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STORIES 2019/06/19

都会での経験は地方の仕事に生かせない、なんてない。

岩手県盛岡市の地で400年もの歴史を刻む伝統工芸品「南部鉄器」。日本の伝統工芸品として確固たる地位を確立している南部鉄器に新たな息吹をもたらし、新たなステージへと押し上げようとしている人物がいた。それが、南部鉄器職人を父に持つ、タヤマスタジオ株式会社代表・田山貴紘さん。これからの伝統工芸の理想の形や、常識にとらわれない発想を生み出す秘訣を伺った。

田山さんの父・和康さんは、盛岡市内の老舗「鈴木盛久工房」に45年間勤めた南部鉄器職人。田山さんはそんな頼もしい背中を見ていたにもかかわらず、一度はサラリーマンとしての道を選ぶが、東日本大震災を機に地元の岩手へ帰郷。現在はお父さまの技術を受け継ぎ南部鉄器職人として活躍している。しかし、その道は平坦(へいたん)なものではなかった。

幼いころに見ていたのは、出勤する父の姿

すぐそばに一流の“南部鉄器職人”の姿を見ながら育った田山さん。しかし、幼少期のころは意外にも“父は職人だ”と意識することは少なかったのだという。

「父はいわゆる“サラリーマン職人”だったので、電車で通勤し、夕方18時くらいには帰って来るという、会社員のような生活を送っていました。父親の仕事を具体的に身近で見ていたわけではなかったので、南部鉄器に対する認識は、一般的な子どもと同じくらいだったと思います」

高校卒業後、そんな田山さんが選んだ道は、南部鉄器職人……ではなく、大学への進学だった。

人生におけるテーマは常に「かっこよく生きる」こと

物心ついたころから何ごとも、選択する基準は“かっこよさ”。その“かっこよさ”の基準のひとつに、「頭がいい」「スポーツが万能」などの理想の自分に近づけるかどうかということが含まれていた。それゆえ、大学に進学することは、田山さんにとっては既定路線だったのだという。

卒業後は、営業マンとして日本中を飛び回っていた田山さん。会社の業務にも大分慣れてきたころ、目の前に降り掛かってくる仕事をただただ“こなす”日々が続き、「かっこよく生きる」ということがどういうことかを改めて模索していた。

「それまでは敷かれたレールの上でベストな選択をしてきましたが、社会に出てみると進学や就職などのように選択肢が与えられるわけではない。これからの人生、自分でレールを敷かなくてはならないんだ、と気づいたんです」

そして、導き出したひとつの答えが“自分にしかできないことで、社会に対して価値を創造する”ということ。

「自分が持っているスキルや知識、環境の棚卸しをした結果、営業のノウハウやそれに付随したマーケティングの知識、そして父が南部鉄器職人として南部鉄器伝統工芸士会会長という地位や高度な技術を保持していることが自分の強みだと改めて確信しました。これらの強みをかけ合わせれば、日本で唯一の職人になれる、そう思いました」

地元・盛岡に帰ることを決意させた出来事

そんな中、2011年に東日本大震災は起こった。地元の岩手県も深刻な被害を受ける中、何かの形で力になれないかと田山さんは考える。

「復興に関しては直接力になれなかったけれど、南部鉄器という分野で少しでも雇用が増えたり、地域のブランド力が上がることで観光を活性化させたりするような取り組みができれば、間接的にでも支援していることにつながるのではないか……。

今こそ、“南部鉄器”という分野で地域のために頑張る時だ、と、盛岡に帰ることを決心しました」

帰郷と同時に弟子入りを決意

そして2013年、盛岡にUターン。と、同時に、父親に弟子入りし、職人としての修業をスタートする。その一方で、2013年の11月には、自身が代表を務める

タヤマスタジオ株式会社を設立。

「南部鉄器という分野において、自分の役割というのは職人として“作る”ことだけじゃありませんでした。“変える”ということを実行するには、全ての責任を自分で負う環境、自分の会社が必要でした。技術面については、父親に異論はないけれども、経営面は異論がたくさんある。それを進めるための会社立ち上げでした。ちなみに、父親には内緒で会社を作りました(笑)」

伝統を継ぐのではなく
さらなる高みのステージへ

そして、2017年には暮らしに寄り添う鉄瓶のブランドとして「Kanakeno」を立ち上げた。

「南部鉄器というワードを聞いた瞬間に、おそらく大抵の人は、囲炉裏や昭和以前の情景を思い浮かべると思います。そのイメージにいつまでも引っ張られているようでは、この先南部鉄器に未来はない。今後は、伝統工芸がおしゃれで洗練されていてファッショナブル、そして、その中に職人の丁寧な手仕事と強い芯のようなものを感じられるように変えていかなければなりません。また、デザインの斬新さ以前に、その価値の本質はどこにあるのかということをしっかりと伝えないといけないと考えています」

ライフスタイルの変化などによって、日常から距離が開いてしまった南部鉄器。「飲食店という空間に馴染んでいる南部鉄器を見て、自宅で使っているイメージを膨らませてほしい」と、飲食店をオープンする予定だという。いい意味での客観的な視点による分析力で、南部鉄器の歴史を“変える”通過点にいる田山さん。妥協せずにまっすぐに芯を貫くことに怖さはないのだろうか?

私自身、敷かれたレールを歩むことをやめて、自分で自分の人生を歩み始めたところから人生が変わったように思います。他人にしがみつくのではなく、自分に
必死にしがみつく。そうすると、文句なんか出ることもなく、うまくいかないのは自分の至らなさのせいと考えるようになり、自省が深まる。そうすると、自分を大切にできるようになると思います。自分の充実、幸福を中心に据えることができれば、本当の意味で自分の周りの人を幸福にすることにつながると思います。
Profile 田山 貴紘

1983年生まれ。岩手県盛岡市出身。埼玉大学大学院を卒業後、食品メーカーに就職。営業部に所属し、全国各地を飛びまわる中、松下政経塾で塾頭を勤めた上甲晃氏が主宰する青年塾第13期生として学ぶ。2012年に帰郷し、南部鉄器職人である父・田山和康氏に弟子入りし、修業をスタート。2013年にタヤマスタジオ株式会社を設立。和康氏は現南部鉄器伝統工芸士会会長、祖父はユネスコ無形文化遺産であり国の重要無形民俗文化財第1号の早池峰神楽保存会の元長老。

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