障がいがあるから一緒に遊べない、なんてない。
耳が聞こえるサエキさん(長男)、聴覚障がいのあるナツさん(次男)とマコさん(三男)の3人が発信するYouTube「POCチャンネル」は、障がいがあることのネガティブさよりも、明るく楽しい雰囲気を前面に出して動画を発信している。入り交じって暮らしてきた幼少期のエピソードや、YouTubeや居場所づくりに取り組む思いなどについて話を聞いた。
厚生労働省の調査によれば、聴覚・言語障害者(身体障害者手帳保持者)は日本に約34万人いると推計されている(※1)。近年ではドラマや映画でも注目を集めているが、一方で実際に聴覚障がいのある友人や知人がいる人は少ないかもしれない。当事者たちは学生時代から“ろう学校”(※2)に通うことが多く、健聴者と接する機会が少なくなってしまう。もちろん、ろう学校だからこそ環境の整備がされていて、境遇の近い仲間をつくりやすいなどのメリットもある。しかし、放課後や休日にも健聴者と接する機会がなかなかないのは、大きな課題だ。
POCチャンネルは、「聞こえる人」と「聞こえない人」が交ざっている“きょうだい”だ。仲良くポジティブに暮らす様子を、YouTubeチャンネルを通して発信している。また、2022年にはサエキさんが東京都国立市内に「POC HOUSE」をオープン。「聞こえる人」と「聞こえない人」が交流できることを目指し、クラウドファンディングを成功させて開いた居場所だ。POCチャンネルの3人が共に歩んできた子ども時代はどんなものだったのか。また、健聴者と聴覚障がいのある人たちは社会でどのように共生していけるだろうか。
※1 厚生労働省「平成28 年生活のしづらさなどに関する調査 (全国在宅障害児・者等実態調査)結果の概要」
※2 聴力に障がいのある児童・生徒が通う特別支援学校のこと。
一緒に遊べば、聞こえる人も聞こえない人も近づける
共に遊ぶ場所がなくなる
サエキさんは、ナツさんとは3歳差、マコさんと8歳差だ。ナツさんとマコさんは、生来の聴覚障がいがあった。サエキさんとナツさんの間にいる姉も含め、4人のきょうだいは工夫しながらコミュニケーションを取り合っていた。
ナツさん
「幼い頃は、僕も兄や姉もあまり手話ができなかったので、コミュニケーションはジェスチャーで取っていました。どうやって表現すればいいかわからない時は、母に通訳してもらっていました。
毎日のように外で一緒に遊んだり、児童館で遊んだり、駄菓子屋さんに行ったり。僕の聴覚障がいの友達も交ざり合って一緒に遊んでいて、楽しい子ども時代だったと思います」(ナツさん)
ナツさんもマコさんも、生まれつき聞こえなかった。ナツさんは補聴効果が期待できたので補聴器を装用したが、マコさんは補聴効果が期待できず1歳11カ月の時、人工内耳の手術を受けることになる。ひと口に「聴覚障がい」といっても、聞こえ方は多様なのだ。
マコさん
人工内耳は、外部からの音を電気信号に変え、聴神経を刺激することで聞こえるという仕組みだ。
「手話や会話の聞き取りの練習をしていました。僕は口話(こうわ)といって、口の動きと音で読み取ったり伝えたりする方法でコミュニケーションを取ることも多かったです」(マコさん)
長男のサエキさんは「SODA(Sibling of Deaf)」である。SODAとは、聴覚障がいのあるきょうだいがいる人のことだ。彼・彼女らに独特の苦労があり、取材時にもサエキさんは通訳の役割をしながら自身の回答もしてくれていた。だが、サエキさんが子ども時代を振り返る時には、うれしかったことばかりが挙がる。
サエキさん
「聴覚障がいのある人と会うことは、普通だったらあまりないと思うんです。健聴者と聴覚障がいのある人が、お互いに関わる機会が少ないのは課題なのですが。でも僕はナツやマコだけではなく、弟たちの聴覚障がいの友達と一緒に遊んでいて、『こういう世界があるんだ』と気付きましたし、気付いたことで僕の将来についていろいろと考えるきっかけをもらえました。その点はありがたかったですね」(サエキさん)
3人にとって、健聴者と聴覚障がいのある人が交ざり合って遊ぶことは自然な日常だった。しかし成長していくにつれて、社会にはそうした場所が少ないことに直面する。
「小学生の頃から、ろう学校に通っています。中学・高校は、同じく聴覚障がいがあってもともと知っていた先輩を頼って、家から1時間半かかるろう学校に通っていました。朝1時間半かけて学校に行き、授業を受けて、野球部に入ったので、部活で遅くまで活動し、1時間半かけて帰ったらご飯を食べて寝る。中高の6年間はそういう生活でした」(ナツさん)
「ろう学校は少ないので、家の近くにはない人も多いです。結局みんな遠いところから通ってくることが多くなってしまうんですね。それに、ナツの場合は小学校では1クラス2人ほど、中学校では4人ほど。ろう学校だからこそ受けられる教育はもちろん貴重なのですが、学校ではクラスメイトが少なく、放課後の時間もなかなか取りづらくなっていました」(サエキさん)
一方で、マコさんは偶然家の近くに聴覚障がいのある友達が住んでいた。
「僕の場合は、たまたま家の近くに聴覚障がいのある友達がいて、放課後には近所の公園で遊んでいました」(マコさん)
サエキさんはそんな弟たちをそばで見てきて、聴覚障がいのある人たちにまつわる課題をクリアに感じ取っていった。
YouTube、クラウドファンディングを通してまずは知ってもらう
サエキさんは特別支援学校の教員を目指し、昨年卒業した大学では教員免許を取得した。しかし、成長するにつれて感じてきた課題を解決するために、進路を変えた。
「幼い頃はみんなが交ざり合って公園で遊ぶのが普通でしたが、弟たちがろう学校に通っていると、学校が遠くて遊ぶ時間がなかったり、学校の友達と遊べるのはたまたま家が近かった場合だけだったり……。
家と学校以外に、『聞こえない子』と『聞こえる子』が共に関われる居場所をつくりたいと考えました。居場所づくりの準備を兼ねて、まずYouTubeチャンネルを始めたんです。聞こえない人のことや手話のことについて知らない人が多いと感じているので、まずはYouTubeを通していろんな人に知ってもらえたらなと」(サエキさん)
兄からYouTubeに誘われた弟たちは、「聞こえない人や手話についてもっと知ってもらいたい」と話すサエキさんに共感・共鳴し、参加することにした。
反響は大きかった。今ではチャンネル登録者数が6万人を超える。2020年に初めて投稿した動画「二人とも耳が聞こえません。先天性の聴覚障害です。」は、これまでに58万回以上再生されている。マコさんは、日本テレビ系「24時間テレビ」において4年前と昨年の2回の出演でパフォーマンスを披露し、チャンネルにも応援するコメントが届いている。
そしてサエキさんは2022年、当初から構想していた居場所づくりに、満を持して取り掛かる。立ち上げにあたって、前年にクラウドファンディングで資金を募ると、目標額の150%となる2,256,055円が集まった。
「居場所をつくるためにお金はもちろん必要で、ありがたかったです。ただ、居場所をつくって終わりではなくて、『そういうことに困っている人たちがいるんだ』と知ってもらう方法の一つとしても、クラウドファンディングをやってよかったなと思っています。
僕は聞こえる立場なので、きょうだいであっても、聞こえない人の世界を深くまで理解することはできません。それでも、初めは知ってもらうことがすごく大事だなと思っています」(サエキさん)
共に関われる居場所「POC HOUSE」は、2022年6月にオープン。実際に、聴覚障がいのある子どもと健聴の子どもが交ざり合って過ごしている。
一緒に遊べば、お互いを知っていける
POC HOUSEのオープンから半年。サエキさんは、手応えを感じている。
「オープン前は、聞こえない子と聞こえる子が関わってどうなるかなと想像はしていましたが、正直なところ僕もわかりませんでした。でも、オープンしてみて一緒に遊んでいると、もう聞こえる・聞こえないは関係なかったですね。一緒に笑って鬼ごっこをしたりして遊んでいます。
コミュニケーション面では、どう伝えればいいかわからない場面もよくあります。そんな時、聞こえる子が聞こえない子に『これって手話でなんて言うの?』と聞いて、聞こえない子が手話を教えてあげることもあります。そういうシーンは、同じ居場所にいないと起きないことかもしれません。一緒に遊べば、お互いを知っていくことができます」(サエキさん)
最後に、ナツさんが読者に向けてメッセージを送ってくれた。
「聴覚障がいがあるから、自分自身も実際は、難しいことや悩みが当然いっぱいあります。例えば、健聴者とどうやってコミュニケーションを取るか、いつも難しく感じます。でも、今はスマホを使えばコミュニケーションを取りやすい。声で話したことを視覚情報にして表示してくれるデバイスもある。そのようにデジタルテクノロジーが進化していて、便利な社会になってきていることをうれしく思っています。いろんなやり方があることを、もっともっと広めていきたいです」(ナツさん)
好きな食べ物は、「からあげ」(サエキさん)、「肉」(ナツさん)、「ラーメン」(マコさん)。動画にもたびたび登場する母の存在について尋ねると、「良き話し相手であり、良き相談相手。僕が悩んでいると、何も言わなくても母が察してくれています」(サエキさん)、「小さい時から自分の苦しみや悩みにアドバイスをもらって、本当に感謝」(ナツさん)、「安心できる存在であり、愛情をくれる存在」(マコさん)と教えてくれた。
若くて元気があり、さわやかで素直な好青年たち。それがPOCチャンネルの3人の印象だ。ドラマや映画で聴覚障がいへの注目が高まっている中、身近な課題に気付いてチャレンジを続けるPOCチャンネルは、注目の存在だ。
取材・執筆:遠藤光太
撮影:内海裕之
耳が聞こえる長男サエキと耳が聞こえない次男ナツ、三男マコの3人が、手話や聴覚障がいのあるある話、日常を発信しているYouTubeチャンネル。チャンネル登録者数は6万人を超える(2022年12月現在)。チャンネル名の「POC」は、“Piece Of Cake(ひと切れのケーキ)” の頭文字から取っている。ケーキひと切れ分は簡単に食べられることから、「楽勝だぜ」「大したことないよ」という意味を持たせている。
サエキさん(中央)
長男。健聴者。特別支援学校の教員を目指し、大学で教員免許を取得したが、聴覚障がい者たちの居場所が足りない課題を解決するために居場所づくりの事業を始める。大学休学中にオーストラリアで1年間過ごした経験があり、世界一周・日本一周をするのが夢。
ナツさん(右)
次男。生まれつき聴覚障がいがある。将来の夢は、自身のファッションブランドを立ち上げること。
マコさん(左)
三男。生まれつき聴覚障がいがある。現在高校生で、大学受験に向けて勉強中。
YouTubeチャンネル POCチャンネル
みんなが読んでいる記事
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2023/04/11無理してチャレンジしなきゃ、なんてない。【後編】-好きなことが原動力。EXILEメンバー 松本利夫の多彩な表現活動 -松本利夫
松本利夫さんはベーチェット病を公表し、EXILEパフォーマーとして活動しながら2015年に卒業したが、現在もEXILEのメンバーとして舞台や映画などで表現活動をしている。後編では、困難に立ち向かいながらもステージに立ち続けた思いや、卒業後の新しいチャレンジ、精力的に活動し続ける原動力について取材した。
-
2021/09/30苦手なことは隠さなきゃ、なんてない。郡司りか
「日本一の運動音痴」を自称する郡司りかさんは、その独特の動きとキャラクターで、『月曜から夜ふかし』などのテレビ番組やYouTubeで人気を集める。しかし小学生時代には、ダンスが苦手だったことが原因で、いじめを受けた経験を持つ。高校生になると、生徒会長になって自分が一番楽しめる体育祭を企画して実行したというが、果たしてどんな心境の変化があったのだろうか。テレビ出演をきっかけに人気者となった今、スポーツをどのように捉え、どんな価値観を伝えようとしているのだろうか。
-
2024/07/11美の基準に縛られる日本人【前編】容姿コンプレックスと向き合うための処方箋
「外見より中身が大事」という声を聞くこともありますが、それでも人の価値を外見だけで判断する考え方や言動を指す「ルッキズム」にとらわれている人は少なくありません。なぜ、頭では「関係ない」と理解していても外見を気にする人がこれほど多いのでしょうか?この記事では、容姿コンプレックスとルッキズムについて解説します。
-
2024/04/23自分には個性がない、なんてない。―どんな経験も自分の魅力に変える、バレエダンサー・飯島望未の個性の磨き方―飯島 望未
踊りの美しさ、繊細な表現力、そして“バレリーナらしさ”に縛られないパーソナリティが人気を集めるバレエダンサー・飯島望未さん。ファッションモデルやCHANELの公式アンバサダーを務め、関西テレビの番組「セブンルール」への出演をも果たした。彼女が自分自身の個性とどのように向き合ってきたのか、これまでのバレエ人生を振り返りながら語ってもらった。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。