キャリアの回り道は時間の無駄、なんてない。
モデルやライターなどさまざまな肩書を持ち、7万人のフォロワーを抱えるインフルエンサーの竹本萌瑛子さん(通称:たけもこさん)。その発信力を生かして個人でも活動する傍ら、本業では広告制作やSNSマーケティングなどに携わる。社員数7,000人を抱えるヤフー株式会社から、社員数2人の株式会社アマヤドリへの転職という大胆な選択も話題になった。
「小さい頃から夢なんてなかった」と語る竹本さんは、やりたいことが見つからず悩んだ末に、どのようにして今のキャリアを手に入れたのだろうか。
人生100年時代。新卒で入社した会社に定年まで勤め上げる“終身雇用制度”は崩壊し、今や転職や起業、独立は珍しい選択ではなくなった。キャリアの選択肢が多様化するにつれて、避けて通れないのが「やりたいこと探し」だ。成功者と呼ばれる人は皆、夢や大志があり、自身のゴールから逆算してキャリアを形成しているようにも見える。
そうした世間の風潮に対し、「やりたいことが見つからない」とキャリアへの不安を抱える人は少なくない。社会に出たらやりたいことを、本当に見つけないといけないのだろうか。
一見華やかなキャリアを歩む竹本さんも、かつてはやりたいことが見つからず悩んだ経験がある一人だ。やりたいことがない人は、どのようにキャリアを選び取っていけばいいのか。竹本さんが“自分らしい働き方”を見つけるまでの過程、新しいことに挑戦し続ける原動力に迫った。
“何をやりたいか”ではなく、“どうありたいか”で選ぶ人生でもいい
「どうせなら想像できないほうに行きたい」という思いで上京を決意
「熊本の芋野球少女から 表参道で撮影する女になっちゃったよ お母さん」
18万いいね!の“バズ”を生み出したツイートを機に、活動の幅が大きく広がった。
「もともと、夢なんてあった記憶がないんです。小学生の時って、『将来何になりたいか』とか書かされるじゃないですか。それが本当に苦手でした」
熊本で過ごした幼少期をこう振り返る竹本さんは、引っ込み思案な性格で友達と群れるのも人前に立つのも苦手だったという。だが、ある意外な理由から先の“野球少女”の道を歩むことになる。
「当時私の周りではやっていた『H2』という野球漫画にハマっていて。『やってみたらどうなるんだろう、面白そう』という純粋な好奇心だけで野球を始めました。野球部は私以外、全員男子。女子1人という環境に不安を抱きながらも、興味が勝りました。結果、すごく楽しくて、中学卒業まで6年間野球を続けました」
高校では経験のない弓道を始め、主将も務めた。そして、大学進学を機に、生まれ育った熊本を離れる決断をする。
「熊本って本当に良いところなんです。居心地がよくて、きっと私はこのタイミングを逃したらずっとここにいるんだろうなって。そう考えたら急に、『東京へ行ったらどんな世界が広がっているんだろう』って好奇心が止まらなくなって。どうせなら、想像できないほうに行こう。そう思いました」
抑えられない好奇心だけで上京し、都心に部屋を借りた。想像もしていなかった都会での学生生活を、どう受け止めたのか。
「正直、『これが東京か』という感じでした。それくらい、本当にイメージすらできていなかったんです」
大学2年の時、今のモデル活動の原点になるミスコンへ挑戦する。引っ込み思案で人前に出るのが苦手だった少女がなぜ、華やかな世界へ飛び込んだのか。ここでも、彼女を突き動かしたのは好奇心だった。
「当時、学校とバイト先、家の往復だけの生活でした。飲み会も苦手でほとんど行っていませんでしたね。あまりに単調な毎日に、上京した意味が分からなくなりかけていたんです。このままでいいのかなって。ちょうどそんな時に、実行委員の方に声をかけてもらって」
ミスコン当日までの約3カ月間、投票してもらうため、開設したSNSアカウントで毎日投稿しなければならない。どんな投稿なら伸びるのか徹底的に分析し、PDCAを回す。持ち前の好奇心や探求心が生かされた。
「自撮りなんて無理、と思っていた以前の私も、ミスコン期間で鍛えられて、見られることへの抵抗感はなくなりましたね。
ミスコンってやはり容姿も重視されるので、文章と自分の写真をセットで投稿するのが基本なんです。でも一回、写真を載せずに文章だけの投稿をした時に、すごく反響があって。うれしかったですね。私自身の内側からにじみ出る言葉もひっくるめて、『もっと好きになった』と言ってもらえたのは」
“やりたいことを迷わず選択できる自分でいたい”
ミスコンでの優勝を機に、有名ファッション誌からモデルの依頼が舞い込んだ。引っ込み思案だった“熊本の野球少女”の姿はもうない。好奇心に任せて引き受けた。時を同じくして、インターンを始める。ミスコン出場者が中心となって若年層向けの商品開発やPR企画に携わる、共創型の課題解決プロジェクトだった。
「さまざまな企業やブランドとともに、どうやったら商品や地域の持つ魅力をうまくアピールできるか。みんなで頭を悩ませながら、一つの仕事を進めていきました。
世の中にはこんなに熱量高く仕事に没頭できる大人がいるんだって、胸を打たれて。小学校から高校まで、部活に打ち込んだ頃の情熱を思い出しました。もしかしたら、仕事ってすごく楽しいものなのかもって思ったんです」
さらに文章を書くことに興味があったことから、ライターのインターンにも挑戦した。大学3年の時、仕事への関心が高まったまま迎えた就職活動。竹本さんも例外ではなく、人生で初めて「やりたいことは何か」という難問に直面した。
「いわゆる自己分析ですよね。私は一体、何が好きなのか。どんな会社で、どんなことをして生きていきたいのか——。本当に悩んで悩んで、悩み抜きました。正直、もう就活やめたいなと思うくらいにつらい時期でした。
それで、いっそのこと就活を脇に置いてみようと思いました。就活という人生の“点”ではなくて、人生という長いスパンで考えてみたらどうなるのかなって。
私はどんな生活を送りたいか、人としてどうありたいか。それは今までも、無意識のうちによく考えていたことでした。出た答えは、『自分が何かしたいと思った時、迷わず選択ができる自分でいたい』――。その自由さえあれば、私らしく生きられるんだと気付きました。
あとは、いつか平日に助手席に犬を乗せて、海までドライブできる生活をしたい……。理想の人生とか、こうありたいという姿ならいくらでも思いついたんですよね。それから肩の力が抜けて、びっくりするくらい心が軽くなりました」
やりたいことは見つからなかったけれど、「こうありたい」という理想の姿はあった。竹本さんは、自分らしさを一番発揮できる環境として、ヤフーへの就職を決める。
「チャレンジしたい仕事がある時に外的要因で制限されたくなくて、副業ができる会社を探していました。それが、私らしく働くための絶対条件だったんです。この条件を満たした上で、社風にも引かれたヤフーに入りました」
入社後は、Web広告を統括する部署でマーケティング業務に携わることになる。
「ポータルサイトに出稿する広告代理店などに向け、勉強会やイベントを開催したり、SNSの運用や分析をしたりする仕事をしていました。SNS運用に関しては、ミスコン時代の知見もあり、先輩たちにも安心して任せてもらえていたと思います。
あとは土・日曜にモデルやライターの仕事も続けていました。副業は社内でも好意的に受け止めてもらっていて、ありがたかったですね」
迷ったら、普段の自分ならしない選択を
入社から1年、本業と副業を両立させ、求めていた自由な働き方で順調な社会人生活を送っていた。そんな中、日本中を新型コロナウイルス感染症の猛威が襲う。突如として、不自由な外出自粛生活が始まった。
「仕事はリモートワークに変わり、朝から晩まで一日中家にいる日々。『私、このままで良いのかな』と漠然と思い始めました。副業の仕事も減り、人との接触も制限される中で、成長速度が鈍っていく焦りもありました。
『何か行動を起こさないと』と、独立も視野に入れていた時、今の会社の代表である5歳さん(インフルエンサーの菅野康太さん)に声をかけてもらったんです。これしかない!と思って、即決しました」
転職先に決めたのは、社員数2人のスタートアップ企業。「基本的に安定志向」だという竹本さんだが、この大胆な選択に迷いはなかったそうだ。
「この環境から抜け出して自由が欲しい、ただその一心でした。ほとんど衝動に近かったと思います。
昔から、行き詰まったり悩んだりした時には、“普段の自分ならしない選択”をしようと考えているんです。自分が居心地いい環境で、できることだけをやり続けていたら、可能性や選択肢がどんどん失われていくんじゃないかなって。
同じことを続けるって、私にとってはリスクでしかない。大学でミスコンに挑戦した時も、ルーティンを繰り返すだけの生活に刺激を感じなくなって、これまでの私なら絶対やらないことをやろうという決意がありました。その選択をしたからこそ、私の世界はここまで広がっていきました。人生を楽しむ上でも、ずっと大切にしていきたいマインドですね」
同じことを続けるのはリスクと語り、軽やかに自分の居場所を見つけていく竹本さんだが、新しいことを始める時に不安になったり、自信がなくなったりする瞬間はないのだろうか。
「もちろん私も何かチャレンジする時には、『失敗したらどうしよう』とは考えますよ。でも、『怖い』と感じるのは『分からないから』なんですよね。だから、頭で考えるのではなく、もうその環境に飛び込んじゃうのが一番良くて。そうすると不安や怖さの正体が把握できて、対処法も分かってくる。意外とそんなものです」
好奇心に従って生きる
現在は、アマヤドリで広告制作やSNSマーケティングなどに携わる。いつか平日に助手席に犬を乗せて、海までドライブできる生活がしたい――。かつて描いた理想の生活は、気付けば実現していたと笑う。そんな竹本さんは、「やりたいことを見つけないといけない」という既成概念に何を思うのか。
「『やりたいことがある』ってとてもかっこいいしすてきだけど、実は人を巻き込む覚悟や責任が伴うもの。
私は、やりたいことがある人に乗っかって楽しみを見つける人生もアリかなって思っています。やりたいことをすぐに見つけようとしなくても、回り道をしているうちに見つかるかもしれないですよね。
これまでもこれからも、一番大事にしたいのは『いつかやりたいことが見つかった時に、いつでも選び取れる自分』でいることです。その“いつか”のために、いろんなことに挑戦しているのかもしれません。
いつだって私を突き動かすのは、新しい世界を知りたいという好奇心。これからも、その時の自分の心に従って生きていきたいですね」
「やりたいこと」ではなく、自分の好奇心に素直に従う。そして自分がどんな環境が一番自分らしくいられるかを知っておく。肩肘を張らず、自分の心が動く瞬間を大切に、軽やかに人生を選び取ってもいいのかもしれない。
取材・執筆:安心院 彩
撮影:内海 裕之
1996年生まれ。熊本県出身。大学時代にマーケティングチームで商品開発やPR企画を行い、同時にライターのインターンを始める。2019年、新卒でヤフー株式会社に入社し、Web広告事業に従事。現在は株式会社アマヤドリでSNSマーケターとして働きつつ、複業でライター、タレントなどマルチに活動中。
Twitter @moeko_takemo
Instagram @moeko_takemoto
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