新しいルール、新しい人と出会えるサッカーの練習が生活の糧になる―ホームレス・ワールドカップ選手の声―
2024年9月21日から28日まで、韓国・ソウルで開催されるサッカーの世界大会「ホームレス・ワールドカップ」。“広義のホームレス状態”である、不安定な居住環境にある方が選手として出場するサッカーの大会だ。LIFULLは今年、「ホームレス・ワールドカップ」日本代表チームのオフィシャルスポンサーに就任した。今回は、日本代表選手の一人、岩崎さんに話を聞いた。
連載 住まいと居場所 -ホームレス・ワールドカップによせて-
- 第1回身寄りがない若者は家を借りられない、なんてない。
- 第2回なぜ、住む家が見つからない人たちが存在するのか。|全国居住支援法人協議会・村木厚子が語る、住宅の意義とこれからの居住支援とは
- 第3回なぜ、スポーツが貧困やホームレスの解決に必要なのか。│ダイバーシティサッカー協会代表・鈴木直文さんに聞くスポーツと社会課題解決の関係性
- 第4回新しいルール、新しい人と出会えるサッカーの練習が生活の糧になる―ホームレス・ワールドカップ選手の声―
- 第5回定期的なサッカーの場が居場所と自信をくれた。―ホームレス・ワールドカップ選手の声―
- 第6回誰もが向き合うべき住宅弱者問題とは?身近に潜む課題と解決法について
検索エンジンに「ホームレス」と入力した時、表示される画像は決まって、ボサボサの髪と髭にボロボロの服を着て、路上生活を送る初老の男性だ。しかし、実際には若者でも女性でも路上生活を送っている人はいるし、そもそも路上生活を送っている人だけが「ホームレス」状態なのではない。様々な理由から安心して帰れる決まった家がない状態の人は、数多くいる。
今回取材した、岩崎さんも経済的理由から生活が不安定になった経験を持つ若者の一人だ。そんな岩崎さんは、日本チームにとって13年ぶりの出場となる「ホームレス・ワールドカップ」に出場する。岩崎さんが今年、「ホームレス・ワールドカップ」に出場することになった経緯や大会にかける思いを伺った。
新しく知り合った人と新しいことに挑戦できる「ホームレス・ワールドカップ」の練習会は、自分にとって貴重な場です。
埼玉での一人暮らしから一転、行き場を失った
「ホームレス感がないんだよな〜(笑)」。まるでモデルのようにカメラの前に佇む岩崎さんを横目に、NPO法人サンカクシャのスタッフさんが呟く。この記事の写真を見て、同じように感じる人もいるかもしれない。
サンカクシャは、様々な事情から親を頼れず、学校や会社などから孤立している若者をサポートする団体だ。居場所作りのサポート、就労のサポートや、住まいのサポートなどを行っている。
岩崎さんが、サンカクシャのサポートを受けるようになったのは2024年3月のこと。以前は一人暮らしで仕事もしていた。
「サンカクシャにお世話になる前は、埼玉で一人暮らしをしていて、色々な仕事をしていました。SNS関係の仕事をしたり、バーの店員をしたり」
2024年1月頃までは複数の仕事を掛け持ちしながら生活していた岩崎さん。しかし、あることをきっかけに、上京を決め、サンカクシャにたどり着いたという。
「色々あって、生活が苦しくなってしまって。結果、一人暮らししていた部屋も出なければならず、行き場を失いました。どうしようと思っていたところ、生活に困っている若者をサポートしてくれる団体があると教えてもらいました」
行き着いた先で再び出会ったサッカー
サンカクシャのサポートを受けるようになった岩崎さんは、次第に、同じようにサポートを受ける人々やその支援者が集まるフットサルの場に参加するようになった。何気なく参加してみた練習会で、久しぶりにサッカーの面白さに触れたという。
「小学2年生の頃から中学生までは学校でサッカーをやっていたんです。でも、養護施設育ちで“ハーフ”の自分は、差別なども受けて途中から不登校になってしまって。それでも高校には行きたかったので通信制の高校に行って、サークル活動でサッカーを続けていました。高校卒業後はしばらくサッカーをしていなかったので、ここで再びサッカーをするようになりました」
そんな中で、ある時スタッフさんから「ホームレス・ワールドカップ」の選手選考会に誘われる。「韓国の大会に行けるなら」とすぐに選考会への参加を決めた。様々な選手とチームを組んで試合をし、見事、日本代表チームの一員として選ばれた。
選手に選抜されて以降、チームメイトとともに練習に励んでいる岩崎さん。幼少期からのサッカー経験がある岩崎さんにとって、「ホームレス・ワールドカップ」の練習ならではの特徴はあるのかと尋ねてみると、次のように教えてくれた。
「ホームレス・ワールドカップって普通のサッカーとルールが違うんです。ゴールやコートのサイズも違うし、常に相手のサイドに自分のチームの選手が一人はいなければならない。だから、まずルールを把握してそれに併せて戦い方を変える必要があります。新しいことを覚えるのは好きなので、この違いはむしろ僕にとっては楽しいです。
それに、経験者が少なめなのも特徴的です。もちろん経験者でやるのも楽しいとは思いますが、経験値が違う人が混ざっているからこそ、お互いをよく見ながらプレーする必要があり面白いです」
経験者も未経験者も混じってサッカーを楽しむ場
チームには年齢もバックボーンも異なる様々なメンバーが集まっている。普段、生活しているエリアも異なるチームメンバーとは、練習日が重要なコミュニケーションの場でもある。
「基礎練の時や、練習試合の前など、チームメンバーやコーチとコミュニケーションを取ることは大切にしています。サッカー未経験の方が、僕のような経験者に『どうやって動けばいいかな?』と聞きに来てくれることもあって、ありがたいなと思います。
ほとんどの人はホームレス・ワールドカップによって初めて知り合った人なので、プレー以外の面でもどんな方なのか知れるように心がけています」
そんな岩崎さんの背番号は14番。岩崎さん自身が子どもの頃に所属していたサッカーチームでエースが背負っていた番号だという。この番号を選んでいることからも、今回の大会にかけた想いが伺える。
「日本チームがホームレス・ワールドカップに出ること自体、13年ぶりと聞いています。前の大会がどんな様子だったのかは実際には知らないけれど、まずは1勝することを大事にしたい。そのためにも、自分は環境の変化に弱いのでしっかり体調やコンディションを整えて行きたいなと思います」
「ホームレス・ワールドカップ」の開催は2024年9月21日から。もうそこまで迫っている。大会が終わっても、岩崎さんの人生は続いていく。大会後、岩崎さんはどんな未来を思い描いているのだろうか。
「大会に向けて練習はしつつ、生活面ではサポートを受けつつ立て直しを図っているところです。何もしないと暮らしにハリがなくなってしまうので、自分でもアルバイトをして動くようにしています。それから、今の自分はまだ、人に何かを言われるとすぐに落ち込んでしまうので、メンタル面でも自分なりに改善して、暮らしを整えていければと思います」
「ホームレス・ワールドカップ」という言葉のキャッチーさに色々なイメージを膨らませてしまう人もいるかもしれない。しかし、目の前で語る岩崎さんは“普通の”若者のようにも見える。
これまで「ホームレス・ワールドカップ」を知らなかった人はぜひ、今大会を機に注目してみてほしい。そしてさらに、多様な「ホームレス」の現状にも目を向けてみてほしい。
僕は、サッカーに限らず、新しいことを覚えるのが好きです。でも、経済的に苦しい中で生活していると暇になったりできることに制限も出てくる。そんな中で、今回のような機会があると、暮らしの中に楽しさを思い出せます。不安もあるけれど、まずは楽しんできたいと思います。
取材・執筆:白鳥菜都
撮影:大嶋千尋
埼玉県出身。2024年の「ホームレス・ワールドカップ」に選手として出場する。背番号は14番。
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