世代や立場を越えた共生は難しい、なんてない。
既存の電力供給だけに頼らず、自家発電で電力を自給するオフグリッド生活に注目が集まっているが、場所や慣習にとらわれない“オフグリッドな生き方”を実践する人も増えている。一昨年、東京から長野に移住した、NPO法人Ubdobe(ウブドべ)の代表、岡勇樹さんもそう。岡さんに「壁を作らずに“楽しむ”」生き方について話を伺った。
職場、居住地域、人間関係、社会的な役割……。ふと見回してみればさまざまな壁に取り囲まれて生きている。しかし、そもそもその壁は本当にあるのだろうか? 「こうあらなければいけない」と思い込んではいないだろうか? 「もっと自分にとって合理的でいいのでは?」と語るのは福祉と地方創生に関わる事業を展開している岡さん。岡さんの中には仕事や場所、人とのつながり方に慣習的な制約はない。一昨年には住まいの拠点を東京から長野に移し、世界を飛び回りながらも畑仕事や子どもとの生活も楽しむ生活を送っている。自分はどうありたいか、好きや楽しいを通して社会とつながっていくことで広がる可能性とは?
忖度(そんたく)よりエゴイズム。
自分を出すことで壁は消える
医療福祉をテーマにした音楽イベントや、地方創生に関わる事業などを数多く手掛けるウブドべ。代表を務める岡さんは暮らしの拠点を長野におきながら、仕事の拠点は日本全国。場所にとらわれない働き方をしている。
岡さんは元々は東京暮らし。長野に移住したのはおよそ1年半ほど前になる。きっかけは子どもの誕生だった。
「そもそも地方出張や海外出張も多い生活を送っていたので、子育てを考えたときにこのままでは奥さんの負担が大きすぎる、今のままの暮らしでは難しいなと思いました。それでサポートを得やすいように出産前に奥さんの実家がある長野に引っ越すことにしたんです。ウブドべはスタッフがいるからこそ、こうして僕が離れたところに住んでいられるという部分はありますが、いまはリモートワークに適したツールも充実しているので必ずしもオフィスに通わなければ仕事ができない時代ではないですよね」
移住したことでより良い方向に向かっている
月の半分は東京や地方など長野以外の地域へ出向き、残りの半分は長野にいながらEvernoteで情報を共有したり、ZOOMなど遠隔ツールを使って業務を進めている。出張の予定は入り乱れていても日数の配分は厳密。長野の自宅を離れるのは1カ月のうち15日間までと決めている。
「小さい子どももいる生活なので、本当は1日家をあけるだけでも奥さんの負担は計り知れない。母親だけが子どもを育てているわけではないし、父親も一緒に育てていくのは当たり前のこと。とはいえ、仕事としてもやりたいことはたくさんある。そこの兼ね合いは奥さんとも相談しながらバランスをとって家を空けるのは15日まで。それ以上は絶対にあけないように設定しました。仮に16日間になるようならスケジュールのほうを調整しています」
長野に移住したことで仕事の進め方だけでなくライフスタイルにも大きな変化があった。
「東京にいた頃は、仕事終わりに飲みに行ってラーメン食べて夜中の3時、4時に帰るみたいな生活でした。寝るのが遅いから起きるのも遅くなる。それが今は、朝8時には起きて子どもを着替えさせたり朝ご飯を食べさせるところから始まりますから激変です。午前中に事務処理的な作業をしたら、午後はZOOMを使って打ち合わせや会議。そういう業務がなければ畑仕事をしたりしています。心身ともにめちゃくちゃ健康になりましたし、事業の次の展開を考えたりする心の余裕もあって、この暮らし最高だなって思いますね」
かけ離れた経験の真ん中にいたい
農作業のほか、開墾から家造りをしている義姉夫婦の手伝いも楽しんでいる。「より土に近い生活にどんどん傾倒していっている」その感じがまたいいのだという。
「自分の人生を経験という線で考えたとき、僕はいつでも線の真ん中にいたい。音楽が大好きなので世界の音楽フェスにもよく行くんですが一方では畑仕事もしている。何かの経験だけに偏ってしまうとそっち側に引っ張られてしまって本当にいたい場所がわからなくなってしまうと思うんです。だから僕にとっては振れ幅がある状態のほうがバランスがいい。大自然の中で暮らすことを楽しんでいる僕もいれば、クラブで朝まで踊り狂っている僕もいる。どっちもやる人生がいい。極と極の振れ幅が広ければ広いほどニュートラルでいられる。『自分はここがいいんだ』と今いる場所に対して確信が持てるんです」
好きな音楽を通じてだったら人とつながれた
岡さんの経験値の幅が広いようにウブドべの事業の幅も広い。医療福祉系クラブイベント『SOCiAL FUNK!』をはじめ、参加型医療福祉系謎解きイベント『Mystic Minds』や、子どもの視点とデジタルアートで小児医療・療育を革新する『デジリハ』などなど。ただ、ジャンルは異なれど「エンターテインメントを通じて医療や福祉を身近に感じてもらい、業界の活性化につなげていく」というテーマは共通だ。
2010年から続く『SOCiAL FUNK!』はウブドベの代名詞的な音楽イベント。今年は11月24日に渋谷SOUND MUSEUM VISIONで開催される。
「情報を取りにいくために医療や福祉を勉強するより、遊びや音楽を楽しみながらのほうが参加もしやすいし情報も自然に入ってきやすい。それに『楽しい!』や『好き!』を介すると、見た目とか立場とか関係なく人と人とはつながりやすい。これは僕が15歳のときに音楽を通じて実感したことです」
東京生まれの岡さんは3歳から11歳までアメリカで暮らし、小学校6年生から日本の学校で学んだ。しかし、小学校では友達が1人もできず、中学ではひどいいじめにも遭った。
「長野に移住してからは症状が劇的に良くなったんですけど、元々アトピー性皮膚炎で特に中学時代は症状がひどくて顔とか腕とか血まみれでした。見た目のことで心無い言葉も浴びせられたし、制服を切られたり、ボコボコに殴られたりヘビーな毎日が続いて悲惨でしたね」
鬱屈(うっくつ)した中学時代を経て、岡さんの人生が激変したのは高校1年生のとき。ハードコアパンクと出合いライブハウスに通ううちに友達や仲間がどんどん増えていった。
「好きなバンドや好きな音楽を通じて出会う人たちとは、見た目も年齢も立場も全く関係なくコミュニケーションがとれました。『このバンド超ヤバいから聴いてみて!』って情報を交換し合ったり、『あのバンドのライブ行こうぜ』と誘い合ったり。好きな音楽を通じて人生がハッピーに変わっていきました」
岡さんが音楽に関わるイベントをライフワークにしているのは、音楽が好きなのはもちろん、音楽に救われた原体験があるからだ。
「かといって、障がい者と健常者とが交流を深めるためのユニバーサルな場を作っている意識は全くないです。『俺の好きなこの音楽、すげえカッコイイからみんな聴きに来てよ!』みたいな気持ちですね。そこにいろんな人たちが集まることに意味があると思っています」
自分を動かすのは正義感ではなく“違和感”
いま岡さんがウブドべの事業として一番力を入れているのは、デジタルアートとリハビリを融合した小児向けのリハビリテーションプログラムの開発、『デジリハ』だ。
「リハビリをする子どもの動きに合わせてデジタルアートが動く、もしくはデジタルアートを追いかける動きをすることでリハビリになる。さらにそのデジタルアートを子どもたちがプログラミングすることで、リハビリを受ける子とリハビリを創る子とのコラボになったら最高じゃない?というところから始まったプロジェクトです」
『デジリハ』は日本財団が主催するソーシャルイノベーションフォーラムで優秀賞を受賞。1.5億円の開発助成金を得て2018年4月から本格始動したばかり。2021年の正式リリースを目指しシステム開発が進められている
岡さんには「生きてるうちはみんな楽しいほうがいいじゃん」という、いたってシンプルな思いがある。それは、「その人の“楽しい”を阻害することはできるだけなくしていきたい」という思いでもある。
1981年東京生まれ。3歳から11歳までアメリカ・サンフランシスコで生活し、帰国後DJ・ドラム・ディジュリドゥなどの音楽活動を始める。21歳で母をがんで亡くし、後に祖父が認知症を患ったことをきっかけに音楽療法を学びながら高齢者介護や障がい児支援の仕事に従事。29歳でNPO法人Ubdobeを設立し代表理事に就任。現在は医療福祉系クラブイベントの企画、デジタルアート型リハビリテーションの開発、各種行政からのイベント制作やコンテンツデザインなどの受託事業を展開。International Welfare Association(一般社団法人国際福祉機構)代表理事、One On One LLC.代表。
ウブドべHP http://ubdobe.jp/
note https://note.mu/uqoka
Twitter @UQ_Ubdobe
Instagram ubdobeyuke
みんなが読んでいる記事
-
2024/09/30女性だと働き方が制限される、なんてない。―彩り豊かな人生を送るため、従来の働き方を再定義。COLORFULLYが実現したい社会とは―筒井まこと
自分らしい生き方や働き方の実現にコミットする注目のプラットフォーム「COLORFULLY」が与える社会的価値とは。多様なライフスタイルに合わせた新しい働き方が模索される中、COLORFULLYが実現したい“自分らしい人生の見つけ方”について、筒井まことさんにお話を伺った。
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2023/02/27アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)とは?【前編】日常にある事例、具体的な対処法について解説!
私たちは何かを見たり、聞いたり、感じたりした時に実際にどうかは別として、「無意識に“こうだ”と思い込むこと」があります。これを「アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)」と呼びます。アンコンシャスバイアスによるネガティブな影響に対処するための第一歩は、「意識し、理解する」ことです。
-
2022/02/22コミュ障は克服しなきゃ、なんてない。吉田 尚記
人と会話をするのが苦手。場の空気が読めない。そんなコミュニケーションに自信がない人たちのことを、世間では“コミュ障”と称する。人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』のパーソナリティを務めたり、人気芸人やアーティストと交流があったり……アナウンサーの吉田尚記さんは、“コミュ障”とは一見無縁の人物に見える。しかし、長年コミュニケーションがうまく取れないことに悩んできたという。「僕は、さまざまな“武器”を使ってコミュニケーションを取りやすくしているだけなんです」――。吉田さんいわく、コミュ障のままでも心地良い人付き合いは可能なのだそうだ。“武器”とはいったい何なのか。コミュ障のままでもいいとは、どういうことなのだろうか。吉田さんにお話を伺った。
-
2021/06/17エシカル消費はわくわくしない、なんてない。三上 結香
東京・代官山で、エシカル、サステイナブル、ヴィーガンをコンセプトにしたセレクトショップ「style table DAIKANYAMA」を運営する三上結香さん。大学時代に「世界学生環境サミットin京都」の実行委員を務め、その後アルゼンチンに1年間留学。環境問題に興味を持ったことや、社会貢献したいという思いを抱いた経験をもとに、「エシカル消費」を世の中に提案し続けている。今なお根強く残る使い捨て消費の社会において、どう地球規模課題と向き合っていくのか。エシカルを身近なものにしようと活動を続ける三上さんに、思いを伺った。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。