制約に縛られない生活は実現できない、なんてない。
場所、時間、仕事などさまざまな制約に縛られた生活から人々を解放し、自分らしく自由に生きられる社会を作っていく。一般社団法人Living Anywhereが抱く理念を実践するために開設されたのがLiving Anywhere Commonsという事業だ。その役割は個人の人生を豊かにするだけでなく、共創や地域創生という面においても注目を集めている。
人はさまざまな制約に縛られながら生きている。その中で「最も大きな制約は場所である」とLIFULL代表取締役社長であり一般社団法人Living Anywhereの理事を務める井上高志は語る。家は固定された“不動産”であり、人生でかかる住宅コストは生涯賃金の4割にものぼるという。その住まいでさえも通勤時間や子供の進学事情といったさらなる制約に縛られ、妥協して決めざるを得ない人も多い。数ある生き方の選択肢のひとつとしてコストのかかる場所の制約から人々を解放し、「いつでも好きな時に好きな場所に暮らして、学んで働ける社会を作る」というのがLiving Anywhereの考えだ。住まいや生き方に対する既存の概念を覆し、新しく自由な社会の仕組みにつながる発想が生まれた経緯と、Living Anywhere Commonsがもたらす新しい生き方の可能性について話を伺った。
幸せな未来を創るには
社会を変えていく必要がある
2019年7月に本格的な運営をスタートさせたLiving Anywhere Commons(以下、LAC)事業では、地方型シェアサテライトオフィスと宿泊施設を併せ持つ共同運営型コミュニティを展開。現在稼働しているのは伊豆下田、会津磐梯の2カ所。足がかり中のものや検討中のものが約10カ所近くあるという。井上曰く、「2023年までに全国100カ所まで増やすのが目標」であるという。利用プランは1IDあたり月額25000円(水道光熱費・通信費込み)ですべての拠点が使い放題。コンセプトの通り「いつでも好きな時に好きな場所で生活できる」という自由なライフスタイルが手に入る。
井上がLiving Anywhereの原点となる考えに至ったのは2016年。Mistletoe(ミスルトウ)Japan合同会社の孫泰蔵さんと2人で食事をしていた時に、「幸福な未来を創るためには社会を変えていく必要があるよね」という話になったことがきっかけだったという。
「人が安心して幸せに暮らせる社会を考えたときに、GDPの増加と幸福度は比例しないという事がわかってきた。大事なのは人が場所やインフラなどの制約にしばられず、それぞれのライフスタイルに合った暮らし方を選択できる仕組み。そのためには、生活に必要な、水・住まい・学び・仕事・医療・エネルギー・通信がどこにいっても同じ水準で利用できるような環境を創り、未来の暮らし方を形にしていく方法を模索していくようになったんです」
こうして誕生したのが一般社団法人Living Anywhereだ。その価値観や考え方に共感する思想を持つ企業や行政とともに新しいテクノロジーや仕組みの開発が着々と進められ、「場所の制約」からの解放は技術的には可能なところまで来ているという。
生き方の異なる人と時間を共有することで
新しい価値が生まれる
LACのメリットは拠点ならではの自由度の高さや職住一体で通信環境も完備という利便性、コスパ良さだけではない。Commons(共有地)という名称の通りユーザーはただの客ではなく、スタッフや他の利用者、その土地に住む人たちと一緒になって場づくりに参加できる。そのためCo-creation(共創)という関係を築きやすいほか、新しい学びや気づきを得られると利用者からも好評だという。
制約からの解放とはいってもプライベートな空間にこもってひとりで過ごすのではなく、社会性を持って人とつながれるのも共有地というコミュニティならでは。さらには地域に縁を持つことで、交流人口や移住が増えれば地方創生にもつながるという利点もある。
「LACの場合はシェアサテライトオフィスという属性上、フリーランスや違う企業の会社員といった普段の生活では交わらないような職業の人が集まりやすい。地域のコミュニティスペースという側面もあるので、市長や町長といった行政の方や子供連れの家族も普通にいたりする。そこへ地元のおっちゃんがやってきて「まぁ酒飲むべ」と声をかけてくれたりで、本当にカオスな状態(笑)。けど、そこがいいんです」
インターネットやSNSだと、個人の嗜好に合わせて興味関心の高いものだけを受け取るため、情報や価値観に対する視野が狭まりやすい。だがLACのような場所へ行けば日常では出会えない価値観や人たちとフラットな状態で時間を共有できるため、普段は使わないような思考や感覚が刺激されるという。
「僕自身がLiving Anywhereなどの取り組みで様々な人と関わる中で体感したのは、それぞれが偶然的に出会ったことで予想外のアイデアや価値が生まれて「一緒にやろうよ」という流れ。ほかにも「会社作っちゃえば?」とか「共同研究でやろう」とか。そういう化学反応があちこちで同時多発的に起こって、新しいプロジェクトが生まれたことも一度や二度ではありません。LACを通してこの潮流もどんどん広げていければいいなと思っています」
人生の幸福度を左右するのは社会的な人とのつながり
井上がLACやLIFULLの地方創生事業に取り組むうちに見えてきたこともある。それは人との社会的な繋がりが人間の幸福度に与える影響が大きいということだ。
「都市部のように時間に追われながらも誰よりも早く上手に仕事をこなす、という環境で過ごすことにも意味はあるでしょう。ただ、長い目線での幸福度を高めるなら、地方のゆったりした時間の中で人とのコミュニケーションを丁寧に交わしていくほうがいいとも思うんです。人とのつながりといった社会関係資本を積み重ねていくことは、お金では買えない豊かさを築く礎となりますからね」
井上自身が求める、幸福度とは何なのだろうか?
「LIFULLの社是でもある「利他主義」です。相手に喜んでもらえるような行動を起こすことで、何も見返りを求めずとも自分が豊かに幸せになるという考えですね。といっても、難しいことを考えて始めたわけではありません。幼少期から母がボランティア活動に励んでいる背中を見ていたので、人に喜んでもらえるようなことをするのが自然だと思っていたんです。その想いが確信に変わったのは26歳で創業したころ、京セラ創業者である稲盛和夫さんの本の中で「利他の心」という一説を読んだとき。一代で数兆円の企業グループを作った方と思いがリンクしたことで、これは単なるキレイごとではなくど真ん中の真理なんだと実感しました」
多くの人を笑顔にすることで育まれてきた利他の心は「人が幸せになる世の中を作って行きたい」という井上個人の目標にも大きく反映されている。既存の概念を覆すような新しい取り組みに挑んでいけるのも、リスクを恐れること以上に作りたい大事な未来があるためだという。
理想の暮らしのイメージを持つことが
制約にとらわれない生き方への第一歩
社会を変えるという目標の実現に向けて目指していくのは2023年までに全国にLACの拠点を100カ所作ること。そして場所とともに会員を増やし、多くの人の暮らし方、働き方、生き方をバージョンアップしていくことだという。
「多くの人が制約から解放され、自由に自分らしく生きているという事例をたくさん作れば「あっちの生き方のほうが楽しそうだぞ!」というムーブメントが巻き起こる。それが世の中に定着していった時に、日本社会での生き方や暮らし方、働き方も大きく変わっていくと思うんです」
人々の幸せな未来を見つめる井上さんの意志は固い。しかし「いつでも好きな時に好きな場所で暮らして学んで働ける社会を作る」という話をすると「夢物語でしょ?」、「家と会社の往復以外の人生はない」というネガティブな反応を受けることもあるという。だが、夢物語はもはや現実の一部。「制約に縛られない生き方はすでに実現しているんです!」と井上は熱く語る。
撮影/尾藤能暢
取材・文/水嶋レモン
株式会社LIFULL代表取締役会長
1968年11月23日生 神奈川県横浜市出身
青山学院大学経済学部卒
新卒入社した株式会社リクルートコスモス(現、株式会社コスモスイニシア)勤務時代に「不動産業界の仕組みを変えたい」との強い想いを抱き、1997年独立して株式会社ネクスト(現LIFULL)を設立。インターネットを活用した不動産情報インフラの構築を目指し、不動産・住宅情報サイト「HOME'S(現:LIFULL HOME'S)」を立ち上げ、掲載物件数No.1(※)のサイトに育て上げる。コーポレートメッセージには、社名の由来である「あらゆるLIFEを、FULLに。」を掲げ、不動産領域だけでなく、地方創生、介護、引越し、インテリア、クラウドファンディングサービスなど暮らしに関わるあらゆるサービスをLIFULLグループとして展開。近年では海外事業も拡大し、国内外併せて約20社のグループ会社、世界63ヶ国にサービス展開している。
※産経広告社調査(2019.1.7)
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