歳を取ったら諦めが肝心、なんてない。―91歳の料理研究家・小林まさるが歳を取っても挑戦し続ける理由―
人生100年時代とも言われるいま。シニア世代の暮らしや働き方が変化しつつある。しかし、いざ自分が歳を重ねるとどうなっていくのかイメージができない、あるいは周囲のシニア世代とどう関わっていいのかわからない、なんて悩みを抱えている人もいるのではないか。
そんな人に向けて、「LIFULL STORIES」と「tayorini by LIFULL介護」ではメディア横断インタビューを実施。嫁舅で料理家として活躍する小林まさみさん・まさるさんにお話を伺った。2人の関わり方や、年齢との向き合い方について深堀り。本記事では、まさるさんのインタビューをお届けする。

今年で91歳を迎える小林まさるさん。取材場所となったご自宅に伺うと、早速キッチンに立ち、取材チームのためにコーヒーを淹れてくださった。年齢を感じさせない身のこなしに驚く。
まさるさんは、約20年前にまさみさんのアシスタントとしてデビューし、今では自身も料理家として活躍している。歳を重ねながら活躍の場を広げてきたまさるさんは「老い」とどのように向き合ってきたのだろうか。また、様々な世代の人と関わり続ける中で意識していることとは?話を伺った。
炭鉱夫から料理家への道のり
まさるさんのキャリアは、料理とは程遠いところから始まっている。20歳から北海道の炭鉱会社で仕事を始め、18年間働いた。その間には、3年間のドイツ暮らしを経験したりもした。その後、千葉県に移住し、東京の鉄鋼会社に勤務。鉄鋼会社にて定年まで勤め上げた。
「炭鉱や鉄鋼なんて、料理とは全然関係のないカタい仕事ばかりでね。だから70歳で料理の道に進むことになるなんて、思いもしないことでした」
そんなまさるさんだが、私生活では若い頃から料理をしていた。体が弱かった妻に代わり、まさるさんが料理をすることがしばしばあったという。
「お母ちゃん(妻)は、入院したり退院したりを繰り返していて早くに亡くなっちゃって。子どもも小さかったから、俺が代わりに料理するようになった。立派なものは作れないけれど簡単な料理はよく作っていたし、お袋に習って漬物をつけたりしたこともある。最初はまさみちゃんより俺の方が料理が上手だったくらいだよ」

鉄鋼会社での仕事を引退したまさるさんは、新たなキャリアを求めて就職活動を行った。しかし、思うような仕事に出合えず家にいる時間が長くなっていった。
時を同じくして、まさみさんは会社員をしながら調理師学校に通い始める。徐々に料理の仕事が増え、家でも忙しそうに仕込みをすることが増えていた。そんなまさみさんの様子を見ていたまさるさんは、洗い物をしたり食材を刻んだりと次第に家でまさみさんの手伝いをするようになった。
そんな生活が続くこと数年、正式にまさるさんがまさみさんのアシスタントとしてデビューする時が来る。それは、まさみさんが初めての本を作った時のことだ。どうしても手が足りないと困っていたまさみさんに、まさるさんが「じゃあ俺が行くよ」と一言。まさみさんは戸惑いながらも、猫の手も借りたい思いでまさるさんとともに撮影現場に向かった。
「俺もそんなに色々やろうと思って行ったわけではないんだよ。ただ、洗い物やったり、言われたことをやろうというくらいの気持ちで。でも、多少は役に立てるだろうという自信もあった」

当時、まさるさんもまさみさんも、アシスタントは一度きりと考えていたそうだ。しかし、他のスタッフと混じって働くまさるさんの仕事ぶりは予想以上のものだった。さらに嫁舅コンビで働くという珍しさも相まって、まさるさんへの出演依頼が継続的に舞い込むようになった。
「ずっと料理の仕事を続けるなんて夢にも思ってなかった(笑)。でも、やっているうちに周りの人たちがいいねと言ってくれたり、ある時出版社の方が『本を出してみないか』と声をかけてくれて。やっているうちに、俺にもできるのかもしれないと思えるようになりました」
結果、78歳の時に初めての料理本『まさるのつまみ』(主婦の友社)を出版。さらには、86歳の時に自伝『人生は、棚からぼたもち!』(東洋経済新報社)を出版した。「3日間の撮影だけ」そんなつもりで始めた仕事が気がついたら20年以上続いていたのだ。
「若いから」「歳だから」の線引きをなくすコミュニケーション
まさみさんに話を聞くと、まさるさんと働くようになって驚いたことが二つあるという。一つは、まさるさんの柔軟なコミュニケーション能力。
まさみさんは、アシスタントになったまさるさんが、仕事関係者とのコミュニケーションが上手だと気づいたそう。自宅に撮影に来たフォトグラファーやスタイリストとすぐに打ち解け、一緒にタバコを吸ったりお酒を飲んだりする仲に。「勝手に仲良くなってくれるから、全く気を遣わなくていい。若い人も多いのにすっと中に入っていけるのはすごいなと思いました」とまさみさん。

なぜこのようにすぐに周りの人と打ち解けられるのか。秘訣を聞くと、まさるさんからはこんな答えが返ってきた。
「『この人たちは若いから』『この話には俺は入っちゃいけない』って勝手に線引きしたり、無視したりするようなことは一切しない。かといって、無理についていこうとか割り込もうとはしないで、素の自分のままで輪に入っていくようにしているかな。
それから、『今の若者はなってない』という考え方はしないようにしている。よく歳を取った人がそういう言い方をしているけど、今の若い子の方が俺たちが若かった頃よりしっかりとした考えを持っていて立派だと思う。むしろ年老いた自分たちの世代はもう体も頭もついていかない。だから、若いからと見下さずにむしろきちんと見習いたい」
相手の年齢で判断せずに、謙虚かつ芯を持って接する姿勢が、まさるさんがすぐに周囲の人と打ち解ける理由なのかもしれない。

そして、まさみさんが驚いたことの二つ目が、まさるさんの体力。「頭も体もついていかない」といいつつ、まさるさんは撮影の日には、ほとんど座らずに15時間働き続ける。「80代になっても私たちと同じような仕事をしているのは驚きました」とまさみさんは語る。
「疲れることは疲れるよ。でも、もうどうしようもないなんていうほどじゃないし、一晩寝れば、だいたい大丈夫(笑)」
あっけらかんと笑うまさるさん。元気に働き続けるまさるさんが現場にいるおかげで、他のアシスタントさんやスタッフさんも気を引き締めて頑張り続けることができるようだ。
「歳だからこそ前に進むのみ」挑戦を続ける理由
身体的な変化はもちろん、精神的にも変化を感じ、次第に「もういい歳なんだから」「年甲斐もなく…」と物事を諦めてしまう人は少なくないだろう。そんななかで、新しいことに挑戦し続けているまさるさんだが、「老い」とはどう向き合っているのだろうか。
「『歳だからダメ』『歳だから恥ずかしい』『歳だから辞める』『歳だから諦める』。そういう言葉って、年寄りの病気だ。俺はむしろ、歳だからこそやらなきゃだと思う。もう後ろにあるのはがんばこ(棺桶)だけなんだから、やりたいことがあるなら前に進まなきゃ。歳にかまけて、何もしないのはダメなんですよ」

前進あるのみと語るまさるさん。では、これからはどんな道に進んでいくのだろうか。最後に、今後の目標を聞いてみた。
「1人でいる時は、定年後は年金で暮らそうかななんて思っていたけれど、まさみちゃんが家に来て一緒に仕事をするようになってからは、もっと働きたくなった。だから、今は動けるだけ動くのが目標の一つかな。体が元気なうちは働き続けたいね。
それから、いつか機会があったらのんべえを集めて料理教室をやってみたい。俺と同じように定年を迎えて時間を持て余しているような人を集めて、酒のつまみの作り方を教えて一緒に作って、一杯飲む。そんな挑戦ができたらいいな」
歳を重ねたからこそ世代関係なくフラットに接することや、アクティブに挑戦し続けること。これこそがまさるさんの元に多くの人が集まる理由なのだろうと感じた。まさるさんと同じシニア世代はもちろん、全ての人にとって社会の中で自分らしく心地よく生きていくためのスタンスにつながるのかもしれない。
今回、まさるさんにとっては先生であり、息子の妻でもあるまさみさんにも話を伺った。まさみさんの視点から見たまさるさんとの関係性も語られている。
取材・文:白鳥菜都
写真:服部芽生

1933年、樺太生まれ。川上村(現ロシア連邦サハリン州)で育つ。高校卒業後、炭鉱夫としての仕事や鉄鋼会社への勤務を経験。定年退職後、70歳の時に息子の妻・小林まさみのアシスタントとなり、自身も料理研究家としてデビューした。
オフィシャルサイト https://masami-kobayashi.com
YouTube 小林まさる88チャンネル
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