ジェンダー平等を実現しようetc)。しかし、どれだけの企業がこの問題と真剣に向き合えているだろうか。大月さんは疑問を投げかける。
次に、住宅弱者の具体的な例としてあがったのが、高齢者だ。高齢者の9割以上は在宅。要介護の高齢者も約8割が在宅である。だが、国交省2022の調べによると、要介護度が進むにつれて、自宅希望は7割から1.5割に減少することが判明している。施設の数には限界があり、そういった人たちに行き先が用意されていないのが現状だ。続いて、障がい者も例にあがった。日本には身体的・知的・精神的障がい者を合わせると、総計約600万弱が暮らしており、これは人口の5%に当たる。5~6家族に1人の計算だ。この数字を見るだけでも、かなりの数の人が住宅弱者であるということが分かる。一方、2018年の時点で空き家は848.9万戸。そのうち「貸したいけど空いているアパート」は87.3%にも及ぶという。今後こういった空き家をどう活用していけるかが課題だと、大月さんは締め括った。
居住支援の現状と課題(村木厚子)
村木厚子(むらき あつこ)
全国居住支援法人協議会代表
高知県出身。1978年、労働省(現・厚生労働省)入省。女性政策や障害者政策などを担当。2009年、郵便不正事件に巻き込まれるが、翌年無罪が確定し復職。女性として歴代二人目の事務次官として、2013年から厚生労働事務次官を務めた。2015年退官。津田塾大学客員教授。困難を抱える若い女性を支える「若草プロジェクト」代表呼びかけ人。2019年より、全国居住支援法人協議会共同代表・会長。
講義の二人目は、全国居住支援法人協議会代表の村木厚子さん。「住宅セーフティネット法」を軸に、大月さんも問題提起していた空き家の活用方法にふれた。
まず彼女は、「居住」という言葉の定義を紹介。居住とは、「一定の住まいを定め、そこに住んで自分たちの生活を営むこと(ウィキペディア)」を意味する。「住宅」と「暮らし」を合わせた、つまり「ハード」と「ソフト」を合わせた言葉なのである。2024年に改正された新しい「住宅セーフティネット法」は、このハードとソフトの両方から考えられた法律だ。
大月さんのプレゼンテーションでもふれられていた通り、空き家はたくさん存在しているのに、どうして借りにくい人が存在するのか。それは、大家が賃借人に対して「家賃を払ってくれるか」「途中で亡くなっていないか」などの不安を抱えているからだ。そういった現状を変えるのが、ソフト面の支援サービスだと村木さんは話す。
村木さんは、過去に訪れた出雲市の例を挙げた。そこでは、社会福祉法人の取り組みで、アパート1棟を丸ごと借り、精神障がい者が入居できるようにしていた。さらにアパート内には相談室を設置し、周辺に働く場所も用意して、周りが見守りながら精神障がい者が一人で暮らせる仕組みを作った。当初、大家は嫌がっていたそうだが、数年経ち、村木さんが訪れたときには「もう一棟建てましょうか」と話していたという。その体験から、ソフト面の大切さをとても実感したと話す。
住宅セーフティネット法に基づき、そんなソフト面を担う一つが、居住支援法人だ。居住支援法人は、都道府県が指定する居住支援を行う法人のこと。家賃債務保証や賃貸住宅への円滑な入居に関わる情報提供・相談、入居者の見守りなどを行う。また、住宅セーフティネット法では、自治体、不動産関係者、居住支援団体などが一緒になって地域の居住支援をどうするか話し合う居住支援協議会をつくることも義務づけられた。
結果、現在登録数は90万戸にのぼる。しかしそのなかで住宅確保要配慮者(住宅セーフティネット法における住宅弱者の意)専用の住宅の登録数は5874戸。「他に入居者がいなくて空いているときは貸す」という場所が多数なので、実際に機能するまでにはまだまだ時間がかかるだろう。朗報は、居住支援法人が、900ぐらいできたこと。協議会は47都道府県全てに、市町村は1800あるなかの100にとどまる。住宅セーフティネット法の2024年の改正では、終身建物賃貸借の認可手続きの簡素化や居住支援法人による残置物処理の推進、家賃債務保証の活発化、そして、見守りサービス付き住宅「居住サポート住宅」をつくることが注目されている。
この制度が生きるかどうかは、現場や自治体の力も大きく関わっている。村木さんは参加者に積極的な参画を促してプレゼンテーションを終えた。
ソーシャル大家と伴走支援NPOのハイブリッド(岡本拓也)
岡本拓也(おかもと たくや)
株式会社LivEQuality大家さん代表取締役社長
ICCソーシャルグッドカタパルト2024優勝。日本版アフォーダブルハウジング市場を創出するソーシャル大家業 LivEQuality創業者兼CEO。PwC企業再生、SVP東京代表を経て、’18年父の急逝で建設会社を承継。第二創業推進中にコロナ禍となり、シングルマザーの住まい貧困を解決する事業を開始。グロービス経営大学院講師・公認会計士
岡本 拓也 | LivEQuality代表 | 千年建設CEO (@takuya_okamoto) / X
最後のプレゼンテーションは、ソーシャル大家LivEQuality代表の岡本拓也さん。民間の取り組みという視点から、実際にどんな取り組みを行っているかについて語った。LivEQualityは、株式会社とNPOのハイブリッドだ。岡本さんは家業の建設会社と以前NPOで働いた経験を組み合わせ、居住の問題に取り組んでいる。
LivEQualityが特にターゲットにしているのが母子家庭だ。日本には現在、母子家庭が60万世帯あり、90万人の子どもたちが相対的な貧困の状態に陥っている。母子家庭に部屋を貸す大家が足りないという問題があるにもかかわらず、日本は住所主義なところがあり、住所がないと行政が支援をしたくてもできないという現状があるそうだ。つまりシングルマザーが、家を借りられないから、子どもを保育園に預けられない、そうすると労働ができない、という悪循環に陥ってしまう。その問題を知った岡本さんが、「自分が大家になればいい」とアクションを起こしたのが、LivEQualityだ。物件の取得はお金がかかるため、株式会社で行い、伴走はNPOで支えている。この取り組みは、住居、福祉、経済の三つのポイントからの挑戦と言える。
現在は、25世帯61人母子世帯を受け入れていれている。初めて受け入れたのは、外国籍のシングルマザーで、母親は夫からDVを受け、生活保護受給の姉の家に避難してきたため住所がなかった。 銀行口座は夫名義だったので貯金もない状態だった。そこでLivEQualityが住まいや生活インフラを支援し、日本語教育の機会も与え、生活保護に申請し、彼女は1ヶ月後には仕事を見つけられた。
経済面では、社会問題の解決に向けた成果に応じて、投資家に報酬が支払われる成果連動型の資金調達手法であるインパクトボンド等を活用し、総額5.1億円の資金調達に成功した。このようにしてLivEQualityは、収益性と社会性を両立しているのだ。
岡本さんは、最後に、「住まいと繋がりが一体となった支援モデルをLivEQualityで実践し、 そのモデルが国内に広がり、インフラとなっていくことを目指したい」と、思いを述べて締め括った。
講義が終わったあとのセッションタイムとQ&Aタイムでは、村木さんも岡本さんも、持続可能な財源の確保の課題を強調していた。現状、必要なコストを賄える仕組みがまだ存在していない。一方、空き家や空室は増えていく一方の予定なので、マインドセットの変革を社会が必要としていると訴えた。また、大月さんは、「ハードとソフト」を重ねていくことの重要性に言及した。「家と居住者」だけでなく、「家と居住者とプラスα」で考えることが今後大切になってくると話していた。どんなサービスがあれば居住に付加価値がつくのか。福祉的サービスに限らず、人間一人一人のクオリティ・オブ・ライフを高めていく、多様的な仕組みがある住まいが必要とされていると語った。
その後行われたテーブルディスカッションではグループごとに株式会社LIFULLとしてできることを議論し、共有の時間では、さまざまな意見が飛び交った。
イベントを終えて
登壇を終えた三名に登壇内容を絡めてコメントをいただいたので、最後にそれを紹介する。
大月敏雄
住宅弱者って言うけども、健康で、バリバリ働けて、お金を持っている人は、今は電車や車に乗って遠くまで行くことができるかもしれないけど、歳をとると、どんどんできなくなってしまうことが増えるんです。全員が住宅弱者になりうる。家族や身近な人に住宅弱者がいるかもしれないし、なるかもしれない。だからそういうことを考えると、近いエリアに必要なものが揃っている方がいいですよね。それってなんなのかっていうと、昔の下町みたいなものなんですよ。角のたばこ屋にはおばちゃんがいて、ちょっとした人生相談にものってくれるとか、八百屋のおやじと話してたら、いいことを教えてくれるとか。そういう「人とサービス」がセットになった形で身の回りに展開している、そういう状況が普通の住宅地に増えていったらいいと思うんですよね。
不動産業で扱っているのは、憲法第二十五条的な「部屋は何平方メートルです。駅から何分です」などの数値的な指標。これは、第二十五条において規定されている国民にとっての最低限の暮らしを保証している。それはそれでとっても重要でいいことなんだけれども、今求められているのは第十三条にあるような幸福追求権。第二十五条はウェルフェアの話ですが、今必要なのはウェルビーイングの話なんです。つまり、プラスαがついた住宅。例えば「ミュージション」という民間賃貸集合住宅の物件物件が人気なのですが、そこはミュージシャンを対象に、防音がしっかりしている。でもそれは子育て世帯にも人気なんです。そういうふうに一人一人のクオリティ・オブ・ライフを向上させるような物件が増えると結果的に多様な住まい・街になると思うんです。だって、健全な生き物だけが対象の住まいをつくっても標本箱みたいなことにしかならないから。我々人間がいろいろなことを背負いながら群として生きていけるような生態系をどう構築できるか。それが重要なテーマだと思うんです。
村木厚子
制度には結果的に、人々の意識を変える力があると思っています。出雲市の取り組みは時にはトラブルはあったかと思うのですが、仲介してくれる人がいて長年の関係ができたことで、新しいイメージが築かれていったんです。私は障がい者の方と仕事をすることが割と多かったのですが、障害者雇用促進法で企業に障がい者の雇用を促しても、はじめは渋々なところも少なくありませんでした。それは、知らないとすごく固定的なイメージがある、あるいは分からないから近づきたくないっていうのがあったと思います。でも、最初のハードルを超えてもらうと、意識が変わることが多いですね。それが住宅でも増えるといいなと思っています。
また、制度に関しては、民間が関与する大切さも感じています。住宅セーフティネット法は最初は国土交通省がつくったのですが、次の改正時に国土交通省と厚生労働省で共管して一緒に基本方針でつくることになりました。実は居住支援がやりたい我々から見ると、この二つは仲が悪かった(笑)。でも、間に民間が入って、関係が変わって、法律が変わった。やっぱり民間の力って大きい。役所って「自分の役所が何ができるか」というところで終わってしまいがちだから、現場の声などから出発して俯瞰的に見られる存在があると、もっと発展していくんじゃないかと思っています。「みんなで考える」というのが今の私のキーワードです。
岡本拓也
私はビジネスとNPOを組み合わせてやるからには、ビジネスにも必ずメリットを生みたいと思っていました。そして実際に取り組みを行うなかで一番効果が見えたのが、採用でした。地方の中小企業は本当に採用が難しいんです。一年間頑張れば応募が来ると思っていたら、サイトの更新や広告を出しても応募は、一人だけだった。本当に難しいなと思いました。しかし社会性を持っている企業に若い子が惹きつけられる時代になっていることをリアリティを持って感じられた。今では、人数は私が来た頃よりも倍になっています。結果としてメディアにも取り上げていただき、そういったことが社員の誇りにもなっていきました。シングルマザーの方への支援をする際もそうなのですが、「尊厳を取り戻していく」ということがとても大切なんです。今当社は、尊厳を持ちながら働くサイクルができているような気がして、それがすごく良かったと思っています。
社会貢献という面では、我々は研究者にもなれないし、行政のようにインフラを支えられているわけではない。でもビジネスの可能性は信じています。役割分担のなかでできることがあると思っています。自社の利益や資本主義を追求するだけではなく、この仕組みのなかで、全ての人がちょっとずつ豊かになっていくことの方が大切だと思う。それに、社会性があるビジネスをやることはこれから当たり前になっていくと思っています。ビジネスパーソンが行政頼みじゃなくて、自分たちで社会を変えていくことに挑戦していく。それをみんなでやっていきたいです。
取材・執筆:南のえみ
撮影:中里 虎鉄
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