地球に優しいエコ住宅は絶対に木造を選ぶべき、なんてない。
環境や都市の課題と向き合いつつ、人が自然と共に暮らすには? 建築を学び、博報堂でさまざまな空間デザインを手がけてきた室井淳司さんは、一つの答えを出した。それが、この秋リリースした都市型の小型戸建住宅ブランド「KITO(キト)」だという。日産自動車やキリンビールといった名だたる企業のブランディングに携わり、現在は株式会社アーキセプトシティの代表を務める室井さん。そんな彼の半生を踏まえつつ、未来まで“持続可能”なこれからの「住まい」について聞いた。
近頃注目を増すばかりの「サスティナブル」「SDGs」といったキーワード。私たちの暮らしと自然環境とのバランスをとりながら、未来へと持続させていくために大切な考え方だ。そうした意識は、これからの住まいや都市の在り方にも、もちろん必要になってくる。どのような住まいを作り、どのようなマインドを育てていけば、私たちは自然と共に生きていけるのか? 建築×広告のバックグラウンドを持つ室井さんは「人間以外の環境や生命を尊重しながら、長く使い続けられるモノやコトを大切にしていきたい」と語る。
多少の不便や苦手なものも、尊重して受け入れる。人も自然も、同じ地球市民として暮らしていけるように
自分はどうやら普通じゃない。だったら、 自分にしかできないことで生きていく
広島県に生まれ、中国放送アナウンサーの父親を持ち、自身は明るくて運動神経抜群。そんないわゆる“陽キャ”の室井さんが「自分は普通には生きられない」と感じたのは、5歳の頃だったという。
「僕は生まれた時から、病気で髪の毛が生えていなかったんです。自分が人とは違うこと、そしてそれがどうやらポジティブな違いではないことには、周りの反応から少しずつ気付いていきました。5歳の頃には『大人になっても、普通に会社で働くのは難しそうだ。だったら、自分が作った何かが評価されるような仕事に就きたい』と考えるようになった。それが、建築だったんです。
うちは、祖父がたまたま2人とも建築設計の仕事をしていたんですね。祖父の引いた図面が立体の建物になり、その空間に人が出入りする様子を見て、素晴らしい仕事だなと思って。小学生の頃には、住宅チラシを集めて図面を観察したり、物差しで自分なりの図面を描いてみたりするような子どもになりました」
幼くしてこれほど明確な目標を持ったにもかかわらず、室井さんはまったく勉強をしなかった。
「建築家になると決めたからには、余計なことは何もやる必要がないと思っていたんです。安藤忠雄さんは工業高校卒業だし、センスがあればそれだけで建築家になれると信じていました。親のすすめで中学受験などもしたけれど、塾の宿題は一回もやらなかったし、もちろん受験は全滅でした。
ところが、高校2年生の時に『どうやら、建築家になるには大学を出た方が良さそうだ』と気付いて。浪人を経て、カリスマ的な建築家だった小嶋一浩さんが教鞭を執られていることに引かれ、東京理科大学に進みました。大学時代は、ずっと興味のあった勉強にとことん取り組めるから、とにかく楽しかったですね。図面と模型だらけの部屋の中、平均睡眠時間2時間でひたすら作業をしていても平気でした。どうせお酒もそんなに飲めないし、遊ぶことよりも外部のコンペに参加したり、CGを学んでみたりすることが面白かったんです」
広い視野で仕事がしたくて、クリエイティブ・ディレクターになった
建築を学んだ人の多くは、設計事務所やゼネコンなどに入社していく。ところが、学部卒業後に室井さんが選んだ勤務先は、博報堂だった。
「このまま皆と同じように大学院を出て設計会社に入っても、知識や経験は深くなるだけで、広がらない。もっと社会との接点が持てる場で、建築的な仕事をやってみたいと思い、広告代理店に入りました。“建築学生”時代は構造的なデザインのことばかり考えていたけれど、博報堂で空間づくりに携わるようになってからは、表層的なデザインにも興味が湧きましたね。例えば、日本のメーカーは欧米に比べると、機能性を追求するばかりで見せ方がいまいちだったりする。デザインが良ければ日本の企業はもっと強くなるはずなのにと、ビジネスの可能性を感じました。
入社2年目に参加した日産自動車のプロジェクトは、特に刺激的でした。欧米流のブランド戦略にのっとって、グラフィックや空間のデザインガイドラインを作っていったんです。カラーやマテリアル、空間内で使っていいシンボルの数など、細かいルールを作ることで日産がどんどん変わっていく。世に出るもののビジュアルが良くなると、働く人のモチベーションまで上がっていくんです。同じアプローチをしていけば、国内企業ひいては日本を変えていけるかもしれないとさえ感じ、“僕のやるべきことはこれだ”と思いました」
室井さんが博報堂に在籍していたのは、13年間。その間に若くしてクリエイティブ・ディレクターになり、チームも持った。
「だけど、広告会社にいる限り、日頃向き合うのは広告部門の方々だけ。部門を横断して広い視野の仕事をするには、経営層へダイレクトにアプローチをする必要があります。だから、代理店の名刺を手放して、アーキセプトシティを立ち上げたんです」
SDGs的な価値観を持つ人たちや、現代のニーズを満たす住宅
室井さんは「冒険的な独立だった」と、当時を振り返る。だが、アーキセプトシティではいっそう仕事の幅が広がり、さまざまな企業に寄り添って、着実に結果を出した。
「僕が仕事をする上でこだわっているのは“アートにしないこと”です。デザインの仕事をしていると『好きなものを作っているから、売れなくてもいいんだ』と言う人がいます。でも、それは自分を正当化しているだけだと思う。僕は、ちゃんと市場に認められるものを作り続けていきたいんです。作ったものをどうやってブランド化していくか、どういう文脈に乗せれば、世の中のニーズを押さえた価値があるものとして打ち出せるかまで、ちゃんと考えていきたい」
この秋リリースした都市型の小型戸建ブランド「KITO」も、そうした意識のもとに生まれた。敷地内に木々やビオトープをしつらえ、持続可能性や環境との共生をコンセプトとする小型の住宅だ。
「KITOは、持続可能なサイズ・素材・現代の消費価値観という3つのポイントを満たす住宅ブランドです。まずサイズですが、平均50~60㎡ほどを想定しており、コンパクトにしました。マイホームは家族が増えたタイミングでなるべく大きな家を志向する人が多いけれど、人生全体で見れば1~2人で暮らす時間の方が圧倒的に長いものです。実際に都市部では、1~2人世帯が全体の50%を超えています。でもこれまでは、そのニーズを満たす戸建てがありませんでした」
ブランドコンセプトパース。神奈川県南葉山に開発中の1号物件は、パース内の建築デザインを採用。
2つ目は、素材。サスティナブルの文脈では、木造ばかりが奨励されがちです。しかし都市部の木造住宅は火災を延焼させますし、災害時でも安心できるRC(鉄筋コンクリート)造で暮らした方が精神的に健康です。それに、数十年で建て替える木造と違って、RC造なら100年はもつ。トータルのCO2排出量を考えると、結局RC造の方がエコである可能性もあります。庭に植物をたくさん植えても、湿気でやられたりすることもありません。
3つ目は、消費価値観です。『メルカリ』などのフリマアプリが浸透して、人々の購買行動は変化しています。安く買って使い捨てるより、多少値段が高くても良いものを買って高く譲りたい人が増えた。住宅においても、同じことが言えます。2000万円で木造住宅を建てた場合、約20年後には建物の価値は会計上はゼロ。でも、3000万円のRC造住宅だったら、20年後も会計上1500万円以上の価値が残ります。つまり、20年間で消費した金額はRC造の方が安い。そういう“買い方”の方が、現代にはマッチしている気がします」
このようにKITOは、都心の暮らしや人々の購買意識、そして持続的な未来のことを考えた、新しい“住まい”だ。「こういう商品が出ることで、SDGs的な価値観の人たちが都市部で理想的な環境で暮らす選択肢が生まれる。そして、周辺にも少しずつ、自然を愛する意識が広がっていけば、緑あふれた生物共生都市が育つと思います」と、室井さんは語る。
いろんなモノやコトを持続させていくマインドが、未来の鍵を握っている
KITOに限らず、人の暮らしと自然を共生させる住まいづくりは、今、私たちにとって大きな課題だ。日本の住まいが抱える問題点を、室井さんに聞いてみた。
「日本は利便性を求めるあまりに、全てがスクラップアンドビルドになってしまっているんです。でも僕はヨーロッパのように、いろんなモノやコトをできるだけ長く持続させて、大切に使っていくべきだと考えています。例えば、住まいを支えるインフラだってそう。埋設されて50年以上がたつ日本の水道管は、これから次々と改修する必要が出てきます。であれば今後、新たなインフラを必要とする開発は控え、現在のインフラの範囲内で使えるものをうまく使い続けながら、その上で生じる不便は許容していくしかありません。これから新しく建てる住まいにも、そうした長い目で見るマインドが必要です」
アーキセプトシティのオフィスは、室井さんが「都市環境の理想形」だと語る代官山ヒルサイドテラスにある。代官山という都心ながら緑豊かで、虫や鳥が心地良さげに飛び交う。
「代官山ヒルサイドテラスの入居者たちは、建物のたたずまいや周囲の自然を愛しているんだと思います。築50年で建物は古いけれど、問題なく使えるし、ここを真新しいビルに建て替えたいと思う入居者はきっといない。これってまさに、入居者の意識も含めて自然と共生しながら存在をしようとする建物の好例じゃないでしょうか」
オフィスのバルコニーからは、社を囲む木々と緑が見渡せる。
「こうしたモノを大切に思う価値観って、すぐに浸透するものではないですよね。例えば丁寧に使われている建物が増えて、そこにいる人たちが『なんだか幸せそうだな』と思われるようになって初めて、周りの人たちの意識が向きはじめる。最近は『使い捨てってかっこよくない』『みんながエコを気にしているから自分も』なんて空気も生まれてきています。これからの時代を担う人たちは、きっとそんな価値観で持続性の高い優しい社会をつくっていくはず。そうすれば、都市も住まいもより良い方向に向かっていくと期待しているんです」
「サスティナブル」「SDGs」とは、何も無機質な未来を描く単なるキーワードではない。人と自然が共生する、新しい価値観の上に成り立つ人間らしい社会と暮らしがその言葉の先にはきっとあるのだ。
取材・執筆:菅原さくら
撮影:内海裕之
株式会社アーキセプトシティ代表取締役、クリエイティブ・ディレクター、一級建築士。東京理科大学建築学科卒業後、博報堂入社。2012年博報堂史上初めて広告制作職域外からクリエイティブ・ディレクターに当時現職最年少で就任し、翌年博報堂フェロー。
2013年アーキセプトシティ設立。新規事業・サービス開発、ブランド戦略、空間開発、広告コミュニケーション等において、企業のトップや事業責任者にクリエイティブ・ディレクターとして並走する。これまでの主なクライアントに、トヨタ自動車、広汽トヨタ、Audi、日産自動車、キリンビール、トリドール、SONY、SAMSUNG、AOKIホールディングス、ユニリーバ、花王、森永乳業、ソフトバンク、JT、上島珈琲等。
公式HP
http://archicept-city.com/
Instagram
@atsushi.muroi
@kito.tokyo
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