貧困問題は他人事、なんてない。―公共ではなく、民間から当事者にアプローチする。Renovate Japan代表・甲斐隆之がたどり着いた答え―
世界的にも「豊かな国」とされる日本。2022年の世界GDP(国内総生産)ランキングではアメリカ、中国に次いで第3位に位置している。しかし、そんな日本社会にも「貧困当事者」とされ、「住む家がない人」は存在する。
甲斐隆之さんは、「Renovate Japan」の代表を務める経営者だ。同社は、「空き家」を通じて貧困問題の解決を目指す事業を展開している。
新卒で入社したコンサルティング会社での仕事を離れ、他に類を見ないビジネスモデルに挑戦する甲斐さん。何が彼をこの道に突き動かしたのだろうか? 直接話を聞いた。
2022年時点で、「ホームレス状態」とされる人は全国に3,448人だという(※)。厚生労働省は生活保護制度やホームレス緊急一時宿泊施設(通称:シェルター)などを整備しているが、そうした仕組みがあっても、そこにたどり着くことすらできない人たちがいることもまた事実だ。
甲斐さんが代表を務める「Renovate Japan」が行っているのは、「住む家がない人々」と「改修中の空き家」をマッチングする事業だ。現場では、貧困当事者がさまざまな人々と交流し、自立に向かって進むポジティブなサイクルが生まれているという。
甲斐さんは日本の貧困問題の現状について、「公共の力だけでは解決できない構造的な問題がある。だから僕は、民間の立場からその構造の改革に挑戦したいと思ったんです」と語る。彼がこの境地に至るまでには、どんな経験やストーリーがあったのだろうか?
※厚生労働省「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果について」(2022年4月)
線引きをうやむやにせず、その線に向かい歩み寄る。マジョリティとマイノリティをつなげる「リノベーション」というアイデア
「溶け込みたい、でも自分は自分でありたい」。幼少期に身につけた客観的視点
甲斐さんが社会における「マイノリティー」と「マジョリティー」を意識するようになったきっかけは、幼少期にあった。6歳の時、甲斐さんの一家を不幸が襲ったのだ。
「父親が亡くなり、母子家庭になったんです。ただ、不幸中の幸いというか、遺族年金などの制度を利用することができたので、特別暮らしに不自由を感じたとは思っていません。
でもやはり、学校や子ども同士のコミュニティーでは『特別な境遇』という認識が自他ともにありました。『のけ者にされてしまわないように、周りに溶け込まないと』という意識は強く持っていましたね」
小学生から中学生時代に経験したカナダへの移住も、甲斐さんの人格形成に大きく影響したという。
「それまで過ごしてきたのと全く違う環境に飛び込んで、アジア人として差別されたりよそ者扱いされたりしたくないので、なるべく同調しようとしていました。でも、同時に周囲とは絶対的に違う『自分のアイデンティティー』は確かにあって。『溶け込みたい、でも自分は自分でありたい』というせめぎ合いの中で、物事を相対的・客観的に見られるようになった気がします。コミュニティーの中でみんなが『絶対こうだ』と思っていることに対しても、『本当かな?』と疑問視するクセは、この時身についた気がしますね」
努力で勝ち取ったと思っていたものが、用意された環境だったことに気づいた
その後、日本に帰国した甲斐さんは、高校生活を経て大学に入学。その時代に考えていたことは、「いかにコスパ良く生きるか」だった。甲斐さんは当時を振り返ってこう語る。
「裕福とは言えない母子家庭だったので、勉強や進学については『コストをかけずに最大限の結果を出すこと』を目指していました。私立の学校は選ばず、塾などには通わないようにしていましたね」
自身の境遇を糧に努力し、大学合格を勝ち取った甲斐さん。しかし、甲斐さん自身はその経験について「反省している部分が大きいんです」と語る。
「『自分は人生のリソースが少ない中で努力して成功したんだ。周囲とは違うんだ』という変なプライドを持ってしまっていたと思います。同じ大学にはすごくコストがかかる教育を受けてきた人たちも多かったので、その環境の中で頑張れば頑張るほど、無駄なプライドが膨張していっていたなと感じますね」
そんな当時の甲斐さんの意識を変えたのは、単位の埋め合わせのつもりでたまたま受講した「文化人類学」の講義だった。そこで題材とされていたのは、日常生活やメディアの報道などでは目にしない、社会的弱者の問題。知っていたようで知らなかった現実に、甲斐さんは衝撃を受ける。
「人身売買、ホームレス問題、児童労働など、今まさに起きている社会課題が提示されて、それについてディスカッションしていく内容でした。講義を受けるうちに、僕自身が人生の中で感じてきた社会への不満が沸き上がってきたと同時に、自分自身のことが恥ずかしくもなったんです。『母子家庭は大変だ、周りよりハンデがある境遇だ』と思っていましたが、その中でも遺族年金や学資保険の育英年金といった制度に助けられていた。でも、現実にはそうした救済制度にたどり着くことができずに苦しんでいる人たちがいる。努力で勝ち取ったと思っていたものが、用意された環境だったと気づいたんです」
「なんで貧困層は笑顔でいちゃいけないの?」インドで感じた認識のズレ
視野が広がり、社会の中で苦しむ人たちの存在を知った甲斐さん。特に貧困に問題意識を持ち、それを解決するための道を模索していく。その中で、最も大きかったのはインドを訪れた時の経験だった。
「大学3年生の時、インドのスラム街に暮らす子どもたちに初等教育を行うNGO(非政府組織)に参加しました。そこで感じたのは、『どこまで行っても人は人だ』ということです。
貧困の人とそうでない人って、支援とか交流をしようとしても対立してしまったり分かり合えなかったりするケースが多くあります。でも、当事者たちが暮らす環境に深く入っていって、彼らがどんなふうに選択肢を奪われて、どんな状況に直面しているのかを肌で感じれば、彼らの意見の背景がより理解できる。『分かり合えない存在』じゃなくて『同じ人なんだ』と実感しました」
インドでの経験は、もう一つ甲斐さんに大きな気づきをもたらした。それは支援者の認識と実情とを隔てるズレの正体だった。
「スラム街などに住む当事者と交流したあと、『あの人たちには笑顔があったから、大丈夫だね』と言う来訪者がよくいます。でも僕は、『なんで当事者は笑顔でいちゃいけないの?』って思うんです。当事者にとってはその日を生きるためのお金を稼ぐので精いっぱいという状況が当たり前だったりする。それが『日常』なら、その中に喜怒哀楽はありますよね。『つらそうな顔をしていないから大丈夫だ』という勝手な決めつけではなく、実情を見て支援や介入の判断をしないといけないと、インドの地で気づかされました」
民間の立場から貧困問題にアプローチする。新たな支援のあり方を実現する画期的なモデル
大学院を卒業した甲斐さんは、新卒で公共政策のコンサルティングを行う会社に入社。すぐに頭角を現し、1年目でプロジェクトマネジャーも任された。しかし、2年目に退職し自身の会社「Renovate Japan」を立ち上げる。そこにはどんな経緯があったのだろうか?
「民間の立場から、貧困問題にアプローチしていきたいと強く思ったからです。新卒で入った会社で公共政策の現場を体験して、貧困問題における公共政策側の問題点を痛感しました。例えばホームレス緊急一時宿泊施設は貧困や家庭内暴力で住む家がない人のための避難施設ですが、数人で1つの部屋に住まなくてはならないなど環境が良いとは言えないため、逃げ出してしまう当事者もいる。でも、設備を整えたり個室を用意したりするには何倍もの税金を使わなければならない。一般市民や議会の理解はなかなか得られないですよね」
行政の支援を受けず、独立した民間ビジネスとして貧困当事者を支援していくことを決めた甲斐さん。目をつけたのは「空き家」だった。
「空き家はそのまま住めない状態のものが多い。でも、誰かがリノベーションに投資すると、その投資分を回収するために、例え低額であっても賃料など何かしらの料金設定をしなければならず、緊急支援の状態の方には手が届きにくい。そこで、投資の回収対象とはなりにくい“リノベーション中の空き家”に注目しました。最初に完成した個室さえあれば、そこに住める状態をつくれて、当事者を受け入れることができるし、残りのリノベーション作業の簡易なお手伝いを、柔軟なお仕事として提供することもできる。一定期間、安定した家と仕事を確保した状態で、次の就労先を探したり生活保護の申請を検討したりできるわけです。このように次のアクションのために落ち着く場所をつくることも大事な支援だと考えました」
緊急支援を要する当事者が住み、作業をお手伝いして完成したリノベーション物件は、一般向けの賃貸物件などとして収益化できる。住む家がない人にとっても建物の持ち主にとってもwin-winのモデルだ。最初の実績として手がけた国分寺の一軒家は瞬く間に話題となり、次々に新たな依頼が舞い込んだ。今では手がけた物件は4軒となり、5軒目の新たなプロジェクトも進行しているという。
マジョリティーとマイノリティー、それぞれの課題や関心事を組み合わせてプロジェクトにする
今、甲斐さんたち「Renovate Japan」が取り組んでいるプロジェクト。それは、甲斐さんにとっても新たな挑戦だという。
「静岡県焼津市にある、10年前に廃業したビジネスホテルを再生するプロジェクトです。もう一度ビジネスホテルとして単純に建て直すのではなく、焼津のポテンシャルを生かして町の人たちと宿泊客との交流が生まれるようなゲストハウスにしようと構想しています」
もちろんこのプロジェクトでも、緊急支援を要する当事者が住み込みでリノベーション作業を行う予定だ。こうしたプロジェクトの来訪について、焼津の住民たちからも歓迎の声が上がっているという。
「現地でも運営スタッフ側としてリノベーション作業者を募集し、確保しています。また、改修後のコンセプトを発信しながら、DIYワークショップなどのイベントを開催すると、たくさんの人が興味を持ってくれて、集まってきてくれます。これまで手がけた物件の現場では、そのような形で地域の方も巻き込みながらリノベーション作業を進め、その中で緊急避難中の当事者とそうでない人が自然にふれ合い、相互理解が深まるのを見てきました。抽象的に言えば、マジョリティーとマイノリティー、それぞれの課題や関心事(例えば空き家、DIY、まちづくりなど)を組み合わせてプロジェクトとし、両者を自然につなげる。そんな活動ができているのかなと思います。今後も続けていきたいです」
非当事者の中には、「どんな人も対等。『支援する側が上』と思いたくない」という人もいます。でも、困っている人とそれに手を差し伸べる人がいたら、そこに線引きが生まれてしまうことは事実であり仕方がないことだと思います。
その関係性から目をそらし、うやむやにするのはむしろマイナス。線引きがあることで、当事者が「助けて」と声を上げやすくなるかもしれない。
立場の違いを明確にしつつ、いかにその線に向かい歩み寄れるか。貧困や暴力、差別にさらされている人が、いざという時に安心して堂々と「助けて」と言える環境をつくりたいです。僕たちと一緒に安心できる場所をつくり、次のステップに向かって進んでいきましょう。
取材・執筆:犀川 及介
編集:白鳥 菜都
撮影:服部 芽生
埼玉県出身。6歳の時父を亡くし、母子家庭で育つ。幼少期にカナダへの移住を経験。大学入学後に受けた講義で貧困や社会問題に触れ、衝撃を受ける。インドでのインターンや大学院進学を経てコンサルティング会社に就職後、独立。2020年10月に「Renovate Japan」を立ち上げ、活動に励んでいる。
ホームページ Renovate Japan
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