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STORIES 2018/11/08

東京じゃなきゃファッションは作れない、なんてない。

沖縄本島の北に浮かぶ小さな島・伊平屋島で暮らす是枝麻紗美さんは、7年前まで都内でファッションスタイリストとして活動。有名雑誌から引っ張りだこの多忙な日々を過ごしていた。さまざまな人と交友し、刺激的な生活の中でトレンドを生み出してきた彼女が、それとは180度違う離島での生活で、今なおファッションを作り続けている。その創作への姿勢は、どんな環境でも新しいものを生み出せるということを教えてくれる。

ファッションのトレンドはどこで生まれるのだろう?
いつの間にか誰もがスマホを持ち、どこにいてもおしゃれで綺麗な写真が見られるようになった。けれど、そこにつくハッシュタグは「#tokyo」「#paris」「#london」……。紙の雑誌に載っていた情報がデジタルに移っただけに見える。話題のブランドのお店があるのも、デザイナーやおしゃれなモデルが住んでいるのも華やかな都心。日本でファッションを志す若者は、やはりとにかく東京を目指すだろう。

沖縄県・伊平屋島に住む是枝さんは、沖縄の自生植物を使った民具アトリエ「種水土花(シュミドカ)」を主宰する。沖縄県内各地での展示販売はもちろん、日本全国のショップやイベントで作品を販売する人気デザイナーだ。ファッション誌で引っ張りだこの人気スタイリストだった生活を一変させ、離島に渡った彼女。「とにかく東京に出なきゃ」「最新情報にアンテナを張っていなきゃクリエイションはできない」、そんな価値観を超越し、島での生活を通じてファッションを発信する是枝さんの創作の源とは——。

都心でなきゃ、ではなく、
経験を地方で実践することが重要

是枝さんがファッションに興味を持ったのは中学生の時。『Olive』(マガジンハウス)、『CUTiE』(宝島社)などのファッション雑誌が大人気で、それぞれの雑誌が発信する自由でオリジナリティの高いファッションコーディネイトや、掲載されているアイテムたちに夢中になった。

「当時、アトピーがひどくて、治療のために地元の鹿児島を離れて熊本の病院へ入院したことがあったんです。熊本はおしゃれな街で、雑誌に載っている海外ブランドを扱うお店がたくさんあったんです。病院に外出届を出してよく洋服を見に行っていました」

そんな中で、是枝さんはファッションスタイリストの仕事に興味を持つようになる。大森伃佑子や堀越絹衣といった、最新のアイテムを魅力的に組み合わせるトップスタイリストに憧れた。そのために、当時はとにかく東京に行かなければ、と強く感じていた。

楽しくて刺激的、でもあまりにハードだったスタイリスト時代

スタイリストの夢を追い、東京の文化服装学院に進学。必死に勉強に励んでいたが、実際にファッションの世界に入るきっかけになったのは、クラブ通いでできた人脈だったという。

「学校では課題に追われる日々で、このままで本当にファッションの仕事につけるのかと不安に思っていました。クラブはそんな気持ちを共有できる仲間や実際に業界で働く人たちとたくさん出会えて、とにかく刺激的な場所でした」

そこで出会ったスタイリストのアシスタントとしてキャリアをスタート。とあるカルチャー誌への在籍を経て独立すると、培った人脈で次々と仕事が舞い込んだ。

「とにかくがむしゃらに仕事をしました。忙しくて時間も無かったけれど、飲みの場や遊びに顔を出すことも怠らず……。撮影という仕事は大好きで、いつも『大人の部活みたいだな』と楽しんでいましたが、生活はあまりにハード。体を壊す前に辞め時を考えないとな、と感じていました」

海と音楽に惹かれて移住を決意

そして是枝さんは、沖縄県・宮古島に程近い島、伊良部島に移住。きっかけは、クラブシーンで出会ったミュージシャンが主催するイベントが宮古島で開かれ、そこに訪れた際に伊良部島にも渡ったことだった。海外に負けない美しい海があり、近くには好きな音楽イベントもある。風が感じられるさとうきび畑などにも心を奪われた。

しかし、そこはトレンドの中心地とは遠く離れた離島。移住を決めた時、ファッションの仕事とは距離を置くつもりだったのだろうか? 本人に疑問をぶつけてみた。

「ファッションの仕事は引退するつもりでした。周りにそう伝えたら、とても驚かれましたね。一様に『えっ……』という反応でした。最後には盛大なパーティを開いてくれて、たくさんの人が見送りに来てくれました。

ただ、そのつもりでも、やっぱり心のどこかで『何か作れないか』と探していたんだと思います。宮古島で、クバ(ビロウ)というヤシ科の植物に出合って、『これで何か作りたい』と思ったんです」

自分の精神が高まり、強くなる感覚を大切にする

宮古島で出合ったクバの葉でできたカゴに運命を感じ、すぐに自分でも作り始めた是枝さん。その時に障害になったのは、島での生活の意外な忙しさだったという。

「もともと料理も好きだったので、伊良部島では飲食店でパンやスイーツを作る仕事をしていたんです。ただ、伊良部島は宮古島に近いということもあり観光で人気の島。繁忙期にはとても忙しくなります。本来なら、誰かに師事してしっかりと経験を積みたかったのですが、宮古島で少し体験クラスに通えただけで……。あとは独自にアレンジして、仕事の合間に少しずつ覚えました」

独学での試行錯誤では、とにかく数を作ることを意識した。生き物である植物を使うので、無駄にはできない。失敗したものも、全て崩して小さな雑貨に再利用。余った端材も、『ガーランド』や『ガンシナー』と呼ばれる鍋敷きのような小物を作るのに使った。新しいもの、良いものを生み出せた時には、何物にも代え難い高揚感を得られるという。

「高校時代、親友の実家が鹿児島の屋久島というところにあって、ジャズバーを経営していたんです。地元に溶け込みながらもおしゃれさがある素敵なお店で、当時よく足を運んでいました。親友のお父さんが進路のことなんかの相談に乗ってくれて……。その時、“高揚”という言葉を教わったんです。『精神が高まり、強くなる感覚。これを信じて、大切に生きていくんだよ』という言葉を、今でも覚えています。作品ができた時の感覚は、まさにこれなんです」

穏やかな暮らしから生まれる作品と、広めるための情熱

そして、制作活動を本格化するために、沖縄本島から北におよそ40kmに位置する離島、伊平屋島に移住する。一軒家を借り、「種水土花」と名付けた本格的なアトリエも開いた。朝、簡単な家事を済ませた後は一日中制作に没頭できる環境を手に入れた是枝さん。大きな環境の変化を2度経験して、戸惑う部分もあるはずだが、彼女は笑い飛ばしてこう語る。

「東京時代から、『離島に行くんだから不便は当たり前』と思っていたので、実際来てみたら『こんなものか』という程度です。もちろん、台風が来れば屋根の瓦が飛んでしまったり、Wi-Fiがつながらなくなったりしますし、家にアリが大量発生したこともありましたが……、どうにかなる、というレベルです(笑)。

離島に限らず、田舎暮らしはやることがたくさん。伊平屋に来てからは制作に没頭できていますが、畑もやっていますし、地域の伝統行事にも積極的に参加します。周りに住む島人(しまんちゅ)たちと触れ合い、助けてもらいながら、新しいことにチャレンジして“高揚”を味わっています」

穏やかでかつ刺激的な伊平屋島での生活。そんな中で、『種水土花』を広める活動も怠らないという。是枝さん自身が『扱ってほしい』と感じるお店をリサーチして、一軒一軒門をたたく。離島から別の島、はたまた本州へ。決して楽ではない営業活動には、スタイリスト時代の経験が生きているという。

「私の作品は植物を使っているので、サンプルはかさばっていつも大荷物。でも、スタイリスト時代に何十コーデ分もの洋服が詰まった鞄を背負って現場を回った経験があるので苦になりません。その姿が、お店の側からは『すごく気合が入った人が来たからしっかり対応しないと』と思ってもらえるみたいで。飛び込みでお会いした後も、長く良いお付き合いができるお店が多いです」

グローバルで考え、ローカルで実践する

『種水土花』を始めて2年。伝統的な民具を現代の生活にもマッチするよう、試行錯誤を重ねて作られたデザインは、今では感度の高い女性客を中心に人気に。離島から生まれたファッションが確かに広がっている。

「ありがたいことに、今は全国からいろいろとオファーを頂けるようになりました。スタイリスト時代の知人や友人から声をかけてもらうことも多いです」

作るものは、是枝さん自身が「ベーシックより派手なものが好き」ということもあって、カラフルな端切れや布を巻いたデザインが多い。使う時はもちろん、何気なく飾ってあるだけで日常が華やぐデザインだ。インスピレーションの源はさまざまだが、琉球王朝の伝統的な琉舞衣装やメイクも刺激になっている。まさに、是枝さんらしさと伊平屋島の環境だからこそ生まれる新しいファッションだ。

是枝さんに、やりたいことと周りの環境とのギャップに悩む人にどんな声をかけるか聞いてみた。

『BARFOUT!』(ブラウンズ・ブックス)という雑誌が創刊した時の言葉“THINKING GLOBAL, ACTING LOCAL”が好きで、今でも頭の片隅に入れています。『グローバルに思考したことを、身の回りで実践する』という意味ですね。
あとは、やりたいことを実現するために夢中になって努力すること。私は“高揚”のためにひたすら努力しました。東京に行ったのも、最初は隣の芝が青かったというのが大きかったかもしれませんが、その時出会った刺激的な人たちから受けた影響が、確かにここ伊平屋島での私の物作りに生きています。『都心じゃなきゃできない』ではなく、今までの経験を生かして地方で実践することが重要だと思います
Profile 是枝 麻紗美

1977年、鹿児島県生まれ。文化服装学院服装科卒業後、ファッションスタイリストとして活躍。月に雑誌40〜50ページ分のスタイリングを一人で担当するなど12年間にわたりトップスタイリストとして活躍。33歳のとき、仕事を全て終了させ沖縄県伊良部島に移住。沖縄自生植物を使った民具のデザイン、ハンドクラフトを開始。38歳で伊平屋島に移住後は、アトリエ「種水土花」を主宰。南風原町の「ゆいまーる沖縄」などで作品を展示・販売中。

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