本業1本で生きなきゃ、なんてない。―副業8つと本業を循環、とある女性会社員の働き方の真髄―

この春、たくさんの新卒の学生たちが、企業や団体に加わり、新生活をスタートさせた。社内で転勤や異動をした人もいるだろう。中には転職した人もいるかもしれない。初めての職場で、初めての仕事、同僚、上司、取引先と向き合う日々をスタートさせた、そんな新社会人たちの参考になるお話を伺えればと、一人のビジネスパーソンを訪ねた。世間の「働き方の常識」にとらわれず、破天荒とも言える働き方で疾走し続けている方だ。

赤星昭江さん|LIFULL STORIES

赤星昭江さんは現在、株式会社エイブルホールディングスの社長室「シニアマネジャー」と「ひとりぐらし研究所所長」という2つの肩書きを持って働きながら(2026年3月現在)、同時に8つの副業も併せ持っている。近年、副業を容認する企業が増えているとはいえ、8つも抱えている人は稀だ。会社側はなぜそれを認め、ご本人はどのようにしてそれを可能にしているのか? 赤星さんの仕事との向き合い方について聞いた。

これまでいろんな仕事を与えられてきましたが、最初は全部イヤだったんですよ、実は。でも今考えると、結果的に全部良かったな、って思えるんですよね

東京の大学への進学を諦め、地元で学びながらアルバイトに明け暮れた学生時代

今では東京元赤坂のオフィスを拠点に働いている赤星さんだが、彼女が卒業したのは地元の国立大学。主に経済的な理由から、地元の大学に進学したのだという。

「中学生の時に父親を事故で亡くして、母親の手一つで育てられました。本当は東京の大学に行きたかったのですが、それは経済的に難しかったし、母親を一人置いて地元を離れるのは心苦しいというのもあって」

地元の大学に通いながら、コンビニエンスストアとレンタルショップの店員、大手通信キャリアのキャンペーンガールと、3つのアルバイトを掛け持ちする毎日。 

そんな日々の中で赤星さんは、当時流行っていたmixi(2004年にスタートした日本発SNSの草分け)で、東京に行った高校時代の同級生たちの生活を羨ましく眺めていた。さらに大学3年生で就活を始めると、地方と都会の格差を痛感することになる。

「例えば企業の合同説明会は山口では開催されません。だから福岡や広島に出かけて行かなければならない、試験も、一次試験は交通費が出ないので、大阪はまだしも東京に行くのは大変な負担です。地方大学というだけで就活の機会に不平等な状況があることを実感しましたし、そのことで反骨精神を感じ、100社以上エントリーをしたのは良い経験となっています」

「東京組に負けたくない」。劣等感を武器に変えた“赤星ファイル”

大学卒業後、赤星さんは不動産関連会社CHINTAIに、東京本社採用で就職。実は赤星さんには、大学3年生の時から付き合い始め、結婚も考えていた人がいた。1年先に東京で就職したその人を追って東京で職を求めたという経緯もあり、いよいよ夢の東京生活が始まると喜んだ。しかしそれも束の間、8人の同期の中でただ一人、赤星さんだけが研修後に大阪支社に配属されてしまう。結局その人とは遠距離恋愛の末に別れ、間もなく赤星さんは不動産営業に全力を注ぐ決意を固める。それまで都会で生活する大学生に引け目を感じていた反動もあり、負けるものかとわき目もふらず、一心不乱に働き始めた。                         

「私、とにかく負けず嫌いなんですよ。長州人なので、すこし過激なところがあることも自認しています(笑)。自分の人生は自分で切り拓かなきゃ、という思いも強かった。だからもう、がむしゃらに働きました」

赤星昭江さん|LIFULL STORIES

本人は「がむしゃら」と言うが、内容をお聞きすると、その営業手法は気合や根性だけでなく、極めて戦略的なものであることがわかる。

「大阪の人は、表面的な付き合いだけではダメで、ハートとハートで仕事をするんですよ。この子は自分の店舗のためにどれだけ頑張ってくれるか? 何を提供してくれるか? そこをしっかり見ていらっしゃる。それに応えるために私は、“赤星ファイル”というものを作って配ることにしたんです」

赤星ファイルというのは、自分の担当地域の市場を調査・分析して、営業先の店舗ごとにカスタマイズしたマーケティング・レポートを収めたファイルだ。それを、各店舗に持参して置いてもらった。そんなコンサルティング的なアプローチも交えた独自の営業手法で、2年目には大阪支社内にとどまらず、全国トップの営業成績を上げる。

「東京に配属された同期たちはきっと、自分よりも高い営業成績を上げるに違いない。だから『同期たちの3倍頑張らなきゃ!』って、毎日自分に言い聞かせながら働いていました」

「なぜ私が雑誌を?」反発から始まった、26歳編集長の“ものづくり”

そして赤星さんは25歳で東京に異動。今度は営業職ではなく、雑誌CHINTAIの編集部だった。せっかく乗りに乗っていた営業職から離れることに戸惑い、反発さえ感じたという。

「私は、相手が喜んでくださるのを見るのが好きな人間なので、営業が大好きだったんですよ。でも編集部だと、自分が作った紙媒体が誰に、どう届いて、どう貢献するのか当初はイメージが持てなくて……。それに当時は動画メディアが伸びて紙媒体が売れない時代でしたから、何でいま私が雑誌の編集部に行かなきゃいけないの? って、3ヶ月くらいは反感を持ちながら働いていました」

一方で赤星さんには「給料分は会社に貢献しなければ」という思いもあった。週刊誌、隔週誌、月刊誌、合わせて26の雑誌を必死に回し続けるうちに、いつしか仕事が面白くなっていく。特に取材先と会って話すのは面白かった。そのうち取材先の方が、赤星さんの仕事ぶりに好感を抱いて高く評価し、それを赤星さんの上司らにフィードバックしてくれるようになる。それもあって彼女は26歳で、CHINTAIの編集長に抜擢される。

編集長となった赤星さんは、「赤星特集」をスタートさせた。これは首都圏版の週刊誌の巻頭で、赤星さんが自分の足で集めた情報を選りすぐって提供する企画だった。

「まず私が、その週で特集するエリアを決めるんです。例えば今日は永福町と決めたら、永福町に行って物件を見て回り、その中から“赤星の5つ星物件”とか“3つ星物件”とかを選んでコメントをつけて紹介する。マップも自分で描きました。近所のカフェなんかも紹介したいので訪ねて行って、いいなと思ったら取材交渉して紹介した。そこでものづくりの楽しさに気づいたんですよね。あぁ、ものづくりも営業と同じだな、って。取材に行って喜んでもらえたり、紙媒体の情報が誰かの新生活のサポートになったり。ものづくりっていいな、って思えてきたのはそうした経験からでした」

赤星昭江さん|LIFULL STORIES

「3ヶ月の助っ人のはずが……」。社長直下で挑んだ、ゼロからのブランド創設

雑誌づくり、ものづくりの楽しさと意義に目覚めた赤星さんに、またしても「想定外」の辞令が下る。今度は新規事業部への異動、ミッションは動画媒体の収益化だった。

「動画の時代だから“CHINTAIチャンネル”という動画媒体を立ち上げて収益化せよ、という指示でした。収益化のためには法人営業が欠かせませんが、初めて経験する法人営業にはコンサルに近い要素があって、それが面白くて一生懸命やっていたら、また法人売上でも社内トップになりまして」

そうした取り組みを続けていたある日、グループ会社エイブルの社長から声をかけられてエイブルに一時的な出向をすることになる。社長のもとで今度は、単身女性の暮らしを支援するブランドの立ち上げに携わる。

「若い女性を対象に、エイブルのLTV(=顧客生涯価値:1人の顧客が取引開始から終了までに自社にもたらす合計利益を示す指標)を上げるサービスを始めて欲しいと。つまり、若い時にエイブルで部屋を借りた人が、数年後に部屋を借り替えるときも、結婚するときも、エイブルを想起して使っていただくためのブランディングを託されたのです。当初は、3ヶ月だけブランド立上げや新規事業構想を手伝う予定だったのですが、気がついたらこれもまた楽しくなりまして。単身女性向けブランドMAISON ABLEを立ち上げて、どんどんのめり込んでいってしまいました」

MAISON ABLEが軌道に乗って成長し、会員数も40万人を超えようとしていた頃、新たな仕事の話が入る。今度は北海道のニセコに行って公務員として街づくりに関わる仕事だった。

1杯3000円のラーメン。ニセコで知った「日本の実情」

ニセコに移り住んだ赤星さんは、外資系の高級ホテルやコンドミニアムが立ち並び、パウダースノーを求めて世界中からインバウンド客が押し寄せる様子を見て衝撃を受ける。1杯3000円のラーメン、コンビニのワインが高額で販売され、数億円の不動産が飛ぶように売れるニセコを見て、日本人と海外富裕層との経済格差を目の当たりにした。

そんな状況を見て赤星さんは「自分が立ち上げたMAISON ABLEはひとり暮らし女性に対して一時的で局所的な支援にすぎず、もっと本質的な自立・自活支援が求められていることに気付きました」と話す。

ニセコでは、プログラミング講座を立ち上げるなどして、2年の任期を終えて東京に戻った。そして、単身女性だけを支援するブランドではなく、老若男女を含めたすべてのひとり暮らしに寄り添うべく、ひとり暮らし向けブランド「ひとぐら」を創設。ひとり暮らしを多角的に研究する「ひとりぐらし研究所」も立ち上げ、所長として、ひとり暮らしを取り巻く実情や課題について日々探究を行っている。

また、その思いは社内の事業にとどまらず、さまざまな社会課題の解決を目指して、「ニセコ町ワーケーション推進協議会」「日本金融教育推進協会」など複数の団体に所属し、さらにはプロモーション講座の講師やベンチャー企業等へのコンサル業務も行うなど、合計8つの副業を併せ持つに至っている。

赤星昭江さん|LIFULL STORIES

「会社を辞めずに、外で戦う」。8つのわらじを履く理由

それにしても、会社に勤めながら8つの副業を抱える赤星さんを、会社側はどう見ているのだろう。

「社長に言われたのは、とにかくいろんなところに行って、面白いことをキャッチして、それを誰かにつないで会社に還元してくれればいいんだ、と。自分としても、外で獲得したスキルが、会社と、社会の役に立つのであれば、こんなに嬉しいことはないですよね」

赤星さんのこの働き方は異例だが、彼女は自分の「働き方」についてこう考えている。

「これまでに与えられた仕事の多くが、実は最初はイヤでした。断ろうと思ったことも何度もあります。ですが、今考えるとすべての仕事が結果的に良かったなって思えるんですよね。私はエイブルというこの会社が好きなので、転職せずに、会社にいながら副業として外での仕事で経験値を積み、そこで得た経験やスキルを本業に還元していくというこの働き方にやりがいを感じています。もちろんすべての人が同じような働き方をすべきとは思いませんし、この働き方が正解とも思っていません。今は働き方も極めて多様な時代ですから、どんな働き方を選ぶかは、ご本人次第だと思います」

この春に新生活を始めた方々に向けてメッセージをお願いすると赤星さんは、「自分は、今の時代に合ってない人間だからなぁ」と躊躇いつつも、こんなエールを贈ってくれた。

この山はきつい、もう無理、って逃げてしまうと、超えなきゃいけない同じような山が、必ずまた現れます。新生活を始めて、学校や会社など身体的にも精神的にもきついなぁ、辛いなぁという気持ちだけでチャレンジを辞めてしまうと、同じハードルが、もっと高くなって立ちはだかる。だから今は辛いかもしれないけど、半年頑張ってみたら? と伝えたいですね。そして、戦っているのは君だけじゃなく、この春、新生活を始めた多くの人たちが、同じような思いで家に帰ってひとりで孤独と戦いながら、ご飯を食べて歯を磨いて寝ているよ、そんな仲間たちがたくさんいるよって、言ってあげたいですね。長い人生、きつい時もあるけど頑張って取り組んでいればきっと何かしら楽しいと感じられる自分がいると思いますよ
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取材・執筆:宮川貫治
撮影:阿部拓郎

赤星昭江さん|LIFULL STORIES
Profile 赤星 昭江

株式会社エイブルホールディングス 社長室 兼 ひとりぐらし研究所 所長。2009年株式会社CHINTAI入社。雑誌CHINTAI編集長を経て、2016年からグループ会社の株式会社エイブルで、ひとり暮らしの女性を“衣食住”で応援するブランド「MAISON ABLE(メゾンエイブル)」をプロデュース。2025年には、ひとり暮らし応援ブランド「ひとぐら」を立ち上げ、単身世帯の課題解決に取り組む傍ら、本業のほかに8つの副業に携わり、幅広く活動している。

ひとりぐらし研究所 https://hitogura.jp/
Facebook https://www.facebook.com/akie.akahoshi/

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