結婚生活にはときめきが必要、なんてない。

宝塚歌劇団の男役として個性豊かな“おじさん”を演じ、脇役のトップスターに。退団後は一人の社会人として新たなスタートを切り、私生活では2021年に10年来の友人と結婚した天真みちるさん。交際期間を経ずに、いきなりの同棲スタート。“結婚の常識”に縛られない、ユニークな夫婦関係について話を聞いた。

天真みちるさん

「友達としては好きだけど、付き合えない」――。よく耳にするこの言葉は、もしかしたら結婚を自ら遠ざけるための言葉なのかもしれない。互いに恋愛感情を抱いていない二人が結婚を決めることは「友達婚」と呼ばれ、自然体の自分をさらけ出した居心地の良い関係性を築きたい人にはメリットが大きい。恋愛に苦手意識があり、友達婚を実践した元タカラジェンヌの天真みちるさんは、周囲から羨まれるハッピーな結婚生活を送っているという。

“ときめき”は、ない。けれどこの先何があっても一緒に居られる私の同志

宝塚歌劇団で磨いた“格好良さ”が恋愛の弊害に?

吸い込まれそうな大きくて澄んだ瞳に、屈託のない笑顔。撮影現場にもふらりと一人で現れる行動力と、飾らない人柄。男女問わず愛される魅力を放つ天真みちるさんだが、意外にも「恋愛は苦手で、一人が好き」と話す。

天真さんは2006年に宝塚歌劇団に入団し、花組に配属。華やかな世界で独自に極めた「おじさん役」とタンバリン芸を武器に、異色のタカラジェンヌとして注目を集めた。

宝塚歌劇団の男役は皆、観客を魅了する“格好良さ”を極めるため、仕草や姿勢、声色、ヘアメイクを研究する。それゆえに、天真さんは恋愛から縁遠い生活を送っていたという。

「周りを見渡せば女性の理想を体現した美しく格好良い先輩ばかり。街を歩く男性を見るとどうしても身なりが気になってしまうし、男性が車道側を歩くとか女性の荷物を持ってあげるという、いわゆる胸キュン仕草本当に苦手(笑)。私たちは何年もかけて男らしさや格好良さを研究するので、男性に付け焼き刃的な態度で来られると、『いや、そんなに簡単じゃないから』と、変なプライドが発動していたんですよね」

現役時代は仕事のことで頭が一杯、退団後は会社員として新たなスタートを切った。目まぐるしい日々を送っていた天真さんは、不器用な自分に恋愛は向いていないことを悟り、一度は結婚を諦めたという。

「結婚に対する漠然とした憧れはあったのですが、結婚に至るまでの過程を考えると気が重くて……。一足飛びで結婚したいのに、なんで恋愛を経なきゃいけないのか疑問でしたね。一人で生きていくことを決意して、マイホームまで購入しました」

そんな非恋愛体質の天真さんが旦那さんとの結婚を決めた理由は何なのだろうか。話は旦那さんとの出会いにさかのぼる。

デリカシーはないけれど……嘘偽りのない言動に興味津々

現役時代のある日、天真さんは宝塚の同期から食事会に呼ばれる。そこには、友人が一人も居ないという宝塚ファンの男性が居た。彼こそが天真さんの伴侶となることは、この日は夢にも思わなかった。

「かわいそうだから友達になってあげよう」の会。だが、結果的にその日集まった仲間の中で、本当に友人になったのは天真さんただ一人だった。その理由は――。

「彼は優しくて純粋であるがゆえに、本当にデリカシーがないんです。『僕は宝塚、特に娘役が大好きで心から応援したいと思っています! だから男役には興味ないんです』って、本当にキラキラとした笑顔で私の目を見てキッパリと言い放ったり、同期に向かって『あなたは娘じゃなくて女役(成熟した女性の役柄)じゃないですか~』って言ったり。

『随分にこやかに言うやん……本当にこの人、友達居ないんだな』って思いましたね。

そんな感じだったので、周りの友人がサーっと引いていくのが見えたんですけど、私は逆にそこが面白いなと思って、友達第一号になることにしました」

上辺だけの褒め言葉や仕草を見抜きがちな天真さんにとって、嘘偽りのない旦那さんの言動は新鮮に映ったのだろう。そこから10年間交友関係が続くが、恋愛感情はもちろんのこと、親友のような深い友情で結ばれていたわけでもなかったという。

まさに「一足飛び」。結婚に至った経緯を天真さんは振り返る。

「しばらく会わない時期が続いて、私が結婚を諦めた直後に旦那と再会しました。自分の中で気持ちの整理がついたので、彼の母親に生涯独身を貫くことを話したら『じゃあうちの息子はどう?』と猛プッシュされました。

彼は自分のことを『歩く結婚願望』と言っていたくらい、恋愛よりも結婚がしたい人でしたが、お見合いや紹介を受けても上手くいかなかったみたいなんです。そこに私が現れたものだから、彼もご両親もノリノリに。

最初は『こんな簡単に決めていいのかな……』と思いましたが、すぐに条件が合うなら別にいいかという気持ちになり、『試しに一緒に暮らしてみない?』と私から提案しました」

結果的にこの言葉がプロポーズの言葉になり、同棲を始めて約4か月後、2021年2月に二人は入籍した。

愛情ではなく「友情」がずっと続いている

当初の二人にとっての共通目標は「結婚」という事実を手に入れることだったという。

「ゴールが早く欲しいというか、結婚すれば両親が安心するし、周囲の圧力や心配の声がなくなると思っていました。結婚したことでやっと気が楽になれたので、旦那に対しては恋愛感情よりも『ありがとう同志よ』という気持ちが強いです。

二人ともきょうだいの真ん中っ子として育ったせいか、自由奔放で必要以上に相手に干渉しないので、今でも出会った頃の友人関係がずっと続いているようです。人によってはあまりに自由過ぎると『一緒にいる意味はあるの?』と思うかもしれませんが、私たちにとってはとても居心地が良いですよ」

はたから見れば特異な関係の二人。「友情」から「愛情」へ変わったタイミングはない。しかし、思えば最初からスペシャルな関係性だった。

「私が一緒に暮らそうと言ったのは、彼が積極的に行動を起こすタイプではないことがこれまでの付き合いで分かっていたから。私から言わないと先に進まないなと思ったので(笑)。実は私も今まで自分から誰かに『一緒にいてほしい』と言ったことはなくて、名指しされたから付き合わなきゃ、みたいな感じだったんです。

でも、彼にはごく自然に言えました。例えうまくいかなくても、何事もなかったように友達に戻れるという確信があったからです」

初めて自分から異性に起こしたアクション。だが、子どもの頃から男勝りな性格で、女の子扱いされるのが苦手だった天真さんには、「プロポーズは男性からすべき」という考えは微塵もなかったという。

「家事は全て旦那がやってくれます。友人からよく『夫が家事を手伝わない』とか、『もっと感謝してほしい』のような愚痴を聞いているので、自分への戒めにしています。毎日、小さなことでもありがとうの言葉を具体的に伝えますし、相手の様子がいつもと違ったら察するように心がけています。なんだか立場的には男女逆転しているみたいですね」

一度喧嘩をした時は、ぽろぽろと涙を流す旦那さんの肩を抱き、天真さんが「ごめんね」の言葉をかけたそうだ。宝塚仕込みの甘いささやきのお陰で無事仲直りができたという。

友人→夫へと関係性を変化させ、円満な夫婦生活を楽しむ「ひろくん」こと馬場寛之(ばば ひろゆき)さん

結婚してから味方の存在の心強さを感じる

恋愛のようなドキドキはなくとも、二人で居る意味はある。

「一緒に暮らし始めてからというもの、ご飯を食べながらテレビを観るとか、好きなものを共有するとか、日々の一つひとつのことに旦那が『幸せだなぁ』って言い出したんですよ。友達もつくらず、一人で生きてきた人なので(笑)、純粋に喜んでいる姿を目の当たりにして、私も忘れかけていた気持ちを取り戻しました。

仕事を終えて帰った時に、自分の味方が一人待ってくれていることは本当に幸せだと思うし、一歩踏み出す勇気になりますね。

それに、実は密かにキュンとしていることもあるんですよ。

誕生日当日は恋人同士で祝うもの、と考えている人は多いと思いますが、私は結婚して初めての自分の誕生日に友人と予定を入れていたんですよ。それで旦那に『友達との予定、変更しようか?』と聞いたら、「良いよ、そんなの~」って言われたんです。

あとは、私が努力しても全然仕事がうまくいかなかった時、慰めるどころか爆笑されて、気が抜けました。

いつも自分の想定外の反応をされるから、『こんなの初めて!』と思います。……他の人には全く理解されませんけど」

次々と繰り出される仲睦まじいエピソードに、友人からも羨望のまなざしが向けられているという天真さん。

他人になかなか理解されない価値観こそ、それに合致するパートナーと出会えたのは奇跡に近い確率だ。天真さんにとっての結婚は「暮らし」。パートナーに選んだのは、互いの自由を尊重でき、真っすぐな性格の友人。

同性パートナー、事実婚、女性が外で働き男性が家を守る、結婚しても子どもは求めない……など、時代とともに夫婦や結婚のあり方は多様化している。世間一般の“常識”に縛られて結婚に踏み出せない人は、自分の譲れないものは何かを考えるヒントにしてみてはいかがだろうか。

恋愛に重きを置く人にはピンとこないかもしれませんが、友情を持ったまま共同生活が続いていると、相手に期待しすぎず、「嫌われたらどうしよう」と考えることもありません。だけど、この先も絶対に一緒に居られるという確信があるのが「友達婚」。結婚生活に絆や親愛を求める人は一度視野に入れてみてもいいかもしれませんね。

取材・執筆:酒井理恵
撮影:大崎えりや

天真みちるさん
Profile 天真みちる

2006 年宝塚歌劇団に入団、花組配属。老老(若は皆無)男女幅広く男役を演じる。
また、タンバリン芸でも注目を集める。2018 年 10 月に同劇団を退団。2021年8月に「たその会社」設立。代表取締役を務め、「歌って踊れる社長」に。舞台、朗読劇、イベントなどの企画・脚本・演出を手掛ける傍ら、自身も MC や余興芸人として出演している。2021年に、宝塚歌劇団でのさまざまな体験を綴ったエッセイ『こう見えて元タカラジェンヌです』(左右社)を出版。2023年には待望の続編『こう見えて元タカラジェンヌです~遅れてきた社会人篇~』(左右社)が出版された。現在4刷が決定している。愛称は「たそ」。

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