身体的制約のボーダーは超えられない、なんてない。―一般社団法人WITH ALS代表・武藤将胤さんと木綿子さんが語る闘病と挑戦の軌跡―
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の進行によりさまざまな身体的制約がありながらも、テクノロジーを駆使して音楽やデザイン、介護事業などさまざまな分野でプロジェクトを推進。限界に挑戦し続けるその姿は人々の心を打ち、胸を熱くする。難病に立ち向かうクリエイター、武藤将胤(まさたね)さんとその妻、木綿子(ゆうこ)さんが胸に秘めた原動力とは――。
国内に約1万人の患者がいるといわれるALS。徐々に身体機能が衰えていくため、当事者は「今日できたことが明日もできるとは限らない」とその恐怖を語る。2014年にALSの診断を受けた将胤さんが壁にぶつかるたびに突破口となったのは「テクノロジー」の存在。一つひとつ困難や限界を乗り越える挑戦の日々について聞いた。
ALS患者の目耳手足になるテクノロジーは、
こんなにも人生を豊かにする
残された時間は、ALSの未来への希望をつくり出すために
なぜ、自分なのか。俺の人生はここで終了なのか――。
2014年に筋萎縮性側索硬化症(ALS)の診断を受けた直後、頭が真っ白になり、どん底に落ちた気持ちだったと振り返る一般社団法人WITH ALS代表の将胤さん。
ALSとは、脳の神経に異常が起こって発症し、徐々に筋肉が衰えていく病気だ。手足の筋力低下、嚥下障がい、呼吸困難などの症状から始まり、その結果手足が痩せていく。一方、五感(視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚)や記憶、知性を司る神経には障がいが起こりにくいのが特徴だ。
原因不明で治療法が確立されていない「指定難病」の一つであり、全国で約1万人の患者がいると言われている。
「ALSになったことで、改めて有限な時間を突きつけられた感覚がありました。自分の残された時間を何に費やすべきか、診断を受けた帰り道に必死に自問自答したんです」
原点回帰してたどり着いた答えが、将胤さんが学生の頃から掲げてきた人生のテーマ「クリエイティブの力で、社会を明るくするアイデアを形に」。この目標があったからこそ、もう一度前を向いて挑戦することができたという。
「ALSが治る未来のために、アイデアを形にする時間に費やすことが、1番後悔のない自分らしい生き方だと気付づけたのです。以来、闘病を続けながらさまざまなテクノロジーを駆使し、音楽、ファッション、イベントなどさまざまな分野でクリエイターとして活動。さらに当事者の発想を活かして、2019年から吸引・経管栄養などの医療的ケアを伴う『重度訪問介護事業所 WITH YOU』の経営も手掛けています」
おしゃれも妥協しない。プロデュースするファッションブランド、『01』(ゼロワン)は、「障がいの垣根を越えて、すべての人が、快適にカッコよく着られる服。」を目指す。取材時には、お気に入りの赤のスニーカーで登場。
枠にとらわれず、さまざまな挑戦を続ける将胤さん。だが無情にも、病気の進行は彼を待ってはくれない。
「活動を進めていく中で、身体的な制約が増え続けていくのはとても辛かったです。特に2020年の1月に手術の影響で完全に肉声を失い、コミュニケーションが自由に取れなくなった時は1番苦労しました」
ALSは進行性の病だが、比較的最後まで動くのが「視線」と言われる。そこで将胤さんはロボット開発を手掛けるオリィ研究所とともに、視線入力と自身の合成音声を掛け合わせた新しいソリューション「ALS SAVE VOICE PROJECT」を企画。
ALS患者が声を出せるうちに自分の声をアプリに読み込ませて合成音声を作成しておき、目の動きにより文字の入力や読み上げができる「OriHime eye」と組み合わせることで、本人が話しているようにコミュニケーションがとれる仕組みだ。
視線入力装置やスイッチを使って文章打ち込んで、読み上げることが可能。インタビュー時も、質問を受けてスムーズに視線入力で回答されていた。
「ALS患者の約半数の方が何らかのテクノロジーデバイスやツールを活用しています。僕は当事者としてツールの研究開発から取り組み、テクノロジーの力と共に困難を乗り越えてきました。そのパートナーが、2016年に共通の友人から『気が合いそうだから』と紹介されたオリィ研究所所長でロボット開発者の吉藤オリィさん。僕たち二人は昔から『テクノロジーの力で、ALSや 寝たきりの方のライフスタイルをもっと明るくできる』と確信しており、根底のマインドが似ていると出会った当初から感じていました。今では互いの会社の顧問になるなど、さまざまなプロジェクトを一緒に形にしてきた盟友です」
2022年11月には、距離や身体的問題を越えたコミュニケーションを可能にする分身ロボット「OriHime」と脳波を掛け合わせた1日限定ポップアップイベント『01BRAIN ROBOT STORE』を開催。将胤さんが脳波で分身ロボットを操作し、訪れた人々を接客した。
『01BRAIN ROBOT STORE』を1日限定でオープン。将胤さんが脳波で分身ロボットを操作し、接客する世界初の挑戦だった。
「ALS患者が最も恐怖を抱いている症状に、視線さえも動かせなくなるTLS(完全閉じ込め状態)という段階があります。僕にもTLSの症状に苦しんでいる仲間がいますが、僕たちにとっての最後の希望が脳波によるコミュニケーションなんです。
そこで、WITH ALS、電通サイエンスジャムの2社がタッグを組み、2018年より研究開発に取り組んでいます。脳波テクノロジーと分身ロボット、AIなどさまざまなテクノロジーを掛け合わせることは、単に失った身体機能を補完するだけでなく、身体拡張により健常者にも真似できない新しい身体表現を作れる可能性を秘めているのです。
ALSの未来の希望をつくり出すため、ワクワクしながら 研究開発に取り組んでいます。例えば9月に開催する『Brain Body Jockey Project KICK-OFF GIG』といイベントでは、僕が視線入力装置を使ってDJをしながら、 脳波で5体のロボットアームをコントロールして、お客さんを盛り上げる挑戦をします」
EYE VDJ MASAが、NTT人間情報研究所のクロスリンガル音声合成技術(同じ声質を保ちつつ異なる言語による音声合成を可能にする技術)で生成された音声により空間をジャック。これまでにない表現を披露する。
WITH ALS、電通サイエンスジャム、ムーンショット型研究開発事業・目標1 「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」は、先端技術を用いて人の能力を拡張する新たな取り組みとして、『Brain Body Jockey プロジェクト』を発足。2023年9月17日に東京都竹芝地区で開催される、最先端テクノロジーの社会実装イベント『ちょっと先のおもしろい未来2023』においてEYE VDJ MASAとしてステージパフォーマンスを披露する。テクノロジーの力で体を拡張させたライブパフォーマンスを世界で初めて成功させたいと語る。
「彼と別れる選択肢は考えられなかった」支えてくれる妻の存在
精力的に活動を続ける将胤さんだが、当然ながら心が折れそうになる瞬間もある。そんな時支えになってくれたのが、妻である木綿子さんや会社の仲間たちの存在だという。中でも挑戦の原動力になっているのが、木綿子さんの「挑戦するあなたが好き」という言葉だ。
木綿子さんは将胤さんと結婚したきっかけについて、こう振り返る。
「主人とは病気になる前に知り合ったのですが、当時から広告マンとしてさまざまなチャレンジをしているという話を聞いていて、すごい人だなという思いがずっとありました。彼と一緒にいれば、社会を変える瞬間や、何かを乗り越える瞬間に立ち会えるのではないか――これが結婚を決意したきっかけです。
しかし、彼のALS発症後、周りは私を心配するあまり、結婚に対して否定的になりました。中でもショックだったのが、これまで私が何を選択してもずっと協力的だった母に反対されたことです。母なりにALSのことを調べた上での助言だったので、心配をかけてしまうことに悩みましたが、それでも私の中に彼と別れる選択肢はありませんでした。
病気になっても、制限があってもチャレンジし続ける姿は、男性としても人としても、誰より魅力的に感じていたからです」
将胤さんは木綿子さんのご実家に挨拶に行った際、「必ず幸せにしますから」と話したと振り返る。木綿子さんは「話し合いを重ねたことで今では母もよき理解者になり、応援してくれるようになりました」と笑顔。そんな二人にとって、この秋に新しい家族が増えることになる。現在、木綿子さんは第一子を妊娠中だ。
家族だけで解決しようとせず、介護を頼ってほしい
「子どもが欲しいという話はずっとしていたのですが、私の勇気が出ずに先送りにしていました。コロナ禍の影響もあり、彼を見ながら子どもを育てる自信がなかったのです。
結婚を機に仕事を辞めて、『彼のサポートが私の使命』みたいに思っていたのですが、それだとどうしても行き詰まるんですよね。彼は『私なら分かってくれる』と信頼してくれているけれど、やっぱり夫婦とはいえ他人だから全部は分からないんですよ。
私が苦しくなると、それを見ている彼も全然幸せじゃない。でも、テクノロジーや介護のプロの手を借りたことで、少しずつ余裕が出て、夫婦仲も戻ってきました。
日本には『介護は家族がやるべき』という既成概念がありますが、家族だけで解決しようとすると苦しくなります。ためらわずに人の力を借りるのはとても大事なことだと思います」
2022年の夏頃に妊娠・出産を決意後、体外受精によりトントン拍子で妊娠。将胤さんは子どもが生まれたら「車椅子で連れ回しますよ」と笑う。
「“普通”の家族とは違って、お父さんと一緒に遊ぶことはできないかもしれないけれど、子どもに不安な思いや悲しい思いはさせたくありません。私たちはこの形が幸せなんだと見せていきたいし、家族や友人の助けもこれまで以上に借りていきたいと思います。
私は本当に彼を障がい者とは思っていなくて、一人の人間として接しています。同じような境遇の方には、病気になったからといって『これができない』『あれができない』 と思ってほしくない。二人の世界だけで解決しようとせず、外に目を向けることでいろいろな選択肢があることを知ってほしいですね」(木綿子さん)
「介護人材に頼ることは、大きなチームをつくり上げていく感覚ですね。僕は会社のスタッフのことも家族みたいなチームの一員だと考えていますよ」(将胤さん)
テクノロジーは全ての人のライフスタイルを変える
将胤さんが現在問題意識を抱えているのが、障がい者がテクノロジーツールを導入する上での保険制度の拡充だ。将胤さんの場合、わずかに指先が動くため視線入力装置は必要ないと判断され、未だに国からは助成金の対象にならないという。
「制約が厳しすぎて保険を使えない方ばかりなのが実情です。国や自治体内での認知、理解を高めて、1日でも早く制度が改善されることを切実に願い、議員に問題提起をして国に働きかけをしています」
将胤さんがそう強く語るのは、自身の経験を通じて「テクノロジーの力はライフスタイルを確実に変える」と確信しているからだ。
「これまで僕は、病気の進行に応じてたくさんの身体的制約や困難に直面してきました。 そんな時、突破口になったのは、常にテクノロジーの存在でした。手が動かなくなったら視線入力や脳波技術で、肉声を失ったら音声合成技術で、足が動かせなくなったらモビリティや分身ロボット技術を駆使して、一つひとつ限界を乗り越えてきました。
テクノロジーを最前線で活用している立場からすると、『テクノロジーは脅威だ』という漠然とした既成概念をもっている状態はもったいないなと感じます。なぜなら活用の仕方次第で、こんなにも人生を豊かにできるからです。
障がいの有無に限らず、既成概念や偏見を超えて、まずはなんでも試しに使ってみるのがおすすめですよ。自分には合わないと思えばいくらでも方法は変えられますからね」
自分の可能性を広げてくれるテクノロジー。上手く活用して時間や労力を節約すれば、これまで以上に自分の好きなことややりたいことに注力できる。最後に、自身の思い込みで選択肢を狭めてしまい、生きづらさを感じている人々に向けて、将胤さんはこんなメッセージを送ってくれた。
「僕はALSになったからこそ、好きなことを追求できるようになりました。人生は一度きりで有限なので、 全力で好きなことに挑戦することが一番の幸せだと思うのです。自分の可能性を誰よりも信じて、挑戦する人生を生きてほしいですね」
取材・執筆:酒井理恵
撮影:内海裕之
武藤将胤
1986年ロサンゼルス生まれ、東京育ち。一般社団法人WITH ALS代表理事。コミュニケーションクリエイター、EYE VDJ。オリィ研究所 当事者顧問。2014年にALSと診断を受けて以来、テクノロジーと発想を武器にさまざまなクリエイティブ活動に挑み続けている。著書に『KEEP MOVING 限界を作らない生き方:27歳で難病ALSになった僕が挑戦し続ける理由』(誠文堂新光社)がある。
X @Masatane_Muto
Instagram @masa_withals
一般社団法人WITH ALS HP https://withals.com/
武藤木綿子
1983年青森生まれ。2015年に結婚し、夫の将胤さんをサポートする。今後は、自らの夢であるモデル業やエステ業に再チャレンジしている。2023年6月に全国公開されたヒューマンドキュメンタリー映画『NO LIMIT,YOUR LIFE ノー リミット,ユア ライフ』に将胤さんとともに出演。
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