広い家・たくさんのモノが「豊かさ」、なんてない。―モノを手放せば手放すほど豊かさに近づく? ミニマリストしぶのライフスタイル―
少ないモノで暮らすライフスタイル「ミニマリズム」。ミニマリストしぶさんは、その先駆者の一人であり、SNSやブログ、著書などでそのライフスタイルを発信してきた。「大きな家」「たくさんのモノ」が豊かさの象徴とされがちな現代において、本当の豊かさとは何なのか? しぶさんが考えるミニマリズムのライフスタイルの魅力を教えてもらった。
広さ15㎡前後の狭小物件に住む人々が増えている。国土交通省が定める「健康的で文化的」な最低居住面積水準が単身者で25㎡とされているのに対し、10㎡ほど狭い。かつては「庭付き・2階建てのマイホーム」を夢見る人も多かったはずなのに、いつの間にか流れは変化しつつあるようだ。とはいえ、やはり狭い部屋は不便なのでは?という疑問が浮かぶ。
今回話を聞いた、渋谷さんも家賃約2万円の小さな部屋に住んだ経験がある。できる限り家具・家電を減らし、少ない荷物で暮らすライフスタイルを送っている。暮らしの中での発見やアイデアを、ミニマリストしぶ(以下、しぶ)の名でブログやSNSで発信し、多くのファンを獲得してきた。
そんなしぶさんに、狭い部屋の魅力や、少ないモノで暮らすことで得られる「豊かさ」をテーマに語っていただいた。
自分を知る機会を与え、挑戦のハードルを下げてくれるミニマリズム
「冷蔵庫 なし」で見つけたミニマリストという暮らし方
現在はミニマリストとして注目を集めるしぶさんだが、もともとはミニマリズムとは程遠い生活を送っていたという。子どもの頃は比較的、裕福な家庭に生まれ、投資家の父と専業主婦の母、妹との4人暮らし。その後、しぶさんが中学3年生の頃に、両親が離婚し、母子家庭となった。
「幼少期は、庭付きの2階建ての広い家に住んでいました。4人で住んでいて、庭には収納用のコンテナが2つあったので、空間を持て余していました。その後、父が自己破産し、両親が離婚して、母子家庭になりました。今までよりも貧しいし、親も忙しい生活になったので、一気にモノが増えて部屋が荒れました。
『お金がないのにモノは増やせないのでは』と考えがちですが、今思うと『貧すれば鈍する』という状況だったんだなと思います。収入が減って、仕事の時間を増やさなければならず、家事をする時間は減り、ストレスも溜まって買い物が増えてしまう。そういった良くないサイクルができてしまうんだなと気付きました」
そんな生活の中でも、10代の頃は「いつかは自分も大学を卒業し、大企業に勤め、マイホームと車を持って……」と夢を描いていたというしぶさん。転機となったのは、大学受験の失敗と1人暮らしへの挑戦だった。
「進学校に通っていて、地元の国立大学に入学しようとしていたのですが、センター試験の時にインフルエンザになってしまって、受験に失敗したんです。経済状況的にも私立には行けず、浪人することになりました。どうせ浪人するなら、もっとネームバリューのある大学を目指そうと、自分でアルバイトもして東京の私立大学を目指しました。でも、あまり勉強に身が入らずにまた受験に失敗。
高校の時の友達はみんな学校に行っているのに、自分だけフリーターになってしまったんです。劣等感を覚えて、せめて自立したいと思い、1人暮らしをしようと決めました。収入も少ないし、高校の奨学金の返済もある中でどうしようと考えた時に、家具や家財を減らせばいいのではないかと思い、『冷蔵庫なし』と検索しました。それが、ミニマリストという言葉を知ったきっかけになりました」
初めての1人暮らしほど、少ないモノで始めればいい
交渉が難しい敷金・礼金などの代わりに、モノを減らし、コンパクトな家に住んで家賃を抑えるという作戦にたどり着いたしぶさん。「冷蔵庫なし」で生活する人が書いたブログを目の当たりにし、同じような生活を始めたという。
「冷蔵庫、洗濯機、テレビなどは買わずに、本当に最低限のモノだけをそろえて1人暮らしを始めました。実際にやってみると、初めて1人暮らしをする人ほど、モノが少ない生活がおすすめだと思いました。ベッドやソファ、冷蔵庫、テレビなどの大型家具・家電は値段も高く、処理も難しいので一度買うと手放しづらい。かといって大きな面積を取るので中途半端なものを買うのも嫌だ。だから、初めての時ほど、本当に必要なものから少しずつ買っていくのがいいんじゃないかなと思うんです」
当時、しぶさんが暮らしていた部屋は家賃わずか1万9,000円の6畳の部屋だ。この暮らしはしぶさんにどんな変化をもたらしたのだろうか。
「自分が本当にやりたいことにチャレンジできるようになりました。当時の生活費は、家賃を含めても1カ月で6万円程度です。収入も年間100万円あるかないかくらい。それでも暮らしていけるということがわかったので、バイトを無理やり詰め込まなくなりました。月の半分くらいの時間を自分の好きなように使えるようになった結果、ブログを運営したりして、今やっているようなフリーランスの仕事を獲得できたんです。独立というとすごいことのように聞こえるかもしれないけれど、暮らしにかかるお金を減らせば、時間ができて、自分で仕事を生み出せるようになるんです」
手元に残すのはお金・時間・楽しみを生み出してくれるモノ
家賃が抑えられるというメリットはもちろんのこと、それ以外の観点からもしぶさんは狭い家に住むことを推奨している。
「狭い家は、効率的です。広さも部屋数も少なければ、掃除にかかる時間や、電気代などを抑えることができます。それに、小さな部屋に住むことによって、逆説的にモノが増えなくなるというメリットもあります。モノを置けるスペースが限られているので、半強制的に片付けや断捨離ができるようになります。最近では、東京都内でも、4畳半専門のマンションやアパートが増え、すぐに満室になるそうです。小さな部屋は駅の近くなどにも造りやすいので、仕事を頑張っている社会人の方にも良い選択肢の一つではないでしょうか」
そんなしぶさんは現在は福岡で生活している。今までに1人暮らししてきた部屋の中では最も広い部屋だというが、それでもモノは少ない。現在の家にあるのは、寝具、洋服、椅子、パソコン、スマートフォン、カメラ、ドラム式洗濯機、掃除ロボット、プロジェクターなどだ。モノを減らすプロのしぶさんは、手元に残すモノをどのように選んでいるのだろうか。
「基準は3つあって、お金・時間・楽しみを生み出してくれるモノです。お金であれば、僕はスマホやパソコンなどの仕事道具にはお金をかけています。これらは、さらにお金を生み出してくれるモノなので、最新のものを買ったりもします。
時間に関しては、ドラム式洗濯機やお掃除ロボットが当てはまります。時間のゆとりを大事にしているので、こういったモノは手元に残します。逆に冷蔵庫やクーラーは時間のゆとりにはあまり関係がないので持っていないんです。
そして、楽しみはプロジェクターです。よく『趣味のモノはどうしていますか?』と聞かれるのですが、趣味のモノまで減らしてしまったら意味がないなと思っています。例えば、自炊がものすごく好きな人が、料理の道具を減らしたところで楽しくは暮らせないですよね。僕の場合は映像鑑賞などが好きなので、天井埋め込み型のコンパクトなプロジェクターを持っています」
ミニマリストになって気付いた本当の「豊かさ」とは
ミニマリストになろうとしたら、今持っているモノを手放したり、あるいはこれから買うモノを深く吟味する必要がある。しぶさんは、すでに10年近くのミニマリスト生活を送る中で、これこそがモノが少ないことによってもたらされる「豊かさ」だと気付いたという。
「ミニマリストになる前は、もっと広い家に住みたいとか、あれが欲しいこれが欲しいと考えていました。でも、モノにあふれた状態から、いろいろ手放して、最後に残ったモノが自分にとって大切だったんだなと気付きました。モノを減らすことって『究極の自己理解』だと思うんです。
例えば、服を手放す時にはなんでこれを手放すんだろう?と考えるんです。体形に合っていなかった、本当は大して欲しくなかった、セールに流されて買ってしまった、色が奇抜で似合わなかった、とかいろいろな理由が浮かびます。それを繰り返すうちに自分にとって何が必要で何が要らないのか、価値観が見えてきます。
だからこそ、最後に残ったものを本当に大事にしようと思えるんです。自分が本当に大事にしたいものや好きなものに集中したり、熱中できる今の状態は、ミニマリズムによってもたらされる『豊かさ』だなと感じています」
多くのモノを手に入れたり、広い家に住むことは、一般的には「幸せなことだ」「それこそが豊かさだ」と考えられがちだ。しかし、しぶさんが言うように、自分の価値観に向き合い、本当に大切なものに集中できる状況こそが、本当の「豊かさ」なのかもしれない。
取材・執筆:白鳥菜都
写真:ミニマリストしぶ 提供
福岡県北九州市出身。ミニマリストとしてYouTube等のSNS発信の他、ブランド「less is_jp」のデザイナーとして活躍。著書に『手ぶらで生きる。見栄と財布を捨てて、自由になる50の方法』(2018年)、『手放す練習 ムダに消耗しない取捨選択』(2022年)がある。
Twitter @minimalist_sibu
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