トランスジェンダーだから叶わない夢がある、なんてない。

2022年9月、あるインフルエンサーの婚約報告がSNS上で話題となった。

「【ご報告】現在お付き合いさせて頂いてる、男性がいます プロポーズされて婚約者です」

たくさんの祝福の言葉が贈られる中、「勇気をもらえた」「感動した」という声も。この婚約報告をしたのは、2022年の3月に性転換手術を受け、“女性”になったばかりの元男子インフルエンサー、Meiさんだ。約14年間トランスジェンダー女性として生活してきた彼女。「好きな人と結婚する」という長年の夢に大きく近づいた姿に、多くの人が感動した。

「前例がないから難しい」――。LGBTQに限らず、自分がマイノリティであるがゆえに何かを諦めたことがある人は多いだろう。しかし、Meiさんは違った。女の子の恰好で高校に通う、女性向けファッションブランドのショップ店員になる、女性としてバーレスク東京のダンサーになる、そして女性として、好きな男性と婚約する。一見すると「前例がないから難しい」と思われることでも、彼女は現実のものとしてきた。彼女のパワーはどこからくるのか? お話を伺った。

諦めなければ、夢は叶う

好きなものを“変”と言われ続けた幼少期

「物心ついた時から、“男の子が好きなもの”を好きだった記憶がありません」

そう語る彼女は、今年の3月にタイで性転換手術を受けたばかりだ。小さい時からずっと心は女の子だったという彼女。取材を行った9月5日には「実は明後日、ついに戸籍上の性別を男性から女性に変更するんですよ」と笑顔で話してくれた。幼い頃は、4歳上の姉と2歳下の妹の3人でよく遊んでいたと振り返る。

「いわゆる、“女の子向けのおもちゃ”で遊ぶことが多かったですね。着せかえ人形とかシール帳とか。アニメのごっこ遊びをしても、真っ先にヒロイン役に立候補していました。

また、髪型は坊主やスポーツ刈りなのに、姉や妹がつけているカラフルなヘアゴムや靴、服に憧れて。こっそり借りて、近所のコンビニまで行ったこともあります。とにかく、“かわいいもの”が大好きな子どもでした」

それは、小学生になってからも変わらなかった。なんとなく、男の子と遊ぶよりも女の子と遊ぶほうが楽しいし、気が楽だった。しかし、学年が上がるにつれ、周囲の反応が変化してきたと言う。

「小学校1年生の頃は、女の子とばかり遊んでいても特に何も言われませんでした。でも、小2、小3と上がるにつれ、『男のくせに女とばかり遊んで変』と言われるようになって……。気付いた時には、“オカマ”といじめられるようになっていたんです。

それでも、仲良くしてくれる女の子たちがいたから、なんとか登校できていました。でも、小学5年生の時、その子たちから『男の子は男の子と遊びなよ』と突き放されてしまって。今思うと、男の子たちから孤立していた私に気を使っての行動だったと思うのですが、当時はショックでしたね。そこから友達が全くいなくなってしまいました」

自分の好きなことで遊び、気の合う人と一緒にいたいだけなのに、自分の周りからはどんどん人が離れていってしまう。そんなストレスからか小学生で過敏性腸症候群を患い、不登校となってしまった。

「女の子になりたい」自分の気持ちに気がついて、目の前に光が指した

自宅に引き篭もっていた時は、「世界中の人を呪っていた」と話すMeiさん。

「同級生はもちろん、先生もいじめを見て見ぬ振り。家では私のことでお母さんとお父さんが喧嘩をしていて……。私には居場所がない、理解してくれる人がいない、と絶望していました。自宅の壁中に『死ね』と書いて回ったこともあります」

このまま生きていても、未来に希望が持てない。Meiさんにそう思いつめていた過去があったとは、にわかに想像しがたかった。それくらい、目の前で話す彼女は明るく、希望に満ちていた。彼女が絶望から抜け出し、前向きに歩み出せるようになったきっかけは何だったのだろうか。

「精神的にどん底だった時、家族に本名ではなく、“めい”って呼ぶようにお願いしたんです。周りのことも自分のことも大嫌いで、名前だけでも別人になりたかったのかな。でも、そこから少しずつ『本当に“めい”になったら、どう変わるんだろう』と妄想するようになって。真っ暗だった未来に、一筋の光が指したような気がしました」

男の子の自分から、女の子の“めいちゃん”になったらどうなるんだろう。考えれば考えるほど、ワクワクが止まらなかったと話す。意外なことに、その時まで「女の子になりたい自分」を自覚したことはなかったのだそう。そのきっかけになったのは、同級生から言われたある言葉だった。

「小学生の時から、“オカマ”といじめられていました。でも、同時に“オカマはバカだ”とも言われていて。幼かった私は“バカ”という言葉の方に反応して傷ついていたんですよね。『バカじゃないもん、なんでそんなひどいこと言うの』って。

ずっと生きづらさを感じているのに、その理由ははっきりしない。それが、“めい”と呼ばれるようになったことで、やっと明確になったんです」

そこからのMeiさんは早かった。女の子になるためにはどうしたらいいんだろう。何が必要なんだろう。分かっているのは、引き篭もっている時間はないということ。

「まずは小さな目標を立てました。女性用として売られている服やウィッグを買うとか、ヒールの靴を履けるようになるとか。そのためにはお金がいるから、バイトも始めて。

また、私が女の子でいられる場所をつくるため、入学する予定の高校に直談判し、女子生徒として生活することを認めてもらいました。そのため高校に通っていた3年間は、自宅や地元のアルバイト先では男の子として、学校では女の子として過ごす二重生活を送っていましたね。駅のトイレで着替えたり、化粧をしたりするからカバンはいつもパンパンで重かったな(笑)。

忙しいし大変だったけど、やっと自分らしくいられる場所が見つかった気がして、毎日楽しかったですね」

理解してもらいたかったら、理解されるように努力する

「女の子になる」という目標が明確になってから、一個一個着実に夢に向かっていったMeiさん。彼女の前向きな姿を見て、応援する人も次第に増えていった。しかし、目の前に立ちはだかる“壁”もたくさんあった。

「今では私の生き方を応援してくれている両親ですが、最初にカミングアウトした時は受け入れてもらえませんでした。

あの日は、雨がすごい日だったのを今でも覚えています。台所で洗い物をしているお母さんに、『大事な話がある』と声をかけて。勇気を出して私の夢を話したら、20秒ほど黙った後に『気持ち悪い』と言われてしまったんです。すぐに認めてもらうのは難しいかも、と予想はしていましたが、さすがにショックでしたね」

一番身近な人に本来の自分を理解してもらえないのは、想像以上に辛い経験だっただろう。しかし、Meiさんは諦めなかった。女の子になることも、両親に認めてもらうことも。高校時代は、バイトして貯めたお金で親に隠れて女性の服や靴を集めながら、勉強やボランティアに勤しむなど、親に安心してもらうために行動も起こした。

「学校を卒業した後、レディースブランドの新卒面接を受けました。大好きなショップに3700人から17人採用に選ばれた時は、お母さんも泣いて喜んでくれましたね。

お母さんは、ずっと私のことを心配してくれていたのだと思います。長い間不登校だったし、突然『女の子になりたい』と言うし。頭では『受け入れたい』と思っても、私の将来を考えると不安でしょうがなかったのでしょうね。だから思わず言葉や態度に出てしまったのかなって。

それでも、私が前向きに頑張っている姿を見て、少しずつお母さんも変わっていったんだと思います。今では一緒にショッピングもするし、性転換手術を受ける時は『お金でサポートさせてほしい』とまで言ってくれて……。ありがたく気持ちだけいただいたのですが、本当に嬉しかったですね」

性転換して、本来の自分を取り戻せた

幼い頃は、自分を理解してくれる人は誰もいないと思っていた。むしろ、自分自身も生きづらさの理由に気づいていなかった。でも、モヤモヤの正体に気づき一歩ずつ前に進むうちに、友人、家族、そして社会に少しずつ理解者が増えていった。

Meiさん本人のたゆまぬ努力と周囲の理解により、戸籍上は「男性」であるものの、仕事でもプライベートでも、「女性」として過ごせるようになった。それでも、Meiさんの「性転換手術をして、女の子になる夢」はブレなかったと言う。

「私は、好きな人と結婚したいんです。婚姻届を出して、どちらかの姓に変えて、そしていつか一緒のお墓に入りたい。それだけなんです。その夢を叶えるためには、戸籍を“女性”にする必要があります。私の夢を叶えるために、性転換手術は不可欠なものなんです」

さらにMeiさんは、「戸籍を変えたら結婚できる私は、選択肢が多い方」と続ける。

「私は体は男の子だったけど、心も体も女の子でいたい。そして好きになる対象は男性です。だから、性転換して戸籍上女性になったら、好きな人と法律婚できます。でも、性ってもっと複雑で入り組んでいて。心も体も女の子で、好きになる対象も同性という人もたくさんいます。しかしその場合、好きな人と結婚したくても、現状は法律の問題でできません。

性の形も、幸せの形も人それぞれ。性転換手術を受けることや、好きな人と法律婚することが誰にとっても幸せなことだ、とは思いません。でも、それを選ぶかどうかを自分で決められる。そんな誰もが平等に選択肢を持てる世界になってほしいとは思いますね」

そして2022年3月、Meiさんはタイで性転換手術を行った。生きづらさから世界中を呪い、自宅の壁に「死ね」と書きなぐっていた男の子は、14年の時を経て女の子になった。長年の夢が叶った今、Meiさんは何を思っているのか。

「やっぱり嬉しいです。でも、ハイな嬉しさというよりは、ナチュラルな嬉しさですね。言葉にするのは難しいのですが、遊園地に行くような特別感ではなく、道端の花を“美しい”と思える日常感というか……。

性転換手術を受けるまで、ずっとないものねだりをしていたんです。髪が短いときは長くなりたかったし、胸がないときは女性らしい胸に憧れたし。女の子になるためにどれだけ頑張っても、心のどこかで『まだ足りない』ってモヤモヤしていました。

でも、性転換手術を受けたことで、そのモヤモヤが晴れたような気がして。やっと“変われた”というよりも、やっと“本来の自分を取り戻せた”という方が近いかもしれません」

この取材から2日後、MeiさんはSNSで戸籍上の性別が女性になったことを報告した。そこには、「日常の中幸せを思う様な当たり前を手に入れた」とつづられていた。

前例がないなら、私が前例になればいい

取材中、Meiさんの口からは何度も「夢」という言葉が出てきた。高校では女の子として生活する、憧れだったブランドショップの販売員になる、好きな男性とお付き合いする、バーレスク東京のダンサーになる、そして心身ともに女の子になる――。

これまでMeiさんは、たくさんの夢を叶えてきた。しかし、一筋縄では行かないことも多かっただろう。Meiさんの夢を叶えるパワーはどこからくるのだろうか?

「私、一般的に“無理”だと思われることでも、無理って思わないんです。無理なことって、たいてい『前例がないから無理』だと思われているんですよね。でも、前例がないことはできない理由にはなりません。だって、今“当たり前”とか“普通”と言われていることも、遡れば前例をつくった人が必ずいるはずなんです。だったら、私がその前例になればいいと思い行動しています」

諦めなければ、夢は叶う。Meiさんの語るこの言葉の裏には、我々には想像もできないような努力があったのだろう。夢を持った人は強い。そして、気づいていないだけで、誰の胸の中にも夢はすでにあるのかもしれない。そう感じた時間だった。

夢の話をすると、「そもそも夢が見つからない」と言われることがあります。私は、夢って何でもいいと思うんです。いつかこの場所に旅行してみたいとか、百貨店に入っている憧れのブランドのリップを買うとか。それだって立派な夢です。まだしたことはないけど、想像してみて“楽しそう”、“ワクワクする”ことが夢になる。私も、まだまだたくさんの夢があります。「好きな人と結婚したい」「養子を迎えたい」「ハンドメイドや料理教室を開いて、地域のママ友と交流してみたい」「我が子と一緒に近所のスーパーに買い物に行きたい」とか。時には、どんなに努力しても叶わないことがあるかもしれません。でも、大なり小なり夢をたくさん持っていると、前を向き続けられると思うんです。全ての夢は叶わないかもしれない。でも、夢があればあるほど、そして諦めずに続けるほど、叶う確率はどんどん高くなると思うのです。

取材・執筆:仲 奈々
撮影:内海裕之

Mei
Profile Mei

SNS総フォロワー数40万人超えのトランスジェンダーを公表するインフルエンサー。高校生の時から女性として生活し、2022年3月に性転換手術を受け、戸籍上でも女性となった。2022年9月に、12年来の片思いを実らせ、婚約したことを発表した。

Twitter @mei_bratz
Instagram @mei_cherryblossom
YouTube 美人ニューハーフめい
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