ミニマリストは幸せになれるのか?|人生哲学?節約術?新しい生活様式?経済社会学者・橋本 努が語る、ミニマリストのリアルとは

“しなきゃ”はこうして生まれる

ミニマリストとは、必要最小限=ミニマルのもので生活する人たちのことです。ミニマリストたちの本は軒並みベストセラーとなり、2015年には「ミニマリスト」が流行語大賞にノミネートされるほど「ミニマリズム」は社会現象となりました。

2019年の内閣府の世論調査※によると「物質的にある程度豊かになったので、これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」と答えた人は6割超。心の豊かさを求めて、ミニマリストに関心を寄せる人は増え続けているようです。

コロナ禍を経た今なお、ミニマリストになりたい人は増えているのでしょうか。またミニマルな生活は、幸せな人生を実現できるのでしょうか。経済社会学者の橋本 努さんにミニマリズムの今日と未来について伺いました。

内閣府「国民生活に関する世論調査」

経済社会学者・橋本 努

お金はないけれど幸せな生活をしているミニマリスト

――2015年から始まったミニマリズムブーム、まずその背景から教えてください。

橋本努さん(以下、橋本):2015年頃というのは、その前から可処分所得が減っていくトレンドにあり、それが一番下がった時期でした。また下宿大学生への仕送り額が減ったこともあり、若者が物を買うお金が本当になくなった。生活がどんどん貧しくなっていく中で、「ミニマリズム」というものに若者たちが反応し、社会現象になりました。「お金はないけれど、もっと幸せな生活をしている人」に関心が向いたのです。

これは日本だけでなく、世界的な現象でもあり、近藤麻理恵さんの本『人生がときめく片づけの魔法』も世界で1,000万部以上も売れました。とはいえ、近藤麻理恵さんの本は2010年に刊行されたものなので、この2015年のブームよりも数年前のこと。また、ミニマリズムについては、日本とアメリカとで違う現象が起こりました。

日本の場合、近藤麻理恵さんの本が出てから、日本全体の人口はどんどん減っていったものの、東京に若者が流入し、東京は人口増になりました。これまでは結婚すると郊外で、ある程度の広さの一戸建てやマンションを買って暮らす、その場合は女性がいったん専業主婦になるといったライフスタイルが主流でした。

しかし、この頃から政策の転換もあり、女性が生涯働くことが時代の趨勢になってきました。男女共働きの場合、互いの通勤の便を考えると、どうしても都心に住まざるを得ない。都心の小さなアパートやマンションに住むとなると、物はそう置けません。可処分所得が減っているところに、都心の狭い空間で物を置けない、ということでミニマリズムに関する本が多くの人に受け入れられました。

一方、アメリカでは、たくさん物を買って、車が二台置けるガレージにいろいろな物を置いて、車はガレージの前に置くような感じになる。物がたくさんあって捨てられない、捨てられなくて鬱に陥ってしまう。片づけられない精神的な悩みを抱える人を「ホーダー」と呼びますが、近藤麻理恵さんの本は、そうしたホーダーたちの片付けマニュアルとしてのニーズに対応しました。

経済社会学者・橋本 努

――ミニマリズムへの関心は、今も続いているのでしょうか。

橋本:これも日本とアメリカでは異なります。日本の場合、2016年から可処分所得が増え始めるので、大きなトレンドでみると、ミニマリズムに対する関心は減っていると考えられます。消費というのは、自分よりワンランク上の人の生活を見て、それを真似たいと思うもの。「エミュレーション(※1)」という言い方をしますが、消費生活は、もうちょっといい生活をしたい、贅沢をしたいという形でドライブがかかります。可処分所得が減った時は、ミニマリストに関心が集まりましたが、可処分所得が増えたことで、その関心は薄れてきたと言えるでしょうね。

アメリカの場合、「WASP(ワスプ)(※2)」と言われる人たちがこれまで支配してきました。つまり白人で高所得。郊外に家を買い、いい車を買って、さらにヨットも買う。彼らこそ時代を築いてきた人たちで、見習いたいライフスタイルとされてきました。

しかし90年代以降、「BOBOS(ボボズ)(※3)」と言われるITの担い手が登場します。ボボズは、いろいろな民族の人たちからなる多文化主義。そういう人たちは、いい車に乗って「俺はお金持ちなんだ」というよりも、最高のマウンテンバイクとトレッキングシューズを買って、自分の体を鍛えて、世界中を旅する。それも観光地でなく、誰も行かないようなフロンティアを目指す。そのほうがクリエイティビティを高められるからです。クリエイティブであることこそが資本主義を動かすと信じているんですね。そういう形で資本主義の最先端でお金を儲ける人たちのライフスタイルが、シンプル消費に変わってきました。

典型的なのが、アップルの創業者のスティーブ・ジョブズ氏ですね。iPodをつくり出した背景に禅の精神があるのは有名な話ですが、彼こそ消費しない人でした。黒のタートルネックにジーンズというシンプルな服装でしたし、家にも何もなかったそうです。メタの最高経営責任者であるマーク・ザッカーバーグ氏も同じようなライフスタイルです。

※1 コンピュータや機械の模倣装置を指す「エミュレータ」が語源
※2  White Anglo-Saxon Protestant(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)の略
※3  Bourgeois(ブルジョア)とBohemians(ボヘミアン)を組み合わせた造語

――コロナ禍でミニマリストたちの生活に何か変化はありましたか?

橋本:コロナ禍においてミニマリストたちは、少し苦境に陥ったのではないでしょうか。特にミニマリストはスマートフォンの普及と連動してきたため、スマホがあるから、カメラや本は必要ないし、他に必要なものは外にあるから家に溜め込む必要がないといった発想で物を捨ててきました。音楽を聴きたいならライブに行けばいい、外で食事をすませれば冷蔵庫もいらないといったふうに。ところがコロナ禍では、外で何もできなくなりました。苦しい環境であったことは想像に難くありません。

またコロナ禍では、特にアメリカにおいて、プレッパー(Prepper)と呼ばれる人たちが話題になりました。プレッパーというのは、「prepare=準備する」人たちのことです。災害時に備えて溜め込む人たちで、ミニマリストとは反対の立場の人たちです。

そもそもプレッパーたちは、ゾンビがいつか襲ってきて地球が破滅する時でも自分たちはサバイバルするだけの力があるんだ、という文化を提唱する人たち。ゾンビが襲ってくるなんてありえない話ですが、プレッパーたちはそれを信じている。まさにコロナはゾンビと同じじゃないか、つまり、外出すると危険な状況じゃないか。自分たちが備えてきたのは正しいことだったと喜びました。そういう意味で、コロナ禍ではミニマリストと全く違う現象が生まれたと言えます。

さらにコロナ禍においては、これまでと少し異なる「巣ごもり消費」なる新しい消費傾向も生まれました。例えば、無印良品やニトリなどの商品を買って、ミニマルな生活やシンプルな生活をする。自慢できるようなブランド品や派手な装飾はないけれど、美的センスのあるものを買う。それをミニマリズムと呼ぶようになってきました。そういう意味で、ミニマリズムの概念も少しずつ変わってきたようにとらえています。

ミニマリストの幸福度は平均よりも低い?

経済社会学者・橋本 努

――「ミニマリストになって幸せになりました」というミニマリストも多いですが、実際、物を減らしてミニマルな生活をすると、幸せになれるのでしょうか?

橋本:物を捨てて自分の雑念から解放されたことで、一種の「幸せ」を感じている人は一定数いるように思います。また、これまで溜め込んだものをいったんリセットすることで、新たなライフスタイルを構築できることから、ミニマリストになるメリットはあると実感される人も多いでしょう。

ただミニマリストたちの幸福度について調べた研究によると、ミニマリストたちの幸福度は「とくに高いわけではない」という結果があります(※4)。考えられる理由の一つは、可処分所得の低さです(※5)。

もともと幸せというのは、ある程度、所得に依存します。昔と比べて所得が増えているとしても、今の社会の中でどれだけ所得を得ているのかというのは幸福度を測る重要な指標です。そんな中、多くのミニマリストたちは、お金がないという理由でミニマリズムに関心を寄せている。実はこれは深刻な問題で、お金のない人がミニマリストになることで、幸せになるとしても、それで根本的な問題が解決されているのかどうかはわかりません。大きな社会問題だと言えます。

※4 シンプルな生活を実践する人たちの心理的なウェルビイングは、実際には過剰に消費している人たちのそれよりも低いという実証結果がある。Seegebarth, Barbara; Peyer, Mathias; Balderjahn, Ingo; et al. (2016) “The Sustainability Roots of Anticonsumption Lifestyles and Initial Insights Regarding Their Effects on Consumers’ Well-Being,” Journal of Consumer Affairs, 50(1), special issue, 68-99. また、自発的に簡素な生活をする人は、必ずしも主観的幸福度が高いわけではない、という結果もある。Brown, K.W.; Kasser, T. (2005) “Are psychological and ecological well-being compatible? The role of values, mindfulness, and lifestyle,” Social Indicators Research, 74(2), 349-368. 簡素な生活をしている人とそうでない人の満足度を比較すると、簡素な生活をしている人のほうが主観的満足度は高いが、それは低所得層においてのみ、みられる傾向だという結果もある。Boujbel, Lilia; d’Astous, Alain (2012) “Voluntary simplicity and life satisfaction: Exploring the mediating role of consumption desires,” Journal of Consumer Behaviour, 11(6), 487-494.
※5  Pierce, L. (2000) Choosing Simplicity: Real people finding peace and fulfillment in a complex world, Carmel, CA: Gallagher Press, p.292.

――無駄な消費や廃棄をしないミニマルな暮らしをしているから、ミニマリストの生活は、環境に優しいという見方もあるようです。SDGsと紐づけてミニマリストの生活を推奨する人もいるようですが、どういうことでしょうか?

橋本:環境の専門家たちは二酸化炭素を減らしましょうというけれど、どうすればいいか提案する人は、実はほとんどいません。そんな中、ミニマリストの暮らしが“地球環境に優しい生き方では?”と注目されているんです。ミニマリストたちは、環境問題は大切だから物を減らしましょうといったメッセージではなく、「ミニマリストになったら、結果的に環境に優しい生活になりました。自分は幸せになりました」と多くの人を啓蒙しているんです。

私はこれを「下からの啓蒙」と呼んでいます。この地球の環境下で、これからどういう生活をするべきかといえば、ミニマルな生活の中で、自分の幸せや快楽を考えることでしょう。だからこそ、これからの時代、ミニマリストとしてのライフスタイルは絶対に必要ではないかと思います。

「物の所有」ではなく「経験」で自信やプライドを保つ生き方もある

経済社会学者・橋本 努

――これからは誰であっても、ミニマルな生活には利がありそうですね。ミニマルな生活を取り入れるヒントを教えてください。

橋本:なぜ人間が物を買うのかというと、自分に自信がないからです。もちろん買いたいという欲望があって買うこともありますが、自分よりワンランク上の人と同じもの、あるいはもっといいものを買うと、自分のプライドが高まったと感じられます。プライドとは、もともとそういうものです。

invest=投資という言葉の語源の一つは、「ベストを着させる」です。つまり、王様がみすぼらしい服を着ている人に「これだけの地位をあげよう」と、すごくいい服を着させて、その人はその服を着て晩餐会に行く。自分はすごい人間でもないのに、こんなにいい服を着て、豪華な晩餐会に出られるんだと、大きなプライドを与えられるわけです。ですから人間というのは、もっと自分に自信を持ちたい、もっとプライドを持って生きていきたいと思った時に、自分の地位を高めてくれる物を身に着けることで、社会的に承認される生き物なのです。

ところがミニマリストというのは、その反対を行くわけです。身に着けるものは何もいらない。では、どうやって自信が持てるのか、プライドを保てるのか、ということになりますが幸いにして、現代は成熟したIT社会です。物がなくても、自信やプライドが保てるコミュニケーションネットワークが発達してきました。例えば、SNSで自分の持ち物を見せるよりは、いろいろな経験をしていい思い出をつくって、みんなに「いいね」と思われる生き方をしたほうがいい。物以外でプライドを保てるツールを、どう活用するかがポイントになってくるでしょうね。

そのうえで自分らしく生きるには「ロールモデル」がキーワードになります。これまでは自分よりもワンランク上の生活をしている人を真似るような同調圧力がありましたが、今は多様性の時代です。ミニマリストも含めて、いろいろなロールモデルを見聞きし、自分の感性に合ったロールモデルは誰なのか、自分より賢く幸せそうに生きていそうな人を見つけていく。「自分らしさ」というのは、そうした試行錯誤の中から生まれてくるのではないでしょうか。

取材・執筆:池田 純子
撮影:中村 綾人

経済社会学者・橋本 努
Profile 橋本 努

1967年生まれ。横浜国立大学経済学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。現在、北海道大学大学院経済学研究科教授。シノドス国際社会動向研究所所長。専門は経済社会学、社会哲学。『消費ミニマリズムの倫理と脱資本主義の精神』(筑摩選書)、『ロスト欲望社会―消費社会の倫理と文化はどこへ向かうのか』(編著)など著書多数。

橋本 努 公式サイト https://sites.google.com/view/hashimoto-tsutomu

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