「能力は年齢に左右される」、なんてない。見えない差別「エイジズム」について専門家に聞く

朴 蕙彬(パク ヘビン)・吉岡 崇(よしおか たかし)

近年、年齢に基づく固定観念や差別「エイジズム」が注目を集めています。多くの人に身近な「年齢」というテーマに私たちはどう向き合っていくべきなのでしょうか? LIFULLでも、この「エイジズム」をテーマに動画「年齢の森」を制作しました。同プロジェクトに携わった吉岡崇(LIFULL)と、新見公立大学地域福祉学科講師・朴蕙彬(パクヘビン)先生に、エイジズムの現在とこれからを語っていただきました。

「能力は年齢に左右される」、なんてない。見えない差別「エイジズム」について専門家に聞く|LIFULL STORIES

あなたにとって「年齢」とは何ですか?

「若いんだから」「この歳になって」といった言葉は日常でよく耳にします。しかし、他人のことを知ろうとする時、自分の行動を決める時、「年齢」だけで判断してしまっていいのでしょうか。

年齢に基づく固定観念、偏見または差別のことを「エイジズム」といいます。そしてこのエイジズムは人種差別や性差別といったほかの差別問題と比べ認識しづらく、世界中で多くの人が無意識のうちに「年齢」の呪縛に苦しんでいます。職場や学校といった日常の中で、私たちはエイジズムとどう向き合い、行動していくべきなのでしょうか。

多様な人やその生き方をサポートしたいという想いのもと「しなきゃ、なんてない。」というメッセージを掲げている株式会社LIFULL(以下、LIFULL)は、年齢の多様性への理解を深めるための動画「年齢の森」を制作。この動画を通じて、エイジズムへの気づきを学ぶ研修を企業や学生向けに実施しています。

この記事では「年齢の森」プロジェクトマネージャーの吉岡崇(LIFULL)が、同プロジェクトの監修を務めた新見公立大学地域福祉学科講師・朴蕙彬(パクヘビン)先生にインタビューを実施。エイジズムの現在とこれからについて語り合いました。

LIFULL制作、朴蕙彬監修のドキュメンタリー映像「年齢の森 - FOREST OF AGE -」

「高齢者は弱々しい」「若者は未熟」は本当か? 多くの人がとらわれる「エイジズム」とは

吉岡:朴先生、本日はよろしくお願いいたします。改めて「エイジズムとは何か」というところから教えていただけますか?

LIFULLコミュニケーショングループ 吉岡崇

朴:はい。エイジズムとは、年齢に対するステレオタイプや偏見と、それに基づいた差別を含めた態度という総合的な概念です。「高齢者だからこの仕事は無理だろう」というふうに年齢で能力を判断したり、年齢にまつわる冗談を言ったりすることが例として挙げられますね。

新見公立大学地域福祉学科講師 朴蕙彬

吉岡:先生は、エイジズムを研究される中で「映画」を対象にしていらっしゃいますね。

朴:はい。多くの人にエイジズムについて知ってもらうために、日本映画における高齢者の表象からエイジズムの出発点ともいえる高齢者ステレオタイプを研究しています。

それこそ、2022年に公開された日本映画『PLAN 75』は「満75歳以上の人が自ら生死を選択できる制度が施行された近未来の日本」を描くという、エイジズムを色濃く扱った映画でした。年齢によって命の線引きをするというのは、人権問題にほかならない。ある種「究極のエイジズム」を描いた映画だと思うので、ぜひ多くの人に見てほしい作品です。

吉岡:なるほど。私もLIFULLの活動としてさまざまな学校や企業で研修や授業を実施する機会があるのですが、ほとんどの人がエイジズムについて「知らなかった」「初めて聞いた」と話されます。日本での認知の低さは課題の一つだと感じます。

朴先生の著書『日本映画にみるエイジズム』(法律文化社)も拝読し、多くの気づきを得ました。例えばテレビを見ていても、アニメやお笑いといったポップカルチャーの中で「老人は弱々しい」「若者は未熟」といったステレオタイプが溢れていますよね。

朴:そうですね。エイジズムは高齢者がその対象になりやすいですが、例えば若者の真剣な悩みに対して「まだ若いのだから気にしなくていい」などと言ってしまうなど、若者がエイジズムの対象になることもあります。それはつまり、どんな世代の人も「エイジズムに気づくことができていない」という点は共通しているということ。すべての人が、年齢への既成概念を取り払い、相手と向き合っていく必要があると感じています。

「老害」という言葉に表される、日本のエイジズムの現状。ほかの差別よりも深刻と言える理由

吉岡:日本社会ではエイジズムが多く見られるのにもかかわらず、約8割の方がエイジズムを知らないという状況ですが、日本はエイジズムが特別深刻な国と言えるのでしょうか?

「エイジズム」に関する調査、全国18歳以上の男女2,000名、2021年6月、LIFULL調べ

朴:私が日本でエイジズム研究を始めた時、意外だったことがあるんです。それは、日本では高齢者が思ったよりも敬われていないということ。

日本や韓国といった東アジアの国では儒教などの社会文化的な背景もあり、年功序列や年上が絶対といった価値観が存在します。だから、日本でも高齢者が尊重されているのだろうと考えていました。しかし実際には、「老害」という言葉も生まれるほど若い世代が高齢者を敵視する状況だったのです。

その背景には、日本は超がつく少子高齢化社会だという事実があります。人口における高齢者の割合が増え、社会制度や法律で世代間の不公平感が感じられるようになった。メディアなどによって世代同士の対立構造が煽られたことのインパクトも大きく、必要以上に「年齢」で敵味方を判断する風潮ができてしまっていると感じます。

吉岡:なるほど。人種やジェンダーといった問題には意識的に取り組む人が多くなった中で、年齢への固定観念が見過ごされやすいのはなぜなのでしょうか?

朴:ある論文では、人の脳が何かを判断する時、無意識に「これまでの経験」に頼っていることが要因のひとつだと指摘されています。他者を判断する時の「楽な基準」として、年齢を使ってしまっているのです。さらに、それまでの人生で「⚫︎歳くらいの人がこのくらいの能力を持っていた」という経験があったら、それを新たに出会った人にも当てはめてしまう。社会全体がそうなので、それが当たり前のように受け入れられているのかもしれません。

朴:この現状に対しては、圧倒的に議論の場が足りていないと感じます。学校や職場などで「“老い”とは何か?」という話がされてこなかった。これを変えていくべきだと感じています。

ビジネスシーンにおけるエイジズムの現状

吉岡:おっしゃるとおり、企業などビジネスの場でもエイジズムへの議論が不足していると感じます。ビジネスシーンにおけるエイジズムの現状について、さらに詳しく教えていただけますか?

朴:そうですね。例えば企業が自社をアピールするために制作したCMや広告を見てみると、たいてい若い役者が起用されていて、高齢者が主人公の場合が少なかったり、あったとしても比較的若い方の高齢者だったりすると感じています。それに、特に日本ですと、求職者が提出する履歴書に必ず年齢を書く欄があります。これも、エイジズム蔓延の一例ですね。経営者にとっては「健康かどうか」「長く働けるか」などを見るための基準だと思うのですが、個人の能力を年齢で判断できるかは疑問です。

吉岡さんは実際に企業への研修も行っていらっしゃいますが、その現場ではどんな声がありますか?

吉岡:そうですね、企業の担当者さんに「年齢の多様性やエイジズムについて何か取り組みをされていますか?」とお聞きすると、「定年後に再雇用するシニア制度を設けています」とおっしゃることがほとんどで、エイジズムについての取り組みはあまりないのが実情だと思います。

吉岡:さらに現場レベルの声ですと、管理職をされている方から「年上の部下とどう向き合うべきか悩んでいる」というお話を伺うことが増えました。単純な年功序列での評価制度は徐々になくなり、能力を評価されて若い人が管理職に抜擢され始めている一方で、年齢にとらわれない上司・部下の関係をどう構築していくかという問題が出始めている。これは当事者間だけでなく、会社や社会全体で体系化していく必要があると感じています。

朴先生としては、企業はエイジズムについてどう考えていくべきとお考えでしょうか?

朴:日本ではもともと、「会社が定年まで面倒を見る」という終身雇用が根底にあり、それを前提に制度が作られてきました。でもそれって、いまよりも平均寿命が大幅に短い時に制定されたものなんですよね。

具体的にどう見直していくべきか、というのはすぐに提示できるものではありませんが、高齢者の体力や働くことへの意欲といった実情、当事者の声を吸い上げながら、話し合い、模索し続けていくことが重要なのではないかと思っています。

エイジズムは人とその立場、見方によって変わる。これからの社会が持つべき向き合い方

吉岡:エイジズムに向き合う環境を作るために、話し合いの場を増やし、模索し続けることが大事。朴先生のお話を聞いて、改めて強く感じました。朴先生は普段大学でエイジズムについての講義もされていらっしゃいますが、学生からはどんなリアクションがありますか?

朴:先ほど「高齢者と若者の対立構造がある」という話をしましたが、学生からはやはりその観点での当事者の声が多く聞かれます。特に近年はコロナ禍という大きな出来事があり、「若者が外で活動するからウイルスが拡散される」といった批判があった。もちろんきちんとルールを守っている若者も多くいた中で、「若い」というだけでバッシングされる状況になったんです。

このように、エイジズムはどの世代も被害者にも加害者にもなりうる。そこがこの概念をとらえづらくしている要因です。時に、自分自身でさえエイジズムの対象になり得ます。それを認識することが重要ですね。

吉岡:そうですよね。私も、学校でエイジズムについての出前授業を行うことがありますが、ある小学校で授業を実施した数日後に、その学校の先生が子どもたちの前で何気なく「先生はもう歳だから」と発言したことがあったんだそうです。すると子どもたちに「この前の授業で『年齢を理由に諦めちゃダメ』って教わったよ!」と言われたんだとか。この話を伺って、子どもの意識の変化に驚きました。

LIFULLが埼玉県の中学校で実施した出前授業にはNHKの取材が入り、若い世代への啓発が必要という文脈で番組で紹介された。

朴:そう、高齢を理由に何かを諦めたり、逆に若さを理由に「まだ早い」と自己判断したりするのは「自分に対するエイジズム」。そのことが、LIFULLさんの取り組みで浸透していっているのは素晴らしいですね。

さらに言うと、エイジズムは人の立場や見方によって変化します。例えば、近年は「高齢者は運転免許を返納すべき」という声がよく聞かれますよね。しかし、私が住む岡山県のような地方都市ですと、車を運転しないと生活が成り立ちません。仮に「⚫︎歳以上は全員返納」などとしてしまうと、その人の生きる術を奪ってしまうことになりかねない。確かに高齢者の運転による痛ましい事故のニュースは絶えませんが、「年齢」という数字だけですべてを決めてしまうことは避けるべきなのです。

何がエイジズムで何がそうでないかは、一つひとつのケースで違ってくる。だからこそ、個々人がつねに「自分も年齢に対する偏見や固定観念を持っている」と認識し、周囲と話し合える環境を作っていくことが大切なのです。

私たちは、昨日よりも1日歳を取る。朴先生が語る多様な「老い」の考え方

吉岡:この記事を読んで初めてエイジズムを知った人や、エイジズムについて考え、取り組んでいきたいと感じた人も多いと思います。最後に、そうした読者にメッセージをいただけますか?

朴:私がエイジズムについて教える時、まず初めに言うことがあります。それは、「私たちはみんな、昨日よりも1日“歳を取って”いる」ということ。これを聞くと、みなさんハッとされるんです。1日生きるということは、1日老いるということ。私たちは、「老い」についてもっと考えるべきです。

エイジズム、つまり年齢による差別や偏見は、突き詰めて考えると「生きること」そのものへの否定につながってしまう。年齢を理由にさまざまな権利を奪うことは、生きる権利を奪うことにつながっていくかもしれない、という危機意識を共有できる社会になってほしいと思います。

そのためには、みなさん一人ひとりが当事者意識を持つことが重要。「歳を取った自分」は他人ではなく、同じ自分です。世代間で分断された考えを持つのではなく、地続きとしてとらえて、みんなで語り合う機会を少しでも増やしていきましょう。

私たちはロボットではない。「60歳になったら⚫︎%筋力が衰える」なんて決まっていないんです。多様な歳の取り方がある。それを知り、話し、発信しあえる社会を作っていきましょう。

年齢に関する固定観念にとらわれ、他人や自分を縛り付けてしまう「エイジズム」。高齢者だけではなくあらゆる世代の人に関係のある課題であることを自覚し、一人ひとりが当事者として話し合うことの重要性を改めて学ぶことができた対談でした。

朴先生に監修していただいたLIFULLのドキュメンタリー動画「年齢の森」でも、そのことを感じていただけるはずです。

対談の中でも触れていますが、LIFULLでは企業や学校に向けてエイジズムに関する研修・出前授業を実施しています。内容は、「年齢の森」の動画を起点にスライドを使ってエイジズムについて知る座学と、自分たちの身の回りにあるエイジズムについて参加者同士で考えるワークショップで構成しています。少しでもご興味を持たれた方は、ぜひお問い合わせください。(LIFULL・吉岡)

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最後に、朴先生は動画を通じて、次のような気づきがあったと語ります。

出演してくださった方の中に『もう歳を取りたくない』とおっしゃっている女性がいるのですが、撮影時たまたまその方がお誕生日だったそうで。サプライズで花束を渡されると、とても喜んだんです。それだけ、『年齢』は多面的なとらえ方ができるということ。年齢や老いを意識的に考えていくことで、少しずつ社会が変わっていくのではと思います。(朴)

取材・執筆:犀川及介
撮影:服部 芽生 ほか

「能力は年齢に左右される」、なんてない。見えない差別「エイジズム」について専門家に聞く|LIFULL STORIES
Profile 朴 蕙彬(パク ヘビン)・吉岡 崇(よしおか たかし)

朴 蕙彬
新見公立大学地域福祉学科講師。博士(社会福祉学)。誰もが対象になりうるがあまり知られていないエイジズム(ageism)について、多くの人に知ってもらうため日本映画を対象に研究。著書に『日本映画にみるエイジズム』(法律文化社)などがある。また、大学生と一緒にエイジング教育について考える活動を展開している。


吉岡 崇
LIFULLの企業姿勢を伝えるコンテンツ開発・コミュニケーション設計を行っているコミュニケーショングループに在籍。エイジズムをテーマにした「年齢の森」を始め、「ホンネのヘヤ」や「うちのはなし」などさまざまな社会課題に光をあてたコンテンツのプロジェクトマネージメント、プランニングを担う。企業への研修や学校での出前授業では、企画・制作、講師を担当している。

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