女性特有の悩みはタブー視しなきゃ、なんてない。【前編】
女性の健康課題を解決するために開発されたテクノロジーを使用するソフトウェアや診断キット、サービスや各種製品、いわゆる「フェムテック」。これらのプロダクトを育て、必要な人々がそれに出会えるプラットフォームを創出するfermata株式会社の中村寛子さんとAminaさんは、女性活躍進出の場を切り開いている。スタートのいきさつや思いを伺った。
連載 女性特有の悩みはタブー視しなきゃ、なんてない。
世間では、すでにリーダーとして活躍している女性は少なくないだろう。しかし、結婚、妊娠、出産などをきっかけに、現場から遠ざかってしまう人はまだまだ多い。総務省の調べによれば、2012年〜2017年の5年間で出産・育児を理由に前職を離職した女性の数は約101万人。出産後も就業を継続している人の割合は53.1%(調査対象:2010年〜2014年)のみと活躍の場を望んでいる人もまた多いことが分かっている。
女性の活躍が叫ばれながら
女性の健康は無視されている
そもそも2人はどのようにして出会い、今の仕事をすることになったのだろう。中村さんはもともと生理痛が重く、つらい年月を過ごしてきたが、留学しているときに低用量ピルに出合い人生が変わったという。

「低用量ピルに出合ったときはまさに衝撃でした。知っていた母に対してなぜ教えてくれなかったんだという気持ちにもなりましたが、母は月経は温めておけばよい、薬を飲んでおけば治るという時代の人だったので、責めても仕方ない。とにかくこれのおかげで留学中も楽に過ごせるようになり、無事に帰国して就職もしました。でも、日本で低用量ピルを入手できるのはクリニックや産婦人科に限られていて、開業時間が自分の仕事時間と完全にかぶってるんです。仕方ないのでランチタイムに仕事場の六本木からクリニックがある恵比寿までタクシー飛ばして処方してもらいに行ったり、有給を使ったりして通院するしかなくて。この時点で女性のヘルスケアに対して疑念を持っている自分がいました」
加えて中村さんが就職したのはマーケティング広告業界。いわゆる「“男”勝り」や「“男”気」を要求される世界で、女性であることを理由に「できない」とは言い難く、つい無理をしてしまっていたという。
「身体的にも精神的にも悲鳴を上げているにもかかわらず、自分自身がそれに耳を傾けなかったんですね。そうしたら30歳だか31歳の頃に倒れてしまいまして。初めてメンタルをやられるという経験をしました。このことをきっかけに仕事を離れ、1年間ぷらぷらしながら考えて、私みたいな女性はもう生まれてほしくないっていう結論に至ったんです。そこで私が立ち上げたのが、女性からはじめるダイバーシティを掲げ、異なる業種、性別、国籍、コミュニティの人々が“マッシュアップ”することで化学反応を促すカンファレンス『MASHING UP(マッシングアップ)』でした。必ず入れたかったのが、ウェルネスとか性に関するセッションでした。セッションの中でよくよく話を聞いてみると、MASHING UPに協力してくれる女性たちみなさんが健康とキャリアがマッチしていないと言うんですね。女性の活躍っていうのに、女性の健康が無視されている。それでもんもんとしていたら、以前から友人だったAminaと何か一緒にやろうということになったんです」
女性の医療ニーズには女性の感覚が必要
Aminaさんはお父さんがマレーシア人で、アフリカで育ちヨーロッパで教育を受け、「女性だから」という障壁を感じることがない環境を経てきた。
「アフリカにいた小学生時代から友達のお母さんがEUの上層部にいたり、ユニセフのトップだったり、女性が働くのは当たり前でしたし、高校や大学時代も結婚して家に入りたいっていう子は周りにいませんでした。そのため、フェミニズムとかMeTooの意義すらよくわかりませんでした。女性が活躍できないってどういうことなのって」
そんな中、2年半前に日本のベンチャーキャピタルで投資の勉強をしているときに出合った卵巣年齢キットが起業のきっかけになったという。
「女性が生きにくい社会という言い方がありますけど、あなたの問題は? ニーズは? って直接聞かれたらわからない人も多いと思うんです。でも、卵巣年齢キットを知ったとき、子供が欲しいと思いながらいつできるかわからないというあたりに私を含めた女性のニーズがあるんじゃないか、女性という体に生まれたことに対するソリューションがあったらいいんじゃないかと思ったんです。医者は生物学的男性の方が多く、女性のニーズに気付かないケースもあるような気がします。そのため、女性のための医療テクノロジーが進化していなかったんです。例えば1993年まで、ある国医療系政府機関では治験に女性のデータを使うことを義務としていなかったんですよ。医学的進化や、文化的なタブーによるところもありましたし、そもそも女性のニーズや課題が言語化されてこなかった。既存の薬などが女性の身体に合うのかどうかが研究されず、わからないままだったんです。私たちが生物学的男性の体の変化がどのようなものかわからないように、生物学的女性の医療ニーズもそれを経験した人の感覚が必要なんです。欧米でのMeTooムーブメントが広がることで、こうした課題が議論され可視化されてきました。でも日本では議論もまだあまりされてなくて、根本的なソリューションを解決するものは少ないのが現状なんですね」

そうした中で2019年10月、中村さんとAminaさんは、日本やアジアでは未発達のフェムテックの市場を育て支援するため、fermata株式会社を設立することとなった。
ゴールはダイバーシティを意識しなくてよい世界
中村さんとAminaさんが事業面でも手を組むこととなったのは、それよりさかのぼる2019年のゴールデンウィークがきっかけだという。
「寛子から、低用量ピルの提供サービスって日本の法律上ではOKなの?という相談を受けたんです。私はその頃、会社ではなくプロジェクトとしてフェムテックに関わりながら、孫泰蔵さんが代表を務めるMistletoe Japan合同会社に所属していたんですけど、ある日泰蔵さんが『本格的にやりたいなら独立しなよ、アドバイザーとして関わるから』と私の独立を応援してくれたんです。それで同じようなことを考えている仲間たちと去年、2019年のゴールデンウィークに10日間勉強会合宿をしたんです」(Aminaさん)
ほとんどの仲間が数日間だけ参加していたが、中村さんはたまたまスケジュールが合い、最後まで参加した。
「MASHING UPはそもそもダイバーシティという言葉を意識する必要がない世界を作るというのがゴール。それってウェルネスと近いようで遠く、ずっとモヤモヤしてたんです。Aminaにも指摘されましたし。そういうことに自分の中で整理がつくかなと勉強会でホルモンについても調べ直したら、私がやりたいと思っていた低用量ピルは女性の人生のほんの一部分のソリューションで、本当は更年期や老年期まで長い目で見る必要があるんだということに気づいたんです」(中村さん)
勉強会合宿の時点では2人で会社を作るという話までは発展していなかったというが、いろいろ話し合ってお互い考えていることが合致することがわかり、さらにお互いの得意不得意が見事に異なっていたため、手を組むことで相互作用が起こせることが見えてきた。こうして方向性が定まり、フェムテックのためのファンドとして2020年2月、fermata Fund合同会社が設立された。
バラバラに提供されるフェムテックを同じプラットフォームに
中村さんは当初、自分たちでもプロダクト開発を行いたいと考えていたという。だが、実際には世界には現在、200社ほどがフェムテックに取り組んでいるとわかり、方針転換をした。

「世界中のフェムテックプロダクトのうち、そのほとんどが日本に届いていなかったことがわかったんです。言語の問題や薬事ライセンスの問題もあるんでしょうけど、一番大きいのは価値観じゃないかと。良いものが出回っているのに、女性たちが自分に合っているのかがわからない、わからないから使えない、使えなければ売れない、売れないから事業を撤退するところも出てくる。つまり、日本にはこうしたものの市場がない、ということがわかったんです。そこで私たちはフェムテックの市場作りをしようということになりました。具体的には、Aminaが世界中からフェムテックを集め、私がそれを広めるイベントを開催する、といった分担です」(中村さん)
Aminaさんはフェムテックを提供するためのシステム作りに力を入れる。
「現状はフェムテックって生理用はこれ、妊娠用はこれ、お母さん用はこれ、更年期用はこれ、というように、年齢やフェーズによってバラバラなんです。どれが自分にとって必要なのか、良いものなのかがわかりづらい状態。モノや情報が溢れる中で、これらを同じプラットフォームに乗せて提供できるような形を最終的に作ろうとしています」
(Aminaさん)
~女性特有の悩みはタブー視しなきゃ、なんてない。【後編】につづく~
中村 寛子
Edinburgh Napier University (英)卒。ad;tech/iMedia Summit主催。2015年にmash-inc.設立。女性エンパワメントを軸にジェンダー、年齢、働き方、健康の問題などまわりにある見えない障壁を多彩なセッションやワークショップを通じて解き明かすダイバーシティ推進のビジネスカンファレンス「MASHING UP」を企画プロデュース。fermataではコミュニティ運営と各種イベントを統括。
Amina
東京大学修士号、London School of Hygiene & Tropical Medicine(英)公衆衛生博士号取得。日本医療政策機構にて、世界認知症審議会(World Dementia Council)の日本誘致を担当。Mistletoeに参画。All Turtlesの日本オフィス設立メンバー。国内外の医療・ヘルスケアスタートアップへの政策アドバイスやマーケット参入のサポートが専門。
多様な暮らし・人生を応援する
LIFULLのサービス
みんなが読んでいる記事
-
2024/05/24
“できない”、なんてない。―LIFULLのリーダーたち―LIFULL HOME'S事業本部FRIENDLY DOOR責任者 龔 軼群FRIENDLY DOOR責任者 龔 軼群(キョウ イグン)2024年4月1日、ソーシャルエンタープライズとして事業を通して社会課題解決に取り組む株式会社LIFULLは、チーム経営の強化を目的に、新たなCxOおよび事業CEO・責任者就任を発表しました。性別や国籍を問わない多様な顔ぶれで、代表取締役社長の伊東祐司が掲げた「チーム経営」を力強く推進していきます。 シリーズ「LIFULLのリーダーたち」、今回はFRIENDLY DOOR責任者の龔軼群(キョウ イグン)に話を聞きます。
-
2024/08/14インクルーシブアートとは?【前編】障がい者の文化芸術活動を通じた共生社会の実現と取り組み例「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」をキーワードにして、さまざまな社会的ムーブメントが起きています。その一つに「インクルーシブアート」があります。2018年6月に成立した「障がい者による文化芸術活動」とも呼応し、官民一体で障がい者を含んだ芸術活動が活発化しています。この記事では、インクルーシブアートについて解説します。
-
2022/02/03性別を決めなきゃ、なんてない。聖秋流(せしる)人気ジェンダーレスクリエイター。TwitterやTikTokでジェンダーレスについて発信し、現在SNS総合フォロワー95万人超え。昔から女友達が多く、中学時代に自分の性別へ違和感を持ち始めた。高校時代にはコンプレックス解消のためにメイクを研究しながら、自分や自分と同じ悩みを抱える人たちのためにSNSで発信を開始した。今では誰にでも堂々と自分らしさを表現でき、生きやすくなったと話す聖秋流さん。ジェンダーレスクリエイターになるまでのストーリーと自分らしく生きる秘訣(ひけつ)を伺った。
-
2025/03/31家賃を払わなきゃ、なんてない。―「感謝」が「家賃」代わりに!? 移住のスタートを支える新しい共同住宅の仕組みとは。―中村真広 島原万丈「建築と不動産×テクノロジー」をキーワードに活動してきた中村真広さんのインタビュー。ツクルバ共同創業や虫村の構想を通じて、多様な人々と共創し、経済システムを超えた新たな場づくりを模索する中村さんの思いと実践を、島原万丈さんとの対談で探ります。
-
2022/06/02親の老後と介護について解説!介護生活で必要なお金と話し合っておきたいポイントを解説内閣府の調査によると、2036年には3人に1人が高齢者という時代になると言われています。高齢化が進む日本において、親の介護に不安を感じる人も少なくありません。この記事では親の介護における注意点や知っておくべきポイントを紹介します。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。