2026/09/10公開
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差別をガマンしなきゃ、なんてない。-社会学者・上野千鶴子が体現する、ルッキズムとエイジズムに「声を上げる」生き方-

2000年代より「生きづらさ」という言葉が社会に浸透した。生きづらさには、個人の特性や生育環境等の内在的要因によるもののほか、社会から向けられる視点による差別等の外在的要因による生きづらさがある。後者については、人は幼い時から外見により序列化され、老いては身体能力や自立した生活を失う点をマイナス評価されることにより、生きづらさは形を変えて一生続く。

多くの人が経験するルッキズム(外見による差別)とエイジズム(年齢による差別)による生きづらさについて、社会学者・上野千鶴子氏さんに疑問をぶつけてみた。

社会学者・上野千鶴子さん

「可愛い!」「そんな年には見えません」。

私たちは、外見に向けられる言葉に一喜一憂するが、自分もまた他者に対して同様の声かけを行っている。社会的動物である限り、私たちは他者の視線にさらされる運命であり、評価され続けるものなのもしれない。

しかし、その評価に傷つき、縛られている一面も忘れてはならない。若い頃は「美しさ」の尺度で評価され(ルッキズム)、年を重ねてからは「若さの喪失」により差別を受け(エイジズム)、「自分はダメだ」と思いこむ人もいるだろう。私たちの生きづらさは、他者の視線による序列化(ランクオーダー)によって形づくられているのではないだろうか。

社会学者・上野千鶴子氏とともに、他者の視線による二つの呪縛「ルッキズム」「エイジズム」にどのように向き合うか考えたい。

人の心の中を変えることはできなくても、『タテマエ』は変えることができます。社会運動の目的は、人の内面ではなく社会構造や法律・規範を変えることです。

ルッキズムの根源は、女性を評価する権利を持つと思いこむ男性の誤り

『人は見た目が9割』(新潮社、竹内一郎著)は、累計200万部以上売り上げるベストセラー。私たちは、かくも容姿に重きを置き、互いに評価し合う世界に生きている。「可愛い」「残念」等、容姿に向けられる、率直でときに辛辣な言葉に一喜一憂したことのある人も多いのではないだろうか。近年、外見至上主義・外見差別は「ルッキズム」と呼ばれ、多くの人が問題だと認識するようになった。

長年、家族社会学・ジェンダー論・女性学を研究する社会学者・上野千鶴子さんは語る。

「ルッキズムとは、女性の外見を評価する権利・権力を持っていると思いこむ男性たちが、女性を外見で序列づける差別観です。古くは『源氏物語』の雨夜の品定めの場面で描写されているように、関係性を持ったり、連れ歩いたりする女性の外見は、男性の仲間内での相互評価・承認において非常に重要視されています。つまり、 女性への評価は“見せびらかし”やピア(同じ立場の仲間)間での“序列付け”のツールとして機能してきたのです」

確かに、「一番可愛いのは〇〇」というように小中高生の会話からも見てとれるほど、外見による序列づけはあらゆる場所で行われている。

「ジェンダー心理学者である小倉千加子氏さんよると、『女性の思春期は、自分の身体に商品価値があると気づいた時に始まる』そうです。この考え方によれば、自分の身体に商品価値があると自覚すれば、3歳でも思春期だと言えます。実際、それくらい幼い頃から、『自分は外見によって判定される存在だ』ということを、女性は徹底的に学ばされるわけです」

外見による序列化に、強制的に組み込まれる女性たち。他者からの評価と序列化が、女性に及ぼす影響は深刻だと、上野さんは指摘する。

「ある調査では、『自分の外見に満足しているか』という問いに『YES』と答えた女性の割合は、1~2割。裏返すと、およそ8割の女性が自分の外見に不満を持っており、外見で評価されることに苦しんでいます」

さらに、株式会社博報堂が日本国内在住の女性1,034名を対象に実施した「女性の外見とのつきあい方とルッキズムに関する意識調査(※)」では、15–74歳女性の63.0%が「もしできるならルッキズムをなくしたい」と回答している。特に10代は73.5%と、多くの女性がルッキズムをなくしたいと考えていることが分かった。

※博報堂「博報堂 Woman Wellness Program」https://www.hakuhodo.co.jp/news/newsrelease/118189/

ルッキズムによる影響は低年齢にも及ぶ、と上野さんは警告する。

「序列化によって“美しさ”が画一化されることで、その“美”にあてはまらない自分はダメだ、と思いこんでしまう人が生まれる恐ろしさがあります。『テレビに出ている人はみんな二重だから』と、小学生の娘さんからプチ整形をしたいと言われて困っている母親もいます」

筆者も、小学生の娘のプリクラが、元の顔が分からないほど大きな二重の目、長いまつげ、細い顎に修正されているのを見て、「これが、彼女たちの求める『可愛さ』か」と衝撃を受けた。そして、自らに似た顔を別人のように修正されたことに、軽くではあるが自己否定されたようで複雑な気持ちになった。修正された顔は、友達全員が見分けがつかないほど似ており、美の基準が画一化していることを実感した。

「セクハラが議論になった時、『きれいだね、も差別なのか』、と男性からクレームが出ましたが、明らかに差別です。私の外見についてあなたに判定される筋合いはないし、そんな権利はあなたにはない。これは、その人の主観でモノを言うからではなく、画一化された美の基準に女性が強制的にあてはめられているという構造的な問題なんです」

社会学者・上野千鶴子さんこの取材の数日前に黄斑前膜症の手術を受けたという。少し腫れがあるからと眼帯を付けた状態で取材が始まった。

一方、ルッキズムの対象になっている男性が存在することについては、どのように考えればよいのだろうか。

「男性もルッキズムの対象になることはありますが、苦しんでいるのは圧倒的に女性が多いです。もちろん、“イケメン消費”をしている女性たちもいますが、興味深いのは彼女たちの中にはある種の“後ろめたさ”を感じる人がいること。これが男性ならば、女性の外見に評価を下して消費する際、後ろめたさを感じる人はほとんどいないでしょう。

また、女性に比べ、男性に対する評価軸は、外見以外にも、体力、スポーツ、仕事、経済力等多様です。しかし、女性の場合は、評価軸が外見に偏っていることが問題です」

昭和やバブル時代には、テレビ番組やミスコンテスト等、公の場において外見により序列をつける行為が当たり前に行われていた。しかし、多様性を重んじるSDGsが広まり、「ルッキズム」が2021年前後に辞書に収録されたことを契機にニュース等で扱われるようになり、社会問題として広く認識されるようになった。近年、雑誌やテレビから「ブス」「チビ」等、外見を差別する言葉が消え、SNSでもルッキズム発言への批判を目にする機会が増えている。

「暗黙のうちに行われてきた差別に『ルッキズム』という名前がつき可視化されたことで、私たちは『これは不当な差別だ』と言えるようになり、苦しむ人が声を上げられるようになりました。ボディポジティブという考え方も浸透し、肥満型のモデルやタレントも活躍しています」

老い衰えても差別される筋合いはない。エイジズムという生きづらさからの解放

年齢とともに生きづらさは変化するのだろうか。先ほど触れた「女性の外見とのつきあい方とルッキズムに関する意識調査(※)」においては、若い世代ほどルッキズムをなくしたいと考えていた。

「ルッキズムは、性愛・恋愛や主に異性愛市場での評価に基づくものです。ですから、女性の場合、妊孕(にんよう) 能力が無くなり、市場で商品価値が無いと見なされれば、ルッキズムの対象からは外れます」

年を重ねると、ルッキズムで苦しむ可能性は減る。しかし、別の生きづらさに苦しむこととなる。

「年をとると、若さに価値を置き、高齢者を『生産性が無い厄介者』と見なすエイジズムの対象になります。エイジズムは、性差別とは異なり、男女問わず誰もが避けられない差別です。とはいえ、女性の加齢恐怖は強いですね」

頬杖をつく社会学者・上野千鶴子さん

特に日本では、「若さ」の価値が高く評価されている気がする。例えば「美魔女」や「JK(女子高生)」がある種の付加価値を持ち、世間の注目を集めたように。

「40~50代の美魔女がもてはやされるのは、異性愛市場での商品価値を失いつつあるけれど、まだ現役感を漂わせていると思わせるためです。これは、彼女たちが70代以上になれば成り立たないでしょう。

また、JK等に関連する少女フェチは、若さと性的に未経験であることに価値を置く日本で顕著に見られる傾向です。

日本特有という点では、日本語の言語構造自体がエイジズムと結びついています。相手に対して敬語か、タメ口かを使い分けるには、とっさに相手の年齢や社会的立場を判断しなければなりません。そのため、年齢による序列化がいっそう重要な意味を持つのです」

序列化は、相手との関係を判断するための生物としての本能なのかもしれない。だとすると、差別する心は完全には無くせないのでは? 人は、理性で差別を抑えるしかないのだろうか、と懐疑的になる筆者に、上野さんが指摘した。

「あらゆる生物が、互いを序列化し、マウンティングをとりあうので人間もその一種だというのはかなり偏った考え方だと思います。動物学者のコンラート・ローレンツも、動物は利他性と攻撃性の両方を持っていると言っています」

では、エイジズムに対抗する方法はあるのだろうか。2025年、上野さんは『アンチ・アンチエイジングの思想-ボーヴォワール『老い』を読む-』を刊行し、エイジズムへの態度について記している。

「エイジズムに対する態度は2パターンあります。ひとつは、『自分は、まだまだ若い』と老いを否定する態度。これは、さらに年老いて心身の自由がきかなくなり、フレイル状態(年齢とともに筋力や心身の活力が低下し、介護が必要になりやすい、健康と要介護の間の虚弱な状態)に陥った時にそれを精神的に受け容れにくいという問題があります。ふたつめは、『衰えて何が悪い』と老いによる変化を受け入れる態度。

この2パターンは、セクシズムに対抗する態度と同じ構造です。ひとつは、『男のやることは女にもできる、差別しないで同等に扱え』という男女雇用機会均等法的な考え方。ふたつめは、『殴られたら殴り返せないかもしれないし、子どもを産む前後はハンデを負うかもしれない。だからと言って差別されるいわれはない』。

私が著書をとおして伝えたかったのは、『老い衰えて自立を失っても、不当に差別される筋合いはない。弱いまま、尊厳を持って生ききられる社会が必要』だということです」

人の心は変えられなくても、声を上げて『タテマエ』を変え、社会を変える

最近は、メディアで白髪を隠さない女優に好感の声が寄せられる等、老いをめぐる反応に変化を感じることが増えている。

75歳以上に焦点をあてた映画『PLAN75』は上野さんに強い印象を与えた。舞台は、75歳以上の人が自分の死を選択する権利を与えられる国の政策、「プラン75」が施行された近未来の日本だ。

「高齢女性が主役の映画に倍賞千恵子さんが出演し、大画面で縮緬じわそのままで老いを演じる姿は圧倒的でした」

笑顔で話す社会学者・上野千鶴子さん眼帯が寂しい印象にならないようにウィンクしている目を描いたと笑う。

ルッキズムやエイジズムに限らず、世の中は確実に変わってきている。

「人の心を変えることはできなくても、『タテマエ』は変えることができます。社会運動の目的は、人の内面ではなく、社会構造や法律・規範を変えることなんです。教育で変えることができるのも『タテマエ』です。セクハラだって、法律が制定される前は、職場の潤滑油だと当然視され、多くの被害者が耐えてきました。セクハラは、もともと海外からフェミニストが持ち込んだ言葉ですが、1989年に流行語大賞になったり、1998年の男女雇用機会均等法改正により世の中が変化しました。

痴漢も同じです。『痴漢は犯罪です』というポスターを東京の地下鉄で見た時には感動しました。犯罪になったからといって痴漢はなくならないけれど、やって当然と思ってやるのと、やってはならないと思ってやるのとでは、大違いです 」

エイジズムをめぐる変化に関しては、団塊世代(1947-49年生まれ)全員が後期高齢者になったことが大きい。

「団塊世代のモノ言う高齢者が増え、社会構造が変わりました。当事者が自己主張するから、社会が変化するんです。性暴力も、LGBTQも、障害者も、黙っていたら変わりません。周囲が配慮して、差別を失くしてくれるなんてありえませんよ。ルッキズムやセクシズムも、当事者が声を上げて差別に名前が付いたから、当たり前だったことが当たり前じゃなくなったんです」

社会を変えるには、主張し、世間から叩かれ、また主張するという粘り強い繰り返しが必要。上野さんは、介護の専門家・小島美里さんとの共著『おひとりさまの逆襲』を刊行したが、そのサブタイトルは「“物わかりのよい老人”になんかならない」。まさに主張する高齢者である。

「若い世代にとっては、私たちは面倒な世代かもしれませんが、団塊の世代が闘い、時代を切り開いて権利を獲得してきたのは確かです」

加齢はメンタルにプラス。経験により物の見方が複眼化し、生きやすくなった

ところで上野さんは、自身の老いをどのようにとらえているのだろうか。

「英語で若者のことを“promising(将来がある)”と形容しますが、反対に、年をとって高齢になるとは、将来がなくなっていくことです。私自身も、人生のカウントダウンが始まっています。ちょうど今、手術後の眼帯をしていますが、こんなふうにボディの部品も次々に故障していくわけで、以前できたこともできなくなってきます。身体能力は20代をピークに下降する一方ですし、不便で不自由なことも増えてきます」

目を閉じる社会学者・上野千鶴子さん「写真で眼帯をしているところを見せちゃうと心配されるかもしれないけれど、これも老いていくということ。受け止めます」。

私たちは老いのマイナス面を見てしまいがちだが、上野さんによると良い点もあるという。

「年齢を重ねて良かったか、と聞かれるとYes&Noですね。特にメンタル面は、私は年をとって本当に良かったと実感しています。というのは、明らかに生きやすくなったからです。まず、忍耐強くなったので、いろんなことを受け入れやすくなりました。そして、他人にも自分に対しても寛大になりました。この変化を、『上野さんも丸くなった』という人がいるけれど、丸くなったというより、成熟したと言いたいですね。同様に『お変わりありませんね』と言われるよりは、少しでもマシになりましたね、といくつになっても変化に目をとめてもらいたいです」

舌鋒鋭い論客というイメージの上野さんだが、若い頃をこう振り返る。

「若い時の自分を突き動かしていたのは、怒りや邪気です。年齢を重ねて邪気が脱けて、“無邪気”になりましたね。様々な経験をして、世の中はこんなふうになっているんだ、人間って愚かだな、と分かってきました。相変わらず許せないこともたくさんありますが、人生はこんなものかな……と、ストレスが軽減され、明らかにポジティブな効果を感じています」

現在、上野さんを動かすものは何なのかを聞いてみた。

「まだ怒りも原動力になっていますが、若い人たちと一緒に、誰も思いつかないことを企画するのは面白いですね。テクノロジーがどんどん発達しているので、海外の人と新しい形で交流したり、オンラインの可能性を探ったりして活動を広げています」

一方で、年をとると視野が狭くなったり、頑固になったりするというイメージを持つ人もいる。筆者自身も、年々頭が固くなってきたような気がするのだが、上野さんはどのように考えているのだろうか。

「多様な経験により、物の見方が複眼化してきているので、私は『高齢者は頑固』だと思いません。知識や経験により想像力が働き、少数者への配慮もできるようになります。むしろ、若い人たちは経験が少ない分、視野が狭く、思い込みが激しいんじゃないでしょうか」

確かに、上野さんの話を聞くと、老いてゆくのも悪くない、と思える。むしろ「老い」は、評価・序列化から解放され、しなやかに生きる術を身に付けるチャンスではないだろうか。

当事者が自己主張するから、法律や社会構造が変化するんです。性暴力も、LGBTQも、障害者も、黙っていたら変わりません。周囲が配慮して、差別を失くしてくれるなんてありえませんよ。

暗黙のうちに行われてきた差別に名前がつき可視化されたことで、私たちは『これは不当な差別だ』と言えるようになり、当たり前だったことが当たり前じゃなくなったんです。
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取材・執筆:岡本聡子
撮影:阿部拓郎

社会学者・上野千鶴子さん
Profile 上野 千鶴子

富山県出身。社会学者、東京大学名誉教授、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)顧問理事。著書に『家父長制と資本制』『近代家族の成立と終焉』『生き延びるための思想』(以上、岩波現代文庫)、『おひとりさまの老後』(法研/文春文庫)、『ケアの社会学』(太田出版)、『女の子はどう生きるか』(岩波書店)、『挑戦するフェミニズム』(江原由美子との共編著、有斐閣)、『当事者主権 増補新版』(中西正司と共著、岩波新書)などがある。

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