インクルーシブとは? 障がい、性別、年齢など多様性を認め合う共生社会の実現

私たちが目指すべき社会に関して論じる際にキーワードとして必ず登場するのが「多様性」や「ダイバーシティ」(※)です。よく耳にはするものの、その意味については何となくしか理解していない人も多いのではないでしょうか?

ここでは、多様性を認め合う共生社会を「インクルーシブ」という別の切り口で、下記の4点を解説します。

  • 「インクルーシブ」「インクルーシブ社会」の意味
  • ダイバーシティ実現のため「インクルーシブ教育」を推進
  • 障がいがありながらも自分らしく生きる人たち
  • インクルーシブ社会実現に向けて行動する先駆者

※関連記事:ダイバーシティとは

「インクルーシブ」「インクルーシブ社会」の意味

インクルーシブ(inclusive)は日本語で「包括的(あらゆる要素をまとめて一つの大きなまとまりとして扱うさま)」を意味します。

※引用:実用日本語表現辞典

冒頭で言及した「ダイバーシティ」と似ているような意味ですが、具体的にはどのように違うのでしょうか?

どちらも多様性を認める点では共通していますが、「ダイバーシティ」がさまざまな背景や個性を持つ人を受け入れるのに対し、「インクルーシブ」はさらに受け入れた個性を認め、生かすことを含みます。そのため「インクルーシブ社会」とは、全ての人々がお互いを尊重し合い、共に支え合う社会とも言えるでしょう。

「インクルーシブ社会」は、文部科学省が提唱する「共生社会」とも重なる部分があります。共生社会に関して、文部科学省は次のように定義しています。

「『共生社会』とは、これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害(原文ママ)者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。それは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。このような社会を目指すことは、我が国において最も積極的に取り組むべき課題である」

※引用:文部科学省「1.共生社会の形成に向けて」

上記の内容を確認すると、文部科学省が提唱する共生社会は、主に”障がい者”との共生にフォーカスしているのが分かります。それに対し、インクルーシブ社会は、さらにさまざまな違いを受け入れます。

インクルーシブ社会は、社会に暮らしにくさを感じている障がい者だけではなく、体の不自由な高齢者や、国籍や宗教、自らの性的指向が周りと異なることで悩んでいる社会的マイノリティーも含みます。マイノリティーの人たちが社会から「排除」されないようにするためにも、インクルーシブ社会は、バリアフリーの考え方をさらに進め、社会的マイノリティを積極的に受け入れていこうとする社会を目指します。

このように、インクルーシブとは社会や組織のあり方を表す際に使用されます。他にも、ビジネスや教育、福祉のシーンなどでも使われます。

ダイバーシティ実現のため「インクルーシブ教育」を推進

子どもたちは学校という社会を通じて、他者に対する接し方を学び、身に付けていきます。そのため、多様性を認め合う社会を実現する上では、子どもたちへの学校での教育が重要となってきます。

従来、障がいがある子どもたちは、特別な学校、特別な学級に在籍して、他の子どもたちと異なる環境で教育を受けることが原則でした。しかし、日本では2007年に学校教育法が改正され、「特殊教育」から一人ひとりの教育的ニーズに応じた適切な教育を実施するための「特別支援教育」の推進という方向に舵が切られました。その背景には、障がい者の権利保護に対しての、世界的な関心の高まりがありました。

2013年度からは、日本は共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進を強化してきました。文部科学省は、障害者の権利に関する条約に基づく「障害のあるものと障害のない者が可能な限り共に学ぶ」というインクルーシブ教育システムの理念が重要であるものの、その構築のためには特別支援教育を着実に進めていく必要があると考えているのです説明しています。しかし、2022年9月に国連の障害者権利委員会からこの考え方を是正するように勧告が出されています。

また、日本のインクルーシブ教育は「障がいがある子どもとの共生」だけにフォーカスされがちですが、前述したようにインクルーシブはより幅広い違いを包括しています。そのため、障がいがある子ども以外にも、文化や言語、国籍、民族などの違いを受け入れ、共に社会の一員として暮らすための考え方を育てようとするのが、本当の意味でのインクルーシブ教育と言えるでしょう。

2016年4月1日には、障がいを理由とする差別の解消を推進することを目的とした法律「障害者差別解消法」が施行されました。この法律のポイントは、障がいのある人への「合理的配慮」が求められるという点です。これは、役所や事業所に対して、障がいのある人から社会の中にあるバリアを取り除くために何らかの対応を必要としている、という意思が伝えられた時には、均衡を失したまたは過度の負担を課さない範囲で対応することを求めるものです。

※出典:内閣府「障害を理由とする差別の解消の推進(障害者差別解消法)」

例えば、障がいのある人がコミュニケーションできるように、手話、点字、拡大文字、筆談、身ぶりによるサイン、触覚などさまざまな手段で意思を伝えることが含まれます。また、車いすの人が施設の建物に入るのが難しい場合は、スロープに誘導したり、車いすを持ち上げたりする対応が必要です。

障がいがありながらも自分らしく生きる人たち

インクルーシブ社会に向けて、政府もさまざまな取り組みをしていますが、「法律で決められたから障がい者を受け入れなければならない」という考え方では、本当の意味で多様性を認め合う社会を実現するのは難しいでしょう。

障がい者であるかどうかということよりも、個人として相手に向き合い、尊重する気持ちを持ち、相手を受け入れることが大切なことです。

ここでは、障がいがありながらも周りのサポートや理解を受けて、自分らしく生きる人たちを紹介します。

西村大樹さんは、小さい頃からスポーツが大好きでしたが、障がい者ゆえに「危険だから」「責任を取れないから」と周囲からの決め付けに押しつぶされ、やりたいことができない悔しさを感じてきました。それでも諦めず、軟骨無形成症患者としては日本初の体育教師の教員免許を取得、また結成したダンスユニットでは全国3位に。現在ではプロのダンサーとして活躍しています。

真壁詩織さんは、脳機能にある問題ゆえに、聞こえた音声を言葉として識別する作業が困難になるAPD(聴覚情報処理障害)と向き合いながら、教師として活躍しています。宮城教育大学在学中にAPDとの診断を受けた後、自分の障がいについて周囲の人たちに伝え、「APD説明書」を作成してサポートをお願いするようにしました。真壁さんは「まずは工夫しながらやってみる。それでも駄目なら『胸を張って』助けを求めよう。助けてもらった分、違うところで誰かの力になれればいい」と語ります。

かんばらけんたさんは、先天性二分脊椎症という重度の障がいがあります。専門学校を卒業して、日本ヒューレット・パッカード株式会社に入社し、システムエンジニアとして働く傍ら、車いすダンサーとして2016年にリオデジャネイロパラリンピックの閉会式に出演。2017年には、東京都の大道芸ライセンス「ヘブンアーティスト」にも合格しました。かんばらさんは、「僕は、できることはできるし、できないことはできない。車いすダンスに関しては、できること」と話します。

これらは一例に過ぎませんが、障がいがある上で活躍している人は決して少なくありません。

インクルーシブ社会実現に向けて行動する先駆者

日本社会と障がい者の「間」には、意識や価値観のギャップのようなものがあります。それらを取り除くことが、インクルーシブ社会の実現に向けて必要になってきます。その壁を打ち壊そうと取り組んでいる人たちがいます。

森下静香さんは、1996年より「たんぽぽの家」で障がいのある人の芸術文化活動の支援や調査研究、アートプロジェクトの企画運営、医療や福祉などのケアの現場におけるアート活動の調査を行っています。森下さんは障がい者とのかかわりを通じて、「障がいのあるなしに関わらず、誰もが社会に参加したいという気持ちを持っていることに気付いた」と語ります。だからこそ、一人ひとりに合った仕事をつくることが必要で、地域社会で必要とされる多様な仕事を生み出せたらという思いで、活動に取り組んできました。

松田崇弥さんは、障がいのある人が描いたアートをデザインに落とし込み、プロダクト制作・販売や企業・自治体向けのライセンス事業を行っています。松田さんが共同で立ち上げた会社「ヘラルボニー」は障がい者の特性を「異彩」と定義し、「異彩を、放て。」をミッションに掲げています。「『かわいそうだから支援してあげよう』ではなく、障がいのある方の可能性を純粋に感じてほしい」と松田さんは語ります。

平林景さんは、一般社団法人日本障がい者ファッション協会(JPFA)代表理事を務め、JPFA発信のX-styleブランド「bottom’all」を展開しています。平林さんの目標は、パリコレクションでの車いすショーの開催です。このショー開催の目的は「障がいに対する世の中の偏見に対して、『それは今まで世の中の当たり前だっただけで、これからの当たり前は違うんだ』と示して、新しい世界をみんなに見せること」だと、平林さんは力強く語ります。

まとめ

社会は、障がい者を含めた多様な人たちで構成されています。私たちは目の前の相手を「障がい者」「外国人」「高齢者」といった枠でカテゴライズしてしまう傾向があります。しかし、大切なのは、相手がどんな属性や背景があったとしても、まずは、その人自身を理解しようとする姿勢です。それを阻む「心の壁」を取り除くことから、インクルーシブ社会は始まるのではないでしょうか。

監修者:大内 進
星美学園短期大学日伊総合研究所客員研究員、独立行政法人国立特別支援教育総合研究所名誉所員。専門は、視覚障害教育、イタリアのインクルーシブ教育等。近著として、『イタリアのフルインクルーシブ教育――障害児の学校を無くした教育の歴史・課題・理念』他、多数の著書がある。

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