旅をしながら暮らすのは難しい、なんてない。【前編】
書籍『移住女子』の著者である伊佐知美さんは、固定の住まいを持たずに世界各地を旅する生活を3年以上続けている。安定した仕事や暮らしを手放したにもかかわらず、その人生は会社員として働いていた頃よりもはるかに充実しているという。本来はビビリな性格であるにもかかわらず、思い切った生き方を選択できた理由とは?
「衣・食・住」という言葉があるように、人が暮らしていくうえで住居は必要不可欠なものである。だが、地方へ移住した人々を取り上げた書籍『移住女子』の著者・伊佐さんはここ3年ほど固定の住まいを持たずに世界を自由に飛び回り、ノマドワークで収入を得る暮らしを楽しんでいる。必要なのは最小限の荷物とやりたいことを決める意思。だが当の伊佐さんは「すごくビビリな性格なので、安定した暮らしを手放すのも新しい世界に飛び込むのも怖くてたまらないんです」と言う。肩書や安定した生き方、果ては住む家まで、多くの人が執心するさまざまなものを手放してきた背景には、「後悔したくない」という強い思いがあった。
旅・文章・写真。
自分の好きなものとともに
生きる未来を歩みたかった
世界中の好きな土地を旅しながらリモートワークで原稿を執筆し、旅の費用と生計を稼ぐ。固定の住所を持たないアドレスホッパーとして軽やかに生きる彼女の経歴をひもとくと、転勤族の父親の影響で幼い頃からさまざまな土地を渡り歩いてきたという、現在の旅人生に通じる原点がうかがえる。
「生まれたのは新潟ですが、幼少期の大半を過ごしたのは北海道や東京、中国・上海といった空気や文化が異なる街。小学校を点々とした中に海外が入っていた影響はやはり大きく、小学5年生時に上海から新潟へ戻った頃には、『海の向こうにまた行きたい』と強く思うようになっていました。そこから海外の雑誌や高橋歩さんの旅行記などを読みふけるようになり、文章を書く仕事にも憧れるようになりました」
将来の夢を決定づけたのは、高校生のときに読んだ村上春樹氏の『遠い太鼓』という紀行本。旅をしながら小説『ノルウェイの森』を書く著者の生き方に感銘を受けたことが、現在の生き様の原型となっている。
「普通の旅は消費しかしないけれど、自分の生み出したもので収入が得られたら、生産性と持続可能性が出てくるかなって。本当に自分の気の済むまで、長く旅を続けてみたかったんですよね。そのための手段が大好きな仕事だったらどれだけ幸せか。だからまず目標への第一歩として、自分の書いた文章で身を立てる準備から始めることにしたんです」

安定した暮らしにしがみつくだけじゃ
夢をかなえることはできない
「文章に関わる仕事に就こう!」と奮闘するも、その道のりは思うようにいかないことの連続だった。
雑誌の編集者になろうと採用試験に挑んだものの、大手の出版社は全滅。当時は「大手で正社員として働くのが正しい」という既成概念に縛られていたこともあり、契約社員やアルバイトという立場で夢を追う選択はできなかった。
夢より安定を優先して選んだ就職先は三井住友恵まれた環境の中で営業として職務に励んだが、決められた選択肢の中でルーティンを繰り返す日常に少しずつ疑問を感じるようになり、結婚を機に約3年で退職。今度こそ自分のやりたいことを最優先にしようと紹介予定派遣で講談社へ入るも、アシスタント枠での採用だったため仕事は編集職にはほど遠い内容だったという。
「ぼんやりとではあるけど『30歳までに世界一周の旅に出たい』と考えていたのに、気づけばもう27歳。雑誌編集部への異動も叶わなそうだし、このままじゃ夢をかなえられないまま終わっちゃうなって。どうしよう……と考えた末に、ちょっと動いてみようと。会社で書くことに携わるのが難しいなら、外で文章を仕事にする方法を探してみようと思ったんです」
がむしゃらに情報を集めてようやくつかんだ糸口は、未経験者OKのWebライターの募集記事。スタート時の報酬は記事1本につき500円だったが、執筆した記事を持ってさまざまな編集部に売り込みをかけるうちにレギュラー記事の本数も報酬の額も右肩上がりに。昼は講談社の準社員、終業後はライター業と二足のわらじで着々とキャリアを磨き、半年後には1本2万円で執筆を依頼されるようになっていた。同じ頃にはライター業だけで月20万円を安定して稼げるようになり、講談社を退職。文章だけで身を立てる手段を手に入れ、念願だった夢への一歩を踏み出した。

とある旅先での仕事机
自分で選んだ生き方だから
苦労だらけでも楽しめる
会社員時代に蓄えた貯金をベースに、世界一周の旅に出発したのは2016年4月。リモートワークで文章を書き、Airbnbやゲストハウス、ホテルなどを利用しながら多様な都市を渡り歩く日々。毎日が驚きと発見の連続だが、現地での旅の段取りや細かいトラブルで苦労することも多いという。
「SNSでは楽しそうな面を主に発信しちゃってますが、旅の8~9割は大変なことばかり。寝る場所や交通経路の確保は日常ですし、チェックインとチェックアウトもほぼ毎日。通信が安定している保証もないから、大事な仕事のときにWi-Fiがつながらなくてタクシーでスポットを探し回ることもしばしば。とにかく落ち着かないんです。世界中で自分の居場所を知っているのが自分だけというのも、たまーに不安になります(笑)。だけどその生き方を選んだのはほかでもない自分自身。何より、苦労すること以上にものすごく旅が楽しいんです。思い通りにいかないこともたくさんあるけど、選択してきたことすべてに納得感があるので、人生の幸福度が一気に上がった気がします」
旅に出る前も、旅に出てからもさまざまな選択を重ねてきた伊佐さんだが、そのひとつに固定の住居を持たなくなったことがある。きっかけは一時帰国中に離婚することになり、帰る家を失ったことだった。
「もう一緒には住めないので、自分の荷物だけを小さく詰めて新潟の実家に送って家を出て、そのまま世界一周の旅に戻りました。このとき、“固定の住居がなくても生きられる”という思いで旅立つことができたのは、ライター駆け出し期に日本全国を飛び回りながら家以外の環境でリモートワークをする『旅の練習時間』が持てていたから。もしこの小さな成功体験みたいなものがなかったら、私も荷物と一緒に新潟に帰っていたんじゃないかな(笑)」
改めて固定の住居を借りようと思わなくなったのも旅の影響が強いという。
「単純にフットワークが重くなるのが怖いっていうのはありましたね。それに日本で家を持つとなると、新しく家具家電を買い揃えるだけでも70万円はかかる。でもこの費用を旅費に換算すると、『世界一周航空券』というものが買えるくらいなんですね。だったら私は安定した生活よりも、必要最小限の荷物だけ持って好きなときに好きな場所へ行ける暮らしを選びたいなと、当時は強く思っちゃって!(笑)」

セブ島での一枚
~旅をしながら暮らすのは難しい、なんてない。【後編】につづく~
撮影/尾藤能暢
取材・文/水嶋レモン
1986年新潟県生まれ。横浜市立大学卒。三井住友VISAカード、講談社勤務を経てWaseiに入社。どうしても“書き仕事”がしたくて、1本500円の兼業ライターからキャリアを開始。これまで国内47都道府県・海外50カ国150都市ほどを旅する。「#旅と写真と文章と」「#EnglishChallenge」コミュニティを共同主宰。365日の小さな日めくりカレンダー「himekuri trip」を10月発売予定。
公式サイト https://www.may.voyage/
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