“美しいが善し”、なんてない。
「ちょうどいいブス」のキャッチフレーズで人気の芸人、相席スタートの山﨑ケイさん。小学生の頃から読んでいた少女漫画で繰り広げられるような恋愛に憧れるものの、現実はそうではなかったことから、「容姿」について意識し始めたのが中学生のときだったという。2018年には初のエッセイ集『ちょうどいいブスのススメ』を出版し、反響を呼んだ。ルックスをネタにすることが炎上すらする時代の中で、どう自分の立ち位置と向き合ってきたのか――。“美しいが善し”とされるルッキズムの価値観について、改めて考察する。
言葉一つで、炎上する時代になった。「モテない美人よりモテるブス――」山﨑さんが著書『ちょうどいいブスのススメ』で発信したフレーズは、容姿に自信のない女性がいったん自分をブスと認めた上で、内面やオシャレなどで愛される魅力を高めようという“ポジティブなワード”のはずだった。しかし「女性蔑視」「女性の自己肯定感を下げるもの」として、自分をブスと認めることそのものも許されない意見が飛び交ったのだ。人は、どんなに頑張っても生まれ持った外見は変えられない。「女性はみんな美しい」という言葉でひとくくりにするのは、0か100かという価値観に偏ってしまいがちだ。大切なのは「自分の心の居場所を見つけること」だと言う山﨑さんに、「ちょうどいいブス」の持つ本当の意味を伺った。
「ちょうどいいブス」は居場所を見つける言葉だった
容姿について意識し始めたのは、中学生だった。小学生の頃から読んでいた少女漫画に出てくるような“キラキラした恋愛”は、当たり前のように自分にもやってくると本気で思っていた。でも、現実はそうじゃなかった。まわりが恋愛を楽しんでいる頃に、自分はその輪の中にいなかったのだ。
「私は特別かわいいかわいいと言われて育てられたわけでもないんですけど、一人っ子で姉妹もいなかったので、比較対象が周りにいなかったんですよね。だから、美人とかブスという概念すら自分の中になかったんです。でも思春期になって、恋愛市場の中心に自分がいなくて。いいなあと思う男子はいたんですけど、ある日好きな人から告白されるようなキュンキュンするシーンは当時、経験できませんでした。そこで初めて、ブスとまではいかないですけど『あ、自分は美人側の人間ではないんだ』と気付いたんですね。
そこから少しずつ、自分の外見を理解してくるんです。例えば『あれ、人より顔大きくない?』とか、『内田有紀さんに憧れてショートヘアにしたけどなんか違うんじゃない?』といった具合ですね。世の中には人を傷つける心無い人はいるかもしれないけれど、私の生きてきた世界には私に対してブスなんて言ってくるような人はいなかったから、なんとなく自分で感じていくものでしかなかったですね」
自身の中に「ブス」というワードが芽生えたのは、芸人になった後のことだという。相席スタートとして活動を始める前に、女性とコンビを組んでいたときに言われた、先輩芸人からのある言葉がきっかけだった。
「自分たちとしては、美人ではないしブスでもない2人のリアルな面白さをネタにしたかったんですよ。ファストフード店とかで、隣で話す女の子たちから聞こえてくる会話がすごく面白いと感じていたので、そういうのを目指していたんですけど、全然ウケなくて。そんなときに先輩から、『お前らさぁ、美人でもブスでもない感じでやっているけど、ブスだぞ』ってはっきり言われたんですよ。普通だったら傷つく一言ですけど、芸人は特殊な世界ですからそのときは傷つかなかったですね。
そして別の先輩から『まあちょうどいいブスだけどな』って言われたときに、なんだか面白いフレーズだなと思って……ネットで調べたんですよ。そこには“酔ったらイケるという意味”と書かれていて、なるほどな!と思ったんです」
女芸人としてのアイデンティティを探していたときに出合った「ちょうどいいブス」という言葉。山﨑さん自身にとっては、ネガティブに受け止める言葉ではなかったのだ。
「ブス」という言葉が持つ女性蔑視のイメージとセルフプロデュース
メガネに巻いた長い髪。「ちょうどいいブス」をネタにしてから、キャラクターをブランディングし始めた。今まではっきりしなかった自分の心の居場所を見つけることができたという。
「自分の中でこれまで、今日はちょっとかわいいなと思う日もあれば、今日はちょっとブスだなと思う日もあって、どの姿勢で生きていけばいいんだろうと感じていたんですよ。かわいくないのにモテそうな服を着て……と私は思われたくなかったし、自分はどういう“カテゴリー”に所属していて、どういう服を着て、どんなふうに立ち回ったらいいのかがわからなかったときに、『ちょうどいいブス』と言われてふに落ちたんですよね。『そのポジションで生きていったらいいんだ』『美人じゃないけどイイ女で生きていけばいいんだ』と思えたことが、心地よかったんです。ちょうどいいブス、なんて言われて喜ぶ人は少ないかもしれないけれど、自分の容姿に自信がない人がいたとして、頑張ったらそのカテゴリーになら入れるかもって思えるのなら、それはポジティブなことですよね。
エッセイ集『ちょうどいいブスのススメ』は、そうやって誰かが前向きになったり、少しでも楽しんでもらえたりしたらいいなという気持ちで書き始めました。例えば、私は少しでも着痩せしたいので、『あの服装だったら痩せて見えるんだ』というリアルな努力を見せたかったんですね。世の中の恋愛などのハウツー本の中には、上目遣いをする小悪魔キャラがモテるなんて書かれたりしていますけど、私にはできないので(笑)。そうではなく『努力次第で無理なくできることってあるんだよ』ということを伝えるモテ本にしたかったんです。ただ、世の中にはいろんな受け止め方があることにも気付かされました」
ドラマ化もされた「ちょうどいいブスのススメ」。しかし、放送前に「女性蔑視に当たる」として炎上。タイトルが変更される事態となった。
「タイトルが変わったこと自体は、ショックはショックですよね。ただ、発信する側に立つ以上、想像もしないところから飛んでくる批判や意見があるということを、改めて知る機会にもなりました。それ以来、『ちょうどいいブス』というフレーズを私自身が使うことも減りましたね。
もちろん、女性に対してブスとののしるようなことがなくなる社会にすべきだとは思います。ただ、ブスという言葉がたとえ世の中からなくなったとしても、人によって容姿や外見はさまざまで、『自分の見た目は人よりもイケてないかもしれない』と思ってしまう人がいるだろうことは事実ですよね。『彼は私よりあの美人と話しているときの方が楽しそう』と感じる場面もあるだろうし、逆の立場に立ってみても、イケメンとイケメンじゃない人に対して全く同じ態度を取れるかといったら自信がないです。言葉にしなくても、感じてしまう場面ってあると思うんです。そんなときに自分なりの乗り越え方を見つけられたらいいなとは考えていますね」
大きな目や小さな顔、細身のスタイル……世間一般にいわれる“カワイイ女性像”。特に日本においては、そのルッキズムが顕著だ。
「欧米人で脚が細くなく、お尻が大きくても美しい方っていますよね。だから、外見って何だろうと思った時期はありましたよ。『顔なんて、皮一枚剝いだら一緒なのに』って。結論は出ない話なんですけどね。でも、仕事でも恋愛でも、かわいい子が得をすることは絶対あると思います。だけど、そんなの悔しいじゃないですか。顔そのものの違いは変えることはできないけど、何とか持っているもので前向きに戦いたい、と私は思っています」
最近は「ブス」をネタにするのをやめる女芸人も出てくるなど、笑いの潮流さえも変わりつつある。見た目を自らイジることについて、山﨑さんはどう考えているのだろうか。
「私は“ネタにしていい派”ですね。ブスという言葉を使うか使わないかの問題であって、見た目のイケてない女芸人が面白いことを言うから笑いが起きるわけじゃないですか。だから、言葉を使わなくても根幹は何も変わってないんですよね。例えば、千鳥の大悟さんだってコワモテの雰囲気だから面白いし、トレンディエンジェルの斎藤司さんだってハゲをネタにしていますよね。外見も含めたトータルでセルフプロデュースするのは自由だと思います。ただ現実的には、見てくださる方あっての芸人ですので、時代にそぐわないものは自然と淘汰(とうた)されていくのかな、と思います」
ポジティブに生きるために「価値観の選択肢」を
生きづらさを抱える人たちにとって必要なこと。それは、価値観の多様性だ。
「“女性はみんな美しい”という言葉に共感できて、それでポジティブになれるならとても素敵なことです。ただ、『どうしても自分はそう思えない』という人もいます。他にも、男らしさ・女らしさではなく“自分らしさ”がうたわれる時代になっていますけど、別にどれを求めていたっていいですよね。 “男の人のためにファッションを楽しむわけではない”というキャッチコピーを見かけたことがありますが、異性にモテるためのファッションをしたい人がいたら、それもいいじゃないですか。押し付けることが問題なのであって、好んで選択している人まで批判する風潮を最近感じます。『“男”とか“女”とか“美人”とか“ブス”とか全部なし! 私サイコーでいいじゃない!』という価値観を押し付けられると、私は逆に生きにくいです。自分が少しでも楽しく前向きに生活できる考え方を探して、選択していけたらいいのになと思います。
容姿に自信のない人はたくさんいると思いますが、その悩みの深さは人それぞれなので、簡単に『自信持って!』なんてことまでは言えません。だけど、ささいなことでもいいから自分の良いところに気付けたらいいですよね。私の場合は初対面ではモテないですが、『3回あったら魅力に気付いてもらえます』と自分に言い聞かせてきましたし、誰よりも努力していること、誰にも気付かれないけれど継続していること……そういうところを自分で見つけてあげられたら、自分のことを好きになるきっかけになるのではないでしょうか」
自分を好きになれないから悩んでいるのに、「もっと自分を好きになろうよ」と上っ面な言葉を押し付けられても苦痛でしかない。自分そのものを認めながら、ささいなことでも自分のいいところを見つけていくことが、生きづらさを解消するカギのようだ。
1982年、千葉県生まれ。2013年に結成されたお笑い芸人コンビ「相席スタート」のボケ担当。M-1グランプリ2016では決勝進出を果たし、ルミネtheよしもとなどの舞台で活躍。2018年に著書『ちょうどいいブスのススメ』を出版し、翌年にはドラマ化された。ニッポン放送「ザ・ラジオショー」、文化放送「卒業アルバムに1人はいそうな人を探すラジオ」などラジオパーソナリティーとしても活躍。2020年10月14日、自身のYouTubeチャンネル「相席YouTube」の動画にて、元吉本芸人で落語家の立川談洲と結婚したことを発表する。
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