コンプレックスは隠さなきゃ、なんてない。―メイクアップアーティスト酒見紗弥花が導く、ルッキズムにとらわれない自分らしさの見つけ方―
一般の方向けにヘアメイクレッスンや、スタイリングを実施している酒見紗弥花さん。お客さん一人ひとりに合ったスタイルを提案し、多くの女性から支持されている。しかし、酒見さん自身は以前からメイクやおしゃれを自由に楽しめていたわけではないという。酒見さんがメイクアップアーティストの道に進むまで、そして現在の活動について話をうかがった。
InstagramやYouTube、TikTokなどのメディアには数々のメイク動画がアップされ、世界中で人気コンテンツとなっている。そんなメイク動画は参考になる部分もあれば、「自分には似合わない」「この人みたいに綺麗にはなれない」とコンプレックスを刺激されることも。
おしゃれをするのは楽しい。けれど、外見や容姿を重視しすぎたり、それによって自分や人を評価したら、それはルッキズムになってしまう。知らず知らずのうちに、ルッキズムに苦しんでいる人も多いのではないか。さらに、外見のみで人を判断することは、無意識のうちに差別的な態度をとることにもつながりかねない。
それに対し、一般向けに数々のレッスンを実施してきたメイクアップアーティストの酒見紗弥花さんはこう語る。
「誰にでも、絶対に“その人にしかない魅力”があるはずなんです」
自身も容姿にコンプレックスを抱えていた過去を持つ酒見さんのこれまで、そしてメイクアップアーティストとしての活動に込めた思いを聞いた。
自分の魅力を引き出してくれるのがメイクの面白さ。「私なんて」と思わずに、楽しんでほしい
「ダメな自分」に悩んだ10代
パーマのかかったショートヘアに、上品なメガネ、柄の可愛らしいニット、ゆるっとしたシルエットのパンツ、そして笑顔。おしゃれでハキハキとした、親しみやすさのある素敵な女性。酒見さんに会うとそんな印象を受ける。
しかし、かつては自分に自信が無く、コンプレックスを抱えて10代を過ごしていたという。
「学生時代はいつも地味なグループにいて、かわいくて目立つ人気のグループを見て羨ましいなと思っていました。過去のいじめの経験もあり、外見も含め自分に自信を持てていなかったと思いますし、なにか居心地が悪いというか、そんな思いを抱えて過ごしていました」
思春期らしく、周囲との比較にも苦しんだ。洋服好きの母親の影響でおしゃれには関心が強かったものの、自分の見た目を周りと比べては落ち込んでいたという。
「私が10代の頃は、ぱっちり二重で小柄の女の子=かわいいといった雰囲気があったと思うんです。それに対して私は一重で高身長で、正反対だったこともあり、自分の容姿が嫌だなと思っていました。今の時代なら韓国アイドルなどの影響もあって、一重も高身長も魅力的だと思えたかもしれませんね」
そんなコンプレックスを抱えたまま中高時代を過ごした酒見さん。大学に入ると、環境も変わり、考え方が少しずつ変わっていったという。酒見さんは当時を振り返り、こう語る。
「制服から私服で生活するライフスタイルになったことや、比較的女性が少ない環境だったことも相まり、周りから見た理想に近づけることよりも、自分の好きなものを自由に楽しむようになっていきました」
好きな分野であるバイオサイエンスの研究にも没頭し、大学院にも進学。その後は、研究職として大手化学メーカーに就職。 会社員時代は、忙しい部署だったこともあり、大学時代に楽しんでいたオシャレからも遠のき、目の前の仕事に追われて、外見に気を遣う余裕もない日々を過ごしていた。
人生を変えたメイクレッスン
しばしば徹夜もある忙しい職場でメイクやおしゃれとは無縁の生活を送っていた酒見さんは、妊娠・出産を機に休職。職場復帰にあたって、部署異動することとなった。
異動先は、都内の化粧品開発部門。それまで所属していた郊外の研究所から大きく環境が変わり、多くの女性と共に働く華やかな印象の部署に所属することとなる。「今まで通り、すっぴんにジーパンではまずいのでは…?」と酒見さんは焦った。そこで、職場復帰を控えたある日、気分転換も兼ねて軽い気持ちでメイクレッスンを受けることにした。
「メイクもせずに男性に囲まれて働いていたところから、美を扱う部門に異動になって、『このままだと恥ずかしい。化粧品を開発するにあたってメイクのことも知らないと』と思ったんです。それで、育休の最後の方に、メイクのレッスンを受けに行ってみました」
ファンデーションの塗り方、眉毛の書き方など、基本的なことから教わった。このメイクレッスンが酒見さんの、メイクへの意識を変えるきっかけとなった。
「メイクを教えてもらって、綺麗になるのはもちろんなんですが、何より気分が上がって。それまでは1人では知らないお店に入ることにも抵抗があったのに、メイクをしてもらったことで、この顔のままどこかに行きたいなと思えました。メイクでこんなに人の気分が変わるのか!私もメイクして良いんだ!と衝撃でした」
その後、へアメイクの学校に通ったり、会社でも自社のコスメを使ったメイクとコーディネートのバランスについて企画したりしながら、さらに深く人の顔の世界にのめり込んだ。
「あの時の衝撃が忘れられなくて、人の顔がヘアメイクの力でどう変わるのか、どうするとその人の魅力がより引き立つのかを学びたくて、学校に行き始めました。家族や友人にも協力してもらいながら人の顔について研究し、自分が施したヘアメイクで相手が笑顔になっていくことが嬉しくて。
さらに、化粧品を開発していくなかで、みんながどういう気持ちでメイクするのか、ということも深く考えるようになりました。ヘアメイクを通じて、人の魅力を引き出すことに楽しさを感じるようになっていったんです」
酒見さんのコスメ選びは、化粧品開発の経験を活かし、その方の魅力を引き出しやすいアイテムを選ぶこと。そして、プチプラであるかデパコスか、流行っているかどうかということではなく、毎日お客様がワクワクしながら鏡に向かえるようなアイテムであることを重視している
自分の魅力を活かしたメイクで輝く
気がつけば、メイクインストラクターの資格まで取得していた。2020年には会社を退職し、メイクアップアーティストとして独立。
「せっかく大手企業に入社したので、できれば辞めずに社内でスキルを活かして働きたいなと思っていました。けれど、会社だとどうしても制限があって、なかなか思い通りには活動できず、退職することにしました。最初はお給料もゼロになっちゃうので怖かったのですが、自分が施したヘアメイクで、目の前のお客様が笑顔になっていく瞬間を見ていると、とても充実感があり、 思い切ってチャレンジしてみて良かったと思っています」
安定した大企業に勤めていた酒見さんの独立には、当初は夫からの反対もあった。それでもメイクの仕事をしたいと思った酒見さんは、独立を決断。コロナ禍の独立ではあったものの、順調に仕事を増やしている。
現在、酒見さんのもとに訪れるのは、酒見さんと同じく40代の子育て中の女性が多い。子どもや家庭のことで忙しく、自分自身に手をかける時間がない女性たちが、酒見さんのSNS発信に共感して集まっている。
「出産すると、肌が荒れたり髪の毛がボサボサになったりして、落ち込んで、でも、子育て中は、子どものことで一生懸命になるので。 いつの間にか自分自身の優先度は下がっていって…。ふとした時に、写真や鏡を見て、『あれ?私ってこんなんだったっけ』ってショックを受けたりして。 私自身もそういう経験をしたことがあります。 そういった方が、もう一度自分自身を楽しみたい、ワクワクした毎日を過ごしたい、と来てくださることが多いです」
そんな酒見さんのメイクレッスンでは、お客さん自身が自分でメイクできるようにレクチャーするスタイルを採る。酒見さんはレッスンにおいてこんなことを大事にしている。
「その日1日だけ綺麗になってもらうのではなくて、毎日、鏡の中の自分を見るのが楽しくなるような、そして、あれもチャレンジしてみたい、こういう服も着てみたい、といったように、自分自身にワクワクする気持ちを感じてもらえるように意識してレッスンしています。
それから、レッスンの際にはお客様の本音をしっかり聞くことを大切にしています。例えば事前にメールでご希望を伺うのですが、そこに『ママらしいメイクをしたい』と書かれていても、実際に話してみるとそれは周囲を意識しての言葉で、本当はもっと違う雰囲気が好きだったりする。その人が心から楽しいと感じる雰囲気に辿り着けるように、しっかりお話を伺います」
お客さん自身の「好き」を引き出すために、話を聞くだけでなく、観察も欠かさない。例えば、メイクポーチ。どんな柄のポーチを持ってくるのか、どんなアイテムを持ってるのかなど、お客さんの「好き」も読み取れるポイントは実はたくさんあるのだとか。
さらに、具体的なメイク方法においても、ただお客さんの悩みをカバーするメイクではなく、お客さん自身が楽しんで鏡の前に立てるようなメイク方法をレクチャーしている。
「悩んでいる箇所をカバーして改善するだけだと、結局お客様はずっとそこが気になっちゃうんですよね。エラが気になる人に対して髪の毛で隠す方法を教えても、その人はずっと顔周りをカバーする髪型になるだけ。そうじゃなくて、例えばエラにコンプレックスを感じている人でも、目が素敵な人だったら、エラを隠す方法ではなく、魅力である目を活かす方法を提案するようにしています。 そうすることで、自分では気づいていなかった魅力にも気づくことができるし、その魅力を楽しもうと思ってもらえます」
自身の経験も踏まえ、ヘアメイクによって人の魅力を引き出す酒見さん。かつては大学でのバイオサイエンスの研究であったり、会社員時代の化粧品そのものの開発であったりとさまざまな道を辿ってきたが、今はヘアメイクという別の道で多くの人を助けていることがわかる。
最後に、流行りや周りの常識に縛られずに自分に合うスタイルを見つけるコツを聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
また、目的地はなりたい自分。「40代だから」とか「ママだから」とか取っ払って、「何にでもなれるとしたら?」と自分に問うてみてください。その2つの基準がわかれば、「自分の魅力xなりたい自分」で自然と素敵な自分に辿り着けると思います!
取材・執筆:白鳥菜都
撮影:阿部拓朗
メイクアップアーティスト、スタイリスト。化学工学系の大学院を卒業後、大手化学メーカーに就職し、14年間勤める。研究員として技術開発に携わった後、化粧品部門で新商品開発に取り組む。2020年より「HARU」を立ち上げ、全国各地でメイクレッスンを行う。
Instagram @sayaka.sakami
YouTube @Sayaka28
公式サイト HARU
みんなが読んでいる記事
-
2022/01/12ピンクやフリルは女の子だけのもの、なんてない。ゆっきゅん
ピンクのヘアやお洋服がよく似合って、王子様にもお姫様にも見える。アイドルとして活躍するゆっきゅんさんは、そんな不思議な魅力を持つ人だ。多様な女性のロールモデルを発掘するオーディション『ミスiD2017』で、男性として初めてのファイナリストにも選出された。「男ならこうあるべき」「女はこうすべき」といった決めつけが、世の中から少しずつ減りはじめている今。ゆっきゅんさんに「男らしさ」「女らしさ」「自分らしさ」について、考えを伺った。
-
2023/03/27【前編】増加する高齢者の孤独死とは? 1人暮らし高齢者が抱える課題の実態
日本では誰にも気付かれることなく1人で亡くなる「孤独死」が増えています。特に、高齢者の孤独死には日本社会が抱えるさまざまな問題が関係しています。この記事では下記の4点を解説します。①見過ごせない高齢者の孤独死の現状 ②なぜ増加する? 高齢者の孤独死の原因 ③孤独死の背景にある「社会的孤立」 ④孤独死を未然に防ぐための対策
-
2023/03/02【前編】社会的孤立・孤独の問題とは? 心の健康と不安の解消・対策・向き合い方
新型コロナウイルス感染症対策のため、テレワークや授業参加はオンラインにシフトするなど、人と人との接触が極端に制限され、私たちの人間関係は大きく変化しました。ニッセイ基礎研究所が行った調査によると、コロナ禍前と比べ、家族や友人との対面でのコミュニケーションが減ったと感じた人は4割を超える結果に。また、4人に1人がコミュニケーション機会の減少による孤独や孤立への不安を感じると答えました。長引くコロナ禍の影響、または高齢社会を起因とした孤立・孤独の問題は深刻さを増しており、国や自治体、民間企業との連携も含め、孤立・孤独の問題への対応が本格化しています。
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2024/04/18定年で現役引退しなきゃ、なんてない。―定年を超えて働き続ける、あるシニア社員の1日を追う―中山 登志朗
LIFULL HOME'S総研の副所長兼チーフアナリストの中山登志朗は昨年9月に定年を迎えた後もシニア社員として再雇用され、各種メディアへの執筆や出演、セミナーへの登壇など今も大忙しの日々を送っている。そんな中山に、シニア社員としての現在の働き方と今も働き続けるモチベーションを尋ねた。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。