「若いね」「もういい年だから」……なぜエイジズムによる評価は無くならないのか|セクシズム(性差別)、レイシズム(人種差別)と並ぶ差別問題の一つ「エイジズム」。社会福祉学研究者・朴 蕙彬に聞く
マドンナが、2023年のグラミー賞での容姿批判の声に対して「エイジズム(年齢差別)でミソジニー(女性蔑視)だ」とSNSで反論したことが話題を呼びました。
日本でもシニアの76%以上が、実際の年齢よりも平均6歳も実感年齢が若いと感じている(※1)一方で「年を取れば若い時と同じような挑戦ができない」と、無意識のうちにエイジズムでの評価が刷り込まれています。なぜエイジズムの評価や偏見は無くならないのでしょうか。
そこで『日本映画にみるエイジズム』(法律文化社)著者である新見公立大学の朴 蕙彬(パク ヘビン)先生に、エイジズムに対する問題意識の気付きや、エイジズムやミソジニーとの相関関係について、またメディアやSNSが与えるエイジズムの影響や、年齢による差別を乗り越えるためのヒントを伺ってきました。
※出典1:株式会社リクシス『シニアのスマホ習慣と実感年齢に関する調査』
連載 エイジズム―年齢にとらわれない―
- 第1回エイジズムとは?【前編】年齢差別と偏見の問題、具体例を紹介
- 第2回エイジズムとは?【後編】年齢差別と偏見の問題、具体例を紹介
- 第3回年齢による差別「エイジズム」【前編】代表例や対策・取り組みを解説
- 第4回年齢による差別「エイジズム」【後編】代表例や対策・取り組みを解説
- 第5回高齢者に向けられるエイジズムとは?高齢者への差別・偏見・問題点と世界の取り組み
- 第6回エイジズム的行動とは?エイジズムがもたらす健康と意欲への影響
- 第7回「若いね」「もういい年だから」......なぜエイジズムによる評価は無くならないのか|セクシズム(性差別)、レイシズム(人種差別)と並ぶ差別問題の一つ「エイジズム」。社会福祉学研究者・朴 蕙彬に聞く
エイジズムとは、高齢者に対する差別や偏見などの“態度”
――改めて「エイジズム」とは何かを教えてください。
朴 蕙彬さん(以下、朴):エイジズム(年齢差別)という概念の始まりは、ほぼ半世紀前の1969年に遡ります。当時アメリカの老年医学者のロバート・バトラーさん(アメリカ国立老化学研究所初代所長)が救急病院の入口で高齢者だからと後回しにされる場面に遭遇したそうなんです。この時に彼がつくった言葉がエイジズムです。
彼は「高齢者だからもう医療はいらない、あとは死を待つだけ」というネガティブな捉えられ方としてエイジズムを提唱していたのですが、実はエイジズムにはポジティブな面もあるのです。例えば「高齢者は皆、知恵がある」とか「早起き早寝が得意」などですが、こういった両面があるのがエイジズムだということを、のちに研究者アードマン・B・パルモアさんが提唱しました。
エイジズムという概念が半世紀以上経っているのに、まだ解決されてないということは、概念そのものの理解が難しいからではないかと思っているんです。エイジズムの概念や定義としては、年齢差別などの“差別”というところに注目して翻訳されることが多いのですが、 そもそも高齢者に対する“態度”そのものではないかと考えています。差別や偏見というのは、態度の中のひとつの構成概念でもあると言われているんです。
人が偏見や差別をするプロセスでは、自分の頭の中で考えるのではなく、ステレオタイプや先入観などでその対象になる人を認識したり、評価、判断します。それが行動に移された場合に、差別につながっていくんです。
典型的な例としては「高齢者は弱い」「体力的に衰える」という刷り込みからくる、引退制度や定年制度です。「その年齢だったら、体力的にもう仕事するのは無理じゃないか」と言われるといった、年齢を基準とした引退を進めることもエイジズムの一つではないかと考えています。
――今時のシニアの実感年齢についての調査では、実年齢よりも平均で約6歳若いと感じているそうです(※2)。しかし、多くの人が「年を取ると若い時のような挑戦はできない」という先入観を持っています。なぜでしょうか?
朴:おっしゃる通り、最近では自分の実感年齢として考えているものと、数値で表している実際の年齢には差があります。健康寿命が伸びたのは医療が進歩したことの影響が大きく、さらに体力もあって、数十年前の高齢者に比べて6歳ほど若くなっているのにも関わらず、実際の年齢の数字だけに捉われてしまって、「もう70だから無理」と高齢者自身が無意識のうちに「高齢者らしく」振る舞っていることがあります。
研究結果によれば、年を取るほどこういったエイジズム的な考えが強くなるそうです。教育やメディアなどいろんな場面で高齢者のステレオタイプを見てきた記憶があるから、自分が年を取った時に「自分もそうなるべきだ」と当てはめてしまい、「もう年だからこれはできない」という判断につながってしまう。それに抗おうとするとしたら非難されることも、エイジズムによる考え方や結果によるものだと思います。
※2 出典:『シニアのスマホ習慣と実感年齢に関する調査』
――若者が高齢者に向けるエイジズムにはどんな例がありますか?
朴:高齢者に対してどんな先入観を抱いているかについて、大学の学生にもヒアリングしてみたんですね。その結果、例えば「私たちと違って、高齢者はSNSでのつながりを大事にしていない」とか「高齢者は電子決済を怖いと思っている」といった意見が挙がりました。こういったエイジズムが私たちの周りに蔓延しているんです。
なぜ年齢による思い込みが無意識的に私たちに刷り込まれているかというと、人の脳の働きが原因とも言われています。例えば、誰かと初めて出会う場面では脳が疲れてしまうので、脳の働きを節約するため簡素化してしまう。過去に一度見たものについては、次も似たようなものであれば、今回もそうだろうと脳が判断してしまうんです。これは科学的にも証明されています。
65歳という年齢をイメージしてみたら、定年退職されて年金をもらい始める年齢で、体力的にも少しずつ老化が始まったり、シワが増え始めたりする高齢者をイメージされる人が多いと思います。これが、無意識に脳が簡素化したことによる思い込みの例です。教育の内容やメディアの伝え方も背景にあると思うのですが、そういった刷り込みが蔓延し過ぎて慣れてしまっているのが、エイジズムの一つの原因かなと思います。
グラミー賞での容姿批判に「エイジズムでミソジニーだ」と反論したマドンナと、日本の現状
――2023年のグラミー賞での容姿批判に、64歳のマドンナがInstagramで「世間は45歳を超えた女性を拒否している」「エイジズムでミソジニー(女性蔑視)」だと反論し、話題を呼びました(※3)。先生はこの件をどう感じましたか。
朴:マドンナさんは、彼女が40代の頃にも同じようなことを発言されていました。2023年のグラミー賞もそうですが、『マドンナ』という人への世間からの期待に対して、そうではなくなってきた顔や容姿に批判が集まりました。このエイジズムとミソジニーの相関関係というのは、実はエイジズムの研究でも言われているんです。エイジズムとミソジニーやセクシズムというのは一緒に動いているんですよ。特に女性に対しては多く言われています。
映画の分析で言うと、例えば女性は年を取ったら「シワくちゃだ」とか「たるんできた」とか、そういう言葉で表現されることが多く、それを必死に抗おうとして、エイジングケアがもてはやされたりします。さらに女性として生まれて年を重ねていけば、そこに「年相応の」という表現が入ってくる。40代や50代頃から、そういう二重の差別が混在してくるんじゃないかなと思っています。
※3 出典:Madonna, 64, Calls 2023 Grammys Backlash ‘Ageism and Misogyny’
――海外で話題を呼んだマドンナの件に対し、日本ではまだエイジズムを問題意識として捉えている人は少ないように思います。海外と日本の意識の違いについてはどう思いますか?
朴:日本ではニュースなどで、1人の高齢者を支えるには何人の現役世代が必要なのか、といったことが話題になりますよね。高齢化するにつれて、若い現役世代が「今の高齢者と違って、自分は年金がもらえないんじゃないか」と思っている。でも、それは制度そのものが高齢化率7%になっていない時代につくったものを今まで使ってきたことが原因であって、高齢者が増えたこと自体は問題ではないんです。健康寿命が伸びたことや、長生きできるようになったことは医療が発展したからで、本来なら喜ばしいことであるにも関わらず、それについて「人口高齢化は大変なことだらけ」「老害」といったネガティブな表現が用いられることが多々あると思うんです。
海外で言うと、例えば韓国では日本よりも年上の人を敬う文化はあるんですが、最近では変わってきていて、日本でいう「老害」に近いような差別用語的な言葉ができ始めたんですね。高齢化が進むと、そういうエイジズム的な言葉が出てきてしまうのですが、一方で、それに抗おうという歌が流行ったりもするんです。しかし、日本ではそういった風潮はあまり起こりません。これは、日本が自己主張をしづらい社会だからなのではと思っています。
――年齢を重ねて好きな服装をしているだけで「年甲斐もなく」といった声を聞くことがあります。そういったエイジズムとルッキズム(外見至上主義)の相関関係についてどう思われますか?
朴:私が大学院生の時に、ある70代の高齢女性にインタビューする機会があって、すごく可愛いレモン色のブラウスを着て来られたんですね。「可愛い色ですね」とお伝えしたら、ちょっと寂しそうに「うちの息子にね『その年でそんな色の服着る?』って言われて……。私は好きなのにね」とおっしゃっていたんですよ。これこそまさにエイジズムでルッキズムだなと思って。
例えば、高齢者の服の売り場などを見てみたら、茶色とかくすんだ色を多く見かけますよね。デパートに行っても、1階から見ていくと、対象の年齢層によってだんだん色が変わっていくのが分かるんです。人に見られるものだから、服装というのはわかりやすくエイジズムやルッキズムにつながるのかなと思います。
また、学生と地域の高齢者が一緒にネイルを通した交流活動をした時の話ですが、「もう年だからこんなおしゃれしたら周りにどう思われるだろう」とつぶやく方もおられたりしますね。しかし、いざネイルをしたら、みなさんすごく喜んでおられ、いつもの活動より盛り上がるんです。こうしたケースから「高齢者はおしゃれしない人」というステレオタイプが蔓延していることが分かります。
「病弱」「欲から超越した存在」としてメディアで描かれる高齢者
――先生は映画を対象にエイジズムを研究されていますが、日本映画ではどのように高齢者が描かれていますか?
朴:私の研究では主に、映画に出てくる高齢者のステレオタイプを調べているんですが、高齢者に対する刷り込みの一つに、体力&身体的な面で弱い「病弱な高齢者」という例があります。高齢者のセリフや、映画の中に登場している高齢者の容姿を分析した結果、体力的に衰えてヨボヨボになったり、認知症にかかるなど、高齢者=病弱であるという事例が多く描かれていました。
さらに映画で興味深かった表現が二つあります。まず一つ目は、高齢者は自分が住み慣れた地域を離れると、揉め事が生じるシーンが多くなるということ。慣れていないことに対して、高齢者は怒ったり葛藤が生じる場面が多く見られます。「高齢者は新しいことにチャレンジしない」という刷り込みが背景にあると思うんです。
もう一つは、「高齢者は恋愛しない」という表現。映画の中で高齢者が恋愛するとなったら「うちの父が恋愛!? もうその年で恋愛はいいんじゃない?」などと非難されてしまいます。高齢者は、物欲や性欲といった人間が本来持つ欲求から解放された存在として表現されているケースが多いんです。ただ人間が年を取っただけなのに、すべてから超越した存在として、映画を通して私たちに刷り込まれてしまっているんですね。
――近年のSNSの普及がエイジズムに与える影響はありますか?
朴:SNSでいうと、最近ではご高齢のおしゃれなインスタグラマー夫婦「bon・pon」さんの投稿が話題ですよね。若い人に人気の「H&M」や「無印良品」の服を着こなしていらっしゃって、お洋服の色も茶色ではなく華やかな色味を取り入れていることが多い。お年を召してもおしゃれを楽しんでらっしゃって、若い方からも「私もそうなりたい」「可愛い」と支持されています。SNS上では「bon・pon」さんのようにファッションを楽しんでいらっしゃるご高齢の方も増えており、それはポジティブな流れじゃないかなと思います。
一方で否定的な影響としては、SNSへのネガティブな書き込みが挙げられます。例えば、高齢者の運転で事故があるとしたら「交通事故が多発するのは高齢者が多いからだ」といった書き込みがSNSでよく見られます。そういった書き込みが増えると、先ほどのマドンナさんの例のように、批判が加熱してしまうこともあると思います。
エイジズムを克服するには、多世代交流と学ぶ場が鍵に
――年齢による批判や差別をしないために、私たちが普段から意識することはありますか?
朴:年齢による偏見や差別を持たないためには、多世代交流などを通して、私たちが日頃から高齢者と接する機会を持つことが大切だと思っています。実際に、高齢者との接触が少ない学生よりも、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に住んでいる学生のほうが、エイジズムが少ないという研究結果も出ているんです。
他にも、LIFULLさんがつくった「年齢の森」(※4)という動画を通した、エイジズムの出前授業もとても効果があると思います。実際に動画を担当した方から聞いたのですが、出前授業をしてから、小学校の先生が「先生はもう年だから」と発言したら、子どもたちから「先生、それはエイジズムだ!」と指摘されたそうなんです。
子どもたちも楽しく学ぶことで、エイジズムに直面した時に「あ、これはエイジズムだな」というのが判断できるようになる。「エイジズムというのは年齢差別だから、したらいけない」と言ったら、差別をする人間にはなりたくないので、みんな真剣に話を聞いてくれるんです。
また、大学で学生にエイジズムについて講義しグループワークをしましたが、それを地域の方とも一緒にする活動をしております。その際に、大学生が「高齢者は電子決済が苦手そう」という話を持ち出すと高齢者の方から「違うよ。私、電子マネー使ってるよ」などの話になります。この例から、自分たちが考えていることが思い込みであったことに気付き、年齢だけでは判断できないことを体験できるんです。
このように、日常生活で高齢者などの多世代と接する機会を持つこと、またエイジズムについて学ぶ場を持つことが、エイジズムを解決するためのキーになると思っています。
※4「年齢の森」はこちら
▼関連動画はこちら
「もう年だからできない」とか「あの人は高齢だから無理」と、無意識のうちに自分自身や他者の挑戦に蓋をしていることもあります。エイジズムは高齢者だけでなく、あらゆる世代が当事者です。年齢による偏見や差別を乗り越えるためには、まずはさまざまな世代の人と接したり、またエイジズムについて学ぶ機会を持つことから始めてみませんか。
取材・執筆:村上亜耶
撮影:越智祐樹
新見公立大学地域福祉学科講師。博士(社会福祉学)。誰もが対象になりうるがあまり知られていないエイジズム(ageism)について、多くの人に知ってもらうため日本映画を対象に研究。著書に『日本映画にみるエイジズム』(法律文化社)などがある。また、大学生と一緒にエイジング教育について考える活動を展開している。
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