若いうちは同じ環境で頑張ったほうがいい、なんてない。

鞘師 里保

俳優・歌手活動を中心に活躍する鞘師里保(さやし・りほ)さんは、2015年に人気絶頂の中「モーニング娘。'15」を卒業。その後、芸能活動を休止し、ニューヨークへ留学を決めた。17歳という若さでの決断に、周囲やファンからは「早すぎる」「もったいない」と惜しむ声もあった。

慣例や周囲の声にとらわれず、10代のうちに自分の「進路」を決断してきた鞘師さん。そこに迷いやプレッシャーを感じたことはあったのだろうか。

キャリア選択において、そのタイミングは人それぞれだ。しかし、やりたいことを見つけたとしても、タイミングによっては「年齢的にまだ早いんじゃないか」「その年齢ではもう遅い」と周囲に言われることも少なくないのではないだろうか。また、「就職したら3年は同じ職場で働くべき」「転職するなら◯歳までに」など、年齢や期間の「〜すべき」といった通説から、決断をためらう人もいるだろう。

鞘師里保さんは、12歳でモーニング娘。に加入し、17歳でグループからの卒業と芸能活動の休止を発表した。人気絶頂期かつ、アイドルとしてもまだまだ“若い”“これから”といわれる年齢での決断だった。

「早すぎる」と、その決断に疑問を投げかける声もあった中、鞘師さんは「自分が進みたい道を歩むために必要だった」と語る。

自分が「したい」気持ちを大切にして、自分の人生を生きていく

5歳の頃にダンスを始め、12歳でオーディションに合格。モーニング娘。に加入して芸能界での活動をスタートさせた鞘師さんは、一見すると「若くして大胆な決断をしてきた」ように見える。しかし、当時を振り返って「本来、私は慎重なタイプなんです」と話す。

「12歳で芸能界に入るという決断は、リスクを考えずに飛び込めたあの頃の自分だったからこそできたことでした。同世代以上に頑張っていたとか大人びていたのではなく、ダンスをやりたい気持ちとオーディションの結果、それと自分の好奇心が運良く重なったんです。

もし20歳前後でオーディションに受かったとしたら、ネガティブな可能性を考慮して『やめておこうかな……』と思ったかもしれない。だから12歳の自分には感謝しています。勢いだけで進んでくれたので」

自分の年齢を鑑みて、あるいは人とは違う行動をとることや周囲の反応によって、決断や挑戦を諦めてしまう。このような悩みを抱える人も多いのではないだろうか。たくさんのチャレンジに果敢に取り組み決断力があるように見える鞘師さんにも、そんな風に諦めてしまう可能性があった。

「落ち着いて冷静に考えられる状況だと、さまざまな可能性や失敗することを考えてすごく迷いますよね。私も自信を持って周りに『これをやるんだ!』と言えるだろうか、と自問自答したこともありました」

しかし、実際にチャレンジして実感したのは「決断そのものには良いも悪いもない」ということだそうだ。

「その決断が正しかったかどうかは、実行したあとの行動で決まっていくんです。……だけどやっぱり、決める時はたくさん悩んでしまいますよね」

そんな「迷い」を持った鞘師さんを突き動かしたのは何だったのだろうか。

「当時の環境が悪いというわけでは全くありませんでした。ただ、自分にとってこの環境に居続けることよりも、今動いた方が新しく知れることがあるんじゃないかなと思うようになったんです。自分が成長しないことのほうが怖くて、早く動かなきゃ! という気持ちだったかもしれません。

留学自体はモーニング娘。の卒業を決める前から興味があったんですが、『ハロー』と『イエス、ノー』くらいしか英語が話せないような状態でした。でも、英語が分からないまま留学することへの怖さ、みたいなものは正直なくて。それよりも、自分が変わらないことのほうが怖かったです」

挑戦することなく、自分が成長しないまま人生を歩んでいくことが怖い。「早すぎる」と言われた人気絶頂期での卒業、単身留学を決めた鞘師さんを突き動かしたのは、焦りにも似た怖さだったのだろう。

決断することは、自分の人生を生きるということ

成長したい気持ち自体はポジティブなものだ。しかし、それが「成長しなければいけない」「達成しなければいけない」というプレッシャーに変化していくと、自分を追いつめ挫折してしまうこともある。

特に鞘師さんは、グループを卒業する時に「ダンス留学をする」と宣言していたこともあり、留学中・留学後の彼女の活動に大きな期待が集まっていた。自分自身で決めた責任と周囲の期待。そのプレッシャーとどのように向き合ってきたのだろうか。

「周囲やファンの方に『留学する』と宣言したので、留学中には友だちとご飯を食べているだけでも『遊んでいると思われるんじゃないか』とか『私はちゃんと学んでいるのだろうか』と自分に問いかけ、責めてしまうことはありました」

芸能人としての自分と、個人として生きている自分を切り離しているつもりでも、どうしても周囲の視線を気にしてしまう時期があったそうだ。

「ただ、語学力が足りないまま留学したので、私はまず語学学校に通ったのが良かったと思っています。英語がここまでできるようになった、と確認できたタイミングで、じゃあ次はダンススタジオに通おう、と段階的に学びを進めていけました。そうやって徐々に自分のペースで物事を進められた時、『ああ、自分の人生を生きている感じがする』と実感しました」

自分の人生を生きている実感が持てるまでの自分を「空っぽだった」と表現した鞘師さん。自らが「こうしたい」と感じたタイミングで行動に移すことは、後悔しない人生を歩むことにもつながるのかもしれない。

「他人がどう思うか、で決めるのではなく、『自分がしたい』という気持ちをもとにひとつひとつの行動を決めることができているという実感が生まれた時、人として『中身』がつまってきて『私は成長した』と思えました。自分はこういう風になりたかったんだな、と分かったんです」

周りに何を言われても人生を楽しんだほうがいい

自分のやりたいタイミングでやりたいことをやる、そこから自分の人生を生きている実感が生まれる。それはとても大切なことだ。仕事につながる学びや精神的な成長など、ポジティブな影響も多々あるだろう。

一方で、自分のやりたいことをやるためには周囲の理解を得なければいけない場面もある。特に、その決断をする時の年齢によっては「まだ早いんじゃない?」「今更遅いんじゃない?」など、慣例的な「決断の時期」から外れることに周囲からの投げかけもあるだろう。

また、「やりたいこと」は他者から見ると、時に「遊んでいる」「楽しんでいてずるい」といった視線を向けられてしまう怖さもある。

そんな不安を抱える人へ、鞘師さんは「人生を楽しむことの何が悪いんでしょう。あの子は楽しんでいるって思われたほうがいいって、私は思います」と胸を張って言う。

「自分の意思で選んだことに充実感を覚えたり、その環境を楽しむことって、どこにいても大切だし、自分を前向きにさせる良い傾向だと思います。自分は何がしたいのか分からないという方が、世の中にはすごく多いのではないでしょうか。そんな中で、やりたいことがある、見つけられるって素敵なことです」

鞘師さんがさまざまな決断を経験して感じたことは、「決断そのものより、その後の自分がどう行動していくかに『決断の意味』があらわれるということ」だと言う。

とはいえ、決断は人生の分かれ道になる可能性もあるため、簡単にできるものではない。留学を終え、芸能活動に復帰する決断をする時、鞘師さんは近しい人に相談しながら時間をかけて自分の気持ちを確認したそうだ。

「復帰について考えている時によく言われたのは、『あなたにはたっぷり時間があるんだよ』ということ。そう言われて、生き急いでいる自分に気付けました。人生を先に結論づけてしまおうとする自分がいたのですが、思いつめることはない、余裕を持とうと思えるようになりました。

根本的なところではネガティブというか、今も昔も、悪い可能性を考えてしまいがちな性格なんです。そのせいで焦りがちなところがあります。だから、ちょっと落ち込んだ時や考え込みすぎている時には『そうだよね』と、“自分の隣に一緒にいてあげる自分”の存在を忘れないようにしています」

「自分の隣に一緒にいてあげる自分」とは、「自分の味方でいてあげる自分」のことだという。自分を励ますとか鼓舞するのではなく、今起こっている事実を受け入れ冷静になると、自分自身のやりたいことを冷静に見つめることができるという。

周囲の人が大好きで大切だからこそ、ひとりで考えて自分を焦らせてしまう傾向があるそうだ。そんな自分に気付いたからこそ、鞘師さんは「もうひとりの自分」と向き合い、ともに歩むように心がけている。

現在、テレビ番組「行列のできる相談所」(日本テレビ系)のダンス企画へ参加しているほか、2022年4月からは「NHK高校講座 英語コミュニケーションI」(NHK Eテレ)の新MCを務める。ダンスや歌、演技だけでなく、その仕事の幅は英語にも広がっている。新たな挑戦をし続ける鞘師さんに、最近した決断について聞いた。

「作曲をしたいと思って、最近楽器の練習を始める決断をしました。作詞をしたことはあるんですが、作曲はしたことがないので、いつか自分の曲を書けるようになったらいいなと思って。将来的にお仕事になるのかは全然分からないんですけど、まずはできるようになりたい。ダメならダメで仕方ないと思いますが、できることなら何でもやってみたい性格なので、チャレンジだけでもしようと思っています」

23歳で新たに楽器、そして作曲活動にチャレンジする鞘師さん。周囲に気を配り自分の状況を見つめて深く考えながらも、「やりたいこと」へ真っすぐに進んでいく軽やかさも持ち合わせている。思考は深く慎重に、行動は思い切って身軽に。鞘師さんのそんな姿勢は、自分の進みたい方向へ進むタイミングに迷う人に、「いつが正解なんてない。人それぞれでいいんだ」と勇気づけてくれる。

決断して一歩前に踏み出したからといって、すべてが前向きに進んでいくとは私は思っていません。決断したことで、きっと良くも悪くもいろいろな変化があるはずです。でも、まずは自分の「やりたい気持ち」に従って行動する。その事実によって、前向きな気持ちや自分自身を信頼してあげられる気持ちが高まって、自分の人生を生きている実感が湧くと思います。

決断に悩むこともあると思いますが、そこまで悩める人なら決断したあとも困難があってもどうにか対処できると思うんです。だからもし、今挑戦したい気持ちがあるなら恐れないでほしい。周囲の目や慣例を気にせず、行動できるチャンスがあるならぜひ挑戦してみてほしいと、私は思います。

取材・執筆:むらたえりか
編集協力:はてな編集部

鞘師 里保
Profile 鞘師 里保

1998年生まれ。幼少期よりアクターズスクール広島にてダンスを始める。 2011年に当時12歳でモーニング娘。9期メンバーとしてデビュー。 15年12月31日にモーニング娘。を卒業し、その後ニューヨークへダンス留学。 20年9月より芸能活動を再開。現在はドラマや舞台、ミュージカルなど活躍の場をますます広げている。直近の活動に連続ドラマ「俺の可愛いはもうすぐ消費期限!?」出演、NHK Eテレ「NHK高校講座 英語コミュニケーションI」MCなどがある。2022年4月6日には『RIHO SAYASHI 1st Live & documentary~DAYBREAK~』が発売。

Web:鞘師里保OFFICIAL SITE

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