なぜ、人は自分の中にある“当たり前”を疑えないのか|21世紀学び研究所・熊平美香
自分は何を“当たり前”と感じているのか、それはどのような経験に基づくのか――。このことを認識していないと、同じ失敗を繰り返したり、不用意に他人を傷つけたりすることにもなりかねません。
自分の行動や考えを客観的に振り返り、そこで得た新しい気付きを次の行動に生かすためのアクションは「リフレクション」と呼ばれ、ビジネスや教育現場で注目されています。
リフレクションの第一人者である熊平美香さんに、自分の中にある“当たり前”を疑う力「メタ認知」について伺いました。
「反省」しても、人は思ったほど学べていない
――リフレクションの定義を教えてください。
熊平美香さん(以下、熊平):リフレクション(reflection)は「内省」を意味し、自分の内面を客観的かつ俯瞰的に振り返り、見つめ直す行為です。反省と混合されがちですが、反省は「結果」、リフレクションは「経験」に注目するのが両者の違い。つまり、失敗したことを残念がるのではなく、経験したからこそ学べたことに価値を置くのがリフレクションです。
人が反省する時、「残念だ」「周りの人に申し訳ない」など、必ずと言っていいほどネガティブな感情が紐づいています。多くの人が失敗をいつまでも悔やんだり、嫌な記憶を封印してしまったりするのではないでしょうか。その結果、「反省している割には次に生かせていない」という残念な結果に陥ってしまうのです。
つまり、ネガティブな感情が紐づいている限り、人は学べていません。理想と現実とのギャップを振り返り、経験からの学びを次に生かすためにはリフレクションの習慣をぜひ身に着けてほしいと思います。
――なぜ今、リフレクションが求められているのでしょうか。
熊平:つながりが深まる世界と目まぐるしい変化、AI(人工知能)など科学技術の進展、地球環境問題をはじめとする想定外の危機により、あらゆる場面で今までのやり方が通用しなくなっている社会背景が関係しています。
正解やゴールのある時代、計画通りにやれば100点満点が取れると多くの人が信じていたはずです。Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)を繰り返し行う「PDCAサイクル」を回せば業務や行動が成果につながる、と。
しかし、現代は計画を立てることすら困難な「前例のない時代」に突入しています。今の時代、一人ひとりが自分なりの正解をつくっていくためには、自ら考えて行動し、振り返り、学びを生かし行動して、また振り返ることを繰り返し行わざるを得ない。
2002年、国際機関OECD(経済協力開発機構)は、変化・複雑・相互依存の時代に生きる子どもたちの人生の準備に必要なコンピテンシー教育を発表しました。その中核に「リフレクション(内省力)」が据えられており、日本の学校教育でもリフレクションの重要性が周知され始めています(※)。
※出典:OECD 『The Definition and Selection of KEY COMPETENCIES』 熊平美香 公式サイト
自分や相手の意見・経験・感情・価値観を「メタ認知」する
――自分の内面を客観的に見られていないと、どのようなことが起こり得るのでしょうか。
熊平:感情に支配されて冷静な判断ができなかったり、自分の考えを“当たり前”だと思って他人の意見を否定したりすることにつながります。
例えば、ある一定のレベルの品質を期待しているのに、部下が思い通りに動いてくれない時。裏切られたように感じて不満に思ったり、「こいつはダメだ」と評価を下してしまったりすることはないでしょうか。
でも、実は相手は「斬新なチャレンジをした」「納期を守った」など別のこだわりを優先していて、品質以外の面では良い部分がたくさんあったのかもしれない。そこを拾えていないのは、自分の大切にしている価値観で人を評価しているからです。
リフレクションを行う習慣を持つと、「品質に対するレベル感」や「仕事に対する責任感」など、自分が大事にしている価値観が、他人を見る時の判断の尺度になっていることに気付けるはずです。このように、自分が認知していることを客観的に把握する力を「メタ認知」と呼びます。
私たちは結局のところ、自分の経験を通してしか、ものの見方を形成できません。それは人間が危険から身を守るための基本的な動作でもありますが、現代のように前例が踏襲できない時代になると、逆に自分たちを苦しめることにもなりかねません。
――メタ認知はどのように行うのでしょうか?
熊平:メタ認知を行う際に必要なフレームワークは、「認知の4点セット」と呼ばれる「意見・経験・感情・価値観」です。
自分はどんな「意見」を持っているか、それにはどのような「経験」が背景にあるのか、その経験を通じてどのような「感情」になったのか。そして、意見、経験、感情に一貫して紐づいている「価値観」を明らかにすることが大事です。
例えば、犬が好きな人は子どもの頃に実家で犬を飼っていて「かわいい」「癒やされる」といった印象を持っていたことなどが背景にあるでしょうし、逆に犬が苦手・嫌いな人は、昔に犬に追いかけられて怖い思いをした、といった経験が感情と紐づき、価値観が形成されています。
メタ認知は「なぜ自分はそう思うのか?」を常に問いかけることで身に着きます。自分が大事にしている価値観を知りたい人は、「人からどんな風に褒めてもらうと一番うれしいか」という問いで「意見・経験・感情・価値観」に答えてみてください。自分が大切にしている価値観を発見できるでしょう。
――効率的にメタ認知を身に着ける方法はありますか?
熊平:一人でできないことはありませんが、なかなか自分の “当たり前”を見つけることは難しいと思います。でも、他人の“当たり前”はおかしいとすぐ気付く。だから、お互いに見つけ合うのはすごく良い方法です。
多くの場合、幼い頃に親や環境から植え付けられた価値観は根深く、強く感情と紐づいています。それが何かが分かれば、必要に応じてそのものの見方を手放すことにもつながるでしょう。
また、認知の4点セットは自己の振り返りだけではなく、他人の話を聞く時にも役立ちます。4点セットを使って話を掘り下げてみたり、想像してみたりすると、自分が見ている世界以外にも何か違うものがあるかもしれない……という可能性に気付くはずです。
そして、客観的に分析ができるようになると、他者との意見の違いは“ものの見方”次第で価値基準の違いであることに気付けます。先ほどの仕事の例で言うと、上司と部下が異なる価値観を優先していても、この二人が最終的に目指す方向は同じで、「お客様に対する責任や、会社としての使命をどう定義するか」であるはずです。きちんとリフレクションができていれば、お互いに大事にしている価値観を提示したうえで、「どうすれば同時に実現できるか対策を考えよう」という建設的な話し合いができるのではないでしょうか。
学習し、新たなものの見方を獲得することが対話の醍醐味
―リフレクションを対話に生かす方法を教えてください。
熊平:自分の考えをしっかりメタ認知できたら、「自分」と「自分の意見」を切り離し、中立の立場で対話に臨みましょう。これを「評価判断の保留」と呼びます。次に重要なのは、相手の話を傾聴し、その考えに至った背景を理解すること。これが「共感」です。
「賛同」と「共感」は混合されがちですが、前者は相手に賛成し、自分も同じ意見になることを意味します。一方、共感は自分の意見とは切り離して「そういう考えもある」と相手に寄り添うこと。
賛同はしなくても構いませんが、共感するためにはその人の世界をひとまず覗いてみる。そうすると、意見が違うことが当たり前になります。なぜなら人は経験によってでき上がっており、経験が違えば考え方も変わるのはとても自然なことだから。そういう意味では、リフレクションをすることで多様性を包摂する力が高まると思います。
そして、対話の醍醐味は「学習と変容」。傾聴を通して得た新たな気付きを自分のものにすることです。最終的には、対話しながら、メタ認知、評価判断の保留、傾聴、学習と変容をリアルタイムでリフレクションすることを目指してみてください。
いずれにせよ、一番の基礎になるのがメタ認知です。習慣化するためには、無意識のうちにできるようになるまで意識的にやり続けることがとても大事だと思います。
――リフレクションスキルを身に付け実践することで、どんな社会が実現できるでしょうか。
熊平:「しなきゃ」じゃなくて、「こうありたい」と思うものに向かって自らの意思で動いていく「自律型人材」と「自律型組織」が増えることを願っています。
大きな夢をもったらそれを実現するために、自分と向き合うことは不可欠です。現状とありたい姿のギャップを埋めるため、時にはその境界線を越える学びを通して、ものの見方も変えていかなくてはなりません。リフレクションができていないとおそらくは大きな夢を実現することはできないでしょう。リフレクションは夢を叶えるスキルなのです。
リフレクションをするともう一つ良いことがあります。それは人を好きになることです。いろんな人とリフレクションするとそれだけ人間の魅力に触れることになるので、その人を好きになり、いい仲間になっていく効果もあります。
組織の中のビジョンを共有する際にも役立ちます。ビジョンは同じでも、それを目指す理由は一人ひとり違うことに気付けます。ビジネスでも家庭でも、相互理解が進み、非常にパワフルなチームワークがつくれると思いますよ。
失敗を悔いるのではなく、経験から得た学びを次に生かす。そして、他人の意見を尊重する心を育み、相互に学び合う強力なチームワークやパートナーシップを築く。リフレクションから得られるメリットはさまざまです。家庭や仕事、子育てなど、物事がうまくいかない場合、環境や相手のせいにするのではなく、自分を振り返り見つめ直すと心の中にヒントがあるかもしれません。悩んだ時は一度立ち止まり、自らの内面を客観視する力を磨いてみてはいかがでしょうか。
取材・執筆:酒井理恵
撮影:内海裕之
ハーバード大学経営大学院でMBAを取得後、金融機関金庫設備の熊平製作所・取締役経営企画室長などを務めたのち、日本マクドナルド創業者・藤田田に弟子入りし、新規事業立ち上げや人材教育の事業に携わる。独立後はコンサルティング、女性活躍推進、教育改革の促進、社会起業家の育成、教育格差是正など幅広い活動を行う。2015年、株式会社LIFULLと共働し21世紀学び研究所を設立し、企業と共にニッポンの「学ぶ力」を育てる取り組みを開始。経済産業省が2018年に改定した社会人基礎力の中に、リフレクションを盛り込む提案を行った。文部科学省国立大学法人評価委員会委員、文部科学省中央教育審議会委員、内閣官房教育再生実行会議 高等教育ワーキンググループ委員、経済産業省未来の教室とEdTech研究会委員等を務める。
熊平美香 公式サイト https://www.a-kumahira.com/
みんなが読んでいる記事
-
2022/08/04結婚しなくちゃ幸せになれない、なんてない。荒川 和久
「結婚しないと幸せになれない」「結婚してようやく一人前」という既成概念は、現代でも多くの人に根強く残っている。その裏で、50歳時未婚率(※1)は増加の一途をたどり、結婚をしない人やみずから選んで“非婚”でいる人は、もはや珍しくないのだ。日本の結婚の現状や「結婚と幸せ」の関係を踏まえ、人生を豊かにするために大切なことを、独身研究家の荒川和久さんに伺った。
-
2021/10/28みんなと同じようにがんばらなきゃ、なんてない。pha
元「日本一有名なニート」として知られる、ブロガー・作家のphaさん。エンジニアやクリエイターたちを集めたシェアハウス「ギークハウスプロジェクト」を立ち上げたり、エッセイから実用書、小説まで多岐にわたるジャンルの本を発表したりと、アクティブでありながらも自由で肩の力が抜けた生き方に、憧れる人も多いはずだ。今回、そんなphaさんに聞いたのは、「がんばる」こととの距離。職場や社会から「がんばる」ことを要求され、ついついそれに過剰に応えようと無理をしてしまう人が多い現代において、phaさんは「がんばりすぎたことがあまりない」と語る。「がんばらない」ことの極意を、phaさんに伺った。
-
2023/02/07LGBTQ+は自分の周りにいない、なんてない。ロバート キャンベル
「『ここにいるよ』と言えない社会」――。これは2018年、国会議員がLGBTQ+は「生産性がない」「趣味みたいなもの」と発言したことを受けて発信した、日本文学研究者のロバート キャンベルさんのブログ記事のタイトルだ。本記事内で、20年近く同性パートナーと連れ添っていることを明かし、メディアなどで大きな反響を呼んだ。現在はテレビ番組のコメンテーターとしても活躍するキャンベルさん。「あくまで活動の軸は研究者であり活動家ではない」と語るキャンベルさんが、この“カミングアウト”に込めた思いとは。LGBTQ+の人々が安心して「ここにいるよと言える」社会をつくるため、私たちはどう既成概念や思い込みと向き合えばよいのか。
-
2021/09/30苦手なことは隠さなきゃ、なんてない。郡司りか
「日本一の運動音痴」を自称する郡司りかさんは、その独特の動きとキャラクターで、『月曜から夜ふかし』などのテレビ番組やYouTubeで人気を集める。しかし小学生時代には、ダンスが苦手だったことが原因で、いじめを受けた経験を持つ。高校生になると、生徒会長になって自分が一番楽しめる体育祭を企画して実行したというが、果たしてどんな心境の変化があったのだろうか。テレビ出演をきっかけに人気者となった今、スポーツをどのように捉え、どんな価値観を伝えようとしているのだろうか。
-
2022/01/12ピンクやフリルは女の子だけのもの、なんてない。ゆっきゅん
ピンクのヘアやお洋服がよく似合って、王子様にもお姫様にも見える。アイドルとして活躍するゆっきゅんさんは、そんな不思議な魅力を持つ人だ。多様な女性のロールモデルを発掘するオーディション『ミスiD2017』で、男性として初めてのファイナリストにも選出された。「男ならこうあるべき」「女はこうすべき」といった決めつけが、世の中から少しずつ減りはじめている今。ゆっきゅんさんに「男らしさ」「女らしさ」「自分らしさ」について、考えを伺った。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
「結婚しなきゃ」「都会に住まなきゃ」などの既成概念にとらわれず、「しなきゃ、なんてない。」の発想で自分らしく生きる人々のストーリー。
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」