障がいがあるからおしゃれを諦めなきゃ、なんてない。
「福祉×オシャレで世の中を変える」をモットーに、福祉業界で多彩な活躍をする平林景さん。自身が立ち上げた発達障がいのある子どものための放課後等デイサービスを運営する傍ら、2019年には「一般社団法人日本障がい者ファッション協会」を立ち上げ、性別や障がいの有無、年齢にかかわらず全ての人がはけるボトムス「bottom’all(ボトモール)」を開発。自らのSNSでその着こなしを発信し、中にはいいねが7万を超える投稿もあるほど多くのファンを持つ。次なる目標は障がいのある人のパリコレクション進出だと宣言する彼に、福祉業界の既成概念や障がいへの偏見をどんなふうに乗り越えてきたのか、伺った。
「福祉」や「障がい」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべるだろうか。つらそう、暗い、かわいそう……口には出さずとも、そんなイメージを持っている人も多いかもしれない。しかし、自身のデザインした「bottom’all」をさっそうとまとう平林さんは、そんな福祉のマイナスイメージを一瞬で吹き飛ばしてしまうパワーを持っている。
国の調査によると、日本の身体・知的・精神障がいのある人は1000万人を超える。(※1)つまり、国民のおよそ7.6%の人がなんらかの障がいを有しているということだ。障がいや福祉は自分には関係のないことだと感じている人もいるかもしれないが、人生で一度もそういった人との接点を持たない人の方が、もしかすると少ないのではないだろうか。
平林さんも、若いときは「福祉」や「障がい」には接点がなく、全く興味がなかったという。そんな彼がなぜ、「おしゃれ」の力で世の中の偏見や福祉業界の“おかしな当たり前”を覆すアクションを次々と起こすようになったのか。そして、彼が目指しているのはいったいどんな未来なのだろうか。
(※1)出典:内閣府|障害者の全体的状況
世間が“障がい”というものにふたをしているように感じた
小さい頃からおしゃれが好きで、高校生のときにはすでに美容室に住み込んで働いていたという平林さん。「美容師を目指した最初の動機は、モテたいからだったんですよ!」と笑いながら話す。
「思春期の頃は、福祉や障がいには一切縁がなかったです。当時、福祉に対してはあまりおしゃれなイメージは持っていませんでした。一番興味のない世界だったと言ってもいいかもしれませんね」
そんな彼に転機が訪れたのは、学校法人で美容の教師をしていた頃。身近にいた発達障がいを持つ人と接する中で感じた課題とともに、福祉業界に足を踏み入れることになる。
学習障がいやADHD、自閉症スペクトラムなどの発達障がいのある子どもたちは、能力の凸凹が大きいのが特徴だ。例えば、多くの子どもが30分程度で終えられる宿題を、読み書きに障がいのある子どもでは3時間近くかかってしまうこともある。一方でそういった子どもたちは、興味のある分野や、好きな作業に対しては一般の人以上の集中力や能力を発揮する傾向が強い。
当時の療育(※)では、そういった子どもたちの「苦手なこと」に着目し、少しでも改善する(凹を引き上げる)ことを目的とする指導が主流だった。しかし、本当に必要なのは、彼らの持っている「凸=得意なこと」を伸ばすことなのではないか。そう考えた平林さんは、勤めていた学校法人で、子どもたちの長所を伸ばすことに特化した指導を行う個別学習塾を新規事業として立ち上げた。数年後には独立し、同じように発達障がいのある子どもたちのための放課後等デイサービスを関西で立ち上げ、現在も運営を続けている。
「独立して施設を立ち上げるとき、障がいのあるお子さんのお母さん方に、『どんな施設だったら子どもを通わせたいですか?』と聞いて回ったんです。そうしたら、みなさんそれぞれ表現は違えど、『明るく華やかで、未来を感じられるような場所に通わせたい』という共通の思いがあることがわかってきたんです。実は、それは僕もいろんな施設を見学していく中で感じていたことでした。
当時は療育の施設って、雑居ビルの奥とか、すごく殺風景で古めかしい場所にあることが多かったんです。それを見て、なんというか……世間が“障がい”というものにふたをしているように感じてしまったんですよね。
だから僕は、“障がいがあるから通わなければいけない施設”ではなく、“障がいがあるからこそ通える施設”を作りたいと思いました。健常の子どもが通いたいと思っても、『ゴメン! ここは障がいのある子しか通われへんのや!』って言えるようなね(笑)。そしてそのためには、施設自体が飛び切りおしゃれである必要があると思ったんです。だから、今までそういった施設で使われてこなかった鮮やかな色を使ったり、全体的にカラフルになるように工夫したりと、施設のデザインにはめちゃくちゃこだわりました」
※療育(発達支援):障がいのある子どもやその可能性のある子どもに対して行う、個々の発達の状態や障がい特性に応じて、今の困りごとの解決と、将来の自立と社会参加を目指した支援。
福祉業界の既成概念、「福祉はチャラチャラしちゃいけない」⁉
しかし、「子どもたちのために飛び切りおしゃれな施設を作りたい!」という平林さんの思いを福祉業界の人に話すと、この業界の根強い既成概念にぶつかったという。
「僕が構想中の施設の企画書を他の福祉施設の人に見せると、『施設のデザインのことなんか考えてる暇があるんだったら、中身の療育をもっと考えるべきだ』と言われてしまったんです。でも、冷静に考えると、その意見は根本的にズレていると思いませんか? だって、その理論を飲食店に当てはめると、「料理がおいしいレストランはおしゃれじゃなくてもいい」っていうことになってしまいますよね。でも、実際は逆の場合が多いと思います。むしろ、本当においしいレストランはお店の装飾や盛り付けといった細部にまでこだわり、料理の味以外の部分でお客さんの高揚感や期待感を高めるのも大事なサービスとして考えている。それは福祉施設も全く同じことだと思うんです。
そういうデザイン面での工夫に否定的な意見が出てきたのは、『福祉はおしゃれしちゃだめ』とか、『福祉は明るくしちゃだめ』といった、福祉業界の既成概念に縛られてしまっていたからだと思います。福祉はチャラチャラすんな!みたいなね(笑)」
そんな福祉業界からのきつい風当たりとは裏腹に、新しく作り上げた施設をオープンすると、「こんな施設を待っていたんです!」という歓迎の声が多くの人から寄せられた。
「オープンしたばかりの施設を見て感動で泣き始めるお母さんもいましたし、見学に来た人はみんなあぜんとしていましたね。さらに、福祉業界の中からも『自分もこんな施設が必要だと思ってたんですよね!』と言ってくれる人がたくさん出てきたんですよ。みんな、なんとなく福祉業界の雰囲気に押されて黙ってしまっていて、声を上げてくれる誰かを待っていたんですよね」
マイナスをプラスにすることで、福祉や障がいのイメージを変えていく
そんな平林さんが、世の中のより広い偏見や固定観念をファッションで覆すために2019年11月に立ち上げたのが「一般社団法人日本障がい者ファッション協会」だ。立ち上げのきっかけは、現在出場を目標としている“パリコレ”について知人と話したことだったという。
「おしゃれの最高峰のパリコレですら、車椅子でのランウェイってしたことがないらしいんですよね。そこで僕は、そもそもファッションは『立位』で成り立つものだ、という偏見があることに気づいたんです。だから、車椅子の人のための服って、これまでになかったんだと。立位を前提として作られている服は、車椅子の人には着用しにくいし、座ったときに奇麗に見えるとは限らない。そして、そのせいで、おしゃれをしたいという気持ちを封印してしまった車椅子の人もいる。そんな話を聞いて、それがないなら自分が作ろう!と思ったんですよ」
では、実際どういったボトムスであれば車椅子の人でも着やすく、おしゃれになるのか。平林さんは教育大学の学生らと協力し、座ったままでもはくことができる「巻きスカート」という一つの答えにたどり着く。しかし、「スカート」というネーミングだと、一般的な男性がはくのには抵抗がある。そこで思いついた名前が、障がいのある・なし、年齢、性別に関係なく、全ての人がはけるボトムス、「bottom’all」だった。
「僕らは、『If(もしも)』というテーマでパリコレに出ることを目標にしています。これは、『もしも車椅子が当たり前の世の中だったら、どんなデザインが生まれていたのだろうか?』という意味です。
もし、僕たちみんなが車椅子を使っていたなら、そもそも車椅子のデザインは今と違ったかもしれない。もし、みんなが車椅子の世の中だったら、ジーンズも今のような形じゃなかったかもしれない。
例えば、座ったらプリーツが開いて柄が見えるデザインとか、座ったときに立体的になるデザインとか、『座って完成する服』っていくらでも作れるんですよ。座ったら後ろの方がシワになる男性のジャケットも、丈を短くしたら後ろがシワにならないし、足だってめっちゃ長く見えるんです!(笑)
そうやって、『If』を起点に視点を変えて何かを作り上げていくと、これまでと全く違うものが生まれる可能性がすごく高い。まだ世の中に生まれていないものっていっぱいあるんですよ。それをパリコレで最大限表現したい。
そして、そんなショーを見た人が、『車椅子カッコええ!』『俺も車椅子乗りたい!』って感じたとしたら、『障がいっていったいなんなんだろう?』っていう問題提起になると思っていて。少なくとも、障がいは『劣っているもの』とか、『かわいそうなもの』ではない、とみんなが思うはずです。そうやって、『マイナス』を『プラス』にすることで変えられる価値観があると思うんですよね。
僕にとってパリコレは『目標』ですが、『目的』ではありません。僕の目的は、障がいに対する世の中の偏見に対して、『それは今まで世の中の当たり前だっただけで、これからの当たり前は違うんだ』と示して、新しい世界をみんなに見せること。パリコレが実現した後の世の中を見てみたい。それが原動力なんです」
素敵な着物の全身はこちらからご覧いただけます。
世の中のあらゆる偏見を、一つ一つ変えていく
平林さんはこれからも、「おかしな当たり前」や「偏見」のあるところにどんどん切り込んでいきたい、と話す。
「僕のSNSの発信は、“男性のスカートはNG”という世の中の既成概念を壊すために始めました。『なぜスカートをはいているの?』とよく聞かれますが、僕は『福祉×オシャレで世の中を変える』と公言しているのに、身近な偏見も変えられないようではだめだな、と思っていて。その身近な偏見の一つが男性のスカート着用に対するもの。それを周りの人に『カッコええ!』と思ってもらえたとき、僕は初めて、世の中を変えられる力を持つのかなと思っています。だから、スカートは僕の戦闘服みたいなものですね!
また、最近では、制服のデザインが男女で分かれていて、選択の自由がないことに違和感を覚えています。去年くらいから、男性が女性のセーラー服を選べるようにはなったけれど、そもそも、誰でも選べるもう一つの制服の選択肢があればこの問題は解決すると思うんです。だから今は、障がいがある人でもない人でも、男性でも女性でも着られる新しい制服を作っています」
「障がい者雇用に関しても、現在の仕組みを変えていきたいと思っています。就労支援を受けて働く障がい者の多くは1ヶ月の給与が10万円未満で、中には1〜2万円の方もいます。実は『bottom’all』は、就労施設の障がいを持つ人たちが縫製しているのですが、パリコレに出てこの服の価値が上がることで、“職人”として彼らが正当な対価を得られるようになってほしい。そうしたら、“障がいを持つ人たちの給料は低い”というこれまでの常識を変えることができると思います。
これからも、活動を続けていく中で出合うであろう新たな偏見に切り込んでいって、価値観の置き換えを一つ一つしていきたいですね」
力強く、そしてワクワクと楽しそうに自身の夢を語る平林さん。「パリコレ、絶対に行くんで!」と断言する彼は、多くの人が実現不可能かもしれないと思ってしまうようなことでも、「有言実行」で絶対に実現させてしまう人なのだ。彼を筆頭に、私たちも「常識」だと思っていたことや「しょうがない」と思っていたことに目を向けてみることで、あらゆる固定観念に縛られている世界を少しずつ変えていくことができるのではないだろうか。
世の中は一人では絶対に変えられないから、周りの人を巻き込んで、みんなで完成形に近づいていきたい。そうやってみなさんと一緒に、世の中の偏見やおかしな当たり前を塗り替えていけたらいいな、と思っています
編集協力:「IDEAS FOR GOOD」(https://ideasforgood.jp/)IDEAS FOR GOODは、世界がもっと素敵になるソーシャルグッドなアイデアを集めたオンラインマガジンです。
海外の最先端のテクノロジーやデザイン、広告、マーケティング、CSRなど幅広い分野のニュースやイノベーション事例をお届けします。
1977年生まれ、大阪市出身。「福祉×オシャレ」で世の中を変える福祉業界のオシャレ番長。一般社団法人日本障がい者ファッション協会(JPFA)代表理事を務め、JPFA発信のX-styleブランド「bottom'all」を展開。2022年秋パリにて、車椅子でのファッションショー開催に挑戦中。
Twitter @tottolink
Instagram @kei.hirabayashi
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