将来の夢は早く決めなきゃ、なんてない。
いま注目の料理家、長谷川あかりさん。10代で芸能界入りし俳優としての活躍を夢見ていたが、20歳で引退して料理の道へ。22歳と一般的には少しだけ遅めの大学入学を果たし、現在では大人気の料理家へと変身を遂げた。大胆な方向転換に見えるが、長谷川さんはどんなキャリア観を思い描いているのだろうか。話を伺った。

「早くやりたいことを見つけなければ」そんな思いを抱いたことのある人は多いのではないか。高校や大学の卒業時など、人生において進路を問われる場面がいくつかある。いつ「やりたいこと」に出合うかは人それぞれなのに、なぜか決まったタイミングでこの問いを投げかけられる。焦りのままに一度は進路を決めたが、後でやりたいことが見つかり方向転換に悩む、なんてことも少なくないだろう。
今回取材した料理家の長谷川さんは、芸能界から料理の道へと大胆な方向転換を成功させた一人だ。小学生の頃から20歳まで芸能界に身を置き、結婚を機に引退。その後、新しい挑戦として22歳で大学に入学。大学在学中に、料理家への道を志すようになったという。
「いつからでもやりたいことに挑戦できる」そんな気持ちにさせてくれる長谷川さんのストーリーをお届けしたい。
「まだまだ何にでもなれる!」と気付かせてくれた大学生活
将来の夢を考え直すきっかけがないまま過ごした10代
NHK 教育テレビ(現Eテレ)で放送されていた『天才てれびくんMAX』への出演で、11歳の時に芸能界デビューを果たした長谷川さん。芸能界入りのきっかけは、通っていたダンススクールの先生の勧めだったという。
「幼稚園生の頃から小学校5年生くらいまでずっと、ダンサーになるのが夢だったんです。幼稚園に入ったばかりの頃から地元のダンス教室に通っていました。小学校5年生の時にそこの先生が、ある芸能事務所がダンサー部門もある全国オーディションを開くから受けてみないかと言ってくれました。最終審査まで上がった時に、事務所の方に『天才てれびくんのオーディションも受けてみない? 受かったら事務所にも入れてあげるから』と言われて。チャンスも2倍になるし、いいかもと思って受けてみたら『天才てれびくん』のオーディションに受かったんです。急にいわゆる“一般人”からテレビに出るようになったので、自分でも驚きました」
番組に出演し始めると、周囲はすでに芸能界で長いキャリアを持つ同年代ばかりになったという。そんな環境に身を置く中で、自然と長谷川さんの将来の夢も変化し始めていた。
「事務所に入っていろんなレッスンを受けさせてもらう中で、演技のレッスンが一番楽しく感じて、ダンサー志望から俳優志望に変化しました。高校も芸能活動をしている子たちが通う学校に行っていたので、自分の頭の中に芸能活動以外の将来の選択肢が浮かばなくなっていたんですよね。小学校6年生から高校生まで将来の夢を考え直すきっかけがないまま『私は俳優になりたいんだ』と思い、がむしゃらに頑張っていました」
とはいえ、いつも芸能の仕事がたくさんあったわけではないという。中学校2年生で『天才てれびくん』を卒業すると、レギュラーの仕事はなくなった。俳優になりたいと思いながらも仕事のない状況に焦りを抱える高校生の長谷川さんの支えとなっていたのが料理だった。
「料理は高校生くらいから大好きになったのですが、当時はとにかく仕事のことで悩んでいたので、気を紛らわせるためにしていました。私にとって料理する時間が、悩んでいることを忘れさせてくれるような癒やしの時間だったんです。それに、高校の友達や家族に料理を作ったりするとすごく喜んでもらえたので、それもうれしくってどんどん好きになりました」
夫の後押しで大学進学を決断
高校卒業後、再び少しずつ芸能の仕事が増えてきていた長谷川さんだったが、22歳の時に芸能界を引退した。俳優として活躍することを夢見ていた長谷川さんの刺激となったのは夫の存在だったという。
「それまで芸能界の知り合いばかりだったので、全く違う仕事をしている人が周りにあまりいなかったんです。夫と出会ってから、知らなかった考え方や刺激をたくさんもらって、私は本当に俳優になりたいのかなと考えるようになりました。それで、一回違うことをやってみてもいいかもしれないと思って、結婚を機に芸能界引退を決めました」
長谷川さんが次の進路として選んだのが、大学進学だった。芸能界で活動していた頃には大学に行かない選択をしたものの、どこか心残りがあったという。夫や家族の後押しのもと、大学入学を決意した彼女が専攻していたのは栄養学だ。
「夫が『大学行ってみたら?』と言ってくれて、じゃあ行ってみようかなと割と軽い気持ちで大学入学を決めました。何か目標があった方が大学入学後も勉強を頑張れるだろうと思って、資格が取れるところに行きたいと考えました。なので、ずっと好きだった料理とも関係が深い栄養学を専攻して、栄養士か管理栄養士の資格を取りたいなと。ただ、実務経験なしで管理栄養士国家試験の受験資格を得るには、4年制大学に入る必要がありました。正直、今から4年も通えるのかなという不安もあったので、まずは短期大学に入って栄養士を目指すことにしたんです。そうしたら、ものすごく忙しくて。夫からは『テスト前にちょっと勉強すれば単位取れるし楽だよ』なんて言われていたのに、実際には単位を取るために毎日必死で勉強していました(笑)」
「聞いていた大学生活と違う!」そんな不安や戸惑いを感じたと語る長谷川さんだが、短期大学の卒業時にはなんと学長賞を受賞。さらに学びを深めようと、4年制大学に編入し、管理栄養士を目指すこととなった。
大学での学びが新たな将来の夢を生んでくれた
初めから真剣に栄養学の勉強に励んでいた長谷川さん。当然、卒業後には今のような仕事に就くことを見据えていたのかと思えば、そうではなかったという。彼女が本格的に料理家を目指すようになったのは大学3年生の頃だった。
「改めて大学に入ってみて、まだまだ何にでもなれると気付いて、学校の先生になってみたいとか、企業に所属して働いてみたいとかいろんな夢を考えました。そんな最中に大学で『公衆栄養学』という学問に出合ったんです。公衆栄養学は、集団の健康の保持増進を食生活から支援するために必要なことを学ぶ学問です。その中で、まだ健康上のリスクを抱えていない集団に働きかけることで集団全体のリスクを軽減したり病気を予防したりする『ポピュレーションアプローチ』という考え方を学び、『これだ!』と思いました。日々食べるご飯で大勢の人が健康を保てたら、こんなに理想的なことはありません。それに、今まで芸能活動を通して学んできた、広い層の人に対して情報発信をするスキルも使えると思ったんです。自分のやりたいこととできることが重なっているかもしれないと考えて、健康的な食生活を送るために役立つレシピや考え方を多くの人に発信できる料理家を目指し始めました」
その後、大学を卒業したのは2022年の3月。すでに料理家として大活躍しているように見える長谷川さんだが、仕事として安定し始めたのはつい最近のことだという。
「SNSへのレシピ投稿を本格的に始めたのが2022年4月で、仕事としてある程度成り立ち始めたなと感じたのは7月頃のことです。だからまだまだ新人なんですよね。とりあえず自分からできることから始めようと、夫にも協力してもらいながらSNSへのレシピ投稿を始めました。『公衆栄養』という目標を考えると、やっぱり自分に影響力をつけることも必要だなと思いました。でも、栄養学を学ぶと例えば『これを食べたら必ず肌がきれいになります』『確実に痩せるレシピです』と、簡単には言えなくなるので情報を広めるのも難しいんです。そういう発信の仕方が面白いことはもちろんわかるのですが、栄養素ってそんなに単純なものではないし、長いスパンで組み合わせや積み重ねを考える必要がある。だから栄養素のことをしっかり発信しようとするとものすごく地味でつまらないものになっちゃうんですよね(笑)」
長谷川さんは笑いながらそう語るが、彼女の投稿はかなりの人気を集める。一体どんな工夫をしているのだろうか。
「簡単だけど『わざわざ作ってみたい』と思える新鮮さやおしゃれさがあり、ヘルシーだけどうま味や食べ応えもしっかりある、そんなレシピを投稿するようにしています。これは私自身の理想でもあって、毎日食べても食べ疲れしないちょうどいい手料理を目指しています。投稿する時はあまり栄養素のことは細かく言いませんが、食べているうちに自然と健康になれるものを紹介できたらいいなと考えています」
大きな目標は小さく分解すれば行動につながる
着実に料理家への道を歩んできた長谷川さんは、2022年11月に初のレシピ本『クタクタな心と体をおいしく満たす いたわりごはん』を発売したばかり。本の出版は料理家を目指し始めた当初から目標にしていたことだというが、早くも目標達成だ。その秘訣(ひけつ)は何なのだろうか。
「料理家になりたいと思い始めた頃に、マンダラチャート(※)を作ったんです。その真ん中に『35歳までに本を出したい』という目標を書いていました。そのためにどうしたらいいのか考えて、『本を出したいと周りの人に言う』『SNSで10万フォロワーを突破する』『料理家さんのアシスタントになる』などの細かい目標を立てていきました。『みんなを健康にする』という大きな目標のみで捉えるとかなり難しそうに見えるけれど、ちょっとずつ細かいレベルに落とし混んでいくと、やることが見えてきます。やることを決めておくと、チャンスがあった時に迷わず飛び込めるんだと思います」
一般的な企業への就職などとは異なり、どうやったら料理家になれるのかは見当がつかないという人がほとんどだろう。長谷川さん自身も手探りしながら、細かな目標設定をすることで夢をかなえてきた。「ずっと将来に不安がある」と語る長谷川さんが、チャレンジングな道を選び続けるのはなぜなのだろうか。
「大学を卒業する時も仕事は明確に決まっていなかったし、今もずっと不安ですし、人生の先は読めないので、そういう意味ではずっと安心できることはないのかもしれないです。でも、『やる』と『やらない』があったら『やる』を選びたいんです。頑張り続けるのもしんどいけれど、私は何かに挑戦している感覚がないともっとしんどいなと感じちゃいます。なので、今は本を出した次の目標を考えているところです」
10代からキャリアを積み上げていた芸能活動を辞め、料理の道へと、急な方向転換に見えた長谷川さんのキャリアの背景には、一歩一歩確実に歩みを進めるための目標設定があった。猛スピードで人気料理家への道を駆け上がる長谷川さんが、次にどんな夢をかなえていくのか、楽しみだ。最後に、「やりたいことがあるけれど、踏み出せない」そんな人に向けて長谷川さんがこんな言葉をくれた。
※マンダラチャート:「曼荼羅(マンダラ)模様」のようなマス目を活用したフレームワーク。真ん中のマス目に目標を書き込み、その周りに真ん中の目標を達成するための具体的な行動やアイデアを記載していく。
取材・執筆:白鳥菜都
撮影:服部芽生

料理家・管理栄養士。1996年生まれ、埼玉県出身。「なんでもない日を幸せにする、シンプルで豊かなごはん」をテーマに、食べ疲れしないのにちょっぴりおしゃれで自己肯定感の上がる“新しい家庭料理”のレシピを発信中。2022年11月29日に、初のレシピ本『クタクタな心と体をおいしく満たす いたわりごはん』(KADOKAWA)を出版。
Twitter @akari_hasegawa
Instagram @akari_hasegawa0105
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