身寄りがない若者は家を借りられない、なんてない。
経済力や社会的立場などを理由に、賃貸物件への入居を断られてしまう「住宅弱者」。高齢者、障害者、外国籍、LBGTQ、シングルマザー・ファザーなど、住まい探しを制限される人は多く、日本社会の大きな問題といえる。その一例が、虐待などにより家族を頼ることができず、保証人を立てられない若者だ。彼らの自立に向け、NPO法人サンカクシャ代表理事の荒井佑介氏、株式会社LIFULLの龔 軼群(キョウ イグン)氏は、課題解決のアプローチを進めている。
連載 住まいと居場所 -ホームレス・ワールドカップによせて-
- 第1回身寄りがない若者は家を借りられない、なんてない。
- 第2回なぜ、住む家が見つからない人たちが存在するのか。|全国居住支援法人協議会・村木厚子が語る、住宅の意義とこれからの居住支援とは
- 第3回なぜ、スポーツが貧困やホームレスの解決に必要なのか。│ダイバーシティサッカー協会代表・鈴木直文さんに聞くスポーツと社会課題解決の関係性
- 第4回新しいルール、新しい人と出会えるサッカーの練習が生活の糧になる―ホームレス・ワールドカップ選手の声―
- 第5回定期的なサッカーの場が居場所と自信をくれた。―ホームレス・ワールドカップ選手の声―
- 第6回誰もが向き合うべき住宅弱者問題とは?身近に潜む課題と解決法について
保護者のいない児童、被虐待児など、公的な責任として社会的養護が必要な児童は、約4万2千人に上るとされる(※)。家族を頼ることができない若者は、賃貸物件への入居ができず、結果として犯罪に巻き込まれるケースも多い。若者の自立を阻むのは、どのような社会構造なのだろうか。現場を知る二人の声から、解決策を探っていく。
※厚生労働省「令和4年度 社会的養育の推進に向けて」
身寄りのない若者たちが、
自立して生きていくために
さまざまな事情により、親や身近な大人を頼れない若者たち。彼らの自立支援を行うNPO法人サンカクシャは、2019年に設立された。“居場所づくり”から活動をスタートしたと、代表理事の荒井氏は振り返る。
「学習支援や居場所は全国各地で増えていますが、高校卒業後となると、通える場所は限られてきます。18歳で児童福祉法による公的支援が途切れてしまうことも、若者世代が孤立する要因の一つです。サンカクシャでは、若者たちが集まる居場所の提供、就業の支援など、社会との“つながり”を育む活動を行なっています」(荒井氏)
団体の設立から1年後、猛威を振るったコロナ禍は、若者の雇用に直撃した。家庭事情により住み込みで仕事をする若者は、生活の基盤となる住まいを失うことになる。サンカクシャはこの状況に対し、シェアハウスとワンルームのシェルターの提供を展開し始めた。
「きっかけは、失職で寮を追い出される子から『住む場所が無くなるかもしれない』と連絡を受けたこと。居場所を提供していただいていた不動産会社さんと連携し、彼をそこに住まわせました。その後、家庭環境の問題により実家を出ることを希望する子、他機関からの受け入れなども進めるうちに、部屋の数が追いつかない状況に。居場所の一部をシェアハウスとして運用することで、居住支援を本格化しました」(荒井氏)
家族を頼れない若者に対する公的な居住支援としては、DVシェルターが挙げられる。しかし、失踪の防止や親からの保護を目的に、門限や携帯電話の使用禁止など、厳格なルールが課せられている施設も多い。こうした環境に耐えられず、シェルターを脱する若者もいるのだ。
「探偵などを利用して子を探そうとする親もいるため、ルールが設けられるのは仕方のないことです。しかし、皆が皆、そうしたリスクをはらんでいるわけではありません。もう少し違った場所があってもいいという考えが、サンカクシャの居住支援にはあります」(荒井氏)
住宅弱者と理解ある不動産会社をつなぐ「FRIENDLY DOOR」
LIFULL HOME'S事業本部の龔は、あらゆる人の“したい暮らし”を実現する取り組み「ACTION FOR ALL」の中で、「FRIENDLY DOOR」というプロジェクトを立ち上げ、事業責任者を務めている。住宅弱者の課題に対し、民間企業からアプローチする一人だ。
「『FRIENDLY DOOR』は、さまざまなバックグラウンドを持つ方々に対し、相談にのっていただける不動産会社を検索できるサービスです。私自身が中国籍の日本育ち。国籍によって住まい探しに苦労した体験が、事業を始めたきっかけになりました」(龔)
「FRIENDLY DOOR」の検索カテゴリー
「FRIENDLY DOOR」は課題に共感する不動産会社のパートナーを増やしていく形で、現在4500店舗までに物件を拡大。「外国籍」「LGBTQ」「生活保護利用者」「高齢者」「シングルマザー・ファザー」「被災者」「障害者」とカテゴリーも増やしてきた。そして2023年4月17日には、新たに「家族に頼れない若者」と「フリーランス」を追加。支援対象を増やした。
「『家族に頼れない若者』を追加しようと考えたのは、LIFULLでの勤務の傍ら参加している、社会的養護下の子どもを支援するNPO法人での活動がきっかけです。児童養護施設の多くは18歳で出所となるのですが、住まい探しの際には施設長さんなど関係者が保証人になってくれます。しかし次に引っ越す段階になると、20歳未満は保証会社をつけられないこともあり、かなり困難になるんです。本来、家族を頼れない子たちこそが、自力で生きていかなければならないはずなのに、その選択肢が制限される。強い問題意識を抱き、『FRIENDLY DOOR』の事業として取り組むことを決意しました」(龔)
事業化の中で龔が痛感したのは、ネットワークを取り巻く課題だ。社会との接点が希薄な若者の場合、最初から一人で暮らすことは容易ではない。サンカクシャのような支援団体が受け皿となり、学びや仕事のサポートを段階的に提供し、次のステップとして居住支援をすることで、はじめて自立が可能になるのだ。しかし多くの支援団体は不動産会社と関係性を持っておらず、保証人の問題も関わってくるため、受け入れ先の物件探しが障壁になる。解決策として龔が考えたのは、LIFULL HOME'Sの不動産ネットワークを活用したマッチングだった。
「賛同していただける不動産会社は少しずつ増え、現段階で300店舗に達しました。しかし、家族を頼れない子の母数を考えると、まだまだ足りていません。家賃滞納や夜逃げ、自殺などのリスクを懸念する不動産会社が多いためでしょう。他の住宅弱者と同様、経済力や社会性があるにもかかわらず、それを保証できないことも影響しています。成人年齢が18歳に下がったものの、多くのケースで親の同意がなければ家を借りられないことは、日本において現実なのです」(龔)
家族を頼れない若者を支えるのは、パートナーシップの力
住居を失った若者の大部分は、ネットカフェや路上での生活を余儀なくされる。近年は詐欺や貧困ビジネスが頻発しており、違法な家賃取立てや生活保護費の搾取の結果、永久に困窮状態から抜け出せなくなるケースも多い。
では、サンカクシャのような居住支援に取り組む団体を増やすことは、課題の解決策になり得るだろうか。
「サンカクシャでは家賃3万円、水道光熱費8000円で住居を提供していますが、収支構造は基本的に赤字。部屋を増やすほど赤字も増える上、実際に家賃を払えない子もいます。こうした状況は他のNPO法人も同じであり、このままでは団体数が増える可能性は低いです」(荒井氏)
「若者向けの支援の場合、障害者や高齢者と比べ金銭的な公的支援が乏しく、NPO法人を運営しにくいという実情もあります。これからの社会を担う世代を支えられないことは大きな問題です。行政に依存しない、民間企業からのアクションも求められていると感じます」(龔)
NPO法人が提供するシェルターやシェアハウスに入居できても、いつかは自立が必要になる。世代の循環も念頭に置いた、構造的な課題解決も重要だろう。段階的な成長をNPO法人が担いながら、不動産会社のネットワークを構築し、包括的なセーフティネットを整えていくためには、何が必要なのだろうか。
「空き家の活用や、入居者による物件管理の手伝いなど、不動産会社やオーナーさん側にメリットがある仕組みも試してきました。しかし最終的に決め手となるのは、“善意”だと感じます。先代の所有物件を持て余している社長さんなどが、寄付の感覚で提供してくれるケースは多いです。そこに税制優遇などのメリットが加われば、少し前進するのかもしれません」(荒井氏)
「家族を頼れない若者の場合、問題そのものをオーナーさんが認識していないケースも多いです。ひとり親や虐待相談件数が増えていることは頻繁にメディアで取り上げられますが、苦しい家庭の中、実際に子どもたちがどのような生活をしているのかを、知っている人は少ない。そうした話をしてみると、手を差し伸べてくれるオーナーさんもいるんですね。情報の発信やパートナーシップの構築は、不動産業界に身を置くLIFULLの使命だと考えています」(龔)
問題は根深く、多岐にわたるが、だからこそ社会全体の理解が不可欠になる。今後サンカクシャとLIFULLは、少しずつ協業を進める方針だ。
「まずはオーナー向けセミナーを開催し、荒井さんのような支援者の声を発信したいと考えています。LIFULLでは社会調査も行えるので、問題を取り巻くファクトも集めることで、より説得力を高められるでしょう。また、全国には若者の支援に取り組む団体が他にもあるので、NPO法人のネットワークも拡げたいですね」(龔)
「問題を可視化し、国や行政を動かすことで、受け皿自体を増やしていくことも必要です。資金調達や政策提言においては、企業の力も欠かせません。皆で取り組めるパートナーシップこそが、これからは必要なのだと思います」(荒井氏)
一人暮らしの達成感が、若者の人生を変えていく
全ての人が、住まいを持てる社会にする。そんな当たり前を実現していくために、私たちはどのようなアクションすべきだろうか。龔は「今を見ること」を強調する。
「住宅弱者が生じる背景の一つが、国籍やセクシュアリティなど、実生活とは関係のない部分が判断材料になっていることです。家族に頼れない状況においても、支えてくれる周囲の人々がいる、NPO団体につながりがあるなど、過去ではない現在の暮らしを見ることが解決につながっていくことで、社会は少しずつ変わっていくと思います」(龔)
家族を頼れない若者には、リスクも伴う。しかし着実なステップを踏むことで、一人の社会人として自立できる。そのことを現場で実感してきた荒井氏もまた、偏見が一人暮らしの機会を奪うことのない、「誰一人取り残さない社会」を目指している。
取材・執筆:相澤 優太
撮影:高橋 榮
荒井 佑介
NPO法人サンカクシャ代表理事
1989年埼玉県出身。約13年前より、ホームレス支援や子どもの貧困問題に関わり始める。
生活保護世帯を対象とする中学3年生の学習支援に長く関わっていたが、高校進学後に、中退、妊娠出産、進路就職で躓く子達を多く見たことから、NPO法人サンカクシャを立ち上げる。
サンカクシャでは、15歳から25歳前後までの親や身近な大人に頼れない若者の居場所作りや進路就職のサポート、住まいのサポートを行なっている。
Facebook NPO法人サンカクシャ
Twitter @npo_sankakusha
龔 軼群(キョウ イグン)
上海生まれ。5歳の時から日本に在住。2010年株式会社ネクスト(現・株式会社LIFULL)入社。営業や国際事業部などの部署異動を経て、2019年からはFRIENDLY DOORの事業責任者に。認定NPO法人 Living in Peaceの代表理事も務めている。
FRIENDLY DOOR
https://actionforall.homes.co.jp/friendlydoor
認定NPO法人Living in Peace HP
https://www.living-in-peace.org/
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