障がい者の“親なきあと”のお金問題には選択肢がない、なんてない。 ―梶野雅章さんと紀林さんが考える、障がい者へのお金の残し方・守り方―

梶野 雅章(写真左)・紀 林(写真右)

今回登場する梶野さんは、“相続”を専門とする財務コンサルタントだ。彼には『資産5000万円以下のふつうの家族が、なぜ相続でもめるのか?』(クロスメディア・パブリッシング)という著書もあり、それは『ソーゾク 争族にならないための相続のススメ』という映画にもなった。

そんな梶野さんは、あるきっかけから、障がい者とその家族を対象とする「親なきあと財産管理サポート協会」を立ち上げる。相続の中でもとりわけ「障がい者への相続」のサポートに乗り出したのだ。

障がい者の“親なきあと”のお金問題には選択肢がない、なんてない。|LIFULL STORIES

「親なきあと財産管理サポート協会」は、ミッションとして「障がいのある子及びその兄弟姉妹が抱える、将来親が亡くなったあと(いわゆる「親なきあと」)のお金に対する不安を解消する」を掲げている。この協会と梶野さんは、その活動を通じて、茨城県を中心にユニークな障がい者グループホーム「キノッピの家」を運営する紀林(きの はやし)さん、そしてその現場を統括して紀さんを支える柳澤裕香さんとつながることになる。まずは梶野さんのご経歴と、「障がい者への相続」のサポートを始めるに至った経緯について伺った。

障がいがあるお子さんに相続する場合は、その子にちゃんとお金を渡すことを考えなきゃいけないし、逆に渡さないことを考えなきゃいけない場合もある

相続コンサルタント、ブラインドサッカーに出合う

梶野雅章さん(以下、梶野)「10年前、僕は30年間働いた信託銀行を辞めて地元の岡山に帰りました。私の親が80歳を超えたこともあり、これからの時代、相続で困る人がますます増えることもまた明らかでしたので、地元で相続のコンサルタント会社を立ち上げたのです」

梶野さんは、今は金融と相続の専門家だが、かつてはサッカー選手として活躍した人だ。このサッカーが意外にも、梶野さんを障がい者の相続の世界へと導くことになる。

梶野「私はサッカーが好きで、岡山大学でもサッカーをやっていました(ご自身は語られなかったが、当時岡山大学サッカーリーグで、得点王&ベストイレブンに輝いている)。だから岡山に帰ったらサッカーで恩返ししたいという思いもありました。そうしたらある時、視覚障がい者のサッカー、ブラインドサッカーのポスターが目に止まった。あの、ボールの中に鈴が入っていて、その音を聞いてプレーするサッカーです。

そのブラインドサッカーの、選手とサポーター募集のポスターが貼ってあったんです。『目が見えなくて、どうやってサッカーやるんだろう?』って、私には想像もつかなかったけれど、『これだ!』と思って、すぐに携帯電話で監督のところに電話して。もうその週の土曜日に岡山の盲学校で練習があるっていうんで体験で参加させてもらった。それが障がい者と触れ合うことになる最初のきっかけでした」

サッカーを通じて障がい者と出会った梶野さんだったが、最初は大いに戸惑ったという。

梶野「そのサッカーチームには、視覚障がいだけではなく、知的障がいとか精神障がいとか、いろんな障がいのある若い子たちがいました。だから最初は私、どう接すればいいんだか全くわからなかった。だけど何回か通っている内に『ぜんぜん普通でいいや』っていうことがわかってきたんです。面白いことしたら笑えばいいし、変なことしたら『ダメだよ!』って言えばいい。そう、普通に付き合えばいいんだ、ってわかりましたね」

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「私が死んだら、この子は……?」と相談されて

障がい者とのサッカーを続ける内に、梶野さんは障がい者家族の相続問題に遭遇することになる。

梶野「そこのメンバーの子の中に、重度の知的障がいのある娘さんがいらした。その子のお母さんはPTAの会長をされている方でしたが、あるとき私にこうおっしゃったんです。『梶野さんって、相続のお仕事をされてるんですよね。私が死んだら、この子がどうなっちゃうのか、とても不安なんです』と。『何か今から準備できることがあったら、教えてもらえませんか?』って。『あー、わかりました。じゃあやりましょう!』ってことで、PTAに勉強会をセットしてもらった。それが、障がい者さんとご家族の相続問題に出合った最初でした」

信託銀行に勤務していた時も、その手の話や相談がなかったわけではない。だが銀行側から見れば、相続人に障がい者がいる案件には何かとトラブルの可能性を感じて及び腰になり、積極的に相談に乗ることは少なかったのだという。だから独立した今こそ、と梶野さんは考えた。「相続人の中に障がい者がいる」案件に特化した活動をして、この方たちのお役に立ちたいと。

障がい者への相続は、心から信頼できる相手にしか任せられない

そんな思いから「親なきあと財産管理サポート協会」を立ち上げた梶野さんだったが、障がい者の家族から信頼され、腹を割って相談してもらうために、障がいのこと、障がい者のことは徹底的に勉強したという。

梶野「障がい者のご家族と話していて、『まさか梶野さん、ご家族に障がい者がいない、なんてことないですよね? いて話してらっしゃるんですよね?』みたいなことを言われたことがあって。いや1度や2度じゃないですよ。でもそう言われてみれば、日本全国で私と同じようなことをされている方って、皆さんご自身のお子さんが障がい者なんですよね。『私はただの元銀行員で相続のプロです』って言うと、『それじゃあ私の気持ちなんかわからないでしょ? 最後はお金を稼ごうとしているのでは?』という感じで。

そのとき痛感したんです。これは生半可な気持ちで行ったらダメだなと。命の次に大事な家族とお金の話に、さらに障がいという要素が加わるのだから、本当に覚悟を持って向き合い、信頼を勝ち得ないとやっていけないなと。だから僕はこの仕事を始めてから、障がいについては相当勉強しました」

誰にも負けないと自負していた金融と相続に関する知識・経験に加えて、障がいに関する知見も十分に身につけた梶野さんは、障がい者の親が絶大な信頼を寄せる存在になっていく。相談を受けるとまず「どんな障害で、今どのような状況か?」という聞き取りから始め、さらに「知的障がいなのか精神障がいなのか?」自閉症だが知的障がいもあるのかないのか?」精神障がいはいつ発病したのか?」どんな薬を飲んでいるのか?」日中の生活はどんな状態か?」といった問いを重ねる。

そんな梶野さんに親たちは、我が子の障がいへの理解を深めようとしていることを感じ取り、「あ、この人は分かっている、信頼できる」と感じるのだ。そして、そうなると今度は一気に、それまで積りに積もった親の不安が、梶野さんに向かって押し寄せてくるのだという。

梶野「だって、そんな話ができる相手なんて、他にいませんからね」

障がい者の“親なきあと”のお金問題には選択肢がない、なんてない。|LIFULL STORIES

それにしても、健常者への相続と障がい者への相続とでは、何が、どのように違うのだろう?

梶野「健常の人への相続っていうのは、財産を分けるところだけしっかりやっておけば、あとはもらった人が考える。だから相続対策としては、争わないようにすることと分配することがメインになるんです。一方、障がいがあるお子さんの場合には、その子にちゃんと渡すことを考えなきゃいけない。あるいは逆に渡さないことを考えなきゃいけない場合もある。

というのは、例えば一千万円の貯金や保険をいきなりもらっても、お子さんが全部使っちゃうこともあるし、詐欺に遭うことだってある。残し方とか渡し方まで、ちゃんと考えて準備しなきゃいけないというのが大きな違いですね」

そして梶野さんはやがて、この障がい者の相続問題を通じて、紀さんと出会うことになる。共通の友人が2人を繋いでくれたのだ(ちなみにその方も、ディスレクシア=学習障害の方だ)。

梶野「うちの事務局は今、僕の地元の岡山と、神戸と愛知と埼玉。そしてここ、紀さんの取手で5つ目なんですけど、今までの4つは、それまで相続ビジネスを営んでいた人が、障がい者の“親なきあと”の相談を始めた格好です。だけど紀さんのところは初めて、福祉の方から入って来られた。紀さんは、『うちにはもう“住まい”と“仕事”はある。だけど最後の大事な“お金”というピースが足りていない。その手立てがやっと見つかった。お金のことを任せられれば、親は本当に子どもから手が離せるから』って喜んでくれて」

8050問題と親なきあと問題を本当に解決するには「お金」相談も必要だ

相続に明るい財務のプロである梶野さんが、障がいと障がい者について徹底的に学んだのと同じように、今度は梶野さんと出会った紀さんが、障がい者の住まいと仕事に加えて、“お金”の問題について勉強することになる。それは、梶野さんが創設した「親なきあと資格制度」の資格取得を通して徹底的に行われた。

▼紀さんのストーリーはこちらからご覧ください

梶野「“親なきあと”の仕事を始めて7年くらい経った頃に、これは社会的に重要な課題だから、ちゃんとしたビジネスとして成り立たせなきゃいけないな、と思い始めたんです。それと、僕以外の“担い手”を育成しなきゃと。それで資格制度を作ることを思い立って、2年ほど前にスタートさせました」

梶野さんが創設した「親なきあと資格制度」には、上級スキル保持者に与えられる「親なきあと財産プランナー」と、初級・中級スキル保持者の「親なきあと財産アドバイザー」の2つの資格があるが、紀さんと柳澤さんも「親なきあと財産プランナー®」だ。

紀「勉強しましたよ、大阪まで行ってカンヅメになって。もうたいへんでした(笑)。僕としては不得意な分野ですけど、柳澤さんと2人で最後まで頑張り通しました」

障がい者の“親なきあと”のお金問題には選択肢がない、なんてない。|LIFULL STORIES

しかし、障がい者に“住まい”や“仕事”を提供し運営する多忙な紀さんや柳澤さんが、なぜさらに“お金”や“相続”のことまで?

紀「障がいのある方々に“住まい”と“仕事”を提供することはできていますが、それは親御さんと当事者が「自宅での同居を卒業して、地域での生活を始める」と意思決定してくれて初めて可能になることで、その前にこちらからご家庭に対して口を出すなんてできない。それがずっと歯がゆかったのです。子どもたちの生活を支援するだけじゃなく、親御さんの悩みを聞き、解決するという領域に入っていかない限り、8050問題や“親なきあと”問題は解消されないなと常々感じていました。そんな時に梶野さんと出会ったのです。彼の“当事者ご家族の、相続の悩みごと解決のコンサルティングサービス”は、一生涯付き合い続けることのできる相談窓口になる、うちにぴったりだなと」。

それにしてもこれらの課題は、弁護士をはじめとする士業の先生方、あるいは自治体・行政に任せるという手もあるのではないか?

紀「そういった相談をどこにしたらいいのか?親御さんたちにもわからないんですよ。役所に相談しようとしても、障がい者のご家族のお金に関する相談窓口はないですし、弁護士・税理士・行政書士などの先生方に聞いても障害福祉については素人なので面倒くさがられることが多い。福祉事業者は、福祉制度の使い方は教えてくれるけどお金の相談まではできない。だから、親御さんたちはモヤモヤの持って行き場がなくて不安だけ募って、無意味にずっと貯金だけ続けていたり、逆に子どもの貯金を使っちゃったりとひどい状況に陥ったりする。だからこそ僕たちがやらなきゃいけないなと」

福祉以外の人の力も取り込んで、福祉と地域経済を活性化したい

梶野「障がい者福祉に関わっている方々を見ていますと、福祉のことだけを勉強してきた人よりも、福祉以外の分野からビジネスとして入って来られた人の方がうまくいってることが多いように感じます。例えば『障がい者の作業所の工賃を上げたい』と思っても、ビジネスの経験がないと、なかなか商売として動かせないし、『儲けちゃいけない。ボランティア精神で頑張れ!』という思想が染み込んでいるからかもしれません。でも紀さんみたいな人は、儲けることで次につなげていく。この“事業の継続性・サステナビリティ”というのは、これからの障がい者福祉にとっても、極めて重要な概念なのではないかと私は思います」

紀「利益を出して、スタッフのお給料に、利用者さんの工賃に還元していくからこそ事業が継続していく。これは至極当たり前のことだと思います。そしてそれがしっかりできていけば、地域経済の活性化にもつながっていくはず。そうやって福祉が、地域経済になくてはならないプラットフォームになっていくといいですよね」

取材・執筆:宮川貫治
撮影:阿部拓郎

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Profile 梶野 雅章(写真左)・紀 林(写真右)

紀 林(写真右)
KINOPPI株式会社 会長。1976年、沖縄県生まれ。茨城県南で20棟以上の障がい者向け個別サポート付き住宅(サポ住®)を運営。2018年に合同会社キノッピカンパニー(現KINOPPI株式会社)を設立。2020年に「グループホーム キノッピの家」を開業し、2022年に会社勤めを辞め独立。同年、KINOPPI株式会社の会長兼CEOに就任する。2023年10月には戦略子会社として就労支援B型事業所・THE GOOD LIFE株式会社を設立。2024年3月には持株会社GOOD LIFE HOLDINGS株式会社を設立し、代表取締役に就任。2025年6月一般社団法人親なきあとサポート協会を設立、代表理事に就任。

――――
梶野 雅章(写真左)
相続診断士、家族信託コーディネーター、金融教育支援員。三井住友信託銀行で30年勤めた後、2017年に梶野相続サポート&コンサルティング株式会社を起業。2024年一般社団法人 親なきあと財産管理サポート協会を設立、総合的な「親なきあと」の財産管理サポート業務を確立した。

・親なきあと財産管理サポート協会HP:https://oyanaki.com/company/
・キノッピの家HP:https://kinoppi.co.jp/

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